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ねこつくりの宮 高山 環たかやま かん
Nekotsukuri no Miya Takayama Kan Takayama Kan


『臨時ニュースです。本日午後一時十八分、先月噴火した御山おやまで爆発的噴火を観測しました。崩落した溶岩ドームから溢れた火砕流が中腹の集落を直撃し、甚大な被害がでています。多数の死傷者もでている模様です。
“这是一个非同寻常的消息。 今天下午 18 分钟,观察到上个月喷发的美山大谷火山爆发。 从坍塌的熔岩穹顶溢出的火山碎屑流击中了山中的村庄,造成了巨大的破坏。 看来伤亡不少。

また、御山火口から南東方面に溶岩が流出し、麓にかけてオレンジ色の帯が伸びています。今も溶岩の勢いは止まっておらず、地元で「いるか岬」と呼ばれる海岸に向かって進んでいます。繰り返します、今日午後、御山が噴火を起こし……』
此外,熔岩从火山口流向东南方向,一条橙色带延伸到山麓。 即使是现在,熔岩的势头也没有停止,它正在向当地人称为“伊良卡岬”的海岸移动。 今天下午,山......又喷发了。

いるか岬は何もかもが青かった、空も海もたった一軒しかない家も。
一切都是蓝色的,天空和大海,只有一栋房子。

岬に立つサナは強い日差しに目を細める。
站在斗篷上,Sana 眯着眼睛看着强烈的阳光。

「おーい」
“嘿。”

ねずみ色のタクシーから運転手のおじさんが身を乗り出し大声を上げる。
司机的叔叔从灰色的出租车上探出身子,大声喊道。

「すいませーん、今、お支払いしまーす」
“对不起,我现在付钱。”

サナは慌ててタクシーに戻る。
Sana 匆匆忙忙地回到出租车上。

「いいんですけどね、荷物はトランクにあるし、こんな場所では乗り逃げなんてできませんから。でも、本当に帰ってしまってよろしいのですか? 連絡をいただければあとで迎えに来ますよ」
“没事,但我的行李在后备箱里,在这样的地方我不能逃脱,但你确定要离开吗?” 如果你联系我,我稍后再来接你。

孫娘を心配するような目で運転手がサナを見上げる。
司机抬头看着萨娜,眼神似乎在担心她的孙女。

「大丈夫です。わたし、あの家に住みますから」
“没关系,我就住在那栋房子里。”

青い家をサナは指さす。
Sana 指着蓝色的房子。

「はあ、あそこに」
“哦,在那边。”

岬の突端に建つ家を見て、運転手が首をひねる。
看着海角顶端的房子,司机扭了扭脖子。

トランクからスーツケースを下ろした後、疑問符を乗せたまま走り去るタクシーをサナは大きく手を振って見送る。
从后备箱卸下行李箱后,Sana 大声挥手,出租车开走了,上面有一个问号。

いるか岬は海岸線まで青々とした芝生が広がる。岬の根元を走る車道から一軒家までは、芝生を割って小道が伸びる。小道には砂利が敷き詰めてある。がたがたと左右に揺れる大型のスーツケースを引っ張って、サナは家へ向かう。少し進むと小石がタイヤに挟まり、地震に遭ったみたいに大きく左右に振れたスーツケースがばたりと倒れた。サナはハンドルを引っ張ってスーツケースを立て直そうとするが、重くて持ち上がらない。荷物をもっと減らすべきだったと後悔した。愛用の枕はまだしも、分厚い歴史書は置いてくればよかった。もっともサナには荷物を置いておける家はもうないのだが。
伊鲁卡岬拥有郁郁葱葱的草坪,一直延伸到海岸线。 从海角底部的车道到房子,一条小路穿过草坪。 小路铺有砾石。 Sana 拉着一个左右嘎嘎作响的大手提箱,回家了。 再往前走一点,一颗鹅卵石卡在轮胎里,像被地震击中一样左右摆动的行李箱掉在了地上。 Sana 拉动把手并试图重建手提箱,但它太重了,无法举起。 我很遗憾我应该更多地减少我的行李。 我应该留下我最喜欢的枕头,但我本应该留下我厚厚的历史书。 然而,Sana 已经没有房子可以存放她的物品了。

前方の青い家の玄関ドアが開き、誰か出てきたと思ったら、風のように速く女性が近づいてきて、サナの隣に立った。サナより少し背が高く、少しお姉さんに見える。清々しく暑い今日の天気にふさわしい白のTシャツにホットパンツを身に着けている。
眼前青房子的前门打开了,就在我还以为有人出来的时候,一个女人像风一样飞快地走了过来,站在萨娜身边。 她比萨娜高一点,看起来有点大姐姐。 他穿着一件白色的 T 恤和热裤,适合今天清爽炎热的天气。

「手伝うよ」
“我会帮你的。”

ショートカットの彼女がハンドルを握ってスーツケースを引っ張り上げる。厳しい教師に叱られたみたいにスーツケースはぴしっと背筋を伸ばす。
她走了一条捷径,拉起了行李箱。 仿佛被严厉的老师骂了一顿,行李箱挺直了起来。

「電話してきた人でしょ?」
“你就是打电话的人,不是吗?”

サナは肯く。先日ここへ伺うと電話した時に話したのはこの人だったようだ。
Sana 肯定地说。 看来这就是我前几天打电话来这里拜访时与之交谈的人。

「わたし、ヒカル」
“我是光。”

ヒカルと名乗る女性が手を伸ばしたので、握手をするのかとサナも手を出すと、ヒカルはハンドルを掴み、サナのスーツケースを引っ張り始める。
一个自称光的女人伸出手,Sana 伸出手与她握手,Hikaru 抓住方向盘开始拉动 Sana 的行李箱。

「大丈夫です、自分でやりますから」
“没关系,我自己做。”

「あっそう。ハンドルをしっかり掴むんじゃなくて、遊びをもうけてみな。その方が振り回されないよ。男と一緒」
“哦,对了,别抓着方向盘,玩就好。 这样你就不会动摇。 和一个男人在一起。

「ヒカルさんは男の人を引っ張ることがあるのですか?」
“光同学,你拉过男人吗?”

「初対面の人間に面白いこと言うね。それ、彼氏の写真が入っている?」
“你对一个素未谋面的人说了一些有趣的话,里面还放着你男朋友的照片?”

サナの首にぶら下がる銀色のロケットをヒカルが指さす。
光指着挂在萨娜脖子上的银色吊坠。

「いえ、滅相もない」
“不,一点也不。”

ぶるんぶるんとサナは首を振る。
Sana 摇摇头。

「メッソウ。あなた、変わった話し方するね」
“梅苏,你说话的方式很不寻常。”

「おばあさんとずっとふたり暮らしで、家にあった歴史小説ばかり読んでいたもので」
“我以前一直和祖母住在一起,我以前读过家里所有的历史小说。”

「ふうん。まあ、いいや、とにかく家に入ろう」
“嗯,嗯,不,反正我们进屋吧。”

しつけの悪い大型犬みたいなスーツケースを家まで引っ張る。三方を海に囲まれた岬に建つ切妻屋根の木造の家は世界の果てに建つ教会のようだ。深青色の屋根に壁は水色に染まっている。
他像一只训练不力的大狗一样拉着一个手提箱到他家。 这座山墙屋顶的木屋,建在三面环海的海角上,看起来就像世界尽头的教堂。 屋顶是深蓝色的,墙壁是浅蓝色的。

ヒカルがドアを開けると、広い空間が現れた。艶やかなワックスがかけられた板の間が広がり、吹き抜けた二階に向けてまっすぐに階段が伸びる。奥には暖炉もあって山小屋みたいだ。海のそばだけど。
光打开门,露出一个很大的空间。 光滑的打蜡板伸展开来,楼梯直接通向二楼的中庭。 后面还有一个壁炉,看起来像一个山间小屋。 它在海边。

「ネリさん! きたよ! 例の子が!」
“内里先生,我在这里! 孩子!

交通標語みたいにヒカルがネリさんを呼ぶ。ネリさん。そう、ネリさん。幼いときからサナは何度もその名を聞いてきたけど、会ったこともなければ、写真で顔を見たこともない。ついに今ネリさんに会えるのだ。
就像交通口号一样,Hikaru 打电话给 Neri。 内里女士。 没错,内里。 从我还是个小女孩开始,我就多次听到 Sana 的名字,但我从未见过她,也从未在照片中看到过她的脸。 我终于可以见到 Neri。

広間に繋がる右奥のドアが開くと、一人の女性が入ってきた。皺の寄った顔、腰が曲がった身体。彼女がネリさんに違いない。おばあさんが話してくれたとおり、確かに魔女みたいだ。ネリさんの傍らに三匹の子猫が寄り添う。黒と茶、灰色の猫。
当通往大厅的最右边的门打开时,一个女人走了进来。 一张布满皱纹的脸,一个弯腰的身体。 她一定是 Neri。 正如我祖母告诉我的那样,她看起来确实像个女巫。 三只小猫依偎在 Neri 身边。 黑色和棕色,灰色的猫。

「そんなに大声を出さなくても聞こえる。外見だけで人を年寄り扱いするんじゃないよ」
“你不必这么大声就能听到,你不能仅仅因为人的外表就把人当老。”

ネリさんが苦い顔をする。
内里苦涩地看着。

「すいませんねえ」
“对不起。”

ヒカルがにやけて頭を掻く。
光得意地笑着挠挠头。

「今は想像できなくても、あんたもすぐにこんな姿になるよ。花の色はうつりにけりないたずらに……」
“就算你现在想不到,你很快就会变成这个样子,花的颜色......调皮。”

「はいはい」
“是的,是的”

ヒカルが今度は耳を掻く。
Hikaru 这次挠了挠耳朵。

「わが身世にふるながめせしまに」
“我要在世上摇晃我的身体”

つい下の句を継げてしまったサナの顔を、珍奇な蝶が鼻に留まっているかのようにネリさんとヒカルが見つめる。
Neri 和 Hikaru 看着 Sana 的脸,这张脸刚刚传递了下面的短语,仿佛一只奇怪的蝴蝶栖息在她的鼻子上。

「す、すいません。わたし、無意識に口から出てしまいました」
“对不起,我不自觉地从我的嘴里出来了。”

「若いね、あんた」
“你还年轻,不是吗?”

「十九歳でしょ?」
“你十九岁了,不是吗?”

「齢二十一です」
“我二十一岁了。”

「二歳はずした」
“我两岁了。”

ヒカルがネリさんにお金を渡す。わたしの年齢で賭けをしていたの? 大丈夫かな、この人たち。
Hikaru 给了 Neri 一些钱。 你在我这个年纪下注吗? 我想知道这没事吗,这些家伙。

「あのう、これを……」
“哦,......这个。”

斜めに掛けたポーチのポケットからサナは手紙を取り出す。
Sana 从斜袋的口袋里掏出一封信。

「町田さんからの最後の手紙かい」
“这是町田先生的最后一封信吗?”

安楽椅子に座って鼻眼鏡をつけると、先日亡くなったおばあさんが残した封書をネリさんが開く。サナも何が書いてあるか知らない。
当她坐在安乐椅上戴上鼻镜时,Neri 打开了一封前几天去世的祖母留下的密封信。 Sana 也不知道上面写了什么。

「町田さんは残念だったわね」
“町田先生很失望。”

ネリさんが便箋に視線を落としたまま、サナに言う。
内里对萨娜说,她的目光一直盯着信笺。

「大往生でした。ネリさんの元へ行って、この手紙を渡してくれと今際の際に言付かりました」
“我去找 Neri,让她把这封信给我。”

「古い言い方をするねえ、若いのに」
“你说这话的方式很老,即使你还年轻。”

「生前の祖母はしょっちゅうネリさんの話をしていました」
“我奶奶以前总是谈论 Neri。”

「良い話だといいけど」
“我希望这是一个好故事。”

ネリさんが灰色の眉を上げる。
内里扬起她灰色的眉毛。

ヒカルは腕を組んで壁によりかかり、ネリさんが手紙を読み終わるのを待っている。
光双臂交叉靠在墙上,等待 Neri 读完信。

何も言われないので椅子に座りづらく、ネリさんから少し離れた場所でサナは佇む。
由于什么都没说,所以很难坐在椅子上,Sana 站在离 Neri 稍远的地方。

「サナといったね。今日からここに住んで働きなさい。二階の部屋が空いているから」
“我叫 Sana,从今天开始,你将在这里生活和工作。 楼上有一个房间是空的。

ネリさんが顔を上げ、丸眼鏡の上からサナを見た後、壁際に立つヒカルを見やる。
内里抬起头,透过她的圆眼镜看向萨娜,然后看向靠墙站着的光。

「本気?」
“你是认真的吗?”

ヒカルが顔を歪めて不満を露わにする。
光扭曲着他的脸以表示他的不满。

「町田さんとは古い知り合いでね。町田さんの孫なら歓迎よ。ゴロも亡くなったのね」
“我认识町田先生很久了,如果他是他的孙子,我们欢迎他。 五郎也死了。

ネリさんが一緒に暮らしていた猫の名前をだす。最初におばあさんがこの世を去り、葬儀が終わるとゴロも冷たくなっていた。
我给出了 Neri 以前住过的那只猫的名字。 首先,老太太去世了,葬礼结束后,五郎很冷。

「今日の聞き取りから同行すればいい」
“你可以陪我参加今天的听证会。”

ネリさんが微笑む。聞き取り。この人たちは探偵なのかな?
内里笑了。 听力。 这些人是侦探吗?

「ちょっと、ちょっと、そんな急に」
“嘿,嘿,这么突然。”

「いつでもなんでも初めは唐突なものよ」
“一开始总是很突然。”

納得していないヒカルを無理やり封じ込めるようにネリさんが微笑みを強める。
Neri 的笑容愈演愈烈,仿佛要强行遏制不服气的 Hikaru。

「了解」
“明白”

渋々承諾し、ヒカルが勢いよく階段を駆け上る。
光不情愿地同意了,冲上楼梯。

「あのう、聞き取りとはなんでしょうか」
“嗯,什么是倾听?”

ネリさんがサナの顔をじつと覗く。
内里看着萨娜的脸。

「仲人みたいなものよ」
“这就像一个媒人。”

仲人。仲人というのは聞き取りをする役割だったっけ。
媒人。 媒人的作用是倾听采访。

「仲人さんというのは夫婦でお受けするものと存じていますが、わたしはまだ結婚していませんし、男の人とおつき合いしたこともないのですが」
“我知道媒人被已婚夫妇接受,但我还没有结婚,而且我从来没有和男人约会过。”

再びネリさんがサナの顔を穴が開くほど見つめる。
Neri 再次盯着 Sana 的脸,直到它刺穿。

「最初は見ているだけだからヴァージンでも勤まるよ」
“起初,我只是在看,所以我要为 Virgin 工作。”

どんな仕事か見当もつかずサナが首をひねっていると、二階から大きな音を立ててヒカルが階段を降りてきた。白いシャツに黒く短いジャケット、同じく黒いパンツのいでたち、さっきまでのホットパンツ姿とはえらい違いだ。
Sana 扭着脖子,不知道这是什么工作,这时 Hikaru 从楼梯上走下来,二楼传来一声巨响。 他穿着白衬衫,黑色短夹克,黑色裤子,与之前穿的热裤相差甚远。

「行くよ」
“我要走。”

階段を駆け下りてきたそのままのスピードで玄関のドアを開けて外へ出るヒカルを慌ててサナも追う。お邪魔しました、と言おうとネリさんの方を振り向くと、
Sana 急忙跟着打开前门的 Hikaru 走出去,速度与她跑下楼梯的速度相同。 当我转身对 Neri 说我很抱歉打扰你时,

「いってらっしゃい」
“进来。”

とネリさんが微笑んだので、いってきます、と返した。行って帰る場所。今日からここがわたしの家になったのだ。
内里笑了笑,所以我回答说我会来的。 一个可以去和回来的地方。 从今天起,这里就成了我的家。

家の脇に小さなモスグリーンの車が停まっていた。
一辆长满苔藓绿色的小车停在房子的一侧。

「早く乗って」
“快点上车。”

サナが助手席に乗り込むと、小さな車は土煙を巻き上げて発進した。芝生を踏み越え、舗装した車道へ出る。
Sana 坐上了副驾驶座,小车在一团烟雾中启动了。 跨过草地,走上铺砌的车道。

ヒカルは小さなハンドルを小刻みに回して、海岸沿いのカーブを器用にこなす。右側は海が広がり、左側には山が迫る。
Hikaru 摆动着他的小手柄,灵巧地沿着海岸的曲线导航。 右边是大海,左边是山脉。

助手席に座る人間は、運転手に絶えず話しかけなければいけないとなにかで読んだ。でもなんて声を掛けたらよいのだろう。「良いお天気ですね」も今更だし、「お加減いかがですか」というのも変だし。
我在某处读到,坐在副驾驶座上的人必须不断地与司机交谈。 但是我应该说什么呢? “It's good weather”为时已晚,说“你好吗”很奇怪。

「あなた、どうやって家まで来たの?」
“你怎么回家的?”

迷っているうちにヒカルから質問してきた。
就在我犹豫的时候,光问了我一个问题。

「えっと、祖母の家からバスと飛行機、空港から電車、駅からタクシーで来ました」
“嗯,我从祖母家坐公共汽车和飞机,从机场坐火车,从车站坐出租车。”

「駅にタクシーいた?」
“车站有出租车吗?”

「岬まで歩いていこうと思ったのですが、とても歩ける距離じゃないからと近くにいた方がタクシーを呼んでくれました」
“我想走到海角,但附近的人叫了出租车,因为走路不是很远。”

「電話してくれればお迎えに参上したのに」
“如果你打电话给我,我会来接你。”

「いえいえ、そんな滅相もない」
“不,不是真的。”

「メッソウって、若い人にはやっているの?」
“你这样做是为了年轻人吗?”

「寡聞にして存じません」
“我不知道。”

ヒカルが声を上げて笑った。海側に小さな漁港が現れた。後方の海越しに岬の突端がかすかに見える。いるか岬が長い海岸線から突き出ているのがよくわかる。
光大声笑了起来。 一个小渔港出现在海边。 在我们身后的海面上,海角的尖端隐约可见。 您可以清楚地看到,海角从长长的海岸线上突出。

「あのう、わたしは何をすればよろしいのでしょうか? 仲人さんだってネリさんは仰っていましたが」
“嗯,我该怎么办呢?

「仲人ね、まあそんなものだよ。最初だから黙ってわたしの横でニコニコしていて。場が和む」
“媒人,嗯,就是这样,自从这是第一次以来,他在我旁边一直保持沉默并微笑。 这很舒缓。

そう言うと、ヒカルがアクセルを強く踏み、期待に応えるように小さな車が懸命に加速する。
“说这句话时,光踩下油门,小车急速加速,仿佛达到了预期。

市内にあるマンションの前で車が停まった。車から降りると洋服をぱっぱっと整えてヒカルがマンションのエントランスで部屋番号を押す。
车停在该市的一栋公寓楼前。 下车后,Hikaru 整理好衣服,并在公寓入口处按上她的房间号。

「ねこつくりの宮から来ました」
“我来自猫宫。”

ヒカルがはっきりした声で挨拶をする。
光用清脆的声音打招呼。

自動ドアが開き、ヒカルと一緒にエレベーターに乗り込む。上昇するエレベーターの中で、サナの表情が固まる。ねこつくりの宮? なにそれ?
自动门打开,他和 Hikaru 进入电梯。 在电梯上升中,Sana 的表情变得严肃起来。 猫的宫殿? 这是什么?

ドアのチャイムを鳴らすと、四十歳ぐらいの女性がでてきた。細身で光沢のあるカットソーを着ている。
当我按门铃时,一个大约 40 岁的女人走了出来。 她穿着一件纤细闪亮的针织衫。

「ああ。あなたたちが」
“哦,你们。”

もっと違うタイプの人が来ると思ったらしく、若い女ふたりを値踏みするような視線を彼女が送ってくる。
她似乎觉得有不同类型的人要来了,她轻蔑地瞥了两个年轻女子一眼。

「どうぞ」
“去吧。”

「失礼します」
“对不起。”

通されたダイニングでは旦那さんが穏やかな笑顔で迎えてくれた。真面目そうな人だ。奥さんと同い年だろうか。
在餐厅里,我丈夫用温柔的微笑向我打招呼。 他似乎是一个严肃的人。 他和他的妻子同龄吗?

食卓に向かい合って四人で座る。
四个人在餐桌上相对而坐。

「いいお部屋ですね」
“漂亮的房间。”

ヒカルが笑顔で褒める。家の中はきれいに整っているけど、あまりに物が少ない。壁にもキッチンカウンターにも写真一枚飾っていない。
光微笑着称赞道。 房子整洁,但东西太少了。 我的墙上或厨房柜台上没有一张照片。

「猫が欲しいとのご依頼ですが、その前にいくつかお聞かせいただきます」
“你想要一只猫,但在你这样做之前,我想问你几个问题。”

ヒカルがノートでメモをとる準備をする。
光准备在他的笔记本上做笔记。

「はい、もちろんです」
“是的,当然。”

不安そうな表情を浮かべる妻を察して、旦那さんが応える。なにがはじまるのか、なにをしたらよいのか全くわからないので、ヒカルに言われた通り、場の和みに貢献できるようにサナは横で笑顔を作り、ニコニコしておく。
感觉到他的妻子带着焦虑的表情,她的丈夫回应道。 她不知道会发生什么或该做什么,所以 Sana 按照 Hikaru 的指示去做,并在她身边微笑,以便她可以为这个地方的和谐做出贡献。

「この部屋はご自身の所有で、家族はおふたりだけですか?」
“这个房间是你的主人吗,你是唯一的家庭成员吗?”

「ええ、結婚してすぐにこの部屋を買って、それからずっと住んでいます。家族は、ふたりです」
“是的,我一结婚就买下了这个房间,从那时起我就一直住在那里。

旦那さんが質問に答える。「家族」と「ふたり」の間に空いた一拍で、旦那さんが妻の顔をちらと見た。
我丈夫回答了我的问题。 在“家庭”和“两个”之间的节拍中,丈夫瞥了一眼妻子的脸。

「動物とは一緒に暮らしていますか?」
“你和动物住在一起吗?”

「いえ、飼っていません」
“不,我没有。”

旦那さんの答えにヒカルがわずかに怪訝な表情をした。
光对她丈夫的回答显得有些怀疑。

ヒカルの質問は、猫を飼うのにこの家がふさわしいかどうか確認しているようだ。
光的问题似乎在确认这所房子是否适合养猫。

身寄りのない猫を保護して、猫がほしい方に仲介するボランティア団体があると聞いたことがある。ゲージに入った猫や犬を公園で譲渡している人たちを見かけたこともある。「聞き取り」とは猫たちが快適に暮らせる環境かどうか確かめることに違いない。
我听说有一个志愿者组织保护孤儿猫,并为那些需要它们的人充当中介。 我见过人们在公园的笼子里送人猫和狗。 “倾听”必须是为了确保环境对猫来说很舒适。

さっきはいきなり「ねこつくりの宮」なんて言うからびっくりしたけど、猫を譲渡するボランティア団体の名称なのだろう。聞き取りの目的がわかってサナはほっとした。
我很惊讶地听到它突然写着“Cat Maker's Palace”,但我猜这是一个转移猫的志愿者组织的名称。 Sana 知道采访的目的后松了一口气。

きっとゴロもこうやって「ねこつくりの宮」からおばあさんの元に引き取られてきたにちがいない。だから、おばあさんはネリさんを知っていたのだ。
我敢肯定,五郎一定是被他的奶奶以这种方式从《创猫宫》收留的。 所以老太太才认识内里。

「どうして猫がほしいのですか?」
“你为什么想要一只猫?”

メモを書き込んだ後、ヒカルがまた質問を投げる。
写完便条后,光又问了另一个问题。

「わたしたちには子どもがいません。このあとの人生ふたりだけでは寂しいから猫でもいたらいいかなと思いまして」
“我们没有孩子,我想养一只猫会很好,因为我的余生都会孤独。”

続けて旦那さんが説明する。
我丈夫继续说。

「猫でも……、ですか? 猫ではなくても良いように聞こえますが?」
“......一只猫,还是听起来它不一定是一只猫?”

すぐにヒカルが質問をかぶせる。
光立即提出了一个问题。

「いえいえ、そんなことはありません。おたくから素晴らしい猫をいただけると知り合いに聞きましたのでお電話しました。お気を悪くされたのなら謝ります。わたしたちには猫が必要なのです。どうかお願いします」
“不,不是真的,我从一个熟人那里听说你可以从极客那里得到一只很棒的猫,所以我打电话给你。 如果我冒犯了你,我很抱歉。 我们需要猫。 拜托,拜托。

慌てて旦那さんが頭を下げる。ヒカルのシビアな態度にサナは驚いた。保護した猫を引き渡すのにここまで厳しくする必要があるのか。
我丈夫急忙低下头。 Sana 对 Hikaru 的严厉态度感到惊讶。 交出一只被庇护的猫有必要这么严格吗?

「わたしが流産したのです」
“我流产了。”

夫の隣で押し黙っていた奥さんが告白した。
在丈夫旁边沉默不语的妻子坦白了。

「それは言わなくても……」
“你不必这么说......

旦那さんが妻の肩に手を置く。
丈夫把手放在妻子的肩膀上。

「全部知ってもらった方がいいですから」
“他们最好什么都知道。”

「お願いします」
“求你。”

身を乗り出してヒカルが強く肯く。
身体前倾,Hikaru 强烈肯定。

「わたしたちは長い間不妊治療を受けていました。結婚して最初の頃はお互い若かったので、子どもよりも夫婦ふたりでの暮らしを楽しんでいました、妻も働いていましたし。三十五歳を過ぎて、そろそろ子どもを作ろうとしたのですが、なかなかできなくて、病院で診てもらったら、お互いに子どもができづらい体質だとわかりました」
“我们接受了很长时间的生育治疗,刚结婚时,我们都很年轻,所以比起生孩子,我们更喜欢夫妻生活,而且我的妻子在工作。 35 岁以后,我试着要孩子,但做不到,当我在医院检查时,我发现我们俩都很难生孩子。

隣に座る妻と、自分の感情のどの部分にも触れないように淡々と旦那さんが話す。
我的妻子坐在我旁边,她的丈夫漫不经心地交谈,以免触及她的任何情绪。

「自然妊娠の可能性は低いという診断結果でしたので、顕微授精の治療をうけることになりました」
“诊断结果是自然受孕的可能性很低,所以我接受了微授精治疗。”

「顕微授精というのは?」
“什么是微授精?”

ヒカルが訊ねると、旦那さんが軽いため息をついた。
光问道,她的丈夫轻轻地叹了口气。

「顕微鏡でみながら卵子に精子を人工的に注入して受精させる方法です。体外受精という方法もありますが、わたしたちの場合は精子と卵子両方の状態が良くなかったので、顕微授精を医師に勧められました。顕微授精が成功する確率は七割だといわれています」
“还有一种叫做体外受精的方法,但在我们的案例中,精子和卵子的状况都不好,所以医生建议进行微授精。 据说微授精成功的概率是 70%。

「高いですね」
“这很贵。”

ヒカルが言うと、旦那さんが再びため息をつき、視線を落とす。
Hikaru 说,她的丈夫再次叹了口气,垂下了目光。

「受精して終わりじゃないのよ。あなたたちも保健の時間で習ったでしょう。受精卵を子宮に戻して、着床しないと妊娠にはならないのよ」
“受精并不是故事的结局,你一定在健康课上学过。 如果你不把受精卵放回子宫里植入,你就不能怀孕。

しかめ面をした奥さんが口を開いた。若者ふたりに自分たちの内実を話さなければならない苛立ちと、猫がほしい気持ちの間で戸惑っているように見える。
他的妻子皱着眉头,张开了嘴。 他们似乎在不得不告诉这两个年轻人他们要说的话的挫败感和他们对猫的渴望之间左右为难。

「なるほど。大変ですね」
“我明白了,这很难。”

すまなそうな顔をヒカルが作る。とてもセンシティブな内容なのにヒカルが巧みに会話を誘導する。手慣れている。
光露出一个抱歉的表情。 尽管内容非常敏感,但 Hikaru 巧妙地引导了对话。 我已经习惯了。

「着床しそうな元気な受精卵ができたら、突然連絡が来るの。わたしも仕事をしていたから明日来てくれと言われたら急遽休みをとらないといけない。不妊治療を受けていたことは同僚に伝えていなかったから社内の気まずい雰囲気に耐えきられず退職したわ」
“当我有一个即将植入的健康受精卵时,我突然接到一个电话,而且我也在工作,所以如果他们让我明天来,我就得请假一天。 我没有告诉我的同事我正在接受生育治疗,所以我受不了公司里尴尬的气氛,于是辞职了。

当時の辛かった日々を思い出したのか奥さんが遠い目をする。
也许是想起了那段日子的艰苦岁月,他的妻子用遥远的眼神看着他。

「お金も随分かかったでしょうね」
“这肯定花了很多钱。”

丁重な声でヒカルが訊ねる。退職したと聞いて猫の飼育費が気になったのだろうか。自分も猫と暮らしていたからわかるけど、猫の飼育にお金はそんなにかからない。真面目な感じの旦那さんは安定した稼ぎがありそうなのに、家庭の財務状況まで確かめる必要があるのか。捨て猫の譲渡にしては、なにもかもが大袈裟すぎる。
光用礼貌的声音问道。 当我听说我已经退休时,我想知道我是不是担心养猫的费用。 我知道,因为我自己也养过猫,但养一只猫不需要花那么多钱。 一个认真的丈夫看似有稳定的收入,但有必要检查家庭的经济状况吗? 对于一只被遗弃的猫的转移,一切都太夸张了。

「顕微授精一回で七十万円かかるのよ。気軽に何度もできなくて、最後の方は貯金ができたら試すみたいになっていた」
“一次微授精要花 700,000 日元,我不能随便重复做,到头来,我打算在有足够的积蓄时尝试一下。”

「あともう一回、あともう一回と試していたときに妻が妊娠しました」
“我又试了一次,又试了一次,然后我妻子怀孕了。”

旦那さんが話す。奥さんも話したそうだったが、旦那さんが遮った形になった。
我丈夫说话。 他的妻子也说话了,但她的丈夫打断了她。

「お喜びになったでしょうね」
“你会很高兴的。”

「もちろんです、散々苦労した末の妊娠でしたから。母胎に負担をかけないように慎重に生活して、毎日葉酸を飲みました。他にも母胎に良いと聞いたことは、ことごとく試しました」
“当然,这是经过很多努力后怀孕,所以我小心翼翼地生活,以免给妈妈的子宫带来负担,每天都服用叶酸。 我试过了其他所有我听说对母亲的子宫有益的方法。

妻に話をさせないように旦那さんが早口で話を続ける。
丈夫继续快速交谈,以免让妻子说话。

「それでも流産してしまったのですね」
“你还是流产了。”

旦那さんが言う前にヒカルが口を挟む。
Hikaru 在她的丈夫还没来得及说什么之前插嘴。

「はい。医者も言っていましたが、誰が悪いわけではなく、妊娠の十パーセントはうまくいかないそうですし、そもそも通常の受精卵に比べて弱かったわけですから」
“是的,医生说这不是任何人的错,是 10% 的怀孕没有成功,而且它本来就比正常的受精卵弱。”

ヒカルがその言葉を言ってくれてほっとしたような表情を旦那さんが浮かべ、「誰が悪いわけじゃない」の言葉を強調して話す。
她的丈夫对光说了这些话似乎松了一口气,并强调这些话:“这不是任何人的错。

「ふたりとも泣きました。涙が枯れるころには気持ちがふっきれて、子供は諦めることにしました。どちらが言い出したわけでもなく、同時にふたりとも同じ結論に達しました」
“我们俩都哭了,当眼泪干涸时,我们不知所措,决定放弃。 我们俩都没有说出来,我们俩同时得出了同样的结论。

旦那さんが説明する。どちらの判断か明確にせず曖昧のまま流すのが、夫婦生活を長く続ける秘訣なのかもしれない。結婚はおろかお付き合いもしたことがないわたしには応仁の乱ぐらい遠い話だけど。
我丈夫解释道。 让它模棱两可地流动,而不澄清哪个决定是继续长寿婚姻生活的秘诀。 对于从未谈过恋爱,更不用说结婚的我来说,这就像应仁战争一样遥远。

「奥様もそれで了承されているのですか?」
“你老婆赞成吗?”

ヒカルが奥さんの顔を向く。
光转向他妻子的脸。

奥さんがゆっくり肯く。
妻子慢慢地肯定。

「わかりました」
“好的。”

夫婦の表情を確認して、鞄から書類を取り出す。
他打量了一下这对夫妇的表情,从包里拿出文件。

「ここにおふたりのサインをお願いします」
“我想在这里得到你的签名。”

記入用紙を手際よくひっくり返して夫婦に向ける。すべての所作がさまになっていて、サナは感動した。
表格被巧妙地翻转过来,指向这对夫妇。 所有的动作都乱七八糟,Sana 印象深刻。

「は、はい」
“是的。”

旦那さんが先に書き込み、書類の内容を改めて確認したのか、それとも自分の気持ちを再確認したのか少し間を置いた後に奥さんがサインした。ふたりの表情は不安げだった。不動産の売買契約にサインするようにも、離婚届にサインするようにも見えた。
丈夫先写了,短暂的停顿后,无论是再次确认文件的内容还是再次确认自己的感受,妻子才签了字。 他们的表情很焦虑。 这看起来像是签署一份房地产销售合同或签署离婚文件。

ヒカルは用紙を手に取り、不備がないか慎重に確かめる。
Hikaru 拿起纸张并仔细检查它是否有任何缺陷。

「以上で本日の手続きは終了です。お疲れさまでした。これから戻って審査に入ります。審査が通りましたらご連絡致しますので、説明書のとおりに準備をお願いします」
“今天的手续就到这里了。 我要回去开始审查。 审核通过后我们会与您联系,请按照说明进行准备。

薄いA4の冊子をヒカルが夫婦に差し出す。表紙には「猫とくらすために」とある。コピー用紙に白黒印刷。ヒカルかネリさんの手作りだろう。
Hikaru 向这对夫妇赠送了一本薄薄的 A4 小册子。 封面上写着,“与猫一起生活”。 在复印纸上打印的黑白打印。 它必须由 Hikaru 或 Neri 手工制作。

「わかりました。よろしくお願いいたします」
“好的,谢谢你。”

夫婦がお辞儀をしたので、サナも遅れて頭を下げた。
当这对夫妇鞠躬时,Sana 也迟迟地低下了头。

「すごいですね」
“太神奇了。”

助手席でサナが言った。
Sana 在副驾驶座上说。

「なにがあ?」
“那是什么?”

仕事が終わった開放感からか、行きよりハンドルをゆったりと握るヒカルが気のない返事した。
或许是因为下班后的自由感,光随口回答,比起走,他更悠闲地握着方向盘。

「お仕事ですよ。あの夫婦とのやりとり。テキパキしていてプロって感じでした」
“这是一份工作。 他很活泼,也很专业。

「あんたもすぐにできるようになるよ」
“你很快就能做到了。”

「そうですかね」
“我想是的。”

「それが良いことかどうかわからないけどね」
“我不知道这是不是一件好事。”

市内からいるか岬へ戻る道をヒカルは見つめている。
光盯着从城市返回海角的路。

その先の説明はなく、ヒカルが沈黙する。FM放送からの洋楽だけが車内に響く。サナにはなんて曲かさっぱりわからない。
除此之外没有其他解释,Hikaru 沉默了。 只有来自 FM 的西方音乐在车内播放回声。 Sana 不知道这是一首什么样的歌。

「あんた、都会から来たでしょ?」
“你来自城里,不是吗?”

「どうしてわかるのです?」
“你怎么知道的?”

「何となく雰囲気がね。言葉は変だけど。都会かあ。メトロポリタンだ。ポリがつくものをわたしは信じないんだよね、ポリシー、ポリス、ポリティカル」
“这是一种氛围,尽管语言很奇怪。 它是一个城市吗? 这是大都会。 我不相信任何有多边形、政策、警察、政治的东西。

「ポリプロピレンはどうですか?」
“聚丙烯呢?”

「うーん、ポリプロピレンについて深く考えたことはなかったけど、お友達にはなれそうにないな」
“嗯,我还没有真正考虑过聚丙烯,但我不认为我们会成为朋友。”

ヒカルが苦笑する。いつのまにか車は市街地を抜け山間に入った。行きとは別の道のようだ。息切れしそうな音を立てて車が坂道を上る。道が平坦になり車が一息ついたときに視界が開けた。山だ。独立した峰が目の前に現れた。頂きから左右対称の斜面が山裾までなだらかに流れる富士山みたいな円錐形の山だ。
光苦笑。 不知不觉中,汽车穿过城市,进入了山区。 这似乎是一条与你走的路不同的路。 一辆汽车上山,发出似乎上气不接下气的声音。 当道路变平,汽车稍作喘息时,视野开阔了。 这是一座山。 一座独立的山峰出现在我面前。 它是一座像富士山一样的锥形山,对称的斜坡从山顶缓缓流向山脚。

「なんとか富士という名前ですか?」
“你能给它起个名字叫富士吗?”

同じかたちをした山に富士の名をつけることがある。八丈富士とか、薩摩富士とか。
形状相同的山有时以富士命名。 八条富士、萨摩富士等

「この山? 富士山じゃないよ。土地の人は御山って呼んでる。晴れていれば、いるか岬からも見えるよ」
这不是富士山。 当地人称它为美山。 如果天气晴朗,你可以从海角看到它。

「御山」
“美山”

御山の中腹に夕日が落ちる。斜面が赤く染まり、すでに陽が届いていない山の反対側の漆黒と明確なコントラストを作り出す。その奥にはわずかだが光る海が見える。絵のような壮麗で美しい景色。本物の富士の夕焼けはさらに壮大に違いない。富士は「不死」が語源だそうだ。これ以上の景色を見たら、山に不死の力があると信じられそうだ。
夕阳落在山腰上。 山坡被染成红色,与山另一侧的漆黑形成鲜明对比,太阳尚未到达那里。 在背景中,您可以看到一片微小但闪闪发光的大海。 如画壮丽,风景秀丽。 真正的富士日落一定更加壮观。 据说富士起源于“不朽”这个词。 如果你再看任何风景,你就会相信这座山拥有不朽的力量。

「綺麗です」
“太美了。”

サナは率直に呟く。
Sana 坦率地喃喃自语。

「わたし、その気はないよ」
“我不想。”

「えっ? いや、そんなつもりではないです。あ、いや、ヒカルさんが綺麗じゃないと言っているわけじゃなく、えっと……」
不,我不是故意的。 哦,不,我不是说 Hikaru 不漂亮,而是.......”

「わかってるよ」
“我知道。”

ヒカルが大声で笑う。ヒカルの運転する車が御山の裾野を駆ける。
光大声笑了起来。 Hikaru 驾驶的汽车在美山脚下行驶。

御山の麓を周り、いるか岬の青い家に到着すると海は夜に沈んでいた。行きよりも帰りの道程の方が短く感じた。
我们绕着山脚走,来到了海角上的蓝色房子,海已经沉入了黑夜。 回程感觉比出路短。

庭に車を止めると、荷物を持ってヒカルは早足で家に入る。遅れないようにサナもついていく。
当他把车停在院子里时,光带着行李快步走进了房子。 Sana 跟在后面,以免迟到。

「おかえり」
“欢迎回来”

ネリさんが安楽椅子で文庫本を読んでいた。
内里正坐在扶手椅上看一本平装书。

「どうだった?」
“怎么样?”

鼻眼鏡を外しながら、ネリさんがヒカルに訊ねる。相手がどんな人でどういう境遇なのか正確に手早くヒカルが報告する。ヒカルの言葉をネリさんが丁寧に肯きながら聞く。
Neri 摘下眼镜时问 Hikaru。 Hikaru 很快就准确地报告了对方是什么样的人,他们处于什么样的情况。 Neri 礼貌而肯定地听着 Hikaru 的话。

「いいよ。お客様に連絡してあげて」
“好的,我会告诉你的。”

「イエッサー」
“Yesser”

ヒカルが返事する。昼間のお客様はどうやら審査を通過したようだ。
Hikaru 回答道。 白天的顾客显然通过了筛查。

「ご苦労様。あんたも」
“谢谢你的辛勤工作。”

ネリさんがサナの方を向く。
内里转向萨娜。

「わたしは何もしていません。ヒカルさんの横でただ座っていただけで」
“我什么都没做,我只是坐在光同学旁边。”

サナが首を振って否定する。
Sana 摇摇头否认。

「最初からうまくできたら面白くないさ。ヒカルだって最初はお客に喧嘩を売るような口調だったからね」
“如果你第一次就做对了,那就不好玩了,因为即使是 Hikaru 一开始也有点像向客户推销一场战斗。”

微笑を浮かべてネリさんがマグカップに口をつける。
Neri 脸上带着微笑,把嘴放在杯子上。

「人を不良みたいに言って。今はもう丸くなったし」
“把人当作罪犯来称呼,现在我好了。”

ヒカルが口を尖らせる。
光抿了抿嘴唇。

サナはヒカルの身体をじろじろと見る。
Sana 盯着 Hikaru 的身体。

「そういう意味じゃなくてさ、あんた、言葉の解釈が変だよ」
“我不是这个意思,你对词的解释很奇怪。”

「よく言われます」
“人们常说。”

サナが応えると、玄関のチャイムが鳴った。
Sana 接了电话,门铃响了。

「よろしく」
“问候。”

ネリさんがサナに猫の刺繍がしてある財布を渡す。サナが玄関のドアを開けると、ピザの箱を持った若い配達人が立っていた。ドアが開く前から用意していた営業用のスマイルが驚きの表情にみるみる変わり、若者がサナの顔を凝視する。
内里给了萨娜一个绣有猫的钱包。 当 Sana 打开前门时,她看到一个年轻的送货员手里拿着一盒披萨。 原本在开门前就准备好的商务笑容突然变成了惊讶的表情,青年盯着萨娜的脸。

「どうかされましたか?」
“你做了什么?”

「あ、ピザをお届けにあがりました」
“哦,我是来送披萨的。”

告げられた代金を財布から探していると、
当我在寻找价格时,我的钱包里有人告诉我,

「ここに住んでいるのですか?」
“你住在这里吗?”

と配達人が訊ねる。
送货员问道。

「ええ、今日から」
“是的,从今天开始。”

小さなピザみたいに若者の目が丸くなる。この家に住むのはそんなに奇妙なことなのだろうか。
年轻人的眼睛像个小披萨一样翻来覆去。 住在这房子里有那么奇怪吗?

「待ってました! 一仕事する前に腹ごしらえをしょう」
“我一直在等,我们去上班之前先吃点东西。”

今仕事が終わったと思ったのに、まだ何かあるのか。
我以为我已经完成了我的工作,但还有事情要做吗?

ヒカルが薄い箱を開けると、パックマンの形をした欠けた円形のピザが現れた。
Hikaru 打开薄盒子,露出一个吃豆人形状的碎裂圆形披萨。

「こ、これ、つまみ食いされていますよ。ピザ屋さんに連絡しないと」
“这是小吃,我需要联系披萨店。”

「いいのよ、このように注文したんだから」
“没关系,因为我是这样点的。”

ヒカルが答える。
光回答。

「ダイエット目的ですか? やっぱり体が丸くなったのですか?」
“是为了节食吗?

「失礼ね、あんた。違うわよ。願掛けみたいものね。昔からネリさんがそうしているのよ。このピザ屋さんはよく知っているから、特別に欠けたピザを作ってくれるのよ」
“对不起,先生。 这就像一个愿望。 这就是 Neri 长期以来一直在做的事情。 我非常了解这家披萨店,所以他们制作了一种特别的薯片披萨。

「完全なものが好きじゃないだけさ。面白くないからね。さあ、食べましょう」
“我就是不喜欢完整的事物,因为它不好玩。 来吧,我们吃饭吧。

ネリさんが一切れ手に取ると、欠けた部分が大きくなり、何かを飲み込もうとする魚の口みたいな形になる。完全なものが好きじゃない。なんでだろう?
当 Neri 捡起一块时,碎裂的部分会变大,并呈现出鱼嘴的形状,试图吞下什么东西。 我不喜欢完整的事物。 我想知道为什么?

「ほれ、食べて、食べて」
“看,吃,吃。”

ヒカルがサナを促すので、口にした。この近くに宅配ピザ屋さんはなさそうだから、昼間に行った市内から運んできたのだろう、少し冷めている。だけどお腹が空いていたのでサナにはおいしく感じた。何より、仕事が終わった後にネリさんとヒカルと一緒におしゃべりをしながら食事ができるのが嬉しい。今朝まで住んでいた家ではおばあさんとゴロが亡くなってからサナはひとりで食事をしていた。
光催促萨娜,于是她开口了。 这附近好像没有披萨外卖店,所以肯定是从我白天去的城市带来的,而且有点冷。 但我饿了,所以我为 Sana 感觉很好。 最重要的是,我很高兴下班后能够一边吃东西一边与 Neri 和 Hikaru 聊天。 在她住到今天早上的房子里,Sana 自从她的祖母和 Goro 去世后就一直一个人吃饭。

「一仕事はわたしもお役に立てますか?」
“我能帮你找个工作吗?”

サナが訊ねる。
Sana 问道。

「あなたにはまだ早いわよ」
“对你来说还为时过早。”

ヒカルが言うとネリさんの顔を見る。ネリさんはヒカルの視線に気づかないのか、気づかない振りをしてピザを食べ続ける。年を取ってもピザをたくさんほおばるネリさんの健啖さに感心した。おばあさんは和食を少ししか取らなかった。
Hikaru 看着 Neri 的脸说。 Neri 没有注意到 Hikaru 的目光,或者假装没有注意到并继续吃披萨。 Neri 的健康状况给我留下了深刻的印象,即使她年纪大了,她也吃了很多披萨。 老太太只吃了一点日本菜。

「あ、記念写真を撮っていなかった」
“哦,我没有拍纪念照。”

二階からヒカルがカメラを持ってくる。
光从二楼带来了一台相机。

「写真は嫌いだよ」
“我讨厌摄影。”

ネリさんはにべもない。
内里是一个无名小卒。

「まあまあ、せっかく新しい住民が来たんだから。サナ、ネリさんの横に来て」
“嗯,我们这里有一位新居民,Sana,请到 Neri 旁边来。”

ヒカルがテーブルにカメラを置き、セルフタイマーを掛ける。
Hikaru 将相机放在桌子上并设置自拍定时器。

「ふん」
“嗯。”

不機嫌そうな顔をするネリさんの横にヒカルがついたときにシャッターがおりた。
当光在内里旁边时,快门拉了下来,内里看起来很不满。

ピザを食べ終わると、自分にあてがわれた二階の部屋へ行き、バッグを開けて、荷物を広げた。風呂へ入り(やっぱり山小屋のような風呂だった)、寝る支度をしてベッドに寝転がる。
吃完披萨后,我上楼回到我的房间,打开我的包,打开我的行李。 我洗了个澡(毕竟它就像一个山间小屋),准备睡觉,然后躺在床上。

角部屋なので窓がふたつある。ひとつの窓は海を向いているけど夜なので何も見えず、波の音だけが届く。もうひとつの窓からは御山が望めるはずだが、暗闇以外やはり何も見えない。さきほどの美しい景色は闇に消え、御山の方角には見えない黒い壁が聳える。
由于是转角房间,所以有两扇窗户。 其中一扇窗户面向大海,但由于是晚上,你什么也看不到,只能听到海浪的声音。 从另一个窗口,您应该能够看到这座山,但除了黑暗之外,您什么也看不到。 早先的美丽景色消失在黑暗中,一堵看不见的黑墙向美山山的方向升起。

今日は色々とあった。おばあさんと住んでいた部屋を引き払い、飛行機とタクシーでここまでたどり着き、ヒカルと「ねこつくりの宮」の仕事をした。自分とは思えない行動力だ。
今天发生了很多事情。 他搬出了和祖母住在一起的房间,乘飞机和出租车来到这里,并与 Hikaru 一起在“Nekotsuri no Miya”上工作。 这是一种我认为我没有的行动力。

後悔はしていない。これ以外の道はないし、失う物は何もない。自分の内なる声に耳を傾けると、静寂の外から波の音が聞こえた。自分は遠くに来たんだ、だけど間違っていない。それにまだはじまったばかりだ。わたしにはやることがある。
我不后悔。 没有其他办法,也没有什么可失去的。 当我倾听内心的声音时,我听到了从寂静之外传来的海浪声。 我已经走了很长一段路,但我没有错。 而我们才刚刚开始。 我有工作要做。

サナは胸にぶら下がるロケットを握りしめて眠る。
Sana 睡着了,胸前挂着一个小盒坠子。

翌朝、着替えて一階へ降りていくと、ネリさんもヒカルもすでに起きて広間にいた。安楽椅子に座るネリさんの膝には子猫が眠っている。子猫は白黒の模様。小さな子猫だ。ネリさんの周りにいる三匹の子猫よりも小さい。
第二天早上,当我换好衣服下楼时,Neri 和 Hikaru 已经醒了,在大厅里。 Neri 坐在一张安乐椅上,一只小猫睡在她的腿上。 小猫有黑白图案。 这是一只小猫。 她比周围的三只小猫还小。

眠る子猫をヒカルがペット用のキャリーバッグに入れる。自分が動いたことに気づかないのか子猫は眠り続けている。
Hikaru 将熟睡的小猫放在宠物袋中。 小猫继续睡觉,也许没有意识到它已经移动了。

「さあ、行くよ」
“来吧,我们走吧。”

ヒカルが外へ出て、車に向かう。慌ててサナも乗り込むと、ヒカルが市内へと車を走らせる。昨日と同じ街の同じ部屋。
光下车走向汽车。 Sana 匆匆忙忙地上了车,Hikaru 开车进了城里。 与昨天在同一个城市的同一个房间。

部屋の玄関先でヒカルが子猫を手渡すと、子供がいない夫婦は喜んだ。奥さんに抱かれた子猫がブラウスの襞に鮮やかな色をした肉球を伸ばし、落ちないように短い爪を立てる。奥さんの顔を見て子猫がなきごえをあげると、奥さんの頬に涙が伝う。その光景を見た旦那さんが泣きながら、奥さんと子猫を丸ごと抱きしめた。
当光在房间门口把小猫递给时,这对没有孩子的夫妇很高兴。 他妻子抱着的一只小猫在衬衫的褶皱中伸出色彩鲜艳的爪垫,并竖起短爪以防止它们掉落。 当小猫看着他妻子的脸并给他哭泣时,泪水顺着他妻子的脸颊流下来。 当丈夫看到这一幕时,他哭了,拥抱了他的妻子和整只小猫。

ふたりの感情が収まる頃合いを見計らってヒカルが書類をだすと、奥さんが涙を拭い受取のサインをする。夫婦はヒカルに礼を言ってお辞儀した。
当 Hikaru 及时拿出文件让他们的情绪平息时,他的妻子擦干了眼泪并在收据上签了字。 这对夫妇向 Hikaru 表示感谢并鞠躬。

「なにかありましたら、すぐにお電話ください」
“如果你需要什么,请立即打电话给我。”

部屋にはいることなくマンションを出て、ヒカルは再び車に乗り込む。マンションのエントランスまででてきてくれた夫婦がバックミラーの中で子猫を抱いて頭を下げている。
光没有进入房间就离开了公寓,再次上了车。 来到公寓楼门口的一对夫妇,后视镜里抱着一只小猫,低着头。

夫婦が喜んでくれてサナも嬉しかったが、ひとつだけ不思議なことがある。あの子猫はどこからきたんだろう? 昨日の夜まで子猫はどこにもいなかったのに。
这对夫妇很高兴,Sana 也很高兴,但有一件奇怪的事情。 那只小猫是从哪里来的? 尽管直到昨晚才找到那只小猫。

ヒカルから仕事を引き継いだ。サナの日々の仕事はもっぱら家事と三匹の猫の世話になった。サナにとって最初の猫の譲渡のあと、お客様からの依頼はない。朝昼晩の食事の支度と掃除洗濯が主な仕事。午前中は、家全体の掃除をする。
他从 Hikaru 手中接过了这份工作。 Sana 的日常工作完全包括家务和照顾她的三只猫。 在 Sana 的第一次猫咪转移后,没有客户的任何请求。 我的主要工作是早上、中午和晚上准备饭菜,以及打扫和洗衣服。 早上,打扫整个房子。

いるか岬の青い家はさほど広くなく、一階はみんながあつまる広間、ネリさんの部屋と水回り。
伊鲁卡岬的青屋不是很大,一楼是大家聚集的大厅,内里的房间和水域。

二階はサナとヒカルの部屋がある。広間上部の吹き抜けが大きいので、ベッドが部屋の半分を占めるぐらいふたりの部屋は狭いが、暮らすのにさほど困らない。アイロンを借りにヒカルの部屋へ入った時に見たら、サナの部屋と全く同じつくりだった。
二楼是 Sana 和 Hikaru 的房间。 大厅顶部的中庭很大,所以床占据了房间的一半,所以两个人的房间很小,但住起来也不怎么麻烦。 当我进光的房间借用熨斗时,我看到它和萨娜的房间一模一样。

ネリさんの部屋も同じつくりなのかわからない。青い家に住み始めてから数週間経ってもサナはネリさんの部屋へ入ったことがない。鶴の恩返しみたいに部屋へ入るなと言われているわけではないが、ネリさんも招いてくれないので、自分から入るきっかけを失ったまま今に至る。昼間のネリさんは広間の安楽椅子にいることが多い。夜になると、ネリさんは自分の部屋に戻り、ネリさんの後を三匹の猫がつき従う。
我不知道 Neri 的房间是不是一样的。 即使在青房子里住了几个星期,Sana 也从未进入过 Neri 的房间。 这并不是说鹤告诉他不要进房间,但 Neri 也没有邀请他,所以他失去了自己进去的机会。 白天,Neri 经常坐在大厅的安乐椅上。 晚上,Neri 回到她的房间,后面跟着三只猫。

青い家は古いが、とても綺麗に手入れされていた。今まではヒカルがプロフェッショナルな精神で管理していたのだろう。ヒカルが苦手なのかどうかわからないが、水回りはくすんでいる箇所もあったので、サナは重点的に掃除した。洗面所のタイルの目地を古い歯ブラシで擦り、木でできた浴槽を布で磨いた。
蓝色的房子很旧,但维护得很好。 直到现在,光可能还以专业的精神来管理它。 我不知道光是不是不擅长,但水周围有一些沉闷的地方,所以萨娜专注于清洁它们。 我用旧牙刷擦洗浴室里的瓷砖接缝,然后用布刷木浴缸。

猫たちはネリさんの傍で大抵眠っている。サナが撫でようとするとすぐに立ってどこかへ行ってしまう。
猫通常睡在 Neri 身边。 一旦 Sana 试图抚摸他,他就会站起来去某个地方。

この家では猫たちは自由に外出できる。窓がいつも少しだけ開いているので、天気がよければ猫たちはいるか岬の芝生を散歩したり、樹に登って昼寝したりしている。海岸沿いを走る国道に飛び出して車に轢かれないか心配になるが、ヒカル曰く、この子たちはけっしているか岬を離れず、夜になると必ず家に戻るそうだ。ゴロを部屋でずっと飼っていたサナには驚きだが、この家の流儀なら従うしかない。
在这个房子里,猫可以自由外出。 窗户总是微微打开,所以如果天气好的话,猫就在那里,或者它们可以在海角的草坪上散步或爬树打个盹。 她担心自己会跑到沿着海岸延伸的国道上被车撞到,但光说这些孩子从不离开海角,总是在晚上回家。 一直把五郎留在自己的房间里的萨娜很惊讶,但她别无选择,只能走这所房子的路。

三匹以外の猫はいるか岬でも青い家でも見かけない。街から離れているからか野良猫すらいなさそうだ。猫は一回のお産で通常五匹以上産む。夫婦に手渡した猫は生後三ヶ月以内の大きさだったので、いるか岬で生まれたのなら、あの猫の兄弟がいるはずだが、家のどこでもみかけない。わたしが来る前に、兄弟は別の客へすでに譲渡されたのだろうか。あるいは別の秘密があるのかも。
除了他们三只之外,我没有看到任何猫,或者我没有在斗篷上或蓝色的房子里看到它们。 也许是因为它离市区很远,所以似乎甚至没有流浪猫。 猫通常在一次分娩中生下五只以上的猫。 我交给这对夫妇的猫还不到三个月大,所以如果我出生在海角,那只猫会有一个兄弟姐妹,但我在家里的任何地方都看不到它。 在我来之前,他已经被转移到另一位客人了吗? 或者也许还有另一个秘密。

サナは注意深く考える。秘密をたどっていけば、いるか岬に来た本当の目的にたどり着けるかもしれない。サナは胸のロケットを指で触れる。
Sana 仔细思考。 如果你遵循秘密,你也许能够达到你访问的真正目的。 Sana 用手指触摸她胸前的挂坠盒。

明るい空の下、サナは芝刈りを始める。夏場は毎週芝刈りをするようにヒカルから言い聞かされた。
在明亮的天空下,Sana 开始修剪草坪。 Hikaru 告诉她夏天每周都要修剪草坪。

家の裏手にある旧式の草刈り機に近づく。しばらく遊んでもらっていない飼い犬みたいに草刈り機が横たわっている。ヒカルから引き継いだ仕事の中で、機械にとんと弱い自分にとって草刈りは難題だ。
靠近房子后面的老式割草机。 割草机像一只有一段时间没有玩过它的家犬一样躺着。 在我从 Hikaru 那里继承的所有工作中,割草对我来说是一项艰巨的任务,因为我对机器非常不擅长。

燃料が入っているのを確認してオレンジ色のチョークと呼ばれるスイッチを捻る。エンジンをかけようと始動ロープを引っ張るが、なかなかうまくいかない。何度引いても一向にエンジンがかからない。引き方がきっと悪いのだろう。お手本を見せてくれたとき、ヒカルは華麗に一発でエンジンをかけた。
确保燃料已进入并扭动称为橙色扼流圈的开关。 我拉动启动绳来启动发动机,但它不起作用。 无论我拉多少次,发动机根本不会启动。 我敢肯定它被拉出来的方式很糟糕。 当他给我看这个例子时,Hikaru 出色地一次性启动了发动机。

エンジンをかけるコツを聞きたかったけど、ヒカルはどこかに外出している。家事全般の引き継ぎが完了してからヒカルは出かけることが増えた。サナには伝えていない仕事をしているのか。もしかするとそこに秘密があるのかもしれない。気づかれないように注意深く観察しないと。
我想向他请教如何启动引擎的提示,但 Hikaru 不在某个地方。 完成所有家务的交接后,光更频繁地外出。 你正在做一份你没有告诉 Sana 的工作吗? 也许那里有一个秘密。 您必须仔细观察,以免被注意到。

当座の問題はヒカルの行動の秘密ではなく草刈り機にエンジンをかけることだ。か細い自分の腕力に頼るのをやめて、体幹のバネを利用して素早く始動ロープを引っ張ると、眠っていた犬が身体をぶるぶる振るように草刈り機のエンジンがかかった。猫がいたら逃げ出しそうなけたたましい音を立てて、気難しいブルドッグみたいに草刈り機が激しく揺れる。
眼前的问题不是 Hikaru 行动的秘密,而是割草机的发动机。 他放弃了纤细的手臂力量,利用后备箱中的弹簧迅速拉动启动绳,割草机的发动机就像一只睡着的狗摇晃着身体一样启动。 如果有猫,它会发出巨大的声音,然后跑掉,割草机像一只脾气暴躁的斗牛犬一样剧烈地摇晃。

ハンドルを持ち上げ、サナは芝を刈り始める。草刈り機は重いけど、回転するカッターが景気よく草を刈る感触は悪くない。破壊活動から縁遠く暮らしてきたサナにとって新鮮な作業だ。
提起把手,Sana 开始修剪草坪。 割草机很重,但旋转切割机割草的感觉还不错。 这对 Sana 来说是一项新任务,她的生活远离破坏活动。

すてきな夏の日の象徴のように刈られた芝生が空に舞う。
修剪过的草坪在天空中翱翔,就像一个美好的夏日的象征。

草を刈りながら、サナは道に向かって芝生を進む。海岸線沿いに伸びる国道を地元の人が乗った軽自動車や観光客が運転するレンタカーが時折通過する。車窓から目にして「ああ、こんな場所に家があるんだ。不便だろうな」ぐらいの感想をもつだろうけど、いるか岬に停車する人はいない。いるか岬と青い家は、移動の最中に一瞬目に入る風景のひとつでしかないのだ。
在割草时,Sana 穿过草坪走向道路。 沿着海岸线延伸的国道偶尔会经过当地人驾驶的轻型汽车和游客驾驶的租赁汽车。 当你从车窗看到它时,你可能会想,“哦,这种地方有房子,肯定不方便”,但没有人在海角停下来。 海角和蓝色的房子只是您在旅途中吸引您眼球的景点之一。

国道に達したので草刈り機を反転させて今度は海岸へ向かう。岬の先端は崖になっていて、アロエのような形状をした、触ると怪我しそうな植物が群生している。
当我们到达国道时,我们倒车向海岸驶去。 海角的尖端是一个悬崖,上面有一簇形状像芦荟的植物,如果你触摸它会伤害你。

海との間に柵がない崖に近寄るのを今までサナは避けていたが、きちんと草を刈るためにはじめて崖に近づくと、崖下に岩場があるのが見えた。波が崖に直接当たっているわけではなく、粘土色をした平らな岩場が崖下に広がっている。岩場の先に人影が見えた。竿を下ろして磯釣りをしているようだ。
到目前为止,萨娜一直避免接近与大海之间没有栅栏的悬崖,但当她第一次靠近悬崖正确割草时,她看到悬崖底部有一片岩石区域。 海浪不会直接撞击悬崖,而是在悬崖下方展开一个平坦的粘土色岩石区域。 我在岩石区的尽头看到一个人影。 他似乎正在岸上垂下鱼竿钓鱼。

どうやってあそこまで降りたのだろう。釣り人がいる岩場はいるか岬とだけ繋がっていて、他の海岸からたどり着けそうにない。
我是怎么到那里的? 有垂钓者的岩石区域,或者它们只与岬角相连,不太可能从其他海岸到达。

辺りを見回すと植物がとぎれた場所があった。サナは草刈り機のエンジンを止める。散歩から戻って眠る犬のように草刈り機が静かになった。
当我环顾四周时,我看到一个植被切断的地方。 Sana 关闭了割草机的发动机。 割草机变得安静起来,就像一只散步回来的熟睡的狗。

あの釣り人はどうしているか岬まで釣りをしに来たのか。港の埠頭など釣り場は他にもいくらでもある。彼は、いるか岬の関係者かもしれない。
那个垂钓者是怎么来到海角钓鱼的? 还有许多其他钓鱼点,例如港口码头。 他可能是也可能是开普敦的官员。

どこまで地面があるか爪先で慎重に確かめながら、サナは緑の裂け目にじりじりと近づく。草が生えていない場所から恐る恐る見下ろすと、土でできた階段と一本のロープが崖下の岩場まで続いていた。五メートルぐらい高さがあるだろうか。勇気を出してサナはロープを掴み、後ろ向きでゆっくりと崖を降りる。土の階段は雨風で土壌が崩れかけていて心もとない。ロープを頼りに足を崖に掛けて、慎重に足を動かす。足元がおぼつかず、すごく怖いけど、ネリさんについて、あの釣り人が何か知っているかもしれない。
Sana 用脚趾仔细检查地面,看看地面有多远,然后慢慢靠近绿色的裂缝。 从没有草的地方往下看,我看到一个泥泞的楼梯和一根绳子通向悬崖底部的岩石区域。 它大约有五米高吗? Sana 鼓起勇气,抓住绳子,慢慢地向后走下悬崖。 泥泞的楼梯令人不安,因为土壤因雨水和风而碎裂。 依靠绳子将双脚悬在悬崖上,小心移动双脚。 我的脚不稳,我非常害怕,但也许那个垂钓者对 Neri 有所了解。

岩場に爪先が触れた。岩場に降りると濡れていないのに岩はすべすべしている。固まった粘土みたいだ。岩場のあちこちに大きな動物の足跡みたいな窪みがある。波打ち際では窪みに水がたまり、天然の小さなプールがいくつもできている。その先にはきらきらと光る海。
我的脚趾碰到了岩石地面。 当我下到岩石区时,岩石虽然没有湿,但很光滑。 它就像硬化的粘土。 到处都有洼地,看起来像岩石区到处都是大型动物的脚印。 在波浪的边缘,水在凹陷处积聚,形成许多小型天然水池。 再往前是波光粼粼的大海。

沖に刺さる二本の長い棒をサナは見つける。距離が離れているので正確にはわからないがヨットのマストより長そうだ。天空から誰かが投げ落とした二本の巨大な槍が海に突き刺さったように見える。
Sana 发现两根长棍子卡在海里。 由于距离远,我无法确切地说出来,但它似乎比游艇的桅杆还要长。 它看起来像两根从天而降,刺入大海的巨大长矛。

岩場の突端に目を細めると、上から見えた釣り人が立っている。滑らないように足場を気にしながら近づく。足元で小さな影が動いたと思ったら蟹だった。サナに気づくと無数の蟹が窪みに逃げる。
如果你眯着眼睛看岩石区域的尖端,你可以看到垂钓者站在上面。 接近时注意地基,以免滑倒。 我以为我看到一个小影子在我脚下移动,但那是一只螃蟹。 当她注意到 Sana 时,无数的螃蟹逃进了凹地。

釣り人はサングラスをかけたおじいさんだった。ポケットがたくさんあるジャケットを細身の身体にまとい、長い竿を海面に向けている。サナに気がつかないようだ、蟹は気づいたのに。
垂钓者是一位戴着墨镜的老人。 他穿着一件夹克,纤细的身体上有很多口袋,一根长杆指向海面。 她似乎没有注意到 Sana,尽管螃蟹注意到了。

「すいません、何か釣れますか?」
“不好意思,我能钓到什么东西吗?”

サナは笑顔でおじいさんに声をかける。
Sana 微笑着向老人喊道。

「謝るなら訊くな」
“如果你要道歉,就不要问。”

垂らした釣り糸を睨みながら、おじいさんが応える。割れた波がいくつかの窪みを飲み込む。
老人回答道,瞪着悬挂的鱼线。 破碎的波浪吞噬了几个洼地。

「謝罪しているわけではなくてですね、ただの挨拶でして、本当は釣果もそこまで知りたいわけでもなく、ただお話ししたかったので、釣りをしている方に声を掛けるなら、釣れますか? かと思いまして」
“我不是在道歉,这只是一个问候,我真的不想知道渔获情况或那么多,我只是想和你谈谈,所以我想知道如果我要和正在钓鱼的人交谈,我是否能钓到一条鱼。”

思いがけない冷たい対応にサナは焦る。浮きに向けていた視線を老人がゆっくりと動かし、サナを見る。
Sana 对出乎意料的冷淡反应感到不耐烦。 老人慢慢地将目光转向萨娜。

突然頭を触られた子猫みたいにサナはびくっとした。
Sana 像一只突然被触摸了头的小猫一样吓了一跳。

「冗談だ」
“开个玩笑。”

「冗談……。魚を釣っていないということですか? 海に垂らす糸を見つめる新手の瞑想ですかね」
“你在开玩笑吗,......你的意思是你没有捕鱼? 这是一种新的冥想方式,你可以凝视着挂在海面上的丝线。

「釣りはしている」
“我在钓鱼。”

老人が尖った顎で近くの岩場を差す。水をためた窪みに魚が優雅に泳いでいる。ハゼかな。
一位老人用他尖尖的嘴巴指着附近的岩石区。 鱼儿在充满水的凹地中优雅地游动。 我想知道它是不是虾虎鱼。

「喰いはしない。満ち潮になるとこの窪みは水面に沈む。そうすれば魚は海へ戻れる」
“它不吃东西,当潮水涨时,这个洼地会沉到水面上。 然后鱼就可以回到海里了。

老人が話す。
一位老人开口了。

「なるほどなるほど、食糧確保が目的ではないのですね。わたしはサナと言います。先月ここに越してきました」
“我明白了,所以这不是关于获得食物的问题,我叫萨娜。 我上个月搬到了这里。

「俺は松下だ。ここって、いるか岬か? ネリさんのところに住んでいるのか」
“我是松下。 你和 Neri 住在一起吗?

「よくご存じで」
“你更清楚。”

「ご存じも何も。ここいらに住んでいるのはネリさんだけだからな。他に住み込みの女がひとりいただろ」
“你不知道,这里只有 Neri 住着。 还有一位住家妇女。

松下さんが再び浮きの動きに集中する。
松下先生再次专注于花车的运动。

「ヒカルさんですね。ご健在です。あのう、松下さんはネリさんをご存じなのですか?」
“是光先生,你还活着。 嗯,你认识 Neri-san 吗?

「仕事場でしょっちゅう顔を合わせている」
“我们在工作中经常见到彼此。”

松下さんはネリさんの仕事仲間だったのか。
松下先生是 Neri 的同事吗?

「仕事場?」
“工作?”

松下さんがサナの顔を見る。サングラス越しなのに鋭い眼光だ。今までの人生で何かひとつを一生懸命追いかけてきた人に思える。歴史上の人物に例えるなら伊能忠敬いのう ただたかかな。
松下看着 Sana 的脸。 尽管他戴着墨镜,但他的眼睛很锐利。 他似乎是一个努力追求人生中一件事的人。 如果我把他比作一个历史人物,我会说他只是一个受人尊敬的人。

「来たばかりだから知らんのか」
“你刚来,所以你不知道?”

松下さんが崖の上を指さす。指の先には青い家、ネリさんの家がある。ここからだと、おもちゃの家に見える。海からの照り返しを浴びながらサナは目を凝らす。
松下指着悬崖的顶部。 在我的指尖是蓝色的房子,内里的房子。 从这里看,它看起来像一个玩具屋。 Sana 眯着眼睛沐浴在大海的倒影中。

「あ、家が長い」
“哦,房子很长。”

今まで気づかなかった。道路側からだとわからないが、岬の突端に向けて家の一階部分だけが伸びている。正面の時計台みたいな造形に目がいって、家が正方形に近いと錯覚していたが、建物の奥が細長く海へ突きだしている。本で見たパリにあるノートルダム大聖堂みたいだ。
直到现在我才注意到。 你无法从路边看出来,但只有房子的一楼向海角的尖端延伸。 我有一种错觉,因为前面的钟楼的形状,房子接近一个广场,但建筑物的后面又长又窄,伸入大海。 这就像我在书中看到的巴黎圣母院。

あの場所は。サナは頭の中に家の間取りを広げて、伸びている場所が家のどの部分に当たるか考えた。地図で調べるのが苦手なサナだが、ほどなく思い当たった。ネリさんの部屋だ。海へと突き出ている部分はネリさんの部屋にあたる。広間のドアの先にはネリさんの部屋だけではなく、仕事場があるのか。仕事場では譲渡するための猫が飼われていて、ネリさんとヒカルが「一仕事」を夜中に行ったのだろう。その一仕事には、何か秘密があるに違いない。
那个地方。 Sana 在脑海中布置了房子的平面图,并思考着房子的哪一部分是它伸展的地方。 Sana 不擅长在地图上查找事物,但她很快就想到了一个主意。 这是 Neri 的房间。 伸入海中的部分是 Neri 的房间。 大厅的门外不仅是 Neri 的房间,也是她的工作场所。 在工作场所,有一只猫要转移,Neri 和 Hikaru 肯定在半夜做了 “一份工作”。 那份工作中一定有什么秘密。

松下さんの手が動く。釣り糸が引っ張られるとすぐに松下さんがリールを回し始めた。軽快な音と共に釣り糸をリールが巻き込み、松下さんが釣れた小魚を掲げた。
松下动了动手。 钓线一拉动,松下先生就开始旋转卷轴。 随着一声轻响,卷轴缠绕了鱼线,松下先生举起了他钓到的小鱼。

「釣れましたね」
“你抓住了。”

サナは笑顔を向ける。
Sana 微笑着。

「釣れたうちに入らんし、釣果よりも釣ろうとする姿勢が大事だ」
“你能抓住它却进不去,尝试抓住它比抓住它更重要。”

「でも、魚はおいしいですけどね」
“但鱼很好吃。”

サナが言うと松下さんが大笑いした。最初の印象では芸人が徒党を組んでも笑わなさそうだったが、そんなに偏屈な人ではないようだ。
Sana 说,松下大笑起来。 我的第一印象是,当喜剧演员组成小团体时,他不会笑,但他似乎并没有那么偏执。

「沖に刺さっている神の槍がなにかご存知ですか?」
“你知道众神之矛是什么吗?”

さっきから気になっていることをサナは質問した。
Sana 问她在想什么。

「神の槍? ああ、沖に見えるやつか、あれは浚渫船の残骸だ」
“上帝的长矛?哦,你在海岸边看到的那艘,那是一艘挖泥船的残骸。

「シュンセツセン。春秋戦国時代なら存じていますが」
“顺瑟森,我知道春秋战国时期。”

「海底の土砂をさらう船のことだ。十年前にロシアだか中国だかの外国籍の船があそこで座礁しちまった。あの海域は浅瀬で、おそらく喫水線を超えた土砂を運んでいたのだろう。地元の漁船が船員らを救出したが、その後がいけねえ、船主の会社が逃げちまって、船を撤去する奴がいなくなっちまった。台風で船体は沈没したが、スパッドだけは海面から今も突き出ている。スパッドというのは浚渫するときに船を海底に固定するための装置だ」
十年前,一艘来自俄罗斯或中国的外国船只在那里搁浅。 水很浅,它们可能将沉积物带到吃水线之外。 当地一艘渔船救起了船员,但船东的公司逃跑了,没有人留下来搬走这艘船。 船体在台风中沉没,但只有土桩仍然从海面上伸出。 桩是在疏浚过程中将船舶固定在海床上的装置。

自分の家にゴミが捨てられたみたいな顔を松下さんがする。
松下先生看起来就像是被倾倒在他家里的垃圾。

サナは海面に突き出るスパッドを眺める。どこまでも平行な二本のスパッドが天に伸びている。持ち主に捨てられて、いつまでも海底に沈んでいるなんてかわいそうな船。
Sana 看着从海里伸出的土豆。 两个平行的土豆一直延伸到天空。 这是一艘被船主抛弃的可怜船,永远沉入海底。

「詳細な説明をありがとうございます。あ、わたし、芝刈りの途中だったんだ。突然ですいませんが、これで失礼します」
“谢谢你的详细解释,哦,我当时正在修剪草坪。 我为这突然发生的事情感到抱歉,但我为此感到抱歉。

「仕事は終わりまでしっかりとやるもんだ。遊びの釣りとは違う。また会う機会もあるだろう」
“你必须努力工作到一天结束,这不像钓鱼是为了好玩。 我会再见的。

松下さんが手を挙げる。
松下先生举起了手。

サナは象の足跡を跳び越えて、縄を掴んで崖をよじ登った。崖の上では飼い主を待ちわびた犬のように草刈り機がぐったりしている。
Sana 跳过大象的足迹,抓住绳子,爬上悬崖。 在悬崖上,割草机瘫软如命,就像一只等待主人的狗。

「ごめん、ごめん」
“对不起,对不起。”

サナは芝刈りを再開した。
Sana 继续修剪草坪。

「なんだか嬉しそうね」
“你看起来挺开心的。”

ネリさんのリクエストで作った夕食のドリアを食べながらヒカルがサナに声を掛ける。
在吃着应 Neri 的要求做的晚餐 doria 时,Hikaru 呼唤 Sana。

「きれいに芝が刈れたので。そろった芝生ってすてきですよね」
“草坪修剪得很漂亮,有一片草坪真是太好了。”

サナが応える。
Sana 回答道。

「六十五点」
“65 分”

ネリさんが口を挟む。
内里插嘴。

「崖近くの芝目ががちゃごちゃ」
“悬崖附近的草地一团糟。”

「あ、崖の下へ降りたときに一度機械を止めたから、芝目が乱れたのかもしれません」
“哦,我下悬崖时停了一次机器,所以可能是草被打扰了。”

「なんであんな崖を降りたのよ? 入水するつもりだったの?」
“你为什么从那个悬崖上下来,你是想钻进水里吗?”

ヒカルがスプーンを掴み、横目でサナを見る。
光拿起勺子,侧头看着萨娜。

「岩場に人影が見えたので、会いに行きました。松下さんという面白いおじいさんが釣りをしていました」
“我在岩石地面上看到一个人影,所以我去看他,那里有个叫松下的搞笑老头,他正在钓鱼。”

「あのいっつも顰めっ面しているじいさんが面白い?」
“那个脸上挂着笑的老头好笑吗?”

ドリアに虫でも入っていたみたいにヒカルの顔が歪む。
光的脸扭曲着,仿佛多利亚里有一只昆虫。

「ヒカルさんはご存じなんですね。松下さんもヒカルさんを存じていました」
“你认识光先生,松下先生也认识光先生。”

「明日来るよ」
“我明天再来。”

ネリさんがコップに口をつける。
Neri 把嘴放在杯子上。

「ああ、明日は窯出しの日か」
“哦,明天就是窑的日子。”

「かまだし?」
“好吗?”

「明日になればわかるよ。明日のことを言うと鬼に笑われる」
“你明天就会知道,如果你谈论明天,恶魔们会嘲笑你。”

「鬼が笑うのは来年のことですよ。いくら鬼でも明日の予定ぐらい決めていますよ」
“妖才明年笑,再妖也多少妖,明天都有计划。”

「何で来年のことを話すと鬼が笑うと思う? 鬼は人の寿命を知っていて記録しているんだよ。死ぬことを鬼籍に入るというだろ。明日死ぬ人間が来年のことを話していたら、いかつい顔の鬼でも笑ってしまう。鬼に笑われたら、その人は死期が近いってことだ」
“你为什么觉得当你谈论明年时,恶魔会笑呢? 这叫做死亡。 如果明天死去的人谈起明年,即使是面色阴沉的恶魔也会笑。 如果恶魔嘲笑你,那就意味着你快死了。

説明し終えると、ネリさんが食卓を立って、いつもの安楽椅子に座る。
解释完后,Neri 从桌子上站起来,在她平常的安乐椅上坐下。

「鬼に笑われたら終わりだと、心得ておきます」
“我知道,如果恶魔嘲笑我,那就完蛋了。”

サナはうんうんと肯く。
Sana 肯定地说是的。

「じゃあ、ネリさんはもうすぐ鬼に大笑いされるね」
“嗯,Neri-san 很快就会被恶魔嘲笑。”

「わたしはまだ若い」
“我还年轻”

ネリさんは目を瞑り、安楽椅子を揺らす。ネリさんの部屋に連なる仕事場について訊きたかったけど、ちょっとそういう雰囲気ではなくなってしまった。無理に訊かなくてもそのうちわかるだろう。
Neri 闭上眼睛,摇晃着她的安乐椅。 我想问一下通往 Neri 房间的工作场所,但我不这么觉得。 即使你不强迫自己问,你最终也会发现。

サナが思っていたよりも、「そのうち」は早かった。翌朝、いるか岬に軽トラックが停まった。サナが外に出ると、トラックから昨日の松下さんと若い男が降りてきた。若い男はとても背が高い。松下さんに指示され、トラックの荷台にひっかけていた台車を芝生に広げると、荷台にあがり、松下さんに荷物を手渡し始めた。松下さんは木箱に入った荷物を台車へ慎重に載せる。松花堂弁当をふたつ重ねた大きさの木箱を松下さんが台車に積み上げる。
“最终”比萨娜想象的要早。 第二天早上,一辆轻型卡车停在 Irika Cape。 当 Sana 出门时,松下先生和昨天的一名年轻人从卡车上下来。 这个年轻人个子很高。 在松下先生的指示下,他将原本挂在卡车床上的手推车摊开在草坪上,爬上卡车的床,开始将行李交给松下先生。 松下先生小心翼翼地将木箱中的行李放在手推车上。 松下先生将一个木盒堆放在手推车上,大小相当于两个堆叠的松花堂便当盒。

「手伝いますよ」
“我会帮你的。”

サナが駆け寄る。
Sana 跑向他。

「お、昨日のお嬢ちゃんかい。本当にこの家に住んでいるんだな、若いのに奇特だ。ま、こいつも奇特だ、俺の手伝いをしている。慎吾だ。おい、挨拶ぐらいしろよ」
“哦,昨天的年轻女士,你真的住在这所房子里,你还年轻,真奇怪。” 嗯,这家伙也很奇怪,他在帮助我。 是 Shingo。 嘿,就说声你好。

「し、慎吾といいます」
“我叫 Shingo。”

慎吾と名乗る青年はどもりながら、やたら長い身長を二つに折る。
这个自称 Shingo 的年轻人结结巴巴地将他的长身高折叠成两半。

「こちらこそはじめまして、サナと申します。ネリさんの家でお世話になっています」
“很高兴认识你,我叫萨娜,我在内里家照顾你。”

「へえ」
“哇。”

慎吾が単調な返事をすると、壁にぶつかったみたいに会話はぴたりと止まった。慎吾が下を向き、サナもなんだかこちらから話はしていけない気がして黙っていた。
信吾单调地回答,谈话就像撞墙一样停止了。 Shingo 低头看,Sana 沉默不语,因为她觉得自己无法与她交谈。

「おい、なにお見合いしてんだ。そんな風に口べただからいい年して恋人もいねえんだ。いいから、仕事をしろ」
“嘿,你在说什么,我已经长大了,可以这样说话了,而且我没有女朋友。” 好,开始工作吧。

「へ、へい」
“嘿嘿嘿。”

砂利道では台車を押せないから、慎吾と松下さんが台車ごと持ち上げて荷物を運ぶ。サナは先回りして、玄関のドアを開ける。
他们不能在碎石路上推车,所以 Shingo 和 Matsushita 抬起车并搬运行李。 Sana 主动打开了前门。

「すまねえな」
“对不起。”

松下さんは礼を言ったが、慎吾は下を向いたまま、顎だけ動かした。
松下感谢他,但信吾一直低着头,动了动下巴。

「しばらく」
“一会儿。”

家の中に入ると部屋からネリさんが出てきていた。
当我进屋时,Neri 从房间里出来了。

「どうも」
“谢谢你。”

松下さんが頭を下げる。
松下先生低下头。

「今回の窯出しはどうだい?」
“你这次对窑有什么感觉?”

「悪くはないと思うが、ネリさんの目は厳しいからな。怖い怖い」
“我不觉得这很糟糕,但 Neri 的眼神很严厉,我很害怕。”

「まっとうな仕事をしていれば怖くも何ともないさ」
“如果你的工作做得不错,就没有什么好害怕的。”

「相変わらず厳しいね」
“这仍然很艰难。”

「相変わらず、ね」
“像往常一样,我不知道。”

ネリさんは苦笑した。尖った言葉を投げているけど、ネリさんは松下さんを信頼しているようだ。
内里苦笑。 尽管说了尖锐的话,但 Neri 似乎信任松下。

家の中で慎吾が台車をゆっくりと押す。台車が動き出すと、箱の中でカタッと音がした。箱の中には硬い物が納められているようだ。ひょっとしたら子猫が詰まっているのではと想像していたサナは胸をなでおろした。
屋内,Shingo 慢慢地推着手推车。 当手推车开始移动时,箱子里传来咔哒声。 盒子里似乎存放了一个硬物。 曾想象过可能是一只小猫被噎住了的 Sana 抚摸着她的胸口。

「おい、気をつけろよ」
“嘿,小心。”

「へ、へい」
“嘿嘿嘿。”

松下さんの厳しい言葉に慎吾が頭を下げる。今でもこんな徒弟制度みたいな関係があるんだとサナは感心したが、住み込みで働いている自分も舞妓さんみたいでたいして変わらないと気づく。
Shingo 对松下严厉的话语低下了头。 Sana 对仍然存在这样的学徒制印象深刻,但她意识到她与担任住家工人的舞妓没有太大区别。

慎吾はこの家に来たことがあるようで、ネリさんの部屋の方角へまっすぐ台車を進める。今までサナが一度も入ったことがないネリさんの部屋の内部をついに見ることができるのだ。
Shingo 似乎以前来过这所房子,他径直朝着手推车的方向去了 Neri 的房间。 我们终于可以看到 Sana 以前从未进入过的 Neri 房间的内部。

ヒカルがネリさんの部屋のドアを開ける。いよいよネリさんの部屋の秘密が明らかになると思ったが、ドアの先は短い廊下になっていて別のドアがあった。ドアはふたつ。ひとつはおそらくネリさんの自室。もうひとつの部屋は、岩場から見えた長く伸びた家の部分。きっと猫の飼育室にちがいない。猫が入ったゲージが並ぶ光景をサナは思い浮かべた。子どもがいない夫婦に譲渡した子猫もこの部屋で生まれ育ったに違いない。
光打开了 Neri 房间的门。 本以为内里房间的秘密终于会被揭开了,但门的尽头有一条短短的走廊,还有另一扇门。 有两扇门。 一个可能是 Neri 自己的房间。 另一个房间是一条长长的房子,可以从岩石区域看到。 它一定是一个猫饲养室。 Sana 想到了一排装有猫的仪表。 送给一对没有孩子的夫妇的小猫一定是在这个房间里出生和长大的。

ネリが左側のドアを開けて、部屋の中に入り、慎吾の台車が続く。サナもおそるおそる中に入る。部屋の中はサナの想像とは全くちがっていた。細長い部屋の左側にはステンレス製の竈が並び、三基の五徳が連なるガス台になっている。天井付近の壁には細長い窓が嵌り、御山の方角が望める。右側の壁には木製の棚。数段ある棚の上には猫のゲージではなく、たくさんの鍋が並んでいる。
Neri 打开左边的门进入房间,后面是 Shingo 的手推车。 Sana 也害怕地走了进来。 房间的内部与萨娜的想象完全不同。 细长的房间左侧是一排不锈钢炉灶,还有一个燃气灶,一排有三个三脚架。 靠近天花板的墙壁上有一扇狭长的窗户,可以看到美山山的方向。 右边的墙上是一个木架。 几个架子的架子上不是猫仪表,而是许多花盆。

「厨房?」
“厨房?”

思わずサナは口にだしてしまった。サナの戸惑いを当然だと受け止める柔らかい笑みをネリさんが浮かべる。
Sana 不由自主地把它放进了嘴里。 内里温柔地笑了笑,她认为萨娜的困惑是理所当然的。

並んでいる鍋には釉薬が使われておらず素焼き仕上げだ。土鍋と呼べばいいのだろうか。
一字排开的平底锅没有上釉,没有上釉。 我们应该称它为陶罐吗?

慎吾が木箱をガス台の横に置く。
Shingo 将板条箱放在燃气灶旁边。

「どれどれ」
“让我们看看”

ネリさんが木箱を開ける。中が見たくてサナも身を乗り出す。箱の中にはくしゃくしゃの新聞紙が土鍋を覆っていた。棚に並んでいるものと同じく素焼きの鍋だ。ネリさんが土鍋を箱から取り出し、猫みたいになで回す。
Neri 打开板条箱。 Sana 身体前倾,想看看里面有什么。 在盒子里,皱巴巴的报纸盖住了陶罐。 这是一个没有上釉的锅,就像架子上的那个一样。 Neri 从盒子里拿出陶罐,像猫一样抚摸它。

続いて鍋の蓋を外して内側を点検する。宝石の鑑定でもしているみたいにネリさんの表情は真剣だ。ネリさんが土鍋を手に取り、天井の明かりで透かすようにのぞく。
接下来,取下锅盖并检查内部。 内里表情严肃,仿佛在进行宝石鉴定。 Neri 拿起一个陶罐,透过吊灯偷看。

「いいね」
“不错”

ネリさんが満足げに口角を上げる。
Neri 满意地扬起了嘴角。

「毎度のことだが緊張するよ」
“我每次都很紧张。”

松下さんが骨ばった肩の力を抜いた。
松下先生放松了他瘦骨嶙峋的肩膀。

「慎吾さんの作品もあるのかい?」
“你有 Shingo 的工作吗?”

松下さんの側で直立不動している慎吾にネリさんが視線を向ける。
内里将目光转向信吾,他笔直地站在松下身边,一动不动。

「いえいえ、俺なんてまだまだ修行の身ですから」
“不,我还在训练中。”

柱に据えた扇風機みたいに慎吾が首をぶるんぶるんと横に振る。
Shingo 像柱子上的扇子一样摇头。

「こいつが捏ねた土は使った。悪くないだろ」
“我用了他揉的泥土,还不错。”

松下さんが慎吾の背中を叩くと、慎吾の顔がみるみる赤くなった。
松下拍了拍信吾的背,信吾的脸涨得通红。

ガス台の横に荷を解いた土鍋が次々と並ぶ。
卸货的陶罐在加油站旁边一个接一个地排成一排。

サナの目にはどれも普通の土鍋に見える。特段変わったところは見あたらない、一箇所以外は。どの土鍋も底の近くにいくつもの穴が並んでいる。ネリさんが掲げると、土鍋の穴から、夜空に浮かぶ飛行船の窓明かりのように光が漏れる。これでは鍋料理を作ろうとしてもスープが漏れて役に立たない。そして、この部屋のどこにも猫はいない。これは、一体……。
在萨娜眼里,它们都像普通的陶罐。 我没有看到任何特别不寻常的东西,除了一个地方。 每个陶罐底部附近都有许多孔。 当 Neri 举起它时,光线从陶罐的孔中漏出,就像漂浮在夜空中的飞艇的窗灯。 在这种情况下,即使你尝试做火锅菜,汤也会漏出来,毫无用处。 而且这个房间里任何地方都没有猫。 这是什么鬼......

答えを見つけるようにサナはヒカルを仰ぐ。ネリさんの仕事を手伝うでも仕事を盗むでもなく、ヒカルは壁に寄りかかりネリさんの動きをただ眺めている。
Sana 抬头看向 Hikaru,仿佛要找到答案。 Hikaru 没有帮助 Neri 完成她的工作或偷走她的工作,而是靠在墙上观察 Neri 的动作。

サナは別の視線を感じる。ヒカルの足元には三匹の猫が並んで座っていた。いつもは衛星みたいにネリさんの周りにいる猫たちが部屋と廊下の境界に座ってこちらを見ている。サナの視線に気づき、三匹は同時に首を伸ばして寝かしたアーモンドの形をした眼をサナに向ける。上目遣いの目はなにかを伝えようとしているように思えるけど、あいにくサナには猫の気持ちがわからない。長い間ゴロと一緒に暮らしてご飯が食べたいなどの猫の望みは大体わかるようになったけど、猫の考えが十全に理解できる境地まで達することができなかった。
Sana 感觉到不同的目光。 光的脚下是三只并排坐着的猫。 那些猫,通常像卫星一样围着 Neri,坐在房间和走廊的边界上,看着我们。 注意到萨娜的目光,他们三人同时伸长脖子,将杏仁形的眼睛转向萨娜。 她的眼睛似乎想告诉她什么,但不幸的是,Sana 不知道这只猫的感受。 和五郎一起生活了很长时间后,我能够理解猫的大部分愿望,比如想吃东西,但我无法达到完全理解猫的想法的程度。

誰にも悟られないように小さく手招きしたが、猫たちは頑として部屋には入らなかった。部屋との境で横に並ぶ三匹の子猫。底に穴が開いた土鍋。この部屋にはなにかある。きっと、夫婦に手渡した子猫に関係することだ。
我稍微招了个招手,以免有人注意到,但猫们固执地拒绝进入房间。 三只小猫在房间的边界并排排列。 一个底部有孔的陶罐。 这个房间里有东西。 我敢肯定这与我交给这对夫妇的小猫有关。

新しい依頼がきた。サナにとっては初日に続き二件目の仕事だ。広間の隅にある黒電話ネリさんが取り、いくつか質問をした。
新请求已到达。 这是 Sana 第一天之后的第二份工作。 大厅角落里的黑色电话 Neri 接了电话,问了几个问题。

「明日、お伺いします」
“我明天来看你。”

その言葉を聞いてヒカルが小さくため息をついた。仕事をするのが嫌なのだろうか。そうだとしたら、どうしているか岬にいるのだろう。
听到这句话,光轻轻叹了口气。 我想知道他们是不是不喜欢工作。 如果是这样的话,你在海角做什么?

ネリさんがヒカルとサナに相手の名前と住所を書いたメモを渡した。
内里给了光和萨娜一张纸条,上面写着对方的姓名和地址。

「お客の家まで車だと四時間はかかる。飛行機が飛んでいる距離だよ。電話で聞き取りしてもいいんじゃない」
“开车到客户家需要四个小时,这是飞机的距离。 我认为在电话里听他们说话是不行的。

ヒカルが愚痴る。土地勘がないサナにもかなり遠い場所だとわかる。
光抱怨道。 即使是对这片土地一无所知的萨娜,也能看出这是一个相当遥远的地方。

「直接会わなければどんな人かわからない。飛行機に乗る金もない。うちはいつでもど真ん中で行く」
“如果你不亲自见他们,你就不知道他们是什么样的,你也没有钱坐飞机。 我总是在中间。

ネリさんが拳を振り上げ強い口調で言う。ネリさんが言う「ど真ん中」とは車で四時間かけてお客様と直接お話しすることらしい。ヒカルの不平は何の効果もなく、「ど真ん中」を通ってサナとヒカルは翌日車で向かった。
内里举起拳头,用强硬的语气说。 Neri 说,“中间”意味着她必须开车四个小时才能直接与客户交谈。 光的抱怨没有效果,第二天,Sana 和 Hikaru 开车离开了。

ヒカルひとりに運転をお願いしていることに、助手席でサナは恐縮していた。無味乾燥な高速道路をヒカルが無言で見つめてハンドルを握っている。
Sana 坐在副驾驶座上,因为 Hikaru 让她独自开车。 光静静地盯着干燥的高速公路,握着方向盘。

「今回のお客様はおじいさんですね」
“这位顾客是个老头子,不是吗?”

ネリさんのメモを見ながら、サナはヒカルに話しかける。居眠りしないように運転手に話しかけ続けるのが助手席に座る者の勤めだ。
在查看 Neri 的纸条时,Sana 与 Hikaru 交谈。 坐在乘客座位上的人有责任继续与司机交谈,以免他睡着。

「独身のじいさん」
“单身祖父”

ヒカルが視線を動かさず言う。前方を見つめるショートカットの横顔が凛々しい。
光说,目光没有移动。 凝视着前方的捷径的轮廓是庄重的。

「どうして独身の方だとわかるのですか?」
“你怎么知道你是单身?”

「この年代の男は何でも奥さんにやらせる。自ら連絡してきたってことは独り身ってこと」
“这个年龄的男人什么都让他的妻子做,他联系她的事实意味着他是单身。”

「ヒカルさんは独身なのに夫婦のことがよくわかりますね」
“虽然光是单身,但你对情侣了解很多。”

「痛いところつくねえ」
“这会很痛。”

おばあさんと住みはじめたとき、おじいさんはすでに他界していたから、サナは年輩の男性をよく知らない。一緒に暮らしていたおばあさんと今一緒に暮らすネリさん。自分はおばあさん運があるらしい。
当她开始和祖母住在一起时,她的祖父已经去世了,所以她不太了解这位老人。 与她同住的祖母和现在住在一起的 Neri。 看来我是一个幸运的老太太。

ヒカルの予想が当たった。四時間ドライブの果てに着いたアパートから出てきたのは、おじいさんひとりだった。
光的预测是正确的。 四个小时的车程结束时,一位老人从他的公寓里走出来。

六畳一間の部屋に入ると、カップラーメンの容器や脱いだパジャマが隅にかたまっていた。このまま保存すれば、男性の一人暮らしを後世に伝える標本になりそうだ。
当我走进有六个榻榻米的房间时,我看到角落里放着一个装着我脱下的杯子拉面和睡衣的容器。 如果它保持原样,它将是一个标本,将独居者的生活传递给后代。

「汚いところですいませんです」
“这是一个肮脏的地方,对不起。”

小柄なおじいさんが短く刈り込んだ頭を下げる。彼の名前は藪下さん。ネリさんのメモにあった。
一个娇小的老人低下了他短短的脑袋。 他的名字叫 Yabushita-san。 那是在 Neri 的笔记里。

「いえ、お構いなく」
“不,我不在乎。”

ヒカルが丁重かつ簡潔な物言いで、用意された座布団に正座する。ヒカルが仕事モードに入った。サナも横に座る。
光礼貌而简洁地在提供的垫子上坐下。 Hikaru 进入了工作模式。 Sana 也坐在他旁边。

「なぜ猫が必要なのですか?」
“我们为什么需要猫?”

この間と同様、ヒカルがお客様へ的確な問いを投げる。今回のサナは藪下さんの言葉をメモする係だ。移動中にヒカルからレクチャーを受けた。相手が話しやすい相槌の打ち方や、質問の手順を教えてくれた。時間がたっぷりあったのもあるが、細かい指導は意外だった。ヒカルは先輩の仕草から仕事を盗めというタイプだと思っていた。素直に感想を述べたら、正解を覚えてしまうのが一番早い、無駄な遠回りは不要、ひとつの正解を吸収してから自分の正解を見つければよい、とヒカルは答えた。
与这段时间一样,Hikaru 会向客户提出正确的问题。 这一次,Sana 负责记录 Yabushita 的话。 在旅途中,他接受了 Hikaru 的讲座。 他教我如何敲击一把容易让对方交谈的锤子,以及如何提出问题。 时间充裕,但详细的说明出乎意料。 Hikaru 认为他是那种会偷前辈工作的人。 光回答说,记住正确答案最快的方法是记住正确答案,没有必要走不必要的弯路,你应该吸收一个正确答案,然后找到自己的正确答案。

「津波で妻を亡くしまして」
“我在海啸中失去了我的妻子。”

俯いた藪下さんが朴訥に話す。津波。数年前の大地震で発生した津波は多くの人の命と暮らしを理不尽に流した。
Yabushita 先生与 Park 交谈。 海啸。 几年前的大地震引发的海啸不合理地卷走了许多人的生活和生计。

「わしは町内の寄り合いに出ていました。そのときに大きな揺れがきたもんで、一度家に戻ったですわ。妻が地震で散らかった部屋を片づけていたもんで、すぐに避難するように言って、わしは寄り合いに戻りました。そのすぐあとに津波がきたもんで、寄り合いのみんなと高台に逃げたんです。
“我在城里。 那时,一阵大震动,我回到了房子里。 我妻子正在清理地震造成的凌乱房间,所以我告诉她立即撤离,我回去依偎着。 不久之后,海啸来了,我和身边的每个人都逃到了高地。

わしはてっきり妻も逃げたと思っていたのですが、あいつは他所から嫁に来てあの土地の人間じゃないもんだから、津波の怖さを知らんかったんだ」
我以为我妻子已经逃走了,但她来自别的地方,而不是来自那个地区,所以她不知道海啸有多可怕。

訥々と藪下さんが話を続ける。サナはメモを取る手を止めて、話を聞き入ってしまった。ヒカルが肘でサナを突いた。
Yabushita 先生继续交谈。 Sana 停止了记笔记,专心致志地听着。 光用手肘戳了戳萨娜。

「お気の毒でしたね」
“我为你感到难过。”

サナは何とか声を出す。その言葉に藪下さんが無言で肯く。
Sana 设法发出声音。 Yabushita 先生对这句话默默地肯定。

「他にご家族はいらっしゃらないのですか?」
“你还有其他家庭成员吗?”

ヒカルの質問。
Hikaru 的问题。

藪下さんがまた肯く。独り身の寂しさを紛らわせるために猫が欲しいということか。サナにはその気持ちがよくわかる。四歳のときに両親が亡くなっておばあさんのもとにサナは引き取られた。ふたりだけの暮らしにゴロが招かれた。おばあさんが、ねこつくりの宮から譲り受けた猫だったのだろう。両親の姿や葬式の様子は記憶にないけど、猫がきた日のことは覚えている。小さな子猫の温もりは今でも腕にはっきりと残っている。ネリさんではなく今のヒカルのような若い助手が子猫を連れてきてくれた。おばあさんが仕事でいない昼間も、ゴロの存在に私は癒やされた。
Yabushita 先生再次肯定。 你想让一只猫从单身的孤独中转移自己的注意力吗? Sana 理解这种感觉。 她四岁时,父母去世了,她被祖母收养。 五郎被邀请与他们两个单独生活。 那一定是老夫人从猫宫继承来的一只猫。 我不记得我的父母或葬礼,但我确实记得猫来的那天。 小猫咪的温暖在她的怀里仍然清晰地感受到。 带来这只小猫的不是 Neri,而是像现在 Hikaru 这样的年轻助手。 即使在白天,当我奶奶不上班时,我也被 Goro 的存在所安慰。

「津波でご家族を亡くされてからここへ引っ越して来たのですか?」
“你在海啸中失去家人后搬到这里了吗?”

再びヒカルの質問。家族を亡くされた人にそこまで細かく訊かなくてもよいと思うけど、頻繁に引っ越しをする可能性がないか確認するのは大事だと車中で教わった。賃貸アパートだとペット不可の物件も多い。本当はサナが訊ねる段取りだったが、ゴロが来た時を思い出していたら、質問するのが遅れてしまった。
光又问了一遍。 我认为你不需要问那些失去这么多家人的人,但我在车上被教导,检查是否有可能经常搬家是很重要的。 许多出租公寓不允许携带宠物入住。 事实上,Sana 本来应该问的,但如果她记得 Goro 是什么时候来的,她就迟到了。

「勤務していた会社も流されてしまって、いっそのこと知らない土地で暮らそうとここに来ました。今は警備の仕事をしております」
“我工作的公司被冲走了,所以我来到这里,住在一个我不认识的地方,现在我是一名保安。”

「このアパートでは猫の飼育は許可されているのでしょうか?」
“这个公寓可以带猫吗?”

すかさずサナが質問した。
Sana 立即问道。

「ええ。アパートの大家さんが猫好きで」
“是的,公寓的房东是个爱猫人士。”

「それは良かったです」
“那很好。”

サナが笑顔を向けると、ヒカルがサナの顔をちらと見て、こないだの夫婦と同じように書類を見せて説明を始めた。
Sana 微笑着,Hikaru 瞥了一眼 Sana 的脸,开始解释,就像 Konada 的那对夫妇一样,向她展示文件。

また四時間掛けて、いるか岬へ戻る。車外では夕焼けが進行していた。高速にのって暫く走ると、ヒカルが口を開いた。
又过了四个小时,我们回到了海角。 车外,夕阳正在落下。 高速骑行了一会儿后,光开口了。

「あんた、今日ミスしたのわかる?」
“你知道你今天犯了一个错误吗?”

詰問する感じではなく、仕事と同様に事実を正確にたしかめるときの口調だ。ひょっとすると、この質問もヒカルの仕事のうちなのかもしれない。
这不像我在问问题,而是我准确确定事实时的语气,就像我在工作中所做的那样。 也许这个问题也是 Hikaru 工作的一部分。

「えっと、本当はあのアパートに引っ越してきた理由をわたしが訊くべきだったのですよね」
“嗯,我真的应该问你为什么搬进那间公寓。”

「そこじゃないわ。アパートで猫が飼えると聞いたときに、良かったですね、と付け加えたでしょ。あれ、NG」
“没有,”他补充说,“当我听说你的公寓里可以养一只猫时,那就太好了。 这是禁忌。

赤く染まった空が轟音と共に突然暗くなる。トンネルに入ったのだ。
红色的天空突然在一声咆哮中变暗。 我们进入了隧道。

「合点がいきません。おじいさんは猫と暮らしたかったのですから、願いが叶って良かったというのは自然な感想だと思うのですが」
“我不知道这有什么意义,但我的祖父想和猫一起生活,所以我认为说我很高兴我的愿望实现了是很自然的。”

「それが問題なのよ。わたしたちの感情は不要なの、この仕事には。猫を渡せるかどうかはネリさんが判断する。ああいうふうに言ったら、お客は猫がもらえると思ってしまうでしょ。もし猫がもらえなかったら、あのじいさん、がっくりするよ」
“这就是问题所在,我们不需要为这份工作付出情感。 内里决定是否给猫。 如果你说这样的话,客户会认为你可以养一只猫。 如果我没有养猫,那个老头子会很失望的。

フロントガラスの向こうに続くトンネルの奥を見つめながらヒカルが言う。
Hikaru 盯着挡风玻璃后面的隧道说。

「すいません」
“对不起。”

サナは頭を下げた。シートベルトが体に食い込む。
Sana 低下了头。 安全带深入身体。

「あんた、ここでずっと仕事をしていくつもり?」
“你打算永远在这里工作吗?”

今の言い方には、感情が籠もっていた。非難するのではなく、サナを心配している口調だった。
他现在说这话的方式充满了情感。 他没有责怪,而是担心萨娜。

「わからないです。でも、わたしには他に行くところがありません」
“我不知道,但我没有别的地方可去。”

サナは答えた。ネリさんとヒカルのために家事をするのは好きだけど、ねこつくりの宮の仕事を続けられるかはわからない。仕事の全容も不明だ。ただ、自分にはやり遂げなければいけないことがある。そのためにここへ来たのだ。
Sana 回答道。 我喜欢为 Neri 和 Hikaru 做家务,但我不知道我是否能继续在 Neko-Tsukuri no Miya 工作。 这项工作的全部范围也是未知的。 但是,有些事情我必须完成。 这就是我来这里的目的。

「正直ね」
“老实说。”

ヒカルが呟くように言う。
光喃喃自语。

「ヒカルさんは、どうしてねこつくりの宮で働いているのですか?」
“光先生,你为什么在猫霹宫工作?”

ヒカルがドアミラーを一瞥して、車線変更をした。短く点滅するターニングランプ。
Hikaru 看了一眼车门后视镜,换了道。 短闪的转动灯。

「偶然」
“巧合”

「偶然?」
“巧合?”

「日本中をドライブしていた時にいるか岬を見かけて、景色がいいから車を降りた。そこでネリさんに会って、それからなんとなく仕事を手伝うようになった」
“当我开车环游日本时,我看到了一个海角,因为风景很好,我下了车,所以我在那里遇到了 Neri-san,然后我开始帮忙工作。”

今より少し若いヒカルがTシャツとホットパンツ姿でいるか岬の芝生に立つ姿をサナは想像した。小さな車を路肩に止めて、強い日差しの中ヒカルは目を細めて青い家を見つめる。家の扉が開き、現れるネリさん。
Sana 想象着比现在年轻一点的 Hikaru 站在海角的草坪上,穿着 T 恤和热裤。 将小车停在路肩上,光眯起眼睛,在强烈的阳光下凝视着蓝色的房子。 房子的门打开了,内里出现了。

「この車はヒカルさんが乗ってきた車なのですね」
“这就是光坐的那辆车,不是吗?”

「そう」
“没错。”

「どうして働き続けているのですか?」
“你为什么一直工作?”

「もう答えたでしょ」
“你已经回答了,不是吗?”

「働くきっかけは聞きましたが、働き始めるのと働き続ける理由は違う気がします」
“我听说过工作的原因,但我觉得开始工作和继续工作的原因不同。”

「辞めるきっかけがなかったからかな」
“也许是因为我没有机会放弃。”

前方を見ながらヒカルが答える。表情は変わらない。
Hikaru 回答,展望未来。 面部表情没有变化。

車がトンネルから抜け出る。赤く染まった空が見られると思ったが、外はすでに夕闇に包まれていた。
车子从隧道里出来。 我以为我会看到一片淡红色的天空,但外面已经是黄昏了。

「今夜あんたは続ける理由が見つかるかもね」
“也许你今晚会找到继续前进的理由。”

「今夜ですか!」
“今晚!”

ヒカルの横顔を見つめて答えを待ったが、ヒカルは口を結び、先を走る車を凝視する。首を戻し、サナも前方を向く。
他盯着 Hikaru 的个人资料,等待回答,但 Hikaru 闭上了嘴,盯着前方的汽车。 Sana 回头看向前方。

いるか岬に戻るとネリさんが注文した欠けたピザが届いた。
当我回到海角时,Neri 点的薯片披萨到了。

「ごくろう、ごくろう」
“非常聋,非常聋。”

一階の広間にあるテーブルを囲んで、最初から一片が欠けた特注ピザを三人で頬張る。
我们三个人围坐在一楼大厅的一张桌子旁,吃着一个定制的披萨,一开始就少了一块。

「わたしは長距離トラックのドライバーじゃないから」
“我不是一个长途卡车司机。”

ヒカルが愚痴る。
光抱怨道。

「ここのチーズは本当に味が濃いねえ」
“这里的奶酪味道非常浓郁。”

口からチーズを伸ばしながらネリさんがヒカルの言葉を軽く流す。
Neri 将奶酪从嘴里伸出,轻轻地冲洗了 Hikaru 的话。

ネリさんがピザを食べながらヒカルの顔を一瞥すると、ヒカルが目で肯いたようにサナには見えた。
内里在吃披萨时瞥了一眼光的脸,在萨娜看来,光用她的眼睛肯定了她。

「サナ、夜の十二時ここに集合だよ」
“萨娜,我们晚上十二点在这里见面。”

大きくひとつ息をしてからネリさんがサナに伝える。
深吸一口气后,内里告诉萨娜。

「夜の一仕事ですか?」
“你晚上工作吗?”

ネリさんが肯く。
内里肯定地说。

いつも早寝のサナは集まる前に一眠りしようとベッドに入ったが、十二時から何が始まるのか、様々な思いが去来して眠りにつけなかった。前の家から持ってきたアテルイの本を開いた。アテルイは平安時代に東北地方を拠点とした豪族の指導者で、朝廷から派遣された征夷大将軍坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろと戦った。戦いに負けたアテルイは田村麻呂が命を保証するというので京に連れてこられるが、アテルイの力を恐れた貴族らに処刑されてしまった。かわいそうなアテルイ。
总是早睡的萨娜在聚会前上床睡觉好好睡一觉,但她无法入睡,因为她对 12 点开始的事情有各种想法。 我打开了我从前家带来的 Aterui 之书。 Aterui 是平安时代以东北地区为基地的强大氏族首领,与朝廷派来的伟大幕府将军 Sakaue Tamura Maro Sakaue 作战。 战斗失败后,Aterui 被带到京都,因为 Tamura Maro 保证了他的生命,但他被害怕 Aterui 权力的贵族处决。 可怜的阿特鲁伊。

本を閉じて、ベッドからもぞもぞ出る。何を着ようか逡巡した結果、Tシャツにジーンズのラフな服装で一階へ下りた。
我合上书,爬下床。 在讨论了穿什么之后,我穿着一件 T 恤和牛仔裤的粗糙装束下楼。

すでにネリさんが安楽椅子に座り、サナが残したメモを読んでいた。たっぷりしたスウェットに紺のワイドパンツをはいている。頭部と腕がない彫像を印刷したスウェットだ。勝利の女神サモトラケのニケだっけ。「こんばんは」も変だし、「おはようございます」にも早すぎる。どう声を掛けたらよいか迷っているうちにネリさんからサナに声を掛けてきた。
内里已经坐在一张安乐椅上,阅读着萨娜留下的纸条。 他穿着一件宽大的运动衫和海军蓝的阔腿裤。 这是一件印有没有头和手臂的雕像的运动衫。 这是胜利女神萨莫色雷斯的胜利。 “晚上好”很奇怪,现在说“早上好”还为时过早。 当我想知道如何与她交谈时,Neri 喊道 Sana。

「最初は気楽にしな」
“一开始放轻松。”

サナはこくりと肯いた。
Sana 点点头。

大きな音を立ててヒカルが階段を下りてくる。
光带着一声巨响走下楼梯。

「おいっす」
“嘿。”

ヒカルがショートカットの頭を掻いて、大あくびをする。黒のスウェットにジーンズ。
光挠挠头,大声打哈欠。 黑色运动衫和牛仔裤。

「仕事するときは長袖がいいよ」
“我工作时穿长袖。”

「すぐ着替えてきます!」
“我很快就穿好衣服了!”

グレーのスウェットを被り、急いで戻ると、ネリさんとヒカルが相談していた。メモをもとにネリさんが質問しヒカルが的確に答えていた。ずっと昔から続く儀式みたいにふたりの姿は自然だ。
他穿着一件灰色运动衫,匆匆忙忙地回来找 Neri 和 Hikaru 咨询。 根据笔记,内里提出了一个问题,光准确地回答了。 他们两个的模样很自然,就像是一场已经进行了很久的仪式。

ネリさんが安楽椅子から立ち上がる。
内里从她的安乐椅上站起来。

「はじめようかね」
“我们开始吧。”

ネリさんが仕事部屋に通じるドアを開ける。
内里打开了通往工作室的门。

灯りをつけると、棚に並んだいくつもの土鍋が蛍光灯の光に浮かぶ。
当灯打开时,架子上一字排开的许多陶罐在荧光灯的灯光下漂浮。

棚の下にある戸棚の扉をネリさんが開ける。中から小さな素焼きの壷をいくつか取り出し、戸棚の上に置く。この部屋はレストランの厨房にも、学校の実験室にも似ている。
Neri打开了架子下橱柜的门。 从里面拿出一些没有上釉的小花盆,放在橱柜上。 这个房间类似于餐厅厨房或学校实验室。

ヒカルは棚を見上げて鍋を物色しているようだ。
Hikaru 抬头看向架子,又看了看花盆。

「これだね」
“就是这个。”

ひとつの土鍋をヒカルが手に取る。
光拿起一个陶罐。

ネリさんが壷を開けてなにか針のような黒くて細いものを指で摘まみ、棚の上にあった深皿に入れる。何だろ、これ。質問できる雰囲気ではないので自分で確かめるためにサナは皿をのぞく。それはサナにとって見慣れたものだった。猫の毛。短毛種の黒猫の毛だと思う。
内里打开罐子,用手指捡起一个又黑又细的东西,像针一样,放在架子上的一个深盘子里。 这是怎麽? 这不是一个她可以提问的氛围,所以 Sana 看着盘子自己看看。 这对 Sana 来说很熟悉。 猫毛。 我觉得是短毛黑猫的毛发。

ネリさんが次々と壷を開け、猫の毛を摘まむ。長毛種のふわふわの白毛、薄茶色の毛。すべての毛を深皿に入れて、ネリさんが指で混ぜる、まるで上等なサラダでも作るみたいに。
Neri 一个接一个地打开罐子,拔下猫的毛发。 蓬松的白毛,长毛品种的浅棕色毛发。 所有的头发都放在一个深盘子里,Neri 用手指混合,就像她在做一道精美的沙拉一样。

「土鍋、オッケーでーす」
“煲仔饭,没事。”

ヒカルがネリさんに告げる。さっきヒカルが選んだ土鍋が五徳の上に載っている。五徳の下にはガスのスイッチがある。こちらは鍋料理をつくるみたいだ。
Hikaru 告诉 Neri。 光之前选择的陶罐就在三脚架上面。 三脚架下方有一个燃气开关。 这就像做一道火锅菜。

サラダに鍋料理。ちょっとした宴会でもはじまるみたいだけど、これからはじまるのは、多分ちがう。
沙拉和火锅菜肴。 看似从小宴开始,但从现在开始的事情可能有所不同。

ねこつくり。
猫制作。

ヒカルはお客様に「ねこつくりの宮」と名乗った。夫婦に手渡した子猫は、前の日、一仕事が行う前には、いなかった。この部屋も含めて、三匹以外に猫はこの家に存在しない。明日薮下さんに手渡すために、今からここでねこを作るのだ。
Hikaru 向他的客户介绍自己为“Neko-Tsukuri no Miya”。 交给这对夫妇的小猫在前一天,在工作完成之前不在。 除了这三个人,包括这个房间,这个房子里没有猫。 我现在要在这里做一只猫,明天送给 Yabushita 先生。

ネリさんが指で猫の毛を混ぜながら、土鍋に近づく。毛の塊をひとつまみ、土鍋に入れて蓋を静かに閉じる。
Neri 在靠近陶罐时用手指混合猫的毛发。 取一小撮头发,放入陶罐中,轻轻合上盖子。

「いくよ」
“我要走。”

ガスのスイッチをネリさんが捻ると、青い炎が土鍋の底を包む。普通の鍋料理をはじめるときみたいだ。ポン酢を用意したくなる。
当 Neri 扭动煤气开关时,蓝色的火焰包裹着陶罐的底部。 这就像你开始做一道普通的火锅菜一样。 你需要准备橙子酱。

「ここからがあんたの出番だよ」
“这就是你进来的地方。”

すぐ側で見ていたヒカルがサナに声を掛ける。
在一旁看着的光向萨娜喊道。

「何をすればよいのでしょうか」
“我需要做什么?”

「まずは見てな」
“首先,看看。”

ネリさんが土鍋をじっくりと見て、火を消す。ガスの炎はすっと消えたが、底に開いた土鍋の穴からはまだ青い光が見える。時折、小さな竜みたいな青い炎が穴から飛び出す。
Neri 仔细观察了陶罐并扑灭了火。 气体火焰已经熄灭,但您仍然可以通过底部陶罐上的孔看到蓝光。 偶尔,一团像小龙一样的蓝色火焰从洞中迸发出来。

三人が凝視する前で鍋の中の青い光が強まり、いくつもの青い炎が鍋の穴から宙に昇る。鍋の光を受けてネリさんとヒカルの顔が青く浮かぶ。
罐子里的蓝光在他们三人凝视之前就加强了,几道蓝色的火焰从罐子的孔洞中升起,冲向空中。 Neri 和 Hikaru 的脸在锅的灯光下变得发青。

まるで料理が煮立ったみたいに土鍋の蓋がカタカタ鳴り出すと、ネリさんの目が一層険しくなる。
当陶罐的盖子嘎嘎作响,仿佛食物已经煮熟一样,内里的眼神变得更加严峻。

その瞬間、土鍋の底から一本のひびが走った。ひびはいくつか枝分かれして土鍋の上部へ向かう。
就在这时,一道裂缝从陶罐底部流出。 裂缝延伸到陶罐的顶部。

「ヒカル」
“光”

ネリさんが呼ぶと、ヒカルが土鍋の耳を素手でつかみ持ち上げ、床に叩きつけた。床に当たると土鍋は底から粉々に割れ、中から青い炎が飛び散る。猫の毛は見あたらない。青い炎は床に落ちるとすぐに消えた。
内里喊道,光徒手抓住陶罐的耳朵,把它举起来,砰地一声砸在地板上。 当它撞到地板上时,陶罐从底部碎裂,蓝色的火焰从里面飞出。 我没有看到任何猫毛。 蓝色的火焰一落到地板上就被扑灭了。

炎が消えたのを確認するとヒカルが次の土鍋を五徳に載せ、ネリさんが猫の毛を一掴み入れる。
确认火焰熄灭后,光将下一个陶罐放在三脚架上,内里在里面放了一把猫毛。

「次からはあんたが鍋を割るんだ」
“下次,你要打破这个局面。”

ヒカルがサナに言う。
Hikaru 对 Sana 说。

さきほどと同じようにガスの火を使い、鍋を熱する。また鍋の中に青い火が籠もる。しばらく様子を窺っていたネリさんが首を横に振る。
像以前一样使用燃气火加热锅。 罐子里还有一团蓝色的火。 已经观察了一段时间的 Neri 摇了摇头。

「サナ」
“萨娜”

「はいっ!」
“是的!”

サナは慌てて土鍋を持ち上げ、床に叩きつける。素手で掴んだが、少しも熱くなかった。土鍋は砕け散り、青い光の粒が散乱する。青い光は水をかけられた花火みたいにすぐ消えた。なんだかとてももったいないことをしている気がしたけど、仕方がない。これがここでの流儀で、正しい行いなのだ、きっと。
Sana 急忙举起陶罐,砰地一声摔在地板上。 我徒手抓住它,但它一点也不热。 陶罐会碎裂并散射蓝光粒子。 蓝光像泼在水面上的烟花一样迅速消失。 我觉得我做了一件非常浪费的事情,但我忍不住。 这就是这里的方式,我敢肯定,这是正确的做法。

新しい土鍋に新しい猫の毛。今度も青い火が鍋底を包み、呼応して鍋全体が青い光に包まれる。小さな炎が鍋の穴から勢い良く飛び出る。
新陶罐里的新猫毛。 蓝色的火焰再次笼罩着锅底,作为回应,整个锅被蓝光笼罩。 一团小火焰从罐子的洞中迸发出来。

鍋の蓋がカタカタ鳴り始める。炎は鍋の中へ引っ込み、青い光は徐々に力を失う。
锅盖开始嘎嘎作响。 火焰缩回锅中,蓝光逐渐失去效力。

「いけるか」
“我可以走吗?”

ネリさんが呟く。
内里喃喃自语。

やがて地震が収まったみたいに鍋の蓋が音を鳴らすのを止めて、青い光も完全に消えた。普通の土鍋にもどったようだ。
最终,仿佛地震已经平息,锅盖停止了发出声音,蓝光完全消失了。 它似乎已经回到了正常的陶罐。

ネリさんが鍋の前でじっと様子を窺う。もちろん鍋の中は見えない。
Neri 盯着锅前的情况。 当然,你看不到锅的内部。

「開けるよ。合図をしたら、すぐに鍋を叩き割るんだ、サナ」
“我要打开它,一旦我给你信号,我就要砸碎锅,Sana。”

「はい!」
“是的!”

息を飲み、ネリさんがそっと土鍋の蓋を少しだけ開けて、中を覗きこむ。何かを確認したのち、すばやく蓋を取る。
深吸一口气,Neri 轻轻打开陶罐的盖子,向里面看去。 检查了什么后,我迅速取下盖子。

鍋の中には子猫が一匹寝ていた。腹あたりが膨らんで縮んだので息をしているのがわかる。茶と黒の毛を纏い、生まれたばかりというより生後三ヶ月ぐらい経過した猫の大きさをしている。もちろんこれが本当に「猫」ならば。
一只小猫睡在罐子里。 我能看出我在呼吸,因为我的肚子肿胀和收缩。 它穿着棕色和黑色的皮毛,大小与一只大约三个月大的猫一样大,而不是新生儿。 当然,如果这真的是一只“猫”。

猫に見えるものは、土鍋の曲線に沿って体を丸めて、眠っている。
看起来像一只猫睡着了,蜷缩在陶罐的曲线上。

「よしよし」
“好吧,好吧。”

ネリさんが土鍋から取り出し胸に抱える。目が覚めたのか、にゃあ、とひとなきした。やはり猫だ。普通の子猫だ。
内里从陶罐里拿出来,放在胸前。 我想知道我是不是醒了。 毕竟,这是一只猫。 它只是一只普通的小猫。

「いいね」
“不错”

「ですね」
“不是吗?”

子猫の頭を撫でて、ヒカルが満足げな表情を浮かべる。
抚摸着小猫的头,Hikaru 满意地看了他一眼。

これが、ねこつくり。今ここで自分の目で見ていたのに、とても信じられない。鍋から子猫が現れた。鍋に入れた猫の毛を、ガスの火にくべただけなのに。材料が猫の毛ではなく野菜で、これが料理のレシピだとしても単純すぎる。まして、これで本物の猫ができるなんて。
这就是猫的创造。 即使我在这里亲眼目睹,我也不敢相信。 一只小猫从罐子里出来。 我只是把猫毛放进锅里,然后放在煤气火上。 食材是蔬菜,不是猫毛,就算这是一道菜的食谱,也太简单了。 更不用说你可以用它制作一只真正的猫了。

信じられない想いと裏腹に、ネリさんなら猫をつくることができる気もする。亡くなったおばあさんが何度も話してくれた。ネリさんは魔女だと。
与难以置信的想法相反,我觉得 Neri 可以制造一只猫。 我已故的祖母对我说了很多次。 内里是个女巫。

今までせっせと培った現実の知識と目の前で見た事実の間でうろたえるサナをおいて、ネリさんが猫を抱いて部屋をでる。ヒカルが意味深な笑顔をサナに向けた。
Sana 在她迄今为止培养的现实知识和她眼前看到的事实之间感到困惑,Neri 抱着她的猫离开了房间。 光对萨娜露出意味深长的微笑。

翌朝、ヒカルの車で再び藪下さんの家へ向かう。
第二天早上,光的车再次开到矢下家。

「毎日毎日、僕らは高速の、上を走って、嫌になっちゃうよー」
“日复一日,我们将高速、高速,我们会讨厌它。”

ヒカルがサナの知らない唄を歌う。愚痴ってはいるけど、昨日よりも表情は明るい。
Hikaru 唱了一首 Sana 不知道的歌。 虽然他在抱怨,但他的表情比昨天更明亮了。

その理由をサナは腕に抱えている。サナは子猫を抱いていた。車の速さに怯えることなく眠っている。とても小さく、とても温かい。サナにとっては馴染みのある体温だ。ずっと一緒に暮らしていたゴロはサナが椅子に座ると必ず膝の上に乗ってきた。子猫はゴロよりもはるかに小さいけど、温かみと柔らかさは変わらない。
Sana 把理智抱在怀里。 Sana 抱着一只小猫。 睡觉时不会被汽车的速度吓到。 非常小,非常温暖。 这是 Sana 熟悉的体温。 和她同居很久的五郎,当萨娜坐在椅子上时,他总是爬到她的腿上。 这只小猫比 Goro 小得多,但温暖和柔软是一样的。

今回はサナが子猫の飼い方について説明した。サナの言葉に藪下さんは、うんうんと丁寧に肯いてくれた。
这一次,Sana 解释了如何饲养小猫。 听到 Sana 的话,Yabushita 礼貌地肯定了她的话。

一度キャリーバッグに入れていた子猫をサナは取り出し、藪下さんに手渡す。
Sana 拿出她曾经放在手提袋里的小猫,递给 Yabushita。

藪下さんがおそるおそる茶と黒の子猫を手に取ると、頬に近づける。
Yabushita 紧张地抱起一只棕色和黑色的小猫,把它靠近她的脸颊。

「久恵……、お前がいなくてひとりで寂しいよ、久恵……」
“Hisae......没有你,我很寂寞,Hisae......”

最後は言葉にならなかった。藪下さんが涙を流し、子猫を頬に寄せる。子猫はじっとして、ひとつないた。
最后,我无言以对。 Yabushita 流下眼泪,将小猫拉到她的脸颊上。 小猫站着不动,变成了一只。

帰り道、ヒカルから温泉に誘われた。女性同士とはいえ裸を見せ合うのは恥ずかしいけど、そんなことを言える年齢でもないし、先輩の誘いを断るわけにはいかない。いつもは家にある小さな風呂に入っているので、たまには大きな湯船に浸かりたい気持ちもあった。
在回来的路上,光邀请我去泡温泉。 即使是女性之间,也要裸体展示对方很尴尬,但我还没到可以这么说的年龄,我也无法拒绝前辈的邀请。 我通常在家里洗个小澡,所以偶尔想泡个大浴缸。

ヒカルの運転で海岸沿いを走った後、山側へ少し入った場所に村営の立ち寄り温泉施設があった。
和光一起沿着海岸开车后,在山腰稍远的地方有一个村里经营的温泉设施。

施設のお客さんはお年寄りが多かった。みんな知り合いのようで、脱衣所で世間話に花を咲かせている。市街地から外れたこの辺りには林業の従事者とその家族が多く住んでいるとヒカルが教えてくれた。
该设施的许多顾客都是老年人。 每个人似乎都互相认识,更衣室里闲聊开花结果。 Hikaru 告诉我,城外的这个地区生活着许多林业工人和他们的家人。

体を流した後、サナはすぐ湯船に浸かった。隣にヒカル。裸のヒカルを見たのは初めてだった。服を着たヒカルは体が細く、ボーイッシュのイメージが強かったけど、きちんとでるところがでて、ひっこむところがひっこんでいるコーラの瓶みたいなプロポーション。ちらちら覗き見ていたら恥ずかしくなって、サナは赤面してきた。
洗完澡后,Sana 立即泡在浴缸里。 他旁边的光。 这是我第一次看到光的裸体。 光穿衣服很瘦,有着强烈的男孩子气,但他的比例就像一个可乐瓶,整齐地拿出来,塞成一个折叠。 她瞥了一眼,感到尴尬,Sana 脸红了。

「ここ、いいでしょ。たまに来るんだ」
“这里很好,我偶尔会来这里。”

天井が高く、湯船が広い浴場は開放感がある。ヒカルは今までひとりで来ていたのか。
澡堂有高高的天花板和一个大浴缸,给人一种开放的感觉。 光一个人来过吗?

「訊きたいことがあると思ってね」
“我觉得我有话要问。”

サナを向いて、いつもよりお姉さん風にヒカルが微笑む。昨日の夜から、なぜどうして質問したいことはたくさんあるが、ネリさんにもヒカルにも訊きづらかった。彼女らの言動があまりに自然でプロフェッショナルなので、疑問を挟むのがひどく無粋に思えたからだ。猫の毛を土鍋に入れて火をかけたら、どうして子猫ができるのか、依頼者はどうしてねこつくりの宮の猫を所望するのか。常識で考えたらとてもおかしなことなのに、ここでは疑うことが非常識になる。
转向萨娜,光的笑容比平时更像一个姐姐。 从昨晚开始,我想问很多为什么和为什么的问题,但很难问 Neri 或 Hikaru。 他们的言行是如此自然和专业,以至于质疑他们似乎是如此轻率。 如果你把猫毛放在陶罐里放火,怎么做一只小猫,为什么客户想要猫在猫的宫殿里呢? 用常识来思考它是非常奇怪的,但在这里怀疑就变得疯狂了。

「ネリさんはあんたに何も話していないの?」
“Neri什么都没告诉你吗?”

サナはこくんと肯く。
Sana 肯定地说。

「やっぱりね。ま、わたしが話せってことか。順番だな」
“嗯,你知道的,我会说话。 轮到你了。

水面に出ていた肩にヒカルは手で湯をかけた。
光用手将热水倒在他的肩膀上,而他的手已经浮在水面上了。

「いるか岬にわたしが来る前はネリさんがひとりで仕事をやっていたの。お客への聞き取りも自分でやっていた。もちろん、ねこつくりも」
“在我来伊良香岬之前,Neri 是一个人工作,她也在采访客户。 当然,还有猫。

「ねこつくり」
“猫制作”

自分の口に出してみると、言葉の奇妙さが実感として肌に伝わる。
当你大声说出来时,这些词的陌生感会作为一种真实的感觉传达到你的皮肤上。

ヒカルは浴槽の中で立ち上がり、腰辺りで湯をわけて進む。ガラスの引き戸を開けて、露天へ向かう。
光在浴缸里站起来,开始分掉腰间的热水。 打开滑动玻璃门,向户外走去。

外気がやけに冷たく感じる。ヒカルにつづいて、サナも露天風呂に浸かる。夜風に吹かれて幾筋の湯気が水面より流れる。以前にヒカルが、我々はねこつくりの宮だとお客様に名乗った。その時はお店の名前を口にするみたいに自然だったけど、さっきヒカルが発した「ねこつくり」は、力がこもった不自然な言い方だった。
外面的空气感觉很冷。 继 Hikaru 之后,Sana 还泡在露天浴池中。 几道蒸汽从夜风吹拂的水面上流出。 早些时候,Hikaru 告诉客户,我们是猫的宫殿。 在那个时候,说出餐厅的名字就像很自然一样,但光之前说的“猫制造”是一种不自然的表达方式,非常有力。

「シュレーディンガーの猫って知っている?」
“你认识薛定谔的猫吗?”

ヒカルがサナの顔を見る。
光看着萨娜的脸。

「シュ、シュレ……?」
“舒尔,舒尔......?”

「まあ、知らないよね。わたしも知らなかった。ネリさんに教わった」
“嗯,我不知道,我也不知道。 我是从 Neri 那里学到的。

ヒカルが自分の鎖骨に湯を掛ける。屋内から漏れた灯りでヒカルの濡れた体が発光しているように見える。
Hikaru 将热水倒在他的锁骨上。 从内部漏出的光线让 Hikaru 湿漉漉的身体仿佛在发光。

「シュレーディンガーという博士が行った思考実験。その実験では、まず猫を箱に詰める」
“一位名叫 Schrödinger 的医生进行的思想实验,他首先将一只猫塞进了一个盒子里。”

「シュレーディンガーさんは猫にいっぱい引っ掻かれたでしょうね」
“薛定谔先生一定被猫抓了很多次。”

緊張した場面になると、緊張から逃れたくてサナは無意識に余計な言葉が口から出てしまう。ねこつくりの秘密を聞けることで、今の自分は確かに気が張っている。
当谈到紧张的场面时,Sana 想要摆脱紧张,不自觉地留下了额外的话语。 能够听到制作猫的秘密当然让我现在感觉好多了。

「箱の中に猫と一緒に五十%の確率で毒ガスが発生するスイッチを取り付ける」
“在盒子里装上一个开关,对猫产生毒气的几率是 50%。”

「半分の猫を殺すなんて鍋島家みたいに祟られますよ」
“杀了半只猫就像锅岛家一样。”

「大丈夫、思考実験だから猫は一匹も死んでいない」
“没关系,这是一个思想实验,所以没有一只猫死。”

ヒカルが軽く微笑む。夜空のどこかで鳥が鳴くけど、姿は見えない。露天風呂を囲む松林の何処からか何かがこちらを見ている気がする。
光淡淡地笑了笑。 在夜空中的某个地方,一只鸟在唱歌,但你看不到它。 我感觉有什么东西在露天浴池周围的松树林的某个地方看着我。

「スイッチを押すと半分の確率で毒ガスが発生するけど、箱の外からは毒ガスが発生したか見えない。箱を開けてみないと中の猫が死んでいるかどうかわからない。ということはスイッチ押してから箱を開けるまでの間は、箱の中の猫が死んでいるか生きているのか不明な状態ということになるよね。言い方を変えれば、箱の中の猫は生と死が重なり合っている状態と言える」
“当你按下开关时,有一半的几率会产生毒气,但你看不到毒气是否是从盒子外面产生的。 这意味着,从你按下开关到你打开盒子之间,你不知道盒子里的猫是死是活。 换句话说,盒子里的猫是一种生与死重叠的状态。

「ちょっとよくわからないのですが……」
“我不确定......

ヒカルの話に必死についていこうとしたけれど、途中からよくわからなくなる。生と死が重なり合っている猫?
我拼命想跟上 Hikaru 的故事,但中途我没有理解它。 一只生死交织的猫?

「簡単に言えば、箱を開けてみないと誰もわからない、ってこと。ねこつくりも一緒」
“简单地说,在他们打开盒子之前,没有人知道。

ねこつくりのところからヒカルの声が低くなる、別の世界に繋がる秘密の言葉みたいに。
光的声音从猫的位置压低,就像一个通向另一个世界的秘密话语。

「ネリさんが土鍋に猫の毛を入れて暫くするとカタカタ鳴りだしたよね。その時、土鍋の中はどうなっていたと思う?」
“Neri-san 把猫毛放进陶罐里,过了一会儿,它开始嘎嘎作响,你觉得当时陶罐里面是怎么回事?”

ヒカルが流し目をサナに向ける。
光将目光转向萨娜。

「わかりません。わたしが鍋を割ったとき猫はいませんでした。最後に土鍋の蓋を開けた時は子猫が出てきましたけど、そんなことはありえません。猫の毛を入れたからって猫はできません。毛糸を鍋に放り込んでもセーターにはなりませんから」
“我不知道,我打破罐子时没有猫。 上次我打开陶罐的盖子时,一只小猫出来了,但这是不可能的。 猫不能仅仅因为它们把猫毛放进去就这样做。 如果你把纱线扔进花盆里,它就不会变成毛衣。

「だけど、蓋を開けてみるまではわからない」
“但你得知道,直到你打开盖子。”

ゆっくりとヒカルが言う。
光缓缓地说。

「そうですね」
“没错。”

奇妙だと思っても、実際に現れた猫を見たサナは首肯せざるを得ない。カタカタと鳴る鍋の音と鍋の穴から放たれた青い光をサナは思い出す。
即使她觉得很奇怪,但当 Sana 看到真正出现的猫时,还是忍不住点了点头。 Sana 记得花盆的嘎嘎声和从花盆的洞里发出的蓝光。

「あの土鍋の中で生と死が交差していたということですか?」
“你是说生与死在那个陶罐里交错了吗?”

サナの質問にヒカルは答えず、夜空を見上げた。ヒカルなりの回答を持っているのだろうけど、この場では答えないことが正解だと考えている。きっとネリさんもヒカルにそのようにしたのだろう。ここからは自分で考えて結論を出さないといけない。いつか同じように自分も誰かに話す時がくるのだろうか、とサナは考える。
光没有回答萨娜的问题,抬头望着夜空。 我相信 Hikaru 有他自己的答案,但我认为在这里不回答是正确的。 我敢肯定 Neri 对 Hikaru 做了同样的事情。 从这里开始,您必须自己思考并得出自己的结论。 Sana 想知道有一天她是否能够以同样的方式告诉某人。

再び日常が戻ってきた。ねこつくりの仕事がなくても、ここで一番の後輩であるサナには日常を過ごすための仕事がたくさんある。食事を作り、部屋の掃除をして、洗濯する。一週間に一度は芝刈りだ。ヒカルも手伝ってくれるし、おばあさんと暮らしていたときはひとりで家事をしていたので苦ではない。
日常生活又回来了。 即使她没有养猫的工作,这里资历最浅的 Sana 也有很多工作要做才能度过她的日常生活。 做饭、打扫房间、洗衣服。 每周修剪一次草坪。 光也帮忙,当她和奶奶住在一起时,她自己做家务,所以这不是问题。

軽トラックが庭に止まり、慎吾が降りてきた。
一辆轻型卡车停在院子里,Shingo 下了车。

「こ、こんにちは」
“你好。”

サナの顔を見ると慎吾がぺこりとお辞儀した。今日は窯出しの日だ。
看着Sana的脸,Shingo微微鞠了一躬。 今天是窑日。

「松下さんはどうしたんだい?」
“松下先生怎么了?”

ネリさんが訊ねる。
内里问道。

「ちょっと腰を痛めてしまって……」
“我......我的背部有点受伤。”

慎吾がおどおどした口調で答える。
Shingo 用害怕的语气回答。

「松下さんも歳だねえ」
“你也老了,松下先生。”

すぐに慎吾が軽トラックに戻る。きっと慎吾はネリさんが苦手なのだろう。言葉を交わすより働く方が楽だと体で言わんばかりに、慎吾が土鍋をせっせと運び始めた。
很快,Shingo 回到了轻型卡车上。 我确定 Shingo 不喜欢 Neri。 仿佛在说,工作比交流更容易,Shingo 开始忙碌地拎着陶罐。

カタカタと音を鳴らしながら、土鍋が入った木箱を慎吾が両手にぶら下げて工房へ運ぶ。今日は数が少ないので台車は使わないようだ。竈の上で新聞紙を外して、土鍋をネリさんに見せる。その所作は松下さんによく似ていた。松下さんの一挙手一投足をやってみせるつもりなのだろう。
随着嘎嘎作响的声音,Shingo 手里晃着一个装着陶罐的木箱,带到了车间。 今天,他们只有少数人,所以他们似乎不使用手推车。 他从炉子里拿出报纸,把陶罐给 Neri 看。 他的举止与松下先生非常相似。 我猜他打算展示松下的每一步。

「どれどれ」
“让我们看看”

丸眼鏡を嵌めたネリさんが土鍋をしげしげと観察する。皺々の指で暗号を解読するみたいに土鍋を丁寧に撫でる。
戴着圆眼镜的 Neri 惆怅地注视着陶罐。 小心地抚摸陶罐,就像用皱巴巴的手指破译密码一样。

「これは慎吾さんが焼いたのかい?」
“这个是 Shingo 烤的吗?”

ネリさんがジロリと慎吾をのぞく。
内里看着吉洛里和信吾。

「は、はい、親方に比べればまだまだですが……」
“哈,对,离师父的.......还有很长的路要走”

慎吾の回答を待たずにネリさんは慎吾から土鍋に視線を移す。
不等 Shingo 的回答,Neri 就将目光从 Shingo 转移到了陶罐上。

「これはだめだね」
“这不好。”

いくつかの土鍋をネリさんが突き返した。不合格品を新聞紙で再びくるみ、慎吾が工房から搬出した。サナも一緒に手伝った。慎吾は土鍋の使い途を知っているのだろうか。自分が焼いた土鍋がねこつくりに使われ、鍋の中で生と死が交差することを。
内里推开了一些陶罐。 Shingo 再次用报纸包装不合格的物品,将其带出车间。 Sana 也帮了忙。 Shingo 知道如何使用陶罐吗? 我烤的陶罐是用来做猫的,生与死在锅里交织。

「お疲れ様でした」
“谢谢你的辛勤工作。”

土鍋を軽トラックの荷台に置くと、運転席に座る慎吾にサナは礼を言った。
Sana 将陶罐放在轻型卡车的后座上,向坐在驾驶座上的信吾道谢。

「え、映画を観に行きませんか?」
“诶,你为什么不去看电影呢?”

運転席から顔を上げずに慎吾がサナに声を掛けた。正確にはハンドルに声を掛けた。でも、まさか愛車を映画に誘わないだろう。運転席の窓から見える慎吾の耳は真っ赤だ。
Shingo 没有从驾驶座上抬起头来,向 Sana 喊道。 准确地说,我向方向盘喊道。 但我不会邀请我的车去看电影。 从驾驶室的车窗可以看到 Shingo 的耳朵是鲜红色的。

胸の奥がどきりとした。首からぶら下げているロケットを無意識に掴む。
我感到胸口后部有一种悸动的感觉。 不知不觉地抓住了挂在他脖子上的火箭。

「は、はい」
“是的。”

サナも俯いて答えた。不意な申し出だったけど、断る理由もサナにはなかった。
Sana 点头回答。 这是一个出乎意料的提议,但萨娜没有理由拒绝。

土曜日の夕食の席で、明日は慎吾と映画を観に行くとネリさんとヒカルに告げると、とんでもなく甘いケーキを食べたような表情をふたりがした。
周六的餐桌上,当我告诉 Neri 和 Hikaru 明天要和 Shingo 一起看电影时,他们看起来就像吃了一个甜得离谱的蛋糕。

「やるわねえ、あの若者」
“我来做,年轻人。”

ネリさんが唸る。
内里咆哮着。

「デートなんてちょっと生意気じゃない」
“约会有点厚颜无耻。”

ヒカルが不満そうな顔をして腕を組む。
光交叉双臂,脸上露出不满的表情。

「ヒカルは反対なの? 自分ではなくサナが誘われたから面白くないのね」
“光是反对的,这并不好笑,因为萨娜是被邀请的,而不是我。”

ネリさんがニヤニヤをヒカルに向ける。
Neri 向 Hikaru 露出得意的笑容。

「あんな子供、わたしの好みじゃないわ。ふたりとも修行の身なのに、他にやるべきことがあるんじゃないかってこと」
“我不喜欢这样的孩子,他们都是实习生,我想还有别的事情要做。”

「サナは修行してないよ」
“Sana 没有练习。”

ネリさんが目を瞑りお茶を飲むと、周りの空気がしんと静まる。ヒカルが真顔になり、それ以上の反論をやめた。
当 Neri 闭上眼睛喝茶时,她周围的空气平静了下来。 光变得严肃起来,不再继续争论。

「あのう、デートなんて大袈裟なものではなく、ただ一緒に映画を観るだけですから」
“嗯,约会并不夸张,只是一起看电影。”

珍しく静まり返った場の空気に耐えられず、サナが口を開く。
Sana 无法忍受这个地方异常安静的气氛,张开了嘴。

「いつの世でも初めてのデートは大袈裟なもの。最初からお通夜みたいな辛気臭いデートは坊主とともに埋めちまった方がいい」
“第一次约会总是夸张的,最好从一开始就埋葬一个像醒来一样辣的约会。”

ネリさんが豪快に笑う。彼女の笑い声の方がよっぽど大袈裟だ。
内里爽朗地笑了起来。 她的笑声要夸张得多。

「そうそう。サナのヴァージンが奪われるかもしれないんだから」
“哦,是的,Sana 的童贞可能会被夺走。”

恥ずかしくてサナは顔をあげられなくなる。熱病に罹ったみたいに両耳が赤くなる。そんなに自分はうぶに見えるのだろうか。実際に処女だけど。
Sana 尴尬得抬不起头来。 两只耳朵都变红,就像发烧了一样。 我看起来这么天真吗? 我其实是处女。

「まあ、慎吾くんにそんな勇気があるとは思えないけどねえ」
“嗯,我不觉得信吾君有勇气那样做。”

「わからないよ。能ある鷹は爪を隠す。性ある輩は下心を隠す」
“我不知道,”他说,“一只好鹰会藏住它的爪子。 的人隐藏了他们不可告人的动机。

ネリさんとヒカルが顔を見合わせ、ニヒヒと笑う。
Neri 和 Hikaru 面面相觑,与 Nihihi 一起大笑。

日曜日の昼前にいつもの軽トラックに乗って慎吾がいるか岬にやってきた。誰の行いが良かったのかわからないが雲ひとつない快晴で、外へ出るとはっきりとした水平線が世界の境を明確にしていた。沖に刺さった二本のスパッドも健在だ。「お、おはようございます」
就在周日中午之前,我坐上我平常的轻型卡车,来到海角,看看 Shingo 是否在那里。 不知道是谁干的,但那是一个万里无云的晴天,当我出门时,晴朗的地平线让世界的界限变得清晰。 困在海里的两个土豆还活着。 “哦,早上好。”

青いダンガリーシャツにジーンズ姿の慎吾は快晴の中に溶け込もうとしているようだ。
Shingo 穿着蓝色工装衬衫和牛仔裤,似乎正在努力融入阳光明媚的天气。

サナは軽くお辞儀する。ネリさんとヒカルも家から出てきていた。
Sana 轻轻鞠躬。 Neri 和 Hikaru 也从房子里出来了。

「よろしくお願いしますねえ。うちのサナはデートなんてしたことないですから」
“谢谢你,我的萨娜从来没有约会过。”

昨日と同じニヤケ顔でネリさんがお辞儀する。
Neri 鞠躬,笑容和昨天一样。

「デートなんて、そ、そんな……」
“我不想去约会,那是.......”

「デートじゃないなら、わたしも行こうかな」
“如果不是约会,我也去。”

頭の後ろで手を組んだヒカルがにやける。
Hikaru 得意地笑着,双手交叠在脑后。

「そんな意地悪を言うもんじゃないよ。若者の門出に」
“别这么刻薄,年轻人。”

「わたしだって若い」
“我也很年轻。”

ヒカルが反論する。
光反驳道。

「そうだそうだ。自分が若いと思えば、いつまでも若い。私も若い」
“是的,如果你认为自己很年轻,你就会永远年轻。 我也很年轻。

ネリさんが肯く。ヒカルはともかくネリさんを「若い」と呼ぶのは、さすがに抵抗はあるけど黙っておく。
内里肯定地说。 撇开光不谈,我不愿意称 Neri 为“年轻”,但我会保持沉默。

「はやく行きな。小姑、姑とまともに付き合っていると干上がっちまうよ」
“别走得快,小婆婆,要是跟婆婆关系好,就干涸的。”

逃げるように慎吾が軽トラックの運転席に乗り込む。
Shingo 坐在一辆轻型卡车的驾驶座上,仿佛要逃跑。

ガタガタと走り出した軽トラックをネリさんとヒカルが大きく手を振って見送っている。やっぱり大袈裟だ。
Neri 和 Hikaru 张开双手,看着那辆已经开始嘎嘎作响的轻型卡车。 这太夸张了。

慎吾の軽トラックは市内に向かって、御山の麓を周り海岸線を進む。フロントガラスから視線を外すと死んでしまう病に罹ったみたいに慎吾が前方を凝視している。よそ見するよりは安全だからいいけど。
Shingo 的轻型卡车沿着美山山脚下的海岸线向城市行驶。 Shingo 盯着前方,仿佛他患有一种疾病,如果他将视线从挡风玻璃上移开,就会杀死他。 这更好,因为它比四处张望更安全。

時折、慎吾が松下さんの話や土鍋を作る話をしてくれるが、自分のことは話さず、サナのことも訊かなかった。もちろん、ねこつくりのことも。
时不时地,Shingo 会给我讲关于松下的故事以及他如何制作陶罐,但他不会谈论自己或询问 Sana。 当然,还有做猫的事情。

市内に一つだけある映画館にふたりで入る。館内はガラガラで、あまりにも静かだから映画が始まる前でも咳をするのが躊躇われた。
他们两个进入了城里唯一的电影院。 大厅嘎嘎作响,安静得我甚至在电影开始之前就不愿意咳嗽。

慎吾が選んだ映画は恋愛ものの邦画だった。どう想像しても慎吾が好みそうな映画ではなく(彼の好みを知らずに言うのもなんだけど)、サナの好みを察して選んだようだ。もっとも恋愛ものが好きだと言ったことはないけど。
Shingo 选择的电影是一部关于浪漫的日本电影。 不管你怎么想象,这都不是一部 Shingo 似乎喜欢的电影(不知道他的口味就这么说也没关系),但似乎他是根据 Sana 的口味选择的。 我从来没有说过我最喜欢浪漫。

映画はびっくりするぐらい早く終わった。ヒロインが記憶喪失になったり、相手の男子高生が過去に戻ったり、謎の老人が出てきたりと、九十分の間に色々起きたのに、物語の起伏ひとつひとつが海の波のようで、過ぎ去ってしまえば後には何も残らなかった。恋愛を賛美しているようにも、人生とはこんなものだと諭しているようにも思える、そんな映画だった。
这部电影出乎意料地迅速结束。 90 分钟里发生了很多事情,比如女主患上了失忆症,另一个高中生回到了过去,还有一位神秘老人的出现,但故事的每一次起起落落都像大海中的波浪,一旦过去,就什么都没有留下。 这是一部似乎颂扬爱情的电影,并告诫人们这就是生活的全部意义所在。

映画館の近くにあるカフェへ慎吾が誘った。真っ白な内装のおしゃれな店だ。ソファ席もカウンターも女の子同士の客で埋まっている。栄養よりも情報を補給するのが目的みたいにみんな口を絶えず動かしている。自分と同い年ぐらいの女の子もいる。彼女たちがいる場所からずいぶん遠くに自分がいると思う。住んでいる場所が離れているという意味ではなく(実際にいるか岬からここまでは車で一時間かかるが)。
Shingo 邀请我去电影院附近的一家咖啡馆。 这是一家拥有纯白色内饰的时尚商店。 沙发座位和柜台上都坐满了女孩子。 每个人都在不断地动着嘴巴,仿佛目的是为了补充信息而不是营养。 有些女孩和我差不多大。 我认为我离他们的地方还有很长的路要走。 这并不意味着你住得很远(尽管从开普敦开车需要一个小时才能到达这里)。

「この店にはよく来るのですか?」
“你经常来这家店吗?”

サナの質問に慎吾が首を振る。
Shingo 对 Sana 的问题摇了摇头。

「雑誌で調べました」
“我在杂志上查了一下。”

正直に慎吾が答えた。
Shingo 诚实地回答。

綺麗な料理の写真が並ぶメニューから食べやすそうなサンドイッチをサナは頼み、慎吾がハンバーグステーキを大盛りライス付きで注文した。
Sana 从菜单中点了一个易于食用的三明治,上面有精美菜肴的图片,Shingo 点了一份汉堡牛排和一大份米饭。

周りから盛大に聞こえる女の子たちの会話と反比例して、サナと慎吾のテーブルだけ沈黙を保っていた。ここから梃子でも動かないと決心した沈黙が地面に根を張っているみたいだ。大きなガラスウィンドウの先に街を歩く人の足だけが見える。
与周围都能听到的女孩们的谈话成反比,只有 Sana 和 Shingo 的桌子保持沉默。 即使从这里开始,我决定也不动的沉默似乎植根于地面。 透过大玻璃窗,你只能看到在城市中行走的人们的脚步。

料理が置かれると、スタートの銃声が聞こえたわけでもないのに慎吾が勢いよく食べ始める。見ていて気持ちが良いぐらいの天晴れな食べっぷりだ。
当食物摆好后,Shingo 开始大吃大喝,尽管他一开始没有听到枪声。 这是一顿阳光明媚的饭菜,看起来感觉很好。

「サナさんは、どうしているか岬に来たのですか?」
“Sana,你好吗?”

あっという間に食べ終わると、エネルギーを充填したロケットが発射したような力強さで慎吾が質問する。質問はまっすぐサナに届いた。男の人はこんな風にお腹が空いたら静かにしていて、お腹がいっぱいになったら話しだす生き物だったのか。ずっと女性としか暮らしてこなかったサナが知らない生態だ。
当他很快吃完饭时,Shingo 用充满能量的火箭的力量问道。 问题直接问到了 Sana。 这个人是不是像这样饿了就保持沉默,吃饱了就开始说话呢? 这是一个只与女性一起生活了很长时间的 Sana 不知道的生态。

「一緒に住んでいたおばあさんと猫が亡くなったからです」
“因为和我住在一起的老太太和猫都死了。”

回答になっていないのは自分でもわかったけど、サナにはそのようにしか説明できなかった。本当はやるべきことがあっているか岬に来たけど、それは話せない。同居していたおばあさんが亡くなったからいるか岬へ引っ越したのは事実ではある。
我知道这不是一个答案,但这是我能向 Sana 解释的唯一方式。 我来到海角,想看看我是否真的需要做些什么,但我不能谈论它。 确实,与她同住的祖母去世了,所以她搬到了海角。

「すいません、おかしなことを聞いて」
“我很遗憾听到一些奇怪的事情。”

慎吾がすまなそうな顔をする。彼がすまなそうな顔をすると、すまない気持ちが水のように低きに流れてきて、自分もすまない気持ちになる。いるか岬に住むことは、すまないことでも、おかしなことでもないはずなのに。
Shingo 看起来很抱歉。 当他看起来对不起时,对不起的感觉像水一样低沉地流淌,我为自己感到难过。 住在海角上不应该是一件可耻或奇怪的事情。

打ち上げに失敗したロケットみたいに慎吾はまたも沈黙し、コーヒーカップを何度も口に運ぶ。カップを上げる角度からすると、コーヒーはすでに入っていないようだ。
就像发射失败的火箭一样,Shingo 再次沉默,一次又一次地将咖啡杯送到嘴边。 从杯子升起的角度看,咖啡似乎已经没了。

「わたしたちの仕事をご存知ですか?」
“你知道我们是做什么的吗?”

今日訊ねたかったこと。この質問をするために慎吾の誘いにサナは応じた。慎吾には申し訳ないと思うが目的を達成するためだと、サナは自分を納得させる。松下さんと一緒に慎吾は土鍋をネリさんの工房に納入している。あそこで何をしているか知っているに違いない。ねこつくりの秘密や、それ以上のことを。
我今天想问你什么。 Sana 回应了 Shingo 的邀请,提出了这个问题。 Sana 说服自己,她为 Shingo 感到难过,但这是为了实现她的目标。 Shingo 与 Matsushita 一起将陶罐运送到 Neri 的工作室。 你得知道你在那儿做什么。 制作猫的秘密等等。

「え、ええ。猫を育てて売る仕事、ですよね」
“哦,对了,这是一份养猫和卖猫的工作,不是吗?”

戸惑いながら慎吾が答える。
Shingo 困惑地回答。

「慎吾さんが納入してくださっている土鍋は何に使うかご存知ですか?」
“你知道你要用的 Shingo 送来的陶罐是什么吗?”

「考えたことありません。親方を助けて土鍋を作りお届けするのが僕の仕事ですから。客のことは詮索するなと親方に言われています」
“我从来没有想过,因为我的工作是帮助我的师傅制作和运送陶罐。 我的老板告诉我不要打听客人。

先ほどより力強く慎吾が話す。彼にとっては松下さんの言葉が絶対なのだ。
Shingo 说话比以前更有力了。 对他来说,松下的话是绝对的。

「猫に餌をあげるのに使うのですかね」
“你用它来喂猫吗?”

「そんなところです」
“事情就是这样。”

サナは嘘にならない回答をした。
Sana 回答说她没有撒谎。

慎吾の車が、いるか岬に着いた時は夕方近くになっていた。夕闇の中に家の窓明かりが見えたとき、サナはほっとした。
当 Shingo 的车到达 Irika Cape 时,已经快傍晚了。 当 Sana 在黄昏时看到房子窗户的光线时,她松了一口气。

「今日はありがとうございました」
“非常感谢您今天抽出时间接受采访。”

軽トラックから降りて芝生の上でサナはお辞儀をした。
Sana 从轻型卡车上下来,在草地上鞠躬。

「いえいえ、こちらこそ。今後ともよろしくお願いします」
“不,不,就是这样,感谢您一直以来的支持。”

運転席から顔を出して、慎吾が頭を下げる。何かの言葉を付け足したいのか口をパクパクしているので暫く待っていたが、一人で何度も肯いて言葉を消化したみたいで慎吾は車を発進させた。いるか岬から去る車をサナは見送る。
从驾驶座上走出来,Shingo 低下了头。 他等了一会儿,因为他的嘴巴抽搐着,似乎想补充一些话,但信吾发动了车,因为他似乎已经自己消化了很多次这些话。 Sana 送行离开海角的汽车。

「ただいま帰りました」
“我现在回来了。”

家の中では、ネリさんはいつものように安楽椅子に座り、読書していた。三匹の猫はネリさんの周りで、それぞれに毛づくろいしている。いつもの光景。
屋内,内里像往常一样坐在安乐椅上看书。 这三只猫在 Neri 周围为它们每个人梳理毛发。 通常的景象。

「おかえり」
“欢迎回来”

ソファで寝転がり、雑誌を広げていたヒカルが言う。今日一日過ごした内容について際どい質問をされるのかと身構えたけど、何も訊かれなかった。
Hikaru 说,躺在沙发上,展开一本杂志。 我准备好了,因为有人问了很多关于我这一天花了什么的问题,但我什么也没被问到。

「早くお風呂入りな。疲れが取れるよ」
“快洗个澡,你会累的。”

ネリさんが言う。
“内里说。

「は、はい」
“是的。”

着替えを取りにサナは自分の部屋へ向かう。階段の途中で立ち止まり、一階にいるみんなを見下ろす。ひとつの空間で、それぞれが別のことをしているのに、何かで繋がっているようにみえた。ここが自分のいる場所なんだ。サナは強く思う。
Sana 去她的房间拿了换洗的衣服。 他在楼梯的半路上停了下来,低头看着一楼的每个人。 在一个空间里,他们每个人似乎都在做不同的事情,但他们以某种方式联系在一起。 这就是我的归属。 Sana 坚定地思考着。

いるか岬に車が止まり、若者の声が聞こえてきた。たまに景色に釣られて観光客が立ち寄ることがある。その場合、暫く海を眺めたあと観光客は風のようにすぐに立ち去るが、今日は不吉な雷鳴を轟かせる黒雲のように、若者の声が家にどんどん近づいてくる。
车子停在了海角,我听到了一个年轻人的声音。 偶尔,游客会因为被风景所吸引而停下来。 那样的话,看了一会儿海,游客们就如风般迅速地离开了,但今天年轻人的声音越来越近,就像一朵乌云不祥地咆哮着。

ドアを乱暴にノックする音が広間に響く。広間にいたヒカルを向くと、ヒカルの目が長幼の序を示したので、サナは立ち上がりドアを開ける。
猛烈的敲门声在大厅里回荡。 转向大厅里的光,光的眼睛里露出了长子的开始,于是萨娜站起来打开了门。

男女の若者が立っていた。ふたりとも茶色く日焼けし、金髪に近い髪の色をしていた。江戸時代の人が見たら彼らを日本人と思わないだろう。
男女的年轻男子都站了起来。 他们俩都是晒黑的棕色,头发颜色几乎是金色的。 如果江户时代的人们看到它们,他们就不会认为它们是日本。

「こんにちは」
“你好。”

サナは極上の笑顔を向ける。
Sana 给了她最灼烂的微笑。

「猫をひとつ欲しいんだけど」
“我想要一只猫。”

短パンに手を突っ込んだまま男がぶっきらぼうに言い放つ。まるで夜中のファーストフード店でハンバーガーを注文するみたいに。
一个男人把手插在短裤里直言不讳地说。 这就像半夜在快餐店点汉堡包一样。

「はあ」
“嗯。”

「ここ、ねこつくりの闇だろ? ヤクみたいに闇取引で猫が手に入るんだろ」
你可以在黑市上买到像牦牛一样的猫,对吧?

「闇ではなく、宮です。ねこつくりの宮です」
“这不是黑暗,这是一座寺庙,是一座猫的宫殿。”

「ミヤって、猫の名前?」
“Miya 是你猫的名字吗?”

「いえいえ、お宮の宮です。古代天皇や、やんごとなき方がおわすところを宮といいます。有名なところでは斑鳩宮いかるがのみやとか飛鳥浄御原宮あすかのきよみはらのみやとか」
“不,是皇宫中的皇宫,古帝和没有龙的人居住的地方叫皇宫。” 著名的地方包括 Ikaruga Palace、Ikaruga Palace、Asuka Jogohara Palace、Asuka no Kiyomihara Miya 等。

「今の日本語? ていうか、猫いくら?」
“现在是日本人了?我是说,一只猫多少钱?

『ていうか』に繋がる元の文がどこにも見つからずサナは困惑するが、プロフェッショナルな対応しなければと姿勢を正す。
Sana 很困惑,因为她在任何地方都找不到导致“I mean”的原句,但她纠正了自己的姿势,她必须专业地回答。

「猫をお渡しする前に聞き取りが必要です」
“在我把猫给你之前,我需要接受采访。”

サナの話す言葉の意味がわからないのか、男は女の顔を見て、苦笑する。どこかに触れていないと飛んでいってしまうのか、女は男の体のどこかを常に触っている。
也许他不明白萨娜的话的意思,但男人看着女人的脸,苦笑了一下。 如果你不碰某个地方,它就会飞走,女人总是在碰男人身体的某个部位。

「どうかなさいましたか?」
“你做了什么?”

中からヒカルも出てきた。格好はTシャツだけど、口調は仕事モードだ。
光也从里面出来了。 他穿着一件 T 恤,但他的语气是工作模式。

「ていうか、猫が欲しいんだけど、この子の言っていることがよくわっかんねえんだよ。あんた、店長?」
“我的意思是,我想要一只猫,但我真的听不懂她在说什么。

やっぱり彼はここをファーストフード店だと思っているようだ。あるいは彼が知る人間関係が店長と店員しかないのか。
毕竟,他似乎觉得这是一家快餐店。 或者,也许他唯一知道的关系是经理和文员之间的关系。

「どうして猫が欲しいのでしょうか?」
“你为什么想要一只猫?”

「ああ、コイツが誕生日に猫が欲しいっていうからさ。店から帰った時に誰もいない部屋が寂しいって。最初ペットショップへ行ったけど、めちゃ高いじゃん。したら、先輩が、ばあちゃんにこの店を聞いたことがあるっていうから、二時間かけて来たんだ」
“哦,这家伙想养一只猫过生日,当他从商店回家时,他想念空荡荡的房间。 我一开始去了宠物店,但非常贵。 然后我学长告诉我,我奶奶听说了这家餐厅,所以我来了两个小时。

頭を掻きながら男が話す。そんなに悪い人ではなさそうだけど、誰もいない部屋で飼い主を待つ猫の寂しさはわからないようだ。
一个男人一边挠着头一边说话。 他看起来并不是那么坏的人,但他似乎不理解一只猫在空房间里等待主人的孤独。

「こちらの者が説明したと思いますが、猫をお渡しする前に聞き取りが必要です。ただ、お客様には聞き取りすることはできません。条件がそろっていないですから」
“正如我认为这个人解释的那样,在你给猫之前,你需要接受采访,但你听不到它。 条件没有得到满足。

「条件? なんとかなんないの、それ」
“条件?

男が顔を歪める。女が男を至近距離から見上げる。
一个男人扭曲了他的脸。 一个女人从近处抬头看着一个男人。

ヒカルが、残念ながら、という顔をする。
光做了一个对不起的表情。

「いいよ」
“好的。”

広間の安楽椅子に揺れていたネリさんが口を開く。
在大厅的安乐椅上摇摇晃晃的 Neri 张开了嘴。

「この方たちは哀しみを抱えているように見えませんが」
“他们似乎并不悲伤。”

ヒカルが首を捻る。哀しみを抱える。それが猫を引き取ることができる条件なんだ。最初のお客様は子どもを流産した夫婦、次は津波で連れ合いを亡くしたおじいさん、みんなそれぞれの哀しみを抱えていた。猫を抱いて、みんな涙を流していた。猫が哀しみを癒やしてくれる。普通の猫ではなく、鍋の中でつくられた猫にはその力がある。
光扭动着他的脖子。 带着悲伤。 这就是领养猫的条件。 第一位顾客是一对流产的夫妇,第二位是在海啸中失去伴侣的老人。 抱着猫,大家都流下了眼泪。 猫可以治愈悲伤。 不是普通的猫,而是罐子里做的猫有这种能力。

「構わないよ。聞き取りも不要」
“我不在乎,我不需要问。”

「そっちのばあさん、ノリがいいじゃん」
“那个老太太很好,不是吗?”

男がはしゃぐと、老眼鏡の上から刺さるような視線をネリさんが向ける。男が慌てて目を逸らす。
当这个男人嬉戏时,Neri 看着他从老花镜顶部刺穿。 男人急忙把目光移开。

聞き取りを省略して、これからの流れの説明を受けると、男と女がいるか岬から車で去る。
在跳过采访并得到关于即将发生的事情的解释后,他开车离开了海角,看看是否有一男一女。

「なんでこんなことをするの?」
“你为什么要这样做?”

ヒカルがネリさんに抗議する。
Hikaru 向 Neri 抗议。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば人は動かじ」
“去做,告诉它,让它去做,赞美它,人们就会被感动。”

「山本五十六」
“山本五六”

ついサナは口を挟んでしまった。
Sana 只是打断了她。

「サナ、あんたは近現代も詳しいんだね」
“萨娜,你对现代了解很多。”

「鈴木貫太郎は憧れの人です」
“铃木干太郎是我钦佩的人。”

「山本さんも鈴木さんも今は関係ないでしょ。もういい」
“山本先生和铃木先生现在不重要了,没事。”

乱暴に階段を上り、ヒカルが自分の部屋へ戻る。
光猛烈地爬上楼梯,回到了他的房间。

ヒカルが怒るのも無理はない。きっちりど真ん中を通って仕事をやれと常日頃言っているネリさんが手順を壊したのだ。
难怪光会生气。 Neri 先生总是告诉我要走中间,做好我的工作,他打破了这个程序。

でも、ネリさんにはなにか考えがあるに違いない、言わないだけで。
但 Neri 肯定有个主意,就别说出来就好。

ヒカルの剣幕に動じることなく、ネリさんは安楽椅子で紅茶を飲んでいる。
Neri 并没有被 Hikaru 的剑术所吓倒,而是在一张安乐椅上啜饮茶。

その日の夜に行われたねこつくりはとても奇妙だった(いつものねこつくりも奇妙ではあるのだが)。怒っていたヒカルが黙々と準備を進め、遅くに帰ってきた家人のためにお茶漬けでもつくるみたいにネリさんが猫の毛を鍋にぱっぱと投げ入れ、火を点ける。一発目の鍋がカタカタと音を鳴らし、ネリさんが蓋を取ると、黒い猫がうずくまっていた。
那天晚上的猫制作很奇怪(虽然平时做的猫也很奇怪)。 愤怒的光默默地准备着,而 Neri 将猫毛扔进锅里点燃了火,就像在为晚回家的管家泡茶一样。 第一个罐子嘎嘎作响,当 Neri 揭开盖子时,一只黑猫正蹲下。

「はいはい、おわり、おわり」
“是的,是的,结束,结束。”

今宵のねこつくりはあっさりと終わった。黒猫を抱いて、ネリさんはさっさと部屋へ戻り、「あんたもとっとと寝な」とヒカルがサナに言い放つ。
今晚的养猫活动很容易结束。 怀里抱着黑猫,内里迅速回到了自己的房间,光告诉萨娜:“你也该去睡觉了。

もやもやしながらサナは眠りにつく。
在一片朦胧中,Sana 睡着了。

翌朝、あの男女がいるか岬に戻ってきた。
第二天早上,我回到海角,看看有没有一男一女。

にこにこ顔でネリさんが直に黒猫を渡す。男が猫を受け取ると、手に毛がつかないうちに女の胸へ猫をすぐに押し付けた。黒猫が大きな青色をした目で女を見つめ、ひとなきする。
内里脸上带着笑容,直接递给了黑猫。 当男人收到猫时,他立即将猫压在女人的胸口,然后才把他手上的头发连上。 一只黑猫盯着那个长着蓝色大眼睛的女人,惊呆了。

「かわいい!!」
“可爱!!”

女が黒猫の頭を何度も強く撫でる。精巧な縫いぐるみと女が勘違いしていないかサナは不安になる。
一个女人一遍又一遍地用力抚摸黑猫的头。 Sana 担心这个女人把这个精心制作的缝纫娃娃误认为是她。

礼も言わずにふたりは騒がしい車で去っていった。
他们没有说声谢谢,就开着一辆嘈杂的车走了。

いるか岬での手渡しは前例がない対応だ。
在伊鲁卡岬移交是一种前所未有的反应。

「いいのですか?」
“你确定吗?”

サナはネリさんに訊ねたが、ネリさんは無言で部屋へ戻っていった。彼らが深刻な哀しみを抱いているようにはみえなかった。ネリさんの意図がサナには全くわからなかった。
Sana 问 Neri,但 Neri 一言不发地回到了她的房间。 他们似乎没有任何严重的悲伤。 Sana 不知道 Neri 的意图是什么。

その日の夜、いるか岬で黒猫を受け取った男女がひとつのベッドで寝ている。男は寝相が悪く大の字になっていて、女は艶かしい細い足を男に絡めている。
那天晚上,一男一女收了一只黑猫,睡在一张床上。 男人睡得不好,写着大字,女人把她光滑的细腿和男人缠在一起。

愛車の排気音をリスペクトしているのか同様に騒々しいいびきを男は上げているが、意識は深い眠りの底にいる。おそらく彼はなんの夢もみていない。
男人打鼾的声音嘈杂,仿佛他尊重汽车的排气声,但他的意识却处于深度睡眠中。 也许他什么都没做。

ふたりの頭の間に黒猫が蹲っている。顔を自分の体に埋め、ひとつの黒い塊として存在している。誕生日パーティーと称して行われたいつもと同じ飲み会の後で、部屋はとても雑然としているが、黒猫は少しも気にならないようだ。黒猫にとっては、この世界自体がとても新しいものなのだが、それも気にならない。自分が土鍋の中でつくられたことも。
一只黑猫在他们的头之间踢来踢去。 他把脸埋在他的身体里,作为一个单一的黑色团块存在。 在以生日派对为幌子举行的平常的酒会之后,房间里非常杂乱,但黑猫似乎一点也不介意。 对于黑猫来说,世界本身就很新,但这并不困扰他。 我也是在陶罐里做的。

午前二時を過ぎた頃、黒猫が目を開ける。黒猫は蹲ったままの姿勢で周囲の空気に体を馴染ませるように深く呼吸する。
凌晨两点过后不久,一只黑猫睁开了眼睛。 黑猫以踢的姿势深呼吸,使它的身体适应周围的空气。

男と女の間で黒猫は立ち上がり、足を伸ばして、水浴びをしたあとのように毛を震わせる。
在男人和女人之间,黑猫站起来,伸展双腿,像洗过澡一样摇晃着皮毛。

黒猫は男女の顔を見つめる。よだれを垂らした彼らの寝顔について黒猫はなんの感想もないようだ。天井を向いて大きなあくびをすると、開けた口から黒猫の顔が裂けはじめる。裂け目は頬に伝わり、もはや口とは言えないぽっかりと空いた穴から腐った臭いを吐き出す。生ゴミの臭いではなく、肉が腐敗した臭い、死の概念を気体にしたらこうなると思われる臭いだ。
黑猫盯着男人和女人的脸。 黑猫似乎对他们流口水的睡脸没有任何意见。 当他看着天花板大声打哈欠时,黑猫的脸开始从他张开的嘴里裂开。 裂缝顺着他的脸颊流下,从那个已经不能称为嘴巴的大洞中呼出一股腐烂的气味。 这不是垃圾的气味,而是腐烂的肉的气味,如果死亡的概念变成气体会发生什么的气味。

黒猫の異変に最初に気づいたのは女だ。口が裂ける音と臭いに意識を呼び戻されて、女はぼんやりと目を開ける。カーテンも窓も閉めないで寝たので、風に乗った腐臭が鼻をつねったように思えた。
这个女人是第一个注意到黑猫异常的人。 被她嘴巴裂开的声音和气味惊醒,女人迷迷糊糊地睁开了眼睛。 我睡着了,没有拉上窗帘或窗户,所以风中的腐臭似乎捏住了我的鼻子。

「う、うん……、なにこの臭い?」
“呃,是的......这是什么味道?”

女が目をこすり、すぐに鼻を触る忙しない手つきをする。女の目に口が裂けた黒猫が映る。
女人揉了揉眼睛,立即做了一个忙碌的手势来摸她的鼻子。 一只张开嘴的黑猫倒映在女人的眼中。

「えっ、ブラちゃん、えっ?」
“什么,Bra-chan,什么?”

さっきつけたばかりの名前(まもなくもう二度と呼ばなくなる名前)で黒猫を女が呼ぶ。
一个女人用她刚刚给的名字叫一只黑猫(她很快就不会再叫这个名字了)。

黒猫は青く燃えた目で女を見る。黒い体のあちこちが盛り上がり、黒い毛の間からピンク色の肉が禿鷲の頭みたいに膨れる。胴体の長さはそのままに四本の細い足が伸びる。足だけが不自然に長く、針金が入ったモールでできた人形のようだ。
黑猫用蓝色的炽热眼睛看着女人。 黑色的身体到处膨胀,粉红色的肉体像秃鹰的头一样,从黑色的皮毛之间膨胀出来。 躯干的长度保持不变,但四条细腿伸展。 只有腿不自然地长,看起来像一个用铁丝槌做成的娃娃。

「ブラちゃん! ブラちゃん! どうしたの?」
“布拉酱! 这是怎么回事?

女はなおも黒猫に話しかける。数少ない知識の中から、このように猫が変化することを変態と呼ぶという間違った見解が頭をもたげる。
女人仍然和黑猫说话。 从少数知识中,我想到了错误的观点,即猫的这种变化称为。

「うるせえな、なんだよ」
“怎么了?”

男も目を醒ます。開けた目にはすぐに黒猫(黒猫だった肉塊)の姿が飛び込む。
男人也醒了。 当我睁开眼睛时,我立即看到了一只黑猫(一块肉,就是一只黑猫)。

「な、なんだよ、これ……」
“什么,这是什么......

慌てて、男がベッドから転がり落ちる。
惊慌失措,一名男子从床上滚了下来。

やたら足が長い肉塊がゆっくりと首を動かし高い場所から男を見下ろす。男は背筋がぞくっとする。決して窓が開いているからではない。
一大块长腿的肉慢慢地移动着它的脖子,从高处俯视着男人。 一股寒意顺着他的脊椎流下。 这并不是因为窗口是开着的。

目を光らせながら、黒猫だったものが口を開いてなこうとするが、唸り声と腐臭だけが男にかかる。
黑猫盯着他,张开嘴试图让它冷静下来,但只有一声咆哮和一股腐烂的气味笼罩着这个男人。

「うわ、くっせえ」
“哇,该死。”

男が鼻を押さえる。
一个男人捂着鼻子。

「ブラちゃん……」
“Bra-chan ......”

ベッドに座り女が泣く。寝る前にあげたおつまみのサキイカが悪かったのかとうっすら考える。
一个女人坐在床上哭泣。 我隐约怀疑我在睡前给他的鱿鱼是不是坏的。

天井に向かって裂けた口をいっぱいに開くと、口の中から肉片が飛び散る。体はなおも膨れ、黒い毛の混じった血がベッドにぼたぼたと落ちる。
当他向天花板张开撕裂的嘴时,肉块从他的嘴里溅了出来。 他的身体还肿着,混着黑色皮毛的血滴在床上。

黒猫だった肉塊が長い足を動かし男にゆっくりと近づく。床に尻をつけたまま男は体をねじり部屋の出口まで後ずさりするが、決して肉塊から目を離さない。なにか武器になるものがないか考える。台所に行けば包丁があると思いつくが、なぜか部屋のドアが開かない。閉じ込められた。そう思うと、男の全身に汗が吹き出てくる。
那块黑猫的肉块动了动它的长爪子,慢慢地靠近了男人。 男人的屁股放在地板上,扭动身体,背对着房间的出口,但他的眼睛从未从那块肉上移开。 想想有没有可以当武器的东西。 当我去厨房时,我觉得有一把菜刀,但不知为何房间的门没有打开。 被 困。 当他想到这件事时,男人全身的汗水开始冒出来。

「ヤバイ」
“危险”

一日に数千回は使う単語を男が吐く。良い時もまずい時もその単語は使われるが、今はまちがいなく後者の意味だろう。ベッドの上で泣いている女のことは全く心配していない。彼女が食べられているうちに窓から飛び出して逃げ出せるのではとちらと考える。
一个人吐出的单词,他每天使用数千次。 这个词在顺境和逆境中都有使用,但现在绝对是后者。 我一点也不担心那个女人在床上哭泣。 他想知道他是否可以在她被吃掉的时候从窗户跳出去逃跑。

不自然に長い足を動かし、肉塊が男に近寄ってくる。毛が混じった血と肉片が白いラグを汚す。窓からさす月光が肉塊を照らす。膨れ上がった体にあわない長い足が竹馬のように一歩ずつ進む。
他动动了不自然的长腿,一块肉向他靠近。 血和肉块与头发混合在一起,弄脏了白色的地毯。 月光透过窗户照耀着那块肉。 不适应肿胀身体的长腿,像高跷一样一步步向前移动。

「う、うわあ!!」
“哇!!”

男が叫び、床にへたり込む。
男人尖叫着倒在了地上。

肉塊は以前口だった裂けた場所を男の顔に寄せる。男が手で振り払おうとするが、肉塊の力の前では無力だ。
那块肉把曾经是他嘴巴的裂缝拉到男人的脸上。 男人试图用手把它甩掉,但面对大块肉的力量,他束手无策。

死ぬまで忘れないだろう臭いと体液を男が頭から被る。
一个人头上散发着气味和体液,直到他死都不会忘记。

肉塊についていた青く燃える目玉が男の頬にどろりと落ちる。
那块肉上蓝色灼热的眼球落在男人的脸颊上。

男は気絶する。
男人晕倒了。

目玉があった眼窩から血と体液が流れ出ると、膨れた肉体は急速にしぼみ、頭はどろどろに溶けて床へ流れる。操り人形の力がぬけたみたいに長い足が折り曲がり、すぐに崩れる。
当血液和液体从眼球所在的眼窝流出时,肿胀的身体迅速缩小,头部融化成糊状并流到地板上。 长腿弯着,仿佛失去了傀儡的力量,瞬间崩溃了。

あとには猫とは思えない大きな骨格が残る。骨から湯気が上がる。
后面是一具看起来不像猫的大骨架。 蒸汽从骨头中升起。

男は骨の前で失禁して意識がない。
这个男人大小便失禁,在骨头前失去知觉。

女はサキイカをあげなければよかったと後悔しながら泣き続けている。
这个女人继续哭泣,同时后悔她不应该给她鱿鱼。

いくつか「普通」の仕事が入った。ヒカルとふたりでサナはお客様の許へ向かう。事故で弟を亡くした息子のために猫を求める家族、子どもらと疎遠になってしまった老夫婦、これからもずっと一人で生きていくと決心した会社員の女性。世界の人たちは様々な理由でねこつくりの宮の猫を求めていた。
一些“正常”的工作出现了。 Sana 与 Hikaru 一起前往客户处。 一个家庭为在事故中失去兄弟的儿子寻找一只猫,一对与孩子疏远的老夫妇,以及一个决定独自生活余生的上班族。 世界各地的人们出于各种原因在宫殿里寻找猫。

「他の猫ではダメなんです」
“我不能和其他猫一起做。”

あるお客様に、はっきりとそう言われた。ねこつくりの宮は雑誌に広告を打ったり、電柱に貼り紙をしたりしているわけではないので、誰かから噂を聞いたお客様が連絡をしてくる。自分の知らない場所で人々は様々な情報をやりとりしているようだ。地中を巡り、各家庭を繋ぐ水道管をサナは想像する。
一位客户清楚地告诉我这一点。 Nekotsukuri no Miya 不在杂志上做广告,也不在电线杆上张贴海报,所以听到别人的谣言的顾客会联系他们。 人们似乎在他们不知道的地方交换各种信息。 Sana 想象了一条环绕地面并连接每家每户的水管。

ねこつくりの宮の猫を求める人に共通しているのは、何らかの哀しみを抱えていることだ。家族と離れていたり、親しい人が亡くなっていたり。
那些在 Nekotsuri no Miya 寻找猫的人的共同点是他们有某种悲伤。 您可能不在家,或者您身边的人已经去世。

猫を渡す代わりに規定の料金をいただく。人の哀しさをお金に替えるようで最初気が進まなかったが、わたしたちがお金をもらうことで、お客様が躊躇なく猫をうけとれるのがわかるようになってからは、気持ちが少し軽くなった。
作为交出猫的交换,您将被收取规定的费用。 起初,我不愿意用人们的悲伤换取金钱,但当我得知我们的客户可以通过收钱毫不犹豫地接收猫咪后,我感觉轻松了一点。

「帰りの運転はタルすぎ」
“开车回家太糟糕了。”

遠くの街で聞き取りをした帰り道でヒカルが不満を言う。
在远方城市面试回家的路上,光抱怨道。

「わたしが運転しましょうか」
“我该开车吗?”

「えっ? あんた免許持ってるの?」
你有驾照吗?

「ええ。暫く運転していないので今まで言い出せませんでしたが」
“是的,我已经有一段时间没有开车了,所以直到现在我都没能告诉你。”

「早く言ってよ。それならよろしく」
“那么,快告诉我。”

猫のアクセサリーをつけた車の鍵をヒカルがサナの顔の前に垂らす。
光将装有猫配件的车钥匙挂在萨娜的面前。

ヒカルと交代してサナは運転席に座る。エンジンを掛けて、車を路上へゆっくり出す。
Sana 与 Hikaru 轮流坐在驾驶座上。 启动发动机,慢慢地将汽车开到路上。

「お、案外うまいじゃん」
“哦,这真是出乎意料的好。”

「久々の運転なのでゆっくり行きますね」
“我已经很久没有开车了,所以我要慢慢来。”

サナはハンドルを両手でしっかり握り、フロントガラスがぶつかりそうなぐらい前のめりの姿勢で言う。
Sana 说着,双手紧紧抓住方向盘,身体前倾,几乎撞到挡风玻璃。

「久々っていつぶり?」
“什么时候这么久了?”

「運転免許証をいただいた以来です」
“自从我拿到驾照后。”

「まじ? ちょ、ちょっと今ハンドブレーキを引いて停めなかった?」
“说真的,你刚才不是拉了手刹停下来吗?”

「ええ、信号が赤でしたから。何か?」
“是的,红绿灯是红色的,什么?”

「いやいや、最初はフットブレーキで減速して、停止してからハンドブレーキでしょ」
“不,不,先用脚刹减速,然后停下来,然后用手刹。”

驚愕した顔でヒカルがサナの足元を指差す。
光脸上露出惊讶的表情,指着萨娜的脚。

「あれ、この車、アクセルが二つありますね。予備かな」
“哦,这辆车有两个油门,我觉得是备用的。”

足元をのぞきながらサナは首を傾げる。
Sana 偷看了一眼她的脚,歪了歪头。

「助けてー」
“救命——”

ヒカルが叫ぶ。
Hikaru 惊呼道。

「ずいぶん時間がかかったね」
“花了很长时间。”

夜半に帰ってきたヒカルとサナに向かってネリさんが呆れ気味に声を掛ける。
内里呼唤着半夜回来的光和萨娜。

「まあ、色々とあってね」
“嗯,有很多事情。”

ヒカルがサナを横目で見下ろす。頭をかいてサナは肩をすぼめた。
光低头看着萨娜,侧头看了一眼。 Sana 挠了挠头,耸了耸肩。

「遅いから、すぐにはじめるかね」
“已经很晚了,为什么不马上开始呢?”

安楽椅子からネリさんが立ち上がる。
内里从她的安乐椅上站起来。

「へい」
“嘿。”

ネリさんとヒカルについて、サナは工房へ入る。何度か立ち会ったので、サナは自ら動き、松下さんが作った土鍋を竃に並べる。
跟着 Neri 和 Hikaru,Sana 进入了工作室。 在目睹了几次之后,Sana 自己动了起来,将松下制作的陶罐放在炉子上。

小さな壺から取り出した猫の毛を摘むとすぐに鍋へ放り込まず、ネリさんが猫の毛を顔に近づける。
她从一个小罐子里拔下猫的毛发后,并没有把它扔进锅里,而是把猫的毛发贴近她的脸。

「あまり良くないねえ」
“不是很好。”

ネリさんは入口に並ぶ三匹の猫を見遣り、そのあと天井付近の窓に視線を向ける。夜中だから見えないけど、その先には御山があるはずだ。
Neri 看着门口排成一排的三只猫,然后把目光转向天花板附近的窗户。 现在是半夜,所以你看不到它,但前方一定有一座山。

それでもネリさんは数本の毛を土鍋に入れる。
尽管如此,Neri 还是把几根头发放在一个陶罐里。

「サナ、黒を取って」
“萨娜,走黑的。”

「はい」
“是的。”

サナは黒い壺を手に取り、ネリさんに渡す。
Sana 捡起黑色罐子递给 Neri。

同じく数本の毛を吟味し、ネリさんが土鍋に放り込み、蓋を閉じる。竈に火を点す。
在检查了几根头发后,Neri 将它们扔进陶罐并盖上盖子。 点燃炉子。

暫くすると、猫の毛以外に何も入っていないはずの土鍋から湯気が立つ。土鍋の蓋がカタカタと音を鳴らす。蓋の隙間から青白い光がのぞく。
过了一会儿,蒸汽从一个陶罐中升起,这个陶罐里应该只装猫毛。 陶罐的盖子嘎嘎作响。 一道苍白的光芒从盖子的缝隙中探出头来。

サナはこの瞬間がとても好きだ。中には何もいないはずなのに、だけど何かがいる。何がいるかは蓋をあけてみないとわからない。シュレーディンガーの猫さん。
Sana 喜欢这一刻。 里面不应该有任何东西,但有一些东西。 在你打开盖子之前,你不知道那里有什么。 薛定谔的猫。

何かが暴れているみたいに五徳の上で土鍋が激しく揺れて、ひびが入る。
陶罐在三脚架上剧烈地摇晃,仿佛有什么东西猛烈地晃动着,然后破裂了。

「ちっ」
“该死。”

舌打ちをしてネリさんは土鍋の取っ手を掴み、床に叩きつける。割れた土鍋から湯気と青白い炎が上がる。この鍋に生きた猫はいなかった。
内里用舌头抽打,抓住陶罐的把手,把它砸在地板上。 蒸汽和苍白的火焰从破碎的陶罐中升起。 这个罐子里没有活猫。

ネリさんは苛立っているように見える。とても珍しい。ヒカルは工房の入り口の柱に寄りかかり、こちらを眺めるだけで、動くそぶりを見せない。最近のヒカルはいつもこんな感じで、ネリさんの補助はもっぱらサナの仕事だ。
内里看起来很沮丧。 非常不寻常。 光靠在车间入口处的柱子上,只是盯着你看,没有移动的迹象。 这些天光总是这样,Neri 的帮助完全是 Sana 的工作。

ネリさんが最初からやり直す。新しい土鍋を五徳に置いて、いくつかの壺から取り出した猫の毛を土鍋に入れる。
内里重新开始。 在三脚架上放一个新的陶罐,将从几个罐子中取出的猫毛放入陶罐中。

火を点けて少し経ってからネリさんが蓋を開ける。とたんにネリさんの表情が険しくなり、自ら土鍋を叩き割る。
点燃火后不久,Neri 打开了盖子。 突然,Neri 的表情变得严峻起来,她自己砸碎了陶罐。

「わたしも焼きが回ったかねえ」
“我想我也被烤过。”

ネリさんが自分の腰を拳で叩く。
Neri 用拳头拍打她的臀部。

「大丈夫ですよ、ネリさんはまだお達者ですよ」
“没关系,内里还是个高手。”

サナは慰めの言葉をかける。
Sana 说了些安慰的话。

「役立たずな言葉はいらないよ」
“我不需要无用的词。”

ネリさんが首を曲げサナをじろっと睨む。スーパーに並ぶリンゴの品定めをするみたいにサナの顔を見つめる。
Neri 低下头,盯着 Sana。 他盯着 Sana 的脸,就像她正在超市里挑选苹果一样。

口にケチャップでもついているのかな。帰りの道すがらヒカルと内緒でハンバーガーを食べたのがばれたのかも。サナは慌てて指で唇を拭う。
我想知道他们嘴里有没有番茄酱。 在回家的路上,我和 Hikaru 可能偷偷吃了一个汉堡包。 Sana 急忙用手指擦了擦嘴唇。

「サナ、やってみるかい?」
“Sana,你想试试吗?”

温かくも冷たくもない声でネリさんが提案する。
内里用既不温暖也不冰冷的声音提议。

「えっ? わたしが?」
“什么?

驚いて、サナは自分を指差す。
Sana 惊讶地指了指自己。

「ちょっと待ってよ。この子は修行していないって、言ってたじゃん」
“等一下,你说这孩子没训练。”

今まで静観していたヒカルが身を乗り出して抗議する。
直到现在一直沉默的光向前倾身抗议。

「気が変わった」
“我改变了主意。”

「そんな勝手な」
“这太自私了。”

「勝手は、勝つ手段と書くんだよ」
“自私是取胜的手段。”

ヒカルの抗議をネリさんが軽口で一蹴する。ヒカルはどうしてこんなに強く反対するのだろう。そういえばヒカルがネリさんに代わってねこつくりを行うところを見たことがない。サナが慣れるまではネリさんの助手をしていたけど、今のサナと同じ仕事だけをしていた。サナが助手をはじめてからは、今日みたいに工房と住居部分の境に立ち静観している、三匹の猫とともに。
内里轻描淡写地驳斥了光的抗议。 为什么 Hikaru 如此强烈反对? 仔细想想,我从来没有见过 Hikaru 代表 Neri 制作猫。 在 Sana 习惯之前,我是 Neri 的助手,但我现在只做和 Sana 一样的工作。 自从 Sana 开始担任助理以来,她就一直站在车间和住宅之间的边界上,就像今天一样,还有她的三只猫。

「やるかどうかはサナ、あんたが自分で決めな。ただ決めたら責任を取ってもらうよ」
“萨娜,你要不要做,这由你决定,但如果你决定,你就要负责。”

どんな責任が発生するんだろう。土鍋から生まれた子猫の責任だろうか。それとも猫以外のどんなものが現れても責任を取れということか。わからないことだらけだし、そもそも猫の毛から新たな子猫を生み出せる自信がない。勝手がわからないから、勝つ手段も見えてこない。
将产生什么样的责任? 是陶罐里生的小猫的错吗? 还是要对猫以外的任何事情负责? 有很多事情我不知道,我一开始就没有信心能用猫毛创造一只新的小猫。 我不知道该怎么办,所以我不知道如何获胜。

サナは驚き悩み、体を揺らす。首から掛けているロケットも左右に揺れる。いるか岬での初日に彼の写真が入っているとヒカルにちゃかされたロケット。サナは銀色のロケットを握りしめる。もしも、もしも自分が子猫を生み出すことができれば、自分の望みに近づける。いるか岬に来た本当の目的に。
Sana 又惊又担心,她的身体颤抖着。 挂在他脖子上的火箭也左右摇晃。 在入里香岬的第一天,Rocket 被 Hikaru 取笑说里面有他的照片。 Sana 手里拿着一个银色的小盒坠子。 如果我能生下一只小猫,我就能更接近我想要的。 为了成为或来到海角的真正目的。

「やらせていただきます」
“我来做。”

ネリさんの目を見てサナは力強く返事する。
看着 Neri 的眼睛,Sana 强调地回答。

「ちょっと!」
“嘿!”

ヒカルが工房の中に入ってくるが、ネリさんが横目で牽制する。
光走进工作室,但 Neri 侧头看了他一眼,阻止了他。

「この子が自分で決めたんだよ」
“这个孩子是他自己的决定。”

ネリさんが赤い壺をサナに手渡す。ネリさんがやっていたのを思いだし土鍋の前に立ち、壺の蓋を開ける。中には猫の毛が数本入っている。赤茶色っぽい毛で、いるか岬にいる三匹の猫とは毛色が異なる。工房の入口ではいつものように三匹の猫が並んで座ってこちらを見ている。いつもはネリさんの行動を視線で追っているけど、今日はみんなでサナを見ている。
内里把红色的罐子递给萨娜。 想起了 Neri 在做什么,他站在陶罐前,打开了罐子的盖子。 里面有几缕猫毛。 它有红棕色的皮毛,与斗篷上的三只猫不同。 在车间的入口处,三只猫像往常一样并排坐着,看着我们。 我通常会用眼睛关注 Neri 的动作,但今天我们都在看着 Sana。

サナは壺の中を凝視する。このうちどれが必要で、どれが不要の毛なのだろう。必要なのは一本なのか複数なのか。判断できない。当たり前だ。判断すべき材料が何もないのだから。イチゴはヘタの鮮度を見て選べとか、そんなコツも教わっていない。猫の毛を選ぶとき、ネリさんは特別な行動をしていなかったように見えた。
Sana 盯着罐子。 哪些是必要的,哪些是不必要的? 您需要一个还是几个? 我无法评判。 这是很自然的。 没有什么可评判的。 我没有被教导如何根据茎的新鲜度或类似的东西来选择草莓。 在选择猫毛时,Neri 似乎没有做任何特别的事情。

「客のことを考えな」
“不要为客人着想。”

ネリさんが言う。お客様。昼間に会った、独りで生きていくことを決めた女性を思い浮かべる。長年付き合っていた男性と別れ、次の出会いを探すのではなく選択したひとりの人生。彼女の屹立した視線。一方で何かの支えがないと倒れてしまう脆さものぞく表情。サナは彼女の全てを頭に並べる。
“内里说。 你。 我想起了我白天遇到的一位女士,她决定独自生活。 她与一个交往多年的男人分手,选择了一个人的生活,而不是寻找下一个人。 她的明星。 另一方面,还有一个脆弱的表达,如果没有某种支持,它就会崩溃。 Sana 把一切都放在她的脑海里。

壺の中にある猫の毛のうち一本が輝いて見えた。実際には光を発しているわけではなく、ただサナにはその一本だけが特別に見え、選んで欲しいという囁きが聞こえる。
罐子里猫的一根毛发看起来有光泽。 它实际上并不发光,只是那个对 Sana 来说看起来很特别,她听到了一个低语,她想被选中。

その囁きに抗うことなく、サナは猫の毛を摘み、土鍋に入れる。
Sana 没有抗拒这些耳语,拔下猫的毛发,把它放在陶罐里。

次に白い壺を開け、再びお客様の顔を思い浮かべる。さっきよりも素早く明確に像を描くことができた。白い毛を二本選択する。
接下来,他打开白色罐子,再次想象客户的脸。 我能够比以前更快、更清晰地绘制图像。 选择两根白色的头发。

灰色の壺から一本を選び、土鍋に放り込む。土鍋の蓋を閉じて、迷わずサナは火を点ける。
从灰色罐子中选择一个,然后扔进陶罐中。 关上陶罐的盖子,Sana 毫不犹豫地点燃了火。

ネリさんは何も言わず、土鍋を注視している。ヒカルは憐憫が混じったような複雑な視線を土鍋とサナの両方に向けている。
内里什么也没说,只是盯着陶罐。 光对着陶罐和萨娜投来复杂的眼神,夹杂着怜悯。

土鍋の蓋が少し動く。隙間から青い光が漏れ、鍋の底の穴から青白い炎がちろちろとのぞく。中はどうなっているのだろう。うまくいっているのか、うまくいっていないのか。今はわからない。鍋の中では生と死が交錯し混じり合っている。シュレーディンガーの猫がこの中にいる。
陶罐的盖子微微动动。 蓝光从缝隙中漏出,苍白的火焰从锅底的孔中闪烁。 里面发生了什么? 它是否有效? 现在我不知道。 锅里,生与死交织在一起。 薛定谔的猫就是其中之一。

「今だよ」
“就是现在。”

ネリさんが声を上げる。サナは火を消し、土鍋の蓋を取る。もちろん熱くはない。
内里开口了。 Sana 扑灭了火并取下了陶罐的盖子。 当然,它并不热。

三人は土鍋の中をのぞく。
他们三个人看着陶罐。

「にゃあ」
“呃”

小さな白猫が土鍋の中で座っている。耳も口もヒゲもある。完全な子猫に見える。
一只小白猫坐在陶罐里。 他有耳朵、嘴巴和胡子。 看起来像一只完整的小猫。

「よくやったね、サナ」
“干得好,萨娜。”

ネリさんがサナの肩を叩く。
内里拍了拍萨娜的肩膀。

「あ、ありがとうございます」
“哦,谢谢你。”

サナが頭を下げる。
Sana 低下头。

「あんたがつくり出した猫だ」
“这是你创造的一只猫。”

ネリさんが白猫の首根っこを掴み、サナの腕に乗せる。仄かな温かみが体に伝わる。
内里抓住白猫的脖子,把它放在萨娜的手臂上。 一种微弱的温暖传递到身体。

顔をしかめるヒカルにネリさんが顔を向けると、ヒカルは目を背ける。
当 Neri 转头看向皱着眉头的 Hikaru 时,Hikaru 将目光移开。

わたしがつくり出した猫。白猫は小さな体を丸めて、サナの腕の中で眠ってしまった。
我创造的一只猫。 那只白猫蜷缩着,在萨娜的怀里睡着了。

工房の片付けが終わり、いつものように広間のそれぞれの場所にみんながおさまっている。ネリさんは安楽椅子に揺られ、ヒカルはソファに寝転がり、サナは一人用の木製椅子に座る。
车间已经打扫干净,大家像往常一样在大厅里各自的位置上。 Neri 在安乐椅上摇晃,Hikaru 躺在沙发上,Sana 坐在一个人的木椅上。

普段と異なるのは、サナの膝に白い子猫が寝ていることだ。サナが工房を片付けている間、子猫はクッションの上にいた。それからずっと動かない。姿勢を変えない猫を見て、さっきまで交錯していた死の領域に引きずり込まれたのかと焦ったが、猫は静かな寝息を立てていた。サナは子猫の頭をそっと撫でる。洞窟の中を照らすろうそくの小さな炎みたいな温かみを掌に感じる。
不寻常的是,一只白色的小猫睡在 Sana 的腿上。 当 Sana 打扫车间时,小猫在垫子上。 从那时起,它就没有动过。 看到那只姿势不变的猫,我不耐烦地认为自己已经被拖进了之前纠缠在一起的死亡领域,但那只猫却在静静地睡着。 Sana 轻轻抚摸着小猫的头。 我感觉到手掌中的温暖,就像蜡烛的小火焰照亮了洞穴内部。

ネリさんが自分の肩を叩くのを見て、サナはいつもと違うことに気づく。三匹の猫がいない。広間にいるときはネリさんの周囲でいつも蹲っているのに。さっき、ねこつくりをしていたときは工房の入り口に並んで座っていた。
看到 Neri 拍了拍她的肩膀,Sana 意识到有些事情不同了。 我没有三只猫。 当我在大厅里时,我总是在 Neri 周围踢球。 早些时候,当我制作猫咪时,我并排坐在车间的入口处。

さがすまでもなかった。茶色の猫がサナの正面で蹲っている。横を向くと黒毛の猫が、反対側には灰色の猫が鎮座している。サナを囲んで三角を形作る猫たちは、エジプトのスフィンクスのような体勢でサナに背を向けている。何かから護っているように。ただ護られているのは、わたしではない。
没有必要去找它。 一只棕色的猫在 Sana 面前踢球。 如果你向侧面看,你会看到一只黑毛猫,另一边是一只灰猫。 猫围绕 Sana 形成一个三角形,背对着 Sana,姿势类似于埃及狮身人面像。 就好像你在保护自己免受什么伤害一样。 不仅仅是我被保护。

サナは膝の子猫に手を置く。目を瞑ったまま、小さな体をくねらす。さっきまで何もないところからつくりだされた生あるもの。なにかに導かれ選んだ猫の毛が命を宿した猫に変わる。ネリさんがつくりだしたときとは異なる重みが膝に伝わる。自分が行ったことは自分に責任がある。自分に責任があることを放ってはおけない。たくさんの謎を残したまま、ほったらかしにはできない。
Sana 把手放在她腿上的小猫身上。 他闭上眼睛,扭动着自己的小身体。 一个从无到有的生物。 在某种东西的引导下,被选中的猫的毛发变成了一只有生命的猫。 传递到膝盖的重量与 Neri 创建膝盖时不同。 我对我所做的负责。 你不能让你独自负责的事实。 我们不能放过这么多谜团。

「あのう、二、三質問があるのですが」
“嗯,我有几个问题。”

サナはネリさんに訊ねる。
Sana 问 Neri。

「なんだい、コロンボにでもなったつもりかい」
“什么鬼,你觉得你会成为哥伦布吗?”

「どうしても気になることがあるものですから。どうして鍋から猫が現れたのですか?」
“我不禁好奇:那只猫怎么会从罐子里出来?”

「ヒカル、あんた何も説明していないのかい?」
“光,你什么都没解释吗?”

ネリさんがヒカルを睨む。ヒカルが目を閉じて、肩を竦める。
Neri 瞪了 Hikaru。 光闭上眼睛,耸耸肩。

「ヒカルさんはきっちりかっちり説明してくれました。シュレーディンガーの猫です」
“光解释得很清楚,是薛定谔的猫。”

「じゃあ、いいじゃないか」
“嗯,你为什么不这样做呢?”

「自分で行わせていただき、改めて不思議に思ったのです。わたしは猫の毛が入った鍋を火にかけただけです。それなのに、鍋から生きている猫が現れました。普通のことではないと思うのですが」
“我自己做了,我又想了一遍:我只是在火上放了一罐猫毛。 然而,一只活生生的猫从罐子里出来了。 我认为这不正常。

「火にかけただけだって?」
“你刚才放火了?”

ネリさんが今度はサナを睨む。
这一次,内里瞪了萨娜一眼。

怖いが、ここで引くわけにはいかない。今後、自分がやろうとしていることのために、ねこつくりの仕組みを知っておきたい。落ち葉のように積もったいくつかの謎を払って、真実の土壌を見たい。
我很害怕,但我负担不起把它拉到这里。 我想知道猫咪制作对我将来要做的事情是如何运作的。 我想摆脱一些像落叶一样堆积起来的谜团,看到真理的土壤。

「人がやったことに“だけ”なんてことはないんだよ。決めたことには責任がひっつき、結果が伴う」
“没有'只”人们做什么这样的事情,你决定的事情伴随着责任和后果。”

ネリさんの顔のしわがわさわさ動き、怒りでも笑顔でもない表情を作る。サナはヒカルを見る。ヒカルは寝転がったまま目を閉じているが、眠らずにふたりの会話を聞いている。
内里脸上的皱纹做出了既不生气也不微笑的表情。 Sana 看着 Hikaru。 光闭着眼睛躺着,但他没有睡觉,而是听着他们的谈话。

「猫の毛を選んだのは誰だい?」
“谁选了猫的毛?”

「わたしです」
“是我。”

「選んだということは他を選ばない決断をしたということさ。反対側から見れば、他の選択肢が全て切り捨てられたことになる。他の猫がつくられる可能性も、猫がつくられない可能性、そして猫以外がつくられる可能性もね」
“选择意味着你已经做出了对另一个的决定,如果你从另一个角度来看,所有其他选项都已被切断。 有可能创造出其他猫,有可能不会创造出猫,也有可能创造出非猫。

猫以外? 猫以外のものをやっぱりつくれる?
除了猫? 你能做猫以外的东西吗?

「どうやって猫がつくられたかって? そんなことは瑣末なことだよ。大事なのは結果だ。あんたは自分の責任で選び、猫をつくり出した。その猫こそが最も大切だとわからないのかい?」
“这只猫是怎么创造的? 一切都与结果有关。 您自担风险选择并创建了一只猫。 你不知道猫才是最重要的吗?

ネリさんが安楽椅子から立ち上がり、サナとつくられたばかりの白猫に近づこうとする。三匹の猫がネリさんの気配を察知して後ろ足で立ち、スフィンクスからエジプトの猫の神バステトのような姿勢に変える。前足から出した爪をネリさんへ向けて、唸り声を上げる。
内里从扶手椅上站起来,试图接近萨娜和她刚刚制作的白猫。 三只猫感觉到 Neri 的存在,用后腿站起来,将姿势从狮身人面像转变为埃及猫神巴斯泰特的姿势。 他用爪子上的爪子指着 Neri 并咆哮着。

いつも近くにいて慕っているネリさんを猫たちが警戒している。
猫咪们对 Neri 很警惕,因为 Neri 总是在附近并崇拜她。

すべてを得心し満足したような表情をネリさんが浮かべる。
Neri 脸上露出满意的表情。

「サナ、明日その猫をしっかりと届けるんだよ。それがつくり出した者の責任さ」
“Sana,我明天要把那只猫送过来,这是创造它的人的责任。”

「承知しました。最後に教えてください。どうしてわたしにねこつくりを任せたのですか?」
“当然,我最后告诉你。 你为什么让我做那只猫?

立ち上がったサナは子猫を抱きながら、ネリさんに訊ねた。
Sana 站起来,抱着小猫问 Neri。

「誰でもできるわけじゃないよ」
“不是每个人都能做到。”

サナを一瞥した後、ネリさんは自分の部屋へ戻って行った。サナの質問にネリさんが答えた時、閉じているヒカルの瞼がぴくっと動いたのがサナにはわかった。ネリさんが部屋から去ると三匹の猫はゆっくりと姿勢を和らげる。膝の子猫はずっと眠ったままだ。
看了一眼萨娜后,内里回到了她的房间。 当 Neri 回答 Sana 的问题时,Sana 可以看到 Hikaru 紧闭的眼睑抽搐了一下。 当 Neri 离开房间时,三只猫慢慢地软化了它们的姿势。 我腿上的小猫一直睡着。

「今日は子猫ちゃんを抱いてな」
“今天抱着小猫。”

自分が運転するとサナは提案したが、ハードボイルドな台詞でヒカルが却下した。
Sana 建议她开车,但 Hikaru 用激烈的对话拒绝了。

かくしていつものようにヒカルの運転で客先へ向かう。客先まではバッグに入れずにサナは子猫を胸に抱いている。
因此,像往常一样,Hikaru 开车去了客户的地方。 Sana 没有把它放在包里,直到顾客的位置,她把小猫抱在胸前。

子猫はたまに目を覚まし、サナの顔を確かめると、また眠りに落ちた。寝顔を見ていると、久しく忘れていた感情が蘇る。昔一緒に暮らしていたゴロはひとりでいる私を癒やしてくれた。
小猫会时不时地醒来,看看 Sana 的脸,然后又睡着了。 当我看着她睡着的脸时,我又恢复了我早已忘记的情绪。 以前和我住在一起的五郎在我一个人的时候治愈了我。

「仕事だからね」
“这是一份工作。”

ヒカルが言う。
Hikaru 说。

「心得ています」
“我知道。”

サナは応じる。ヒカルの言葉の意図はわかる。自分がこの子を手放せなくなるのを気にしているのだ。大丈夫、わたしは強くなる。
Sana 照做了。 我明白 Hikaru 这句话的意图。 她担心自己放不下这个孩子。 没关系,我会变得坚强。

流れる景色が止まり、ヒカルとサナは昨日の家に着いた。
流动的风景停止了,Hikaru 和 Sana 来到了昨天的房子。

三十代後半の女性がマンションの部屋からでてきた。すらっとした背格好に、ぱりっとしたシャツ、ぴっちりなパンツ姿。彼女の視線を感じながら、キャリーバッグを抱えてサナは部屋に入る。
一个三十多岁的女人从她的公寓房间里走出来。 他有个纤细的背,穿着挺括的衬衫,穿着紧身裤。 感受到她的目光,Sana 拿着她的手提包走进了房间。

「この中にご希望の猫がいます」
“这里有一只你想要的猫。”

サナは向かいに座る女性に説明を始める。ヒカルは何も言わない。今日はすべてをサナに任せるつもりなのだろう。
Sana 开始向坐在她对面的女人解释。 光什么也没说。 我想我今天要把一切都交给 Sana。

「お渡しする前に、もう一度確認させてください。一生ひとりでこの猫と暮らす決意は変わりませんか?」
“在我给你之前,让我再检查一下,你还有决心和这只猫一个人生活一辈子吗?”

サナは彼女の目を見つめる。目は口ほどに物を言う。目は宝玉の中心のように真実の光をたたえている。少しでも目が揺れるようなら、彼女の心も揺れている。
Sana 看着她的眼睛。 眼睛和嘴巴一样能说明问题。 眼睛里闪耀着真理的光芒,就像一颗宝石的中心。 如果她的眼睛哪怕是轻微的颤动,她的心就会颤抖。

「はい、その子と一生暮らすつもりです。でも、他の誰とも暮らさないとは……、将来のことはわかりませんから……」
“是的,我会和他一起生活一辈子,但我不知道未来会怎样,......如果我不和其他人住在一起......

彼女の目が泳ぐ。長年一緒に過ごした彼と別れてこの先一生ひとりだと昨日は言っていた。サナはヒカルを見る。客向けの表情は崩さず、ヒカルは少しだけ顔を傾ける。
她的眼睛在游动。 昨天她说她和交往多年的男朋友分手了,她将一辈子孤独。 Sana 看着 Hikaru。 光保持着脸上的表情,微微歪着头。

「それでは猫をお渡しできません」
“那我就不能把猫给你了。”

キャリーバッグを両手で抱いてサナは言い放つ。
Sana 一边说,一边双手拿着手提袋。

「どうしてですか? 猫を手離さないと言っているじゃないですか」
你是说你不会放过那只猫。

「お客様が仰っていることは昨日と変わってきています。諫言させていただければ……」
“你说的话从昨天开始就变了,我......告诉你。”

「カンゲン?」
“Kangen?”

彼女が怪訝な顔をする。
她露出一副怀疑的表情。

「言いにくいことをお伝えするという意味です。お客様の気持ちがずれるようなことがあれば、この子の命に関わってきます。そういう方に猫は渡せません」
“我是想告诉你一些很难说的事情,如果有什么让你感觉不对劲的事情,它会影响这个孩子的生活。” 你不能把猫送给那样的人。

「わ、わかりました。一生この子とふたりで生きていきます。誓います。他の誰とも暮らしませんから、お願いします」
“哇,我知道,我要和这个女孩一起生活一辈子。 发誓。 拜托,我不和别人住在一起。

彼女が頭を下げると、一緒に懇願するみたいに黒くてまっすぐな髪の毛も垂れる。
当她低下头时,她黑色的直发也垂下来,仿佛在向她乞求。

サナは再びヒカルを見る。ヒカルは何も言わず、サナを見返す。
Sana 再次看向 Hikaru。 光什么也没说,回头看向萨娜。

「わかりました。この子をお渡しします」
“好,我给你这个。”

サナは言う。「大切にしてくださいね」とも「お願いしますよ」とも付け加えなかった。そういった言葉にこれっぽっちの力もないのだから。
Sana 说。 他没有补充说,“请好好照顾它”或“请”。 这些话没有力量。

バッグから子猫をだして、彼女に手渡す。彼女が優しく抱きかかえると、白猫は彼女の顔を見てか細い声でなく。彼女は猫を抱きしめ、涙を流す。まだこの世に現れてから一日も経っていないのに、すべてを悟ったような目で子猫は彼女を見つめる。子猫はもうサナを向かない。まるでここにいないかのように。
我从袋子里拿出小猫,递给她。 她温柔地抱住了她,白猫看着她的脸,轻声说道。 她拥抱了这只猫,流下了眼泪。 尽管她出现这个世界还不到一天,但这只小猫还是用似乎明白一切的眼睛看着她。 小猫不再看 Sana。 就好像你不在这里一样。

手続きを終えて、サナとヒカルは家を後にする。
办完手续后,Sana 和 Hikaru 离开了房子。

法定速度の下限ぎりぎりのスピードで、帰り道はサナが運転した。急ぐ旅じゃあるまい、と言うと、シートを倒してヒカルが目を閉じる。
速度刚好低于法定限速,Sana 在回程中开车。 他说,这不是一次匆忙的旅行,Hikaru 折叠了床单,闭上了眼睛。

ゆっくりと流れる景色の中で、サナは昨日のことについて考えていた。ネリさんはヒカルではなく、サナに仕事を任せた。それについてヒカルはどう思っているのだろう。そのことにヒカルは全く触れない。このまま何も言わないまま過ごすこともできるけど、それはとても不適切な行為に思えた。自分はヒカルに仕事を教えてもらってきた。
在缓缓流淌的风景中,萨娜在思念昨天。 Neri 把工作留给了 Sana,而不是 Hikaru。 我想知道 Hikaru 对此有何看法。 Hikaru 根本没有提到这一点。 我本可以什么都不说地继续说下去,但这似乎是一件非常不合适的事情。 Hikaru 教会了我的工作。

「あのう」
“啊

十キロぐらいのろのろ走って考えたのち、やはりサナは訊ねることにした。
跑了大约十公里想了想,Sana 决定问问。

「運転に集中して。あんたと心中したくないから」
“专心开车,我不想爱上你。”

「あ、はい」
“哦,是的。”

サナはハンドルを固く握り直す。
Sana 紧紧地握住方向盘。

「心中とはヒカルさんも古風な言い回しをしますね」
“光先生在心里也用了老式的短语。”

「あなたのがうつったのかもね。まあ、いいや。あんたが訊きたいのは昨日のことでしょ?」
“也许是你。 你想问昨天的事,不是吗?

両手でしっかりとハンドルを握りながら、サナは肯く。顔は見えないけど、隣でヒカルが微笑んだように思えた。
Sana 用双手紧紧握住方向盘,肯定地说。 我看不到他的脸,但我能看到光在他旁边微笑。

「わたしもね、半年前に、ねこつくりをやってみないかとネリさんに言われて、やってみたんだ。だけど、わたしはつくれなかった。何度もやっても鍋にひびが入り、子猫はできなかった。あれ以来、ネリさんがわたしに任せることはなかった」
“六个月前,Neri 问我是否想尝试制作猫,我同意了,但我不能。 无论我尝试多少次,罐子都裂开了,小猫也裂开了。 从那时起,Neri 就再也没有把它交给我。

遅すぎるサナの運転に業を煮やした後続車が反対車線に飛び出し、サナが乗る車を抜き去る。それでもサナは速度を変えずに直向きに少しずつ前へ進む。
Sana 后面的车开得太慢,跳到对面的车道上,超过了 Sana 的车。 尽管如此,Sana 并没有改变她的速度,而是一点一点地向前移动。

「うまくいかなかった理由はわからないけど、わたしがまだ他の道を捨てられなかったからかな。結婚というのもしてみたい気もするし。ヴァージンロードってやつを歩くのって気分よさそうじゃん。意外と古風なんだな、わたし」
“我不知道为什么没有成功,但我认为这是因为我还没有放弃其他途径,我觉得我想结婚。” 走在 Virgin Road 上感觉很好。 这出乎意料地过时了,我。

ヒカルが窓の方を向き、去りゆく景色を眺める。
光转向窗户,看着风景远去。

「ねこをつくると結婚できないのですか? 出家みたいなものですかね」
“如果你有猫,你就不能嫁给一只猫吗?

「尼さんも結婚するさ。ネリさんが以前言っていたんだ、何かを得るということは何かを失うことだって。わたしは覚悟ができていなかったのかもしれない、ねこづくりを行う覚悟がね」
“修女们也要结婚,内里曾经说过,获得一些东西就是失去一些东西。 也许我还没有准备好,我已经准备好了。

信号が赤になり、サナは静かにブレーキペダルを踏み、車を止める。
红绿灯变红,Sana 平静地踩下制动踏板,停下了汽车。

「わたしは覚悟ができているのでしょうか」
“我准备好了吗?”

「平気だよ、あんたは。あれだけ立派なねこを一発でつくれたんだからさ。それは誰でもできることじゃないよ、これもネリさんが言ったようにね」
“没关系,你一口气就把这么好的猫咪搞定了。 正如 Neri 所说,这不是任何人都可以做到的事情。

「あ、ありがとうございます」
“哦,谢谢你。”

「でもね、辞めたくなったらいつでも辞めていいんだよ。ねこつくりは特別な行為、それだけ多くのものを捨てることになる気がする。わたしもすべてを知っているわけじゃないけどさ」
“但是,你知道,你随时都可以放弃,因为我觉得做一只猫是一种特殊的行为,我扔掉了很多东西。 我什么都不知道。

倒れたシートに体を預けたヒカルが微笑む。
光微笑着将身体靠在倒下的座椅上。

「は、はい」
“是的。”

信号が青になる。サナは慌ててアクセルペダルを踏む。サナの見込みよりも速く強く車は急発進した。
红绿灯变为绿色。 Sana 急忙踩下油门踏板。 这辆车起步比 Sana 预期的要急、更快、更强。

慎吾からデートに再び誘われた。土鍋を納入しに来た慎吾がこちらをちらちらと見ていたのをサナは気づいた。サナだけではなく、ネリさんもヒカルも気づき、ふたりで顔を見合わせてニヤニヤしていた。誰にも気づかれていないと思っているのはその場で慎吾だけだった。松下さんはしばらく顔を見せていない。
Shingo 再次约她出去约会。 Sana 注意到来送陶罐的 Shingo 正在瞥她一眼。 不仅是萨娜,内里和光也注意到了,两人对视一笑。 Shingo 是现场唯一一个认为没有人注意到的人。 松下已经有一段时间没有见过他的脸了。

サナが軽トラックの荷台から土鍋を下ろそうとしたとき、工房にいたはずの慎吾がいつのまにか隣にいて驚いたのと同時になんだか気まずい空気が流れた瞬間、慎吾が小さな声でサナを誘った。
当萨娜准备从轻卡的床上卸下陶罐时,本应在车间的信吾惊讶地看到旁边的信吾,同时,一股有些尴尬的气氛,与此同时,信吾小声邀请了萨娜。

この間映画を観てからふたりで話すこともなかったので、このままなのかなと思っていたので、どう返事したらよいのか戸惑っているうちに、
自从前几天看了这部电影后,我们俩就没说过话,所以我在想会不会一直这样下去,所以我不知道该如何回应。

「では、また連絡します」
“那我就回你。”

と言って、慎吾は走り去って行った。どこにつながる「では」なのかサナにはわからなかったが、慎吾の真剣な表情を思い出し、追いかけて断るのも悪い気がして、そのままにした。
说完,Shingo 逃跑了。 Sana 不知道“那时”会走向何方,但她记得 Shingo 严肃的表情,并为追逐她和拒绝感到难过,所以她就这样离开了。

デートの日はあいにくの雨。今日は誰のどんな行いが悪かったというのだろう。軽トラックで慎吾が迎えに来たとき、いるか岬は雨でぼやけていた。昨日サナが綺麗に刈りそろえた芝生は重たい雨が被さり、うなだれている。
不幸的是,约会当天下雨了。 今天谁做错了什么? 当 Shingo 开着一辆轻型卡车来接他时,伊鲁卡岬被雨水遮住了。 Sana 昨天修剪得整整齐齐的草坪上下着大雨,闷热难耐。

雨だからか、今日はネリさんもヒカルも家から出てこない。
也许是因为下雨了,但 Neri 和 Hikaru 今天都没有从房子里出来。

他人の二回目のデートなんて物珍しくもなく、犬も食わない。初めてのデートだからといって犬に食べられたくはないけど。
别人的第二次约会并不罕见,狗也不吃。 我不想让我的狗仅仅因为这是我第一次约会就吃掉我。

傘をさして軽トラックまで歩き、乗り込む。
拿起雨伞,走到轻型卡车前,然后上车。

「おはよう」
“早上好。”

運転席に座ったままの慎吾が挨拶する。この前より自信をもった声だ。
仍然坐在驾驶座上的信吾向他打招呼。 他的声音比以前更自信了。

「おはようございます」
“早上好。”

変わらず丁寧にサナは挨拶する。
Sana 一如既往地礼貌地向他打招呼。

軽トラックがいるか岬から国道へ出る。激しく降る雨で、普段はコバルトブルーの色に輝く海も今日は灰色の沼に見える。
有一辆轻型卡车或从海角出到国道。 由于大雨,平时闪耀着钴蓝色光芒的大海,今天看起来就像一片灰色的沼泽。

先へと急ぐ軽トラックのフロントガラスに激しく雨粒が当たる音が響く。神経質っぽく忙しなく動くワイパーが容赦なく雨粒を払う。
雨滴打在前方冲刺的轻型卡车挡风玻璃上的声音回荡着。 紧张、不紧不慢的挡风玻璃雨刷器无情地刷掉雨滴。

松下さんが最近釣りばかりしていると慎吾が話しはじめる。慎吾の話題は松下さんと土鍋ばかりで、自分の趣味や考えはない。自分のことを少しは話してくれても良いと、自分のことは何も話していないのにサナは身勝手に思う。
Shingo 最近开始谈论松下钓鱼。 Shingo 的话题只有松下先生和陶罐,他没有自己的爱好或想法。 Sana 认为她可以谈谈自己,即使她没有告诉她任何关于自己的事情。

軽トラックが着いたのは市外の動物園だった。好きな場所はどこかと以前訊かれたときにサナがあげたのが動物園だった。もっとも雨の日でも来たいかと言われると難しいところだけど。
轻型卡车抵达城外的一家动物园。 当被问及她最喜欢的地方在哪里时,Sana 提到了动物园。 但是,即使在下雨天也很难询问您是否想来。

年代物の動物園。入り口のアーチも動物の檻も錆びて古びて、雨に濡れて余計に寂れて見える。もちろん人影もまばらだ。
时期动物园。 入口拱门和动物笼子生锈而古老,它们看起来被雨淋湿了,看起来不必要的孤独。 当然,也有稀疏的人。

象舎の前に立つ。こんな雨の日に人が来るのかと呆れたように、長い鼻をぷいと上げて象は奥へ引っ込んでしまった。
站在大象屋前。 大象仿佛对这么一个雨天会有人来感到震惊,它抬起长长的鼻子,向深处撤退。

象に対する見解が何もないのか慎吾が黙っている。雨中の沈黙が十分は経過した。沈黙には二種類ある。空気のように軽く気にならない沈黙と、放っておくとどんどん重くなる沈黙。
Shingo 沉默不语,仿佛他对大象没有意见。 雨中十分钟的沉默过去了。 有两种沉默。 一种像空气一样轻盈而不会打扰你的寂静,如果放任不管,这种寂静会变得越来越沉重。

「山田長政はご存知ですか?」
“你认识山田长政吗?”

雨の中、動物園を歩き回るのが本当に申し訳なく思い、サナは慎吾に話しかけた。
Sana 为在雨中在动物园里走来走去感到非常遗憾,她与 Shingo 交谈。

「い、いえ。芸能人ですか? すいません、僕テレビを観ないんです」
“不,不,你是艺人吗? 对不起,我不看电视。

彼の体躯にしては小さな傘の下で慎吾が恐縮する。
Shingo 在一把小伞下对他的体型感到害怕。

「芸能人ではないです。江戸時代にシャムで活躍した武将です」
“我不是艺人,我是一名军阀,在江户时代活跃在暹罗。”

「シャ、シャム?」
“沙阿,沙姆?”

「今の国でいうと、タイでしたっけ。歴史小説ばかり読んでいたから、昔の国名のほうがしっくりくるんです。福井よりも越前、宮崎よりも日向、福井や宮崎って新しすぎて馴染めなくないですか?」
“就今天的国家而言,它是泰国,我以前读过很多历史小说,所以老国家的名字更合适。 越前比福井好,日向比宫崎好,福井和宫崎骏不是太新了,不习惯吗?

「県名についてそこまで深く考えたことなかったです」
“我没想过县的名字。”

大きな慎吾がさらに萎縮する。
大 Shingo 缩小得更多。

「山田長政はシャムで日本人を率いて戦いました。シャムの王様に気に入られて、お姫様とも結婚します」
“山田长政在暹罗带领日本人民,暹罗国王喜欢他并娶了公主。”

「あのう、どうして今、山田長政さんの話を……?」
“嗯,你为什么现在说山田长政......?”

「象です」
“这是一头大象。”

柵の向こうにいる象をサナは指差す。
Sana 指着栅栏另一边的大象。

「長政は象を戦いくさに活用しました。日本の武士が馬を駆ったようにシャムの人は象を乗りこなしていました。足の指で腹を押して象を自在に操ったそうです。長政は象に乗り込み、勇敢に闘いました」
“长政用大象来战斗,暹罗人骑大象,就像日本的武士骑马一样。 据说他用脚趾按压自己的肚子,随意控制大象。 Nagamasa 骑着大象,英勇战斗。

「象を手なずけるのですか?」
“你驯服了一头大象吗?”

「象は社会性の動物です。その人間が自分より上位の生き物だと思えば従います。長政は象の扱いにとても秀でていたそうです。
“大象是群居动物。 如果这个人认为自己是比自己更高的受造物,他就会服从。 据说长政非常擅长处理大象。

ただ、巨大で勇猛な象にも弱点があります。足です。足を切られると象は倒れてしまいます。象の足は案外長いですから、とても無防備です。そこで長政は歩兵に象の足を守らせました。象の足を狙って近寄る敵を歩兵が刀で応戦し、象の上から長政が長槍で攻撃します。この戦法によって、長政が率いる象たちは最強の軍団として、シャム中で大活躍したのです。
然而,即使是巨大而勇敢的大象也有它的弱点。 脚。 如果腿被割断,大象就会掉下来。 大象的腿出乎意料地长,所以它们非常脆弱。 所以长政让步兵守卫大象的脚。 步兵用剑回应瞄准大象脚边的接近敌人,而 Nagamasa 则从大象的顶部用长矛攻击。 通过这种策略,长政领导的大象成为了暹罗最强大的军队。

その長政も政争に巻き込まれ、時の王の配下に毒薬を傷口に塗られて殺されてしまいました。長政が死ぬと象の軍団も同じ運命を辿りました」
长政还卷入了政治纷争,并被时间之王的一名下属杀死,他的伤口上涂了毒药。 当长政去世时,大象军团也遭遇了同样的命运。

慎吾が目を丸くして、引いている。それはそうだろう、デートでいきなり山田長政の話をされたら。だけど、サナは自分を止めることができなかった。重たい沈黙に押されて出てきた山田長政の物語を語らずにはいられなかった。
Shingo 翻了个白眼,向后退。 没错,如果你突然在约会时谈论山田长政。 但 Sana 无法阻止自己。 我忍不住讲述了山田长政的故事,他在沉默中出来。

「ごめんなさい! 長政に興味ないですよね。わたし、歴史の話を始めちゃうと止まらなくなってしまって。いるか岬に来てから抑えていたのに、象を見て長政をつい思い出してしまって。ごめんなさい」
“对不起,我对长政不感兴趣。 一旦我开始谈论历史,我就停不下来。 自从我来到海角以来,我一直在犹豫,但当我看到大象时,我不禁想起了长政。 对不起。

サナは頭を深く下げる。
Sana 深深地低下了头。

「い、いえ。僕は話があまりうまくないので、ありがたいです。長政さんのことは全く知りませんでしたから楽しかったです」
“不,不,我不是一个很会说话的人,所以我很感激。 我根本不了解长政,所以很有趣。

緊張が解けたばかりのぎこちない笑みを慎吾が浮かべる。
Shingo 尴尬地笑了笑,因为紧张的情绪刚刚得到释放。

「本当にごめんなさい」
“我真的很抱歉。”

長政と一緒に戦ったご先祖様の無念など気にせず、柵の向こうでは象が一頭草を食んでいた。
他不在乎与长政并肩作战的祖先的遗憾,在篱笆的另一边,一头大象正在吃草。

ランチはパスタ屋さんだった。慎吾がボロネーゼの大盛りを、サナはサーモンのクリームパスタを注文した。慎吾のパスタには、味のバランスよりもボリュームを優先した挽き肉が盛ってある。慎吾が勢い良く食べる。自分が食べるのを忘れて、慎吾がパスタをほおばる姿をサナはついじっと見てしまう。
午餐在一家意大利面店吃。 Shingo 点了一大份博洛尼亚肉酱,Sana 点了一份鲑鱼奶油意大利面。 Shingo 的意大利面里装满了碎肉,优先考虑体积而不是风味的平衡。 Shingo 吃得很旺盛。 Sana 忘记自己吃饭,盯着吃意大利面的 Shingo。

「あ、す、すいません」
“哦,对不起。”

前のめりでパスタを食べていた慎吾がさらに深く頭を下げる。
一直在他面前吃意大利面的 Shingo 鞠躬得更深了。

「いえいえ、おばあさんとずっと住んでいたので男の人が勢いよく食べるのを見たことがなくて」
“没有,我和奶奶住在一起很久了,所以我从来没有见过男人吃得劲。”

食べる姿が好きだと言おうと思ったけど、別の意味が盛ってしまいそうなのでサナは言葉を換えた。
我本来想说我喜欢她的吃法,但似乎有不同的含义,所以萨娜改变了她的话。

「ご両親はどうしたのですか?」
“你爸妈怎么了?”

恐る恐る慎吾が訊ねる。おばあさんと暮らしていたのだから、両親に何かあったとわかるはずだ。普通は恐る恐るでも、避けたい質問だと思うが、慎吾にとっては絶対に確認したいことなのだろうか。
Shingo 紧张地问道。 他和祖母住在一起,所以他知道他的父母出事了。 通常,这是一个他想避免的问题,但这是 Shingo 肯定想确认的事情吗?

「覚えていません。物心がついた時にはすでにいませんでした。おばあさんだけが家にいました」
“我不记得了,从我记事起,我就离开了。 只有老太太在屋里。

正直にサナは答える。
Sana 诚实地回答。

「両親になにがあったのか、おばあさんに訊ねなかったのですか?」
“你没问过你奶奶你爸妈怎么样了吗?”

「いえ」
“不。”

「気にならないのですか?」
“你不觉得吗?”

慎吾がぐいぐい突っ込んでくる。圧倒されて思わずサナは胸のロケットを握りしめてしまう。いつも寡黙な彼にしては珍しい。それだけ彼にとって親というものが大事なのだろう。
Shingo 冲了进来。 不知所措的 Sana 不由自主地将火箭紧紧攥在胸前。 对他来说,总是保持安静是很不寻常的。 这就是为人父母对他来说是多么重要。

「あまり」
“不是。”

サナは昔を思い出す。サナの最も古い記憶はレストランでおばあさんと一緒にご飯を食べた風景だ。サナはお子様ランチを食べた。真っ赤なご飯の山にどこかの国の旗が刺してあった。四歳のときのことだ。その後、都会の一隅に建つマンションの部屋がサナの住処となった。
Sana 回忆起过去的日子。 Sana 最早的记忆是和她的祖母在一家餐馆吃饭。 Sana 吃了一顿儿童午餐。 一堆鲜红色的米上插着某个国家的国旗。 我当时四岁。 后来,城市一角一栋公寓楼里的一个房间成了 Sana 的家。

両親がなぜ亡くなったのか、サナはおばあさんに訊ねたことはなかったし、訊ねようと思ったことはなかった。両親の記憶はなかったので、おばあさんとふたりで暮らすのが自然なことだと思っていた。
Sana 从未问过她的祖母为什么她的父母去世了,她也从未想过要问。 我对父母没有记忆,所以我认为和祖母住在一起是很自然的。

おばあさんは働いていたので、昼間は保育園に預けられた。保育園での暮らしはほとんど覚えていないが、お気に入りの石をボロ布でずっと磨いていた記憶がある。あの石はどこへいってしまったのだろう。
老太太在工作,所以白天她被留在托儿所。 我对我在托儿所的生活记忆不多,但我确实记得我一直在用抹布擦亮我最喜欢的石头。 那块石头去哪儿了?

兄弟もなく、知らない土地で暮らすのは寂しいと思ったのか、五歳のときにおばあさんがサナのために猫をもらってきてくれた。ねこつくりの宮でネリさんがつくった猫を若い女性の人が連れてきてくれた。顔は覚えていないけど、猫を手渡すときに触れた柔らかい手は覚えている。今のヒカルやわたしのように、当時働いていたネリさんの助手だったのだろう、あの助手の人はどこへ行ってしまったのだろう。
她没有兄弟姐妹,本以为生活在陌生的土地上会很孤独,但在她五岁的时候,她的祖母为她养了一只猫。 一位年轻女子带来了一只 Neri 在 Neko-Tsukuri Palace 制造的猫。 我不记得他的脸,但我记得我把猫递给他时他柔软的手。 就像现在的光和我一样,他一定是当时正在工作的 Neri 的助手,我想知道那个助手去哪儿了。

ねこつくりについておばあさんは知らなかったと思うけど、親を失ったサナを癒やしてくれる不思議な猫をくれたことに感謝し、敬意を込めておばあさんはネリさんを「魔女」と呼んでいた。
我不认为老太太知道养猫的事情,但她很感激给了萨娜一只神秘的猫,这只猫可以在失去父母后治愈她,出于尊重,祖母称内里为“女巫”。

喉をゴロゴロ鳴らしているから、猫はゴロと名づけた。猫は大抵同じように喉を鳴らすのをサナが知ったのは、ずっと後のことだった。サナとゴロはすぐに仲良しになった。ゴロは絶えずサナとおばあさんの近くに座っていた。なにをするわけでもないが、いるだけで和んだ。
它发出咕噜咕噜的声音,所以猫给它起名叫 Goro。 直到很久以后,Sana 才了解到猫通常以同样的方式发出咕噜声。 Sana 和 Goro 很快就成为了好朋友。 五郎一直坐在萨娜和老妇人身边。 我什么都没做,但光是在那里我就感到很放松。

日本史の高校教師だったおばあさんは、歴史のこぼれ話をサナに話してくれた。
我的祖母是日本历史的高中老师,她给Sana讲了一个关于历史的故事。

『戦国時代に尼子経久という殿様がいてね、人に持ち物を褒められると嬉しくなって、その物をあげてしまう人だったの』
“战国时期,有个叫常久努子的王子,他是一个喜欢别人夸他财物的人,他会把东西送人。”

『あまこちゃん、いい子』
“天子酱,好女孩”

『お殿様の喜ぶ顔が見たくて、家来がいろいろな物を褒めていたら、物がどんどんなくなってしまって、お城が見窄らしくなってしまったの』
“我想看看王子快乐的脸,仆人赞美了各种事情,但事情越来越消失,城堡变成了一个值得一看的景象。”

『ミスボラシク?』
“博拉西克小姐?”

『貧乏ということね。褒めないとお殿様は落ち込むし、褒めると貧乏になる。そこで家来たちは物を褒めるのをやめて、庭の木を褒めることにしたの。木なら褒めても人にあげられないから。「いやあ、殿、枝ぶりが素晴らしい木ですね」みたいにみんな口々に木を褒めたら、お殿様は上機嫌。貧乏にならなくてめでたしめでたしと思ったら、次の日家来の家にたくさんの薪が届いたの』
你不赞美他,他就会郁闷,你赞他,他就会穷。 于是仆人不再赞美事物,决定赞美园子里的树木。 如果是一棵树,就算你赞美它,也不能把它送给别人。 当大家都称赞这棵树说:“嗯,先生,树枝真美妙”时,王子心情很好。 我很高兴我没有变得贫穷,第二天很多柴火都送到了我仆人的家里。

『ケライさんの家には暖炉があるのかしら』
“我想知道Kerai先生的房子里有没有壁炉。”

『暖炉はなかったでしょうけど、竃があったから、薪の使いみちに困らなかったわね、きっと』
“我们本来不会有壁炉,但我们有炉子,所以我敢肯定,我们不必担心如何使用木柴。”

赤ずきんちゃんや童話の代わりにおばあさんは歴史の話を面白おかしく話してくれた。理解できない用語もあったけど、おばあさんの歴史話がサナは大好きだった。出てくる歴史の人物がどんな人かあれこれ想像した。アマコさんは優しく穏やかな顔をしているみたいに。
这位老太太没有给我讲小红帽和童话故事,而是给我讲了关于历史的有趣故事。 有些术语我听不懂,但 Sana 喜欢她祖母的历史故事。 我想象着历史上会出现什么样的人。 Amako 似乎有一张温柔而平静的脸。

何度も同じ話をおばあさんに頼んで、憶えた物語をサナはゴロに聞かせた。戦国武将の逸話に興味があったかわからないがゴロは静かに横にいて聞いてくれた。
她让她的祖母一遍又一遍地讲述同一个故事,Sana 把她记得的故事告诉了 Goro。 我不知道他是否对军阀的轶事感兴趣,但五郎静静地在我身边听着。

小学校に上がると、下校してからおばあさんが帰るまで、ゴロとふたりでいる時間が増えた。
上小学后,从离开学校到奶奶回家,我花更多的时间陪伴五郎。

時間を埋めてくれたのが、おばあさんの本棚だった。もともとおばあさんがひとりで暮らしていたマンションの部屋は決して広くはなかったが、壁一面に大きな本棚が並んでいた。本棚の大部分は日本史に関する専門書や歴史小説で埋まっていた。
填满我时间的是我祖母的书架。 奶奶原来一个人住的公寓不大,但墙上到处都是大书架。 大多数书架上都摆满了关于日本历史的专业书籍和历史小说。

幼かったサナは、歴史漫画を最初読んでいたが、すぐに飽き足らなくなり、高学年向けの本を読み始めた。わからない漢字もあったが、部首から意味を想像して読み進めた。
小时候,Sana 最初阅读历史漫画,但很快就感到无聊,并开始为年龄较大的学生阅读书籍。 有一些汉字我不明白,但我从部旁想象了其中的含义并继续阅读。

サナには歴史の世界がとても魅力的に映った。きらびやかな貴族の暮らし、諸行無常な源平の戦い、権謀術数を繰り広げる戦国武将、歴史書には生々しい人々の生き様が色濃く残り、現代に生きる人より過去に生きた人の方がサナには生を感じ取ることができた。
历史世界对 Sana 来说似乎非常有吸引力。 璀璨夺目的贵族生活,玄平之战,战国军阀们斗戚阴谋之术,人们生动的生活方式,都留在了历史书中,萨那比现在更能感受到那些生活在过去的人的生活。

昼休みのドッヂボールには目もくれず、サナは学校の図書室で歴史に関する本を読んだ。
Sana 在午休时间无视了躲避球游戏,在学校图书馆阅读了一本历史书。

サナは学校で浮いていた。たまに同級生と話すことがあっても、後三年の役について熱心に語るサナを受け入れてくれる友達はいなかった。
Sana 在学校漂浮。 尽管她偶尔会和同学们聊天,但她的朋友们都没有接受 Sana 对她未来三年将扮演的角色的热情。

サナが学校へ行かなくなった後も、無理やり学校へ連れて行こうとはせずに、おばあさんが自宅で勉強を教えてくれた。学校の先生が学校へ行かなくても良いと言うのは矛盾な気もするが、サナは助かった。
即使在 Sana 停止上学后,她的祖母也教她在家学习,而不是试图强迫她去上学。 一个学校老师说她不必去上学,但 Sana 得救了,这似乎是自相矛盾的。

学校も行かず、歴史の本ばかり読むサナはバランスを欠いていると言う人がいるかもしれない。
有些人可能会说,不上学、只读历史书的 Sana 缺乏平衡。

両親がいないまま成長したのが原因かもしれないし、そうではないかもしれない。歴史書を読みすぎたのが悪かったのかもしれないし、関係ないかもしれない。今以外の人生を歩んだことがないから、確たることはなにも言えない。なにが人生を左右するのかだれにもわからない。少なくてもサナには明日がどっちを向いているのかも定かではない。
也许是因为我在没有父母的情况下长大,或者我没有。 也许我读了太多历史书很糟糕,或者这无关紧要。 我从来没有过过现在以外的生活,所以我不能肯定地说。 没有人知道什么会影响他们的生活。 至少对 Sana 来说,她不确定明天会往哪走。

歴史が教えてくれたもっとも大事なことは、「だれも先のことはわからない」ということだ。織田信長は本能寺で殺され、四条天皇は廊下で滑って死ぬのだ。
历史告诉我们的最重要的一点是,没有人知道前方会发生什么。 织田信长在本能寺被杀,四条天皇在走廊上滑倒身亡。

「だ、大丈夫ですか?」
“嘿,你还好吗?”

目の前で慎吾が心配そうな顔をしている。しまった。過去に耽っているうちにどれだけ時間が過ぎたのだろう。
Shingo 在他面前的脸上露出担忧的表情。 的。 我想知道当我沉迷于过去时,已经过去了多少时间。

「す、すいません」
“对不起。”

慌ててサナは謝る。
惊慌失措的 Sana 道歉。

「よかった。声を掛けても返事しないから」
“这很好,因为我打电话时不回复。”

「ごめんなさい、本当に」
“我很抱歉,真的。”

サナは恐縮する。
萨娜很害怕。

再び沈黙がこちらを向き、周りと異なる空気が流れる。
寂静再次转向我们,周围的空气流淌而出。

「慎吾さんのご両親はどちらにいるのですか?」
“Shingo 的父母在哪里?”

歴史や過去に振り回さらないようにサナは自分から質問をする。
为了不被历史和过去所左右,Sana 自己提出问题。

「いるか岬の近くにある山の中で林業をしています。高校卒業までは一緒に住んでいました。親方と知り合いだった親父が今の仕事を紹介してくれました」
“我在开普敦附近的山区做林业,我们住在一起,直到我高中毕业。 我认识他的父亲向我介绍了我现在的工作。

「なるほど、そうでしたか。失礼ですが、慎吾さんは今何歳ですか?」
“我明白了,我明白了,对不起,但是 Shingo 现在多大了?”

「二十歳です」
“我 20 岁了。”

一歳年下なんだ。ということは高校卒業してから二年間、松下さんのところで慎吾は働き、土鍋作りを手助けしていたことになる。
他年轻了一岁。 这意味着,高中毕业后的两年里,Shingo 为松下工作,帮助他制作陶罐。

「二年前からネリさんの工房に土鍋を納入しているのですか?」
“这两年你有没有给 Neri 的工作室送陶罐?”

「いえ、ここ一年ぐらいです。はじめて行ったときにはまだネリさんひとりでヒカルさんはいませんでしたね。ヒカルさんが来たときは、この界隈に噂が広まったので覚えています」
“不,已经一年左右了,我刚去那里的时候,Neri-san 还是一个人,Hikaru 不在那里。 我记得光来的时候,消息传遍了整个地区。

「噂?」
“谣言?”

「ヒカルさんはウェディングドレスでいるか岬に来たそうです」
“我听说光先生穿着婚纱来到了海角。”

「えっ」
“什么?”

サナが勝手に描いていたショートパンツとTシャツで晴天下のいるか岬に降り立つヒカルの姿が崩れ、純白のウェディングドレスを纏ったヒカルが代わりに浮かんだ。
穿着 Sana 自己画的短裤和 T 恤,在阳光明媚的天空下降落在斗篷上的 Hikaru 的身影坍塌了,穿着纯白色婚纱的 Hikaru 漂浮在她的位置上。

いつもの夕食後の風景。安楽椅子でネリさんは読書、ヒカルはソファで雑誌を広げている。椅子に座り紅茶を飲みながらサナはヒカルを横目で見る。強い日差しで焼けた肌のヒカルと純白のドレスはサナの頭で強く反発し合った。でも、温泉で見たヒカルのスタイルにはドレスがよく似合うと思う。
通常的饭后风景。 Neri 坐在安乐椅上看书,Hikaru 在沙发上摊开一本杂志。 Sana 坐在椅子上啜饮着茶,侧头看了 Hikaru 一眼。 光和她那件皮肤被烈日灼伤的纯白连衣裙,在萨娜的脑海中强烈地相互排斥。 但我认为这件衣服与我在温泉看到的 Hikaru 风格相得益彰。

どうしてウェディングドレス姿でヒカルはいるか岬に来たのだろう。普通に考えれば結婚式があるからウェディングドレスを着たわけで、結婚するなら相手がいるわけだ。だけど、サナがいるか岬に来てからヒカルの夫らしき人を見たことはない。時折外出するのは別の場所に夫がいるからなのか。平安時代の貴族みたいに通い婚なのか。いや、平安の妻問婚は夫が妻の元に通う婚姻形態だった。
为什么光穿着婚纱来到海角? 如果你平常想想,你穿婚纱是因为你有婚礼,如果你想结婚,你有伴侣。 然而,自从 Sana 在那里或他来到海角以来,我就没有见过任何看起来像 Hikaru 丈夫的人。 是不是老公在外,她偶尔出门呢? 是像平安时代的贵族那样的通勤婚姻吗? 不,平安的通婚是一种丈夫去找妻子的婚姻形式。

そもそも普通に結婚式を挙げたのなら、不自由なウェディングドレスで出歩くことはしないだろう。
如果你一开始就有一个正常的婚礼,你就不会穿着破烂的婚纱走出去。

「なにぼうっとしてんの?」
“你在说什么?”

いつのまにか近づいていたヒカルがサナの顔をのぞく。
已经靠得更近一段时间的光偷看了一眼萨娜的脸。

「わっ。いえ、なんでもないです」
“不,没什么。”

「彼のことを考えていたんだ。今日もデートだったんでしょ」
“我在想他,我们今天有个约会。”

ヒカルがニタニタ笑う。ヒカルは自分の結婚式の途中に逃げ出した。それがサナの出した推論だ。今はわたしと恋の話に花を咲かしているけど、自分が花嫁だったときのことをヒカルは覚えているはずだ。
光得意地笑着。 光在自己的婚礼中逃跑了。 这就是 Sana 的推理。 既然她正在和我谈论爱情,光应该记得她还是新娘的时候。

「滅相もないです、彼氏ではないですよ」
“不,我不是我的男朋友。”

「二度もデートして?」
“你想去两个约会吗?”

「もう誘われないと思います」
“我想我不会再被邀请了。”

山田長政を熱く語る女と一緒にいたい男はいない。
没有男人愿意和一个热情地谈论山田长政的女人在一起。

「わからないよ。でも、まあデートは三度目が肝心だからね」
“我不知道,但第三次约会是最重要的。”

芝居掛かった顔をしてヒカルが腕を組んでうなずく。どういう気持ちでヒカルは恋愛について話しているのだろう。
光脸上露出俏皮的表情,交叉双臂点头。 我想知道当 Hikaru 谈论爱情时是什么感觉。

「ヒカルさんは恋の駆け引きにお詳しいのですね」
“光先生对爱情的讨价还价非常熟悉。”

ヒカルが驚いた顔でサナを見る。
光一脸惊讶地看着萨娜。

「そうでもないけどさ」
“不是。”

ヒカルが振り向き、
光转过身来,

「もう寝るわ、また明日」
“我要睡觉了,明天见。”

自分の部屋へ戻って行った。
我回到了我的房间。

ちらりとネリさんを見やると、本から顔を上げ二階の自室へ消えるヒカルの後ろ姿を目で追っていた。慎吾が言ったとおりなら、花嫁姿のヒカルをネリさんは知っているはずだ。
她瞥了一眼内里,从书中抬起头来,跟着光的背影消失在楼上的房间里。 如果 Shingo 是对的,那么 Neri 应该知道 Hikaru 的新娘形态。

半紙を買って来てほしいと、ネリさんにお遣いを頼まれた。
内里让我买一张纸。

「お釣りでチョコを買っていいよ」
“你可以用零钱买巧克力。”

ネリさんがサナを子供扱いする。いるか岬からは車がないとどこにも行けない。運転は通常ヒカルの仕事だけど、今日は左の卵巣の日だからとヒカルはベッドで横になっている。隔月で生理が重い日を左の卵巣の日とヒカルは名付けている。
内里把萨娜当作孩子对待。 没有车就不能从海角去任何地方。 开车通常是 Hikaru 的工作,但 Hikaru 躺在床上,因为今天是左卵巢的日子。 Hikaru 将月经量多的双月日命名为左侧卵巢的日子。

ウェディングドレスでいるか岬に来た理由と関係があるのではとサナはちらと思う。もしもヒカルが子供を産めない体だとしたら、結婚の障害になったかもしれない。戦国武将にとって世継ぎは一大事だった。
Sana 想知道这是否与她为什么穿着婚纱来到开普敦有关。 如果光无法生育,那可能是结婚的障碍。 对于军阀来说,继承权是一件大事。

サナも子供の作り方ぐらい知っている。秀吉は子供ができない正室の寧々の他にたくさんの側室を寵愛した。秀吉に輿入れしたときの茶々はサナと同い年。サナは子供に扱われる年齢ではない。
Sana 也知道如何生孩子。 秀吉除了不能生孩子的宁宁之外,还宠爱了许多妾。 当他被介绍给秀吉时,他和萨奈同龄。 Sana 的年龄还不够大,不能被孩子治疗。

「行ってまいります」
“我要走。”

サナは車のエンジンをかける。冬眠明けのクマみたいにのろのろと車は動き始める。
Sana 启动汽车引擎。 汽车开始缓慢移动,就像一头从冬眠中出来的熊。

いるか岬から最も近い店は岬と市内の間の小さな漁村にある。海が望める小学校の隣に文房具店があった。半紙が欲しいと伝えると、おじいさんが木の引き出しから半紙を出してくれた。
离海角最近的商店位于海角和城市之间的一个小渔村。 小学旁边有一家文具店,可以俯瞰大海。 当我告诉他我想要一张纸时,老人从木抽屉里拿出一张纸。

「子供以外で半紙を買う人は珍しいねえ」
“除了孩子之外,很少有人会买一张纸。”

ネリさんは半紙を何に使うのだろう。書き初めの季節でもないし。
Neri 用纸张做什么? 这甚至不是第一个写作的季节。

サナは国道に繋がる小道を歩く。誰も歩いていない。漁が終わった昼下がり、漁師のみなさんは家で寝ているのだろうか。道の奥は山がそそり立っていた。海と山の隙間の土地に黒瓦の平屋がひしめく。
Sana 走在通往国道的小路上。 没有人走路。 下午捕鱼结束,渔民们在家睡觉吗? 在路的后面,一座山耸立着。 在海山之间的陆地上,黑瓦的单层房屋熙熙攘攘。

潮風が道を抜ける。サナの髪が揺れる。今日は聞き取りの仕事は入っていないし、家事も終えた。初めて訪れた町をサナは歩く。ひとりで考えたいことがある。
海风吹过公路。 Sana 的头发颤抖着。 我今天没有听力工作,我完成了我的家务。 Sana 走过她第一次访问的小镇。 有些事情我想独自考虑。

ねこつくりについては考えてもきりがない。どうして猫の毛から子猫がつくれるのか? 同じようにしても失敗する場合があるのはどうしてか? 無数の疑問が霧の粒子のようにサナの周りに浮かび、掴むことができない。疑問が多過ぎて、どこから考えればよいのかわからない。確かなのは、猫の毛を入れた鍋を火にかけて猫をつくることができ、その猫を欲する人がいるということ。
我无法停止思考制作猫。 猫毛怎么做小猫? 为什么它有时会以同样的方式失败? 无数的问题像雾粒一样在萨娜周围飘荡,无法把握。 问题太多了,我不知道从哪里开始。 可以肯定的是,你可以通过在火上放一罐猫毛来制作一只猫,而且有些人想要那只猫。

ヒカルのこと。自分で運転してきた車から、いるか岬の芝生に降り立つ純白のウェディングドレスのヒカル。そのあとヒカルは、ねこつくりの宮で働きはじめ、サナが来ても自身の結婚については語ってくれない。ウェディングドレス姿を見たネリさんはヒカルの過去を当然知っている。知っているのにわたしには言わない。今まで快適だった家での暮らしが少しぎこちなく思える。
关于 Hikaru。 身着纯白色婚纱的光从她一直驾驶的汽车上降落在海角的草坪上。 在那之后,光开始在 Neko-Tsukuri Palace 工作,当 Sana 来时,她没有告诉他她的婚姻。 看到她穿着婚纱的 Neri,自然知道 Hikaru 的过去。 你知道的,但你别告诉我。 在曾经舒适的房子里生活似乎有点尴尬。

慎吾はなんでヒカルのことを話したのだろう。自分について語らないのに、他人のことは話す。言わなければ知らずにすんだし、今まで通り暮らせたのに。サナはちょっとだけ慎吾を恨んだ。
Shingo 为什么要告诉他关于 Hikaru 的事情? 他们不谈论自己,但他们谈论他人。 如果我没有告诉他们,我就不会知道,我本可以像以前一样生活。 Sana 一时怨恨了 Shingo。

日光が降り注ぐ海辺の町を通り過ぎ、海岸沿いの道へ出る。道向こうにせり出た山の陰に大きな木が二本構えている。遠くから見ても、不思議な形をした木だ。枝から太い蔓がたくさん垂れている。昔テレビで観た歌手の衣装みたいに両手を広げた形の枝から無数の蔓が地面に下がっている。昼間なのにそこだけ日が翳り薄暗い。サナは道を渡る。離れた場所からではわからなかったけど、木の奥に赤い社殿が見える。ここは神社のようだ。石でできた鳥居もある。
穿过阳光普照的海滨小镇,踏上沿海公路。 在路的另一边,山的阴影中有两棵大树。 即使从远处看,它也是一棵形状奇特的树。 许多粗壮的藤蔓挂在树枝上。 无数的藤蔓张开双臂从树枝上垂在地上,就像我以前在电视上看到的歌手的服装一样。 尽管现在是白天,但阳光明媚,天色昏暗。 Sana 过马路。 我从远处看不到它,但我能看到树后面的一座红色神社。 这个地方看起来像一个神社。 还有一个石头制成的鸟居。

鳥居をくぐり、神社の敷地に入り、サナは木の傍に立つ。見上げると、木はとても大きい。大きさよりも異様なのは蔓だ。サナの知識では植物の蔓は緑色をしているが、この蔓は茶色で木の肌と同じ色をしている。枝だけではなく、幹にもびっしり蔓が這う。元の木の部分よりも蔦の占める割合の方が大きいのではないか。出口のない迷路のような模様を蔦が幹に描く。よく見ると蔦は隣の木にも絡みついている。茶色い蔦が絡んだ太い巨木は生よりも死を象徴しているようにサナには思える。
穿过鸟居,进入神社,Sana 站在树旁。 如果你抬头看,这棵树非常大。 比大小更奇怪的是藤蔓。 根据萨娜的知识,植物的藤蔓是绿色的,但这根藤蔓是棕色的,与树的皮肤颜色相同。 不仅是树枝,树干上也长满了藤蔓。 常春藤的比例不是比原来的树大吗? 常春藤在树干上画出迷宫般的图案,没有出口。 如果你仔细观察,你可以看到常春藤也纠缠在旁边的树上。 对 Sana 来说,这棵长满棕色常春藤的巨大粗树似乎象征着死亡而不是生命。

「枯れているのかな」
“我想知道它是不是枯萎了。”

幹を周りながらサナは呟く。聞いたことがない鳥の鳴き声がどこからか響く。
Sana 喃喃自语着绕着行李箱转了一圈。 我从未听过的鸟儿的声音从某个地方回荡。

「生きていますよ」
“我还活着。”

いつの間にか鳥居の近くに男が立っている。白い衣装を身につけた若い男性。神社の背景と合わせて想像するに宮司さんなのだろうか。
不知不觉中,一个男人已经站在鸟居附近。 身穿白色服装的年轻人。 结合神社的背景,我想知道是不是神父。

「随分変わった木ですね」
“这是一棵非常不寻常的树。”

「アコウです」
“是阿库。”

アコウと言われれば赤穂藩から浅野内匠頭たくみのかみを連想するサナだが、ここでは黙っておく。忠臣蔵は初対面の方に持ち出す話題ではない。
说到 Akou,Sana 与 Ako Clan 的 Takumi Asanouchi 有关,但我在这里保持沉默。 Chushinzo 不是一个适合第一次见面的人提起的话题。

「変わって見えるのは、これですよね」
“这就是看起来不同的地方,不是吗?”

宮司と思われる男がアコウの幹に触れる。
一个看起来像牧师的男人触摸了 Akou 的树干。

「蔦のように見えますが気根といいます。土の中に張る根が空気中に伸びて幹や枝に絡みつき、木の葉の呼吸を助けています」
“它看起来像常春藤,但它被称为气生根,生长在土壤中的根延伸到空气中,与树干和树枝纠缠在一起,帮助叶子呼吸。”

「アコウの根っこさんは、なかなか親孝行ですね」
“阿库的根挺孝的。”

「気根が他の木を締め上げているようにみえるので、絞め殺しの木ともいいますけどね」
“它也被称为勒死树,因为气生根似乎正在挤压其他树木。”

笑顔で宮司が説明する。
宫治笑着解释道。

「殺気立った名前ですね。息子が犯罪者だったら親は哀しみますよ」
“这是一个杀人的名字,如果我的儿子是罪犯,我的父母会很难过。”

「こちらを見てください。これはナラの木ですが、アコウの気根が絡みついています。伸びた気根が枝から幹を下って地面にまで到達しています。締め付けているわけではないのですが、名前の通り絡みついた木を枯らしてしまう場合もあります」
“看这里,这是一棵橡树,但它与 Akou 的气生根纠缠在一起。 伸展的气生根从树枝下降到地面。 这并不是说它正在收紧,但顾名思义,它可以杀死一棵缠结的树。

「質の悪いコバンザメみたい」
“它看起来像一条质量差的鲨鱼。”

「面白いことを言いますね。動物だけではなく植物の世界も弱肉強食ですから。わずかな日光と水、養分を求めて争いを繰り返しています」
“这很有趣,因为不仅动物,而且植物世界都是弱而强的。 他们为一点阳光、水和营养而战。

「神社で物騒なことを言いますね」
“你在神社里说吵闹的话。”

宮司さんが苦笑する。
宫治先生苦笑。

「物騒なことも言いますが、この神社の宮司をしています」
“我要说些吵闹的话,但我是这个神社的牧师。”

「格好から察しがつきます」
“你可以从他们的样子看出来。”

「そうですよね」
“没错。”

和装の袖を広げて宮司さんが穏やかに笑う。慎吾より五歳ぐらい年上だろうか。
展开和服的袖子,宫治轻声笑了起来。 他比 Shingo 大大约 5 岁。

気根に触れると、生きるために戦う意思が詰まった硬い感触が指に伝わる。
当你触摸气生根时,你会感觉到手指上有一种坚硬的感觉,里面充满了为生命而战的意志。

「枯れたとしても、それで終わりではありません。あちらの立ち枯れした木を見てください」
“即使它死了,也不是结束。

山際で幹の先が折れた木を宮司さんが指差す。
宫治先生指着山边一棵树干折断的树。

「新しい芽が出ていますね」
“新芽正在出现。”

「自分が枯れても植物は次世代を生かすことができるのです。我々と違って植物の時間はとても長い。その長い年月の中では一世代の死は大した問題ではありません。自分の死の先に続く子孫が重要なのです。俯瞰して見れば、一個の生命体が形を変えて再生しているといってもいいでしょう」
“即使你死了,植物也能让下一代活着。 在那段时间里,一代人的死亡并不是什么大问题。 拥有在您去世后仍会追随您的后代很重要。 如果你从鸟瞰的角度来看,你可以说一个单一的生命形式正在改变它的形状并再生。

宮司さんが再び微笑む。
宫治先生又笑了。

「植物が再生するなら、動物も再生しますかね?」
“如果植物再生,动物会再生吗?”

ねこつくりとは、新たな猫を作っているのではなく、死んだ猫の毛を触媒にして亡くなった猫を再生しているとサナは考えはじめている。遺伝子について専門的な知識はないけど、羊のクローンをつくる実験に成功したニュースを観たことがある。新たな生命を創造しているよりは、遺伝子を使って動物を再生していると考えた方が、まだ納得できる。もしも死んだものを再生できるなら、いるか岬に来た時から胸に秘めていることを実現できる。
Sana 开始认为 Nekotsuri 并不是在创造一只新的猫,而是利用死猫的毛发作为催化剂来再生死猫。 我没有任何关于基因的技术知识,但我看到过关于克隆绵羊的成功实验的新闻报道。 认为我们正在利用基因来再生动物而不是创造新生命仍然更有意义。 如果你能让死者重生,你就能意识到自从你来到开普敦以来,你一直放在心里的东西。

「肉体が再生するかどうかはわかりませんが、魂はずっと生き続けてもおかしくないでしょうね。輪廻転生という言葉もありますから」
“我不知道身体会不会重生,但灵魂会永远活着,因为轮回有一个名词。”

「輪廻転生って、仏教の考えですよね?」
“轮回是佛教的观念,不是吗?”

「宮司ですけど、仏教も少々嗜んでおりまして」
“我是一名僧侣,但我也喜欢一点佛教。”

「仏教を嗜んでいる」
“我喜欢佛教。”

なんだか面白い人だ。
他有点有趣。

「この神社の御神体はなんです?」
“这座神社的圣体是什么?”

サナの質問に対して、宮司さんが肘を曲げて、自分の斜め後ろ上を指差す。
为了回答 Sana 的问题,Miyaji 弯曲了胳膊肘,指向他的对角线后方。

「雲ですか?」
“云?”

宮司さんが後ろを向く。
宫治先生背对着他。

「あ、曇っていた。今日は雲がかかって望めませんが、神社の背後には山が聳えています。御山といいます。その御山が御神体です」
“哦,多云,今天云层我看不到,但神社后面有山。 它被称为美山。 那座山就是神体。

「なるほど、なるほど。大和の三輪山と同じですね」
“我明白了,我明白了,这和大和的三轮山是一样的。”

「お詳しいですね」
“你知道很多。”

「歴史を少々嗜んでおりまして」
“我对历史有一点兴趣。”

宮司さんがうんうんと肯く。
Miyaji 先生肯定地说是的。

「この辺りにお住まいの方ですよね」
“你住在这附近,不是吗?”

「どうしてわかるのです?」
“你怎么知道的?”

「観光客は鄙びた漁村で半紙を買わないものです。自分の決意を筆で表すには、この辺りの景色は穏やかすぎます」
“游客在偏远的渔村不买一张纸,这里的景色太平静了,无法用画笔表达他们的决心。”

買い物籠からはみ出た半紙の束に宮司さんが視線を落とす。
宫治先生的目光落在从购物篮中伸出的一摞文件上。

「いるか岬に住んでいます」
“我住在海角上。”

「ネリさんのところですか。よいところですね」
“这是 Neri 的地方,是个好地方。”

神道の遣いにふさわしいかわからないけど、宮司さんが仏教的微笑みを浮かべる。意外な反応だった。ネリさんと一緒に住んでいると話すとみんな奇異な目でサナを見る。宮司さんはそうではない。
我不知道这是否适合神道教,但牧师脸上挂着佛教的笑容。 这是一个令人惊讶的反应。 当我告诉他们我和 Neri 住在一起时,每个人都用奇怪的眼神看着 Sana。 宫治先生不是。

「ネリさんは昔からいるか岬にずっと住んでいるのですか?」
“内里先生,你在这里待了很长时间,还是一辈子都住在海角上?”

この人なら聞いてもよい気がする。昔のこととか、不思議だと思っていることとか。
我觉得这个人可以问。 过去的事物,你认为很奇怪的事物。

「神楽はご存知ですか?」
“你认识神乐吗?”

「はあ?」
“嗯?”

質問を質問で返された。
问题与问题一起返回。

「神様に奉納する踊りですよね」
“这是献给众神的舞蹈,不是吗?”

本から得た知識でサナはめげずに食い下がる。
凭借从这本书中获得的知识,Sana 并没有放弃。

「そうです。年に一度の祭りの日に神楽を御山へ奉納します。僭越ながらわたしも舞いをさせていただきます」
“没错,我们在一年一度的节日那天将神乐献给美山。 我要和你一起跳舞。

「宮司さんが舞いを。ところで、わたしの質問はいずこへ?」
对了,你有什么问题吗?

「昔はこの神社の神域はもっと広く、国道ができる前は参道が海まで伸びていたそうです」
“过去,神社的面积要大得多,在国道修建之前,引道一直延伸到大海。”

「なるほど、なるほど。京都にある八坂神社の境内が祇園の街になったように、神社の境内が街や道路に提供される例はありますね。で、ネリさんのことは?」
“我明白了,我明白了,有为城镇和道路提供神社区的例子,就像京都八坂神社的区内变成了祗园市一样。 那 Neri 呢?

「わたしがこの職に就いたときにはすでにネリさんはいるか岬にいらっしゃいましたよ、それではまた」
“我接下这份工作的时候,Neri已经在那儿了,以后再见。”

そう言うと、宮司さんが去っていった。
说完,神父就走了。

変わった人だ。お互いに名前を名乗らなかった。
他是个奇怪的人。 他们没有给对方起名字。

そろそろ帰らないとネリさんが心配する。サナは踵を返して、短くなってしまった参道を戻ろうとする。
内里担心她不会很快回家。 Sana 转过身来,试图回到已经缩短的道路上。

参道の脇に狛犬の像が並ぶ。サナは狛犬が好きで、いろいろな神社を見て回ったことがある。一目見て、ここの狛犬は他とは違うのに気づく。一匹は口を閉じた吽形うんぎょうの狛犬像、もう一匹の口を開けた像は顔にヒゲが彫られていて、三角の耳が立っている。明らかに猫だ。
komainu 狗的雕像在通道的一侧一字排开。 Sana 喜欢 komainu 狗,并参观过各种神社。 乍一看,您会意识到这里的 komainu 与其他 komainu 不同。 一种是嘴巴闭着的鼻子,另一种是嘴巴张开的,脸上刻着胡须,耳朵呈三角形。 它显然是一只猫。

サナの予想と反して、三度目の機会は訪れた。次の日曜日に会おうと慎吾から電話があったのだ。断る理由もないので承諾すると、横のソファで寝転んでいたヒカルがニヤニヤした。
出乎萨娜的意料,第三个机会来了。 他接到 Shingo 的电话,要求他在下个星期天见他。 没有理由拒绝,所以我同意了,躺在我旁边沙发上的光咧嘴一笑。

「三度目だよ。正統派ユダヤ教徒の人は三回目のデートで結婚するかどうか決めなければいけないんだって」
“这是第三次了,东正教犹太人必须决定是否在第三次约会时结婚。”

ヒカルが言う。ネリさんはなにも言わず、安楽椅子で本を読んでいる。
Hikaru 说。 内里什么也没说,只是坐在安乐椅上看书。

「おばあさんのところは浄土真宗でしたから」
“我的祖母是净土真佛教徒。”

「うちは踊り念仏」
“宇智波舞 Nembutsu”

「一遍上人の教えですか。ヒカルさんに合いますね」
“这是师父的教训,适合光同学。”

「ありがと。褒め言葉ととっておくよ」
“谢谢你,我把它当作赞美。”

日曜日の午後、いつもの軽トラックで慎吾が迎えに来た。自然と助手席に座る自分に気づき、慎吾に慣れたのだと思う。市内へ向かう道中、いつものように慎吾はほとんど無言だけど、無言の質が少し異なる。今までは沈黙を埋めるために、何か話さないと焦っているのが運転席から伝わって来たが、今はこのままでも構わないと沈黙を放置している。これが三回目か。
星期天下午,Shingo 开着他平常的轻型卡车来接我。 我想他很自然地发现自己坐在副驾驶座上,并习惯了 Shingo。 在去城里的路上,信吾和往常一样,大部分时间都是沉默的,但他的沉默品质却有些不同。 直到现在,我从驾驶座上都能看出,我迫不及待地想说些什么来填补沉默,但现在我让沉默保持原样。 这是第三次了吗?

行き先は最初と同じ映画館だった。観たかった映画なのかと訊くと、曖昧な答えが返ってきた。前回の動物園のような会話が必要な施設よりも映画の方が楽だと慎吾は考えたのだとサナは思う。映画はアメリカンコミックスを題材にしたヒーロー物だった。ヒーローはヒーローなりにいろいろな悩みを抱えながら敵と戦っていた。敵と単純に戦えない最近のヒーローは大変だ。
目的地是与第一个电影院相同的电影院。 当我问他这是不是他想看的电影时,他给出了一个含糊的回答。 Sana 认为 Shingo 认为看电影比上次的动物园等需要对话的设施更容易。 这部电影是根据美国漫画书改编的英雄。 英雄们以自己的方式与遇到各种麻烦的敌人作战。 如今,如果不能简单地与敌人作战,就很难成为英雄。

自分は何と戦っているんだろう、とぼんやり考えながらサナは派手なスクリーンを眺めていた。戦う必要がなければ誰とも争わず穏やかな暮らしをサナは好む。銀幕のヒーローたちも平和な世界なら敵と戦うことなく、自宅でのんびりしたいにちがいない。でも、困った人を救うためにヒーローは必死で戦う。自分も他人のために働いている。巨人になって目からビームを出すヒーローみたいに命は賭けていないけど、猫をつくり、哀しみを抱えている人に届けている。
Sana 心不在焉地想知道她在与什么作斗争,她盯着华丽的屏幕。 如果她不必打架,她就不会和任何人打架,更喜欢平静的生活。 在一个和平的世界里,银幕上的英雄们都想在家里放松,不与敌人打架。 但英雄们拼命战斗以拯救有需要的人。 我也为其他人工作。 我不是像一个英雄一样冒着生命危险,变成一个巨人,从他的眼睛里射出光束,但他创造了一只猫,把它送到悲伤的人手中。

続編を強烈に匂わせた中途半端なラストシーンで映画が終わる。誰かの思惑により、彼らの戦いは永遠に続くようだ。
电影以一个半心半意的最后一幕结束,强烈暗示了续集。 某人的猜测似乎使他们的战斗永远持续下去。

ふたりはカフェに入った。慎吾がホットコーヒー、サナはソーダ水を注文した。相変わらず放置された沈黙がふたりの周りに転がっている。ただ、朝とは違い、何も話したくないのではなく、慎吾の口に言いたいことが詰まっているのがわかる。その言葉を胃に流すつもりではないのだろうけど、まだ熱いコーヒーを何度も頻繁に口へ運ぶ慎吾。
两人走进了咖啡馆。 Shingo 点了热咖啡,Sana 点了苏打水。 像往常一样,一种被忽视的寂静在他们周围滚动。 不过,与早上不同的是,并不是他什么都不想谈,而是信吾的嘴里塞满了他想说的话。 Shingo 可能并不是想让这些话流进他的肚子里,但他还是一遍又一遍地把热咖啡送到嘴里。

お互い黙って対峙している姿から、東軍と西軍が睨み合う関ヶ原の戦いをサナは想起する。
他们默默对峙的景象让 Sana 想起了关原之战,东西方军队互相盯着对方。

関ヶ原といえば小早川秀秋の裏切りが有名だが、西軍総大将毛利輝元の息子秀元も相当な人だ。家康と内通していた秀元は、戦闘の最中に味方の石田三成から攻撃を催促されたのに「弁当を食べているから待ってほしい」と断って時間稼ぎをした。もちろんこれは口実で、本当は弁当を食べていなかった。「空弁からべん」と呼ばれる故事だ。
关原以背叛小早川秀明而闻名,但西军森照本将军的儿子秀元也是一个相当可观的人。 一直与家康保持联系的秀本在战斗中被他的盟友石田光成敦促进攻,但他拒绝了,说:“我正在吃午饭,所以请稍等。 当然,这只是个借口,我并没有真正吃午饭。 它被称为“空便当”。

「お腹すきました?」
“你饿了吗?”

いきなり話しかけられたのでサナは驚いた。毛利秀元が陣取っていた慶長五年九月一日の南宮山から現代のカフェへ意識が一気に戻された。
Sana 很惊讶,因为她突然被人说话了。 9 月 1 日,森弘元扎营的庆长五年,他的意识立即回到了现代咖啡馆。

「大丈夫です」
“没关系。”

本当はお腹が空いていたけど、真逆の返事をする。ここでパンケーキなどを注文して、この時間が延びるのを厭う気持ちがサナにあった。食べないことで時間を省く。
我真的很饿,但我的回答恰恰相反。 我在这里点了煎饼和其他物品,Sana 这次不愿意延长。 通过不吃东西来节省时间。

「逆空弁だ」
“这是一个反向阀门。”

無意識にサナは呟く。
Sana 不知不觉地喃喃自语。

「何か言いました?」
“你说了什么吗?”

腹を空かした魚のように慎吾がサナの言葉に食いつく。
就像一条饥饿的鱼一样,Shingo 咬住了 Sana 的话。

「えっ、あ、なんでもないです」
“哦,没什么。”

サナは赤面してうつむく。いるか岬に早く帰りたくなった。
Sana 脸红了,转过头来。 我想尽快回到开普敦。

交通事故で市内は渋滞していて、いるか岬に着いたときにはすっかり暗くなっていた。渋滞中も慎吾が何か言いたそうで言わない時間帯が続いた。こんなシーンが歴史にあったかと思い返してみたが、サナは思い至らなかった。歴史上の人物たちは言いたいことがあればさっさと口にして行動した。口に出さなければ記録に残らず、歴史の海に沈む。
由于交通事故,这座城市很拥挤,当我们到达海角时,天已经完全黑了。 即使在堵车期间,信吾似乎也想说些什么,有一段时间他没有说出来。 我回想着,想看看历史上有没有这样的场景,但萨娜并没有想到。 历史人物很快就说出了他们想说的话。 不说出来,就不会被记录下来,你会沉入历史的海洋。

夜の闇に沈んだいるか岬に慎吾が車を入れる。背後に不穏な空気を感じて、助手席からサナは後ろを振り向く。もちろん何もない。車の外には暗くて見えない御山があるだけだ。山が御神体。先日会った宮司さんはちょっと変わっていたけど、面白い人だった。
Shingo 在黑夜中驶入海角。 Sana 感觉到身后一股令人不安的空气,她从副驾驶座上回头看去。 当然,什么都没有。 车外,只有一座太暗而看不见的山。 山是神圣的身体。 我前几天遇到的牧师有点奇怪,但他是个有趣的人。

いつもだと「じゃあ、また」と慎吾が言って、サナは車を降りるところだけど、慎吾の何か言いたそうな空気がドアを重くする。
通常,Shingo 会说“稍后再见”,Sana 正要下车,但 Shingo 想说些什么的气质使门变得沉重。

『三度目だよ』
“已经是第三次了。”

ヒカルの言葉がサナの頭に浮かぶ。劉備玄徳は三顧の礼で諸葛孔明を迎えたけど、わたしは一度もなにも慎吾から頼まれていないし、ユダヤ正統派の教徒でもない。三という数字は、三位一体からはじまり欧米の歴史ではたくさん出てくる特別な数字だ。日本だと三種の神器か。草薙の剣は若き安徳天皇とともに壇ノ浦の海に沈んでしまったけど。
Hikaru 的话浮现在 Sana 的脑海中。 刘北玄德向诸葛国明行三向鞠躬,但我从来没有被真吾要求做过任何事情,而且我不是正统的犹太人。 数字 3 是一个特殊的数字,在西方历史上经常出现,从 Trinity 开始。 在日本,有三种类型的神圣文物。 草薙的剑与年轻的安德天皇一起沉入了丹之浦的大海中。

「サナさん!」
“萨娜先生!”

突然、慎吾が口を開くと、サナに覆いかぶさる。
突然,Shingo 张开嘴,盖住了 Sana。

「あ、や、ちょっと」
“哦,不,有一点。”

慎吾の分厚い体の重みでサナは潰れそうになる。慎吾の顔が目前に迫る。
Shingo 厚实的身体的重量几乎压垮了 Sana。 Shingo 的脸在他面前若隐若现。

「サナさん、結婚してください!」
“Sana,求求你嫁给我!”

今まで全力疾走したみたいに息を切らして慎吾が言葉を吐く。
Shingo 上气不接下气地吐出这些话,仿佛他已经冲刺了这么远。

「結婚? 慎吾さんはユダヤ正統派教徒なのですか?」
Shingo 是东正教犹太人吗?

様々なことをすっ飛ばして、彼が迫ってくる。彼は大切なことをなにも話していないのに。
他跳过了很多事情,接近你。 他没有说任何重要的事情。

「せ、正統派教徒? なんなんですか? それ」
这是什么? 就是这样。

慎吾が疑問符を浮かべるが、頭と体は別に動き、慎吾の太い腕が躊躇なくサナを締めつける。
信吾提出了一个问号,但他的头和身体分开移动,信吾粗壮的手臂毫不犹豫地紧紧地搂住了萨娜。

「ちょっ、ちょっと、待ってください。わたし、そんな結婚だなんて……」
“等一下,我没想到我会这样结婚......

「いや、でも、結婚しましょう」
“不,但我们结婚吧。”

否定と逆接の言葉を重ねたプロポーズなんて。慎吾はわたしに自分の気持ちを何ひとつ伝えていないし、わたしには何も伝わっていない。
多么消极和反向切线词相结合的求婚。 Shingo 没有告诉我任何关于他的感受,他也没有告诉我任何事情。

「うちの親も喜びます!」
“我的父母会很高兴的!”

慎吾の口がサナの唇に迫る。突然、サナは宮司の顔を思い浮かべる。
Shingo 的嘴贴在 Sana 的嘴唇上。 突然,Sana 想到了 Miyaji 的脸。

「止めてください!」
“住手!”

サナは手で払いのけようとするが、慎吾の体は少しも動かない。サナは男の人がもつ強い力をはじめて知った。
Sana 试图用手擦掉它,但 Shingo 的身体丝毫没有动。 Sana 第一次了解到男人的强大力量。

そのとき、フロントガラスが光に包まれた。とても眩しい。慎吾の動きが止まる。目を細めると、いつのまにかヒカルの車が目の前にあった。こんな姿をヒカルに見られているのが恥ずかしい。ヘッドライトをつけたまま、運転席に座っていたヒカルが車を降りてきて、サナがいる助手席の窓を叩く。サナは夢中でドアを開ける。
那一刻,挡风玻璃被光线笼罩。 非常耀眼。 Shingo 的动作停止了。 我眯起眼睛,不知不觉中,光的车就出现在我面前。 我很尴尬,光这样看着我。 大灯亮起后,坐在驾驶座上的光下车,敲打着 Sana 所在的乘客车窗。 Sana 疯狂地打开了门。

「遅いから迎えに行こうとしたら、帰ってきていたとはね」
“已经很晚了,所以我试图去接他,但他不知道他会回来。”

「ヒカルさん!」
“光同学!”

ヒカルの登場で驚いた慎吾の力が緩んだ。サナは車を飛び降り、ヒカルに抱きつく。
当 Shingo 对 Hikaru 的出现感到惊讶时,他的力气放松了下来。 Sana 跳下车,拥抱了 Hikaru。

「慎吾さん、相手に気持ちが伝わっていなければ、どんな純粋な気持ちも一方的な暴力になるよ」
“Shingo-san,如果你不把你的感情传达给对方,任何纯粹的感情都会变成单方面的暴力。”

ヒカルが慎吾を向いて言う。態勢を直して運転席に座る慎吾が俯いて何も言わない。
光转向信吾说。 纠正姿势坐在驾驶座上的信吾低着头,什么也没说。

慎吾の軽トラがバックして、いるか岬からでていく。あっという間にテールランプが見えなくなった。
Shingo 的轻型老虎后退并走出了海角。 眨眼间,尾灯就从视野中消失了。

「ヒカルさん。ありがとうございました」
“谢谢你,光同学。”

サナは頭を下げた。
Sana 低下了头。

「三度目は違うって、言ったでしょ」
“我告诉过你第三次不一样。”

ヒカルが優しい声を出す。
光发出温柔的声音。

「わたしは慎吾さんと同じで人に自分の気持ちを伝えるのが苦手です。わたしと慎吾さんは似ているところもあるのに、彼を一方的に拒否してしまいました」
“和信吾一样,我不擅长告诉别人我的感受,即使我和信吾有一些相似之处,我还是单方面拒绝了他。”

ヒカルがサナを見る。
Hikaru 看着 Sana。

「あんたは慎吾くんとは違うよ。あんたのコミュニケーションは変わっているけど、自分の意思を他人に伝えようと努力はしている。だけど、慎吾くんは何も言わずに他人に理解してもらおうとした。相手に受け入れてほしいなら、自分を出さないと。それはとても大きな違いだよ。いいから、家へ帰ろう」
“你不像信吾君,你的沟通方式发生了变化,但你正试图将你的意图传达给别人。 然而,Shingo 什么也没说就试图让别人理解。 如果你想让对方接受你,你就必须把自己放在那里。 这是一个巨大的差异。 好,我们回家吧。

サナは肯く。わたしが自分の意思をきちんと伝えていれば、こんなことにならなかったかもしれない。わたしはもっと強くならないと。
Sana 肯定地说。 如果我正确地传达了我的意图,这可能不会发生。 我需要变得更强大。

慎吾が松下さんのところからいなくなったと聞いたのは翌日のことだった。
直到第二天,我才听说信吾从松下的地方消失了。

サナが芝刈りをしているとき、一台の車がいるか岬に止まった。
当 Sana 修剪草坪时,一辆汽车停在了海角上。

古い国産車から降りてきたのはひとりのおじいさんだった。
那是一位从旧家用汽车里下来的老人。

「なんの御用でしょうか」
“我能帮你什么忙?”

草刈り機を止めて、サナは訊ねる。
Sana 问道,停下了割草机。

「ああ、実はお願いがありまして」
“哦,其实我有个要求。”

おじいさんは何か小さいものを大事に抱えている。
老人小心翼翼地拿着一个小东西。

「以前、ここで譲っていただいた猫が亡くなりまして」
“之前送给我的那只猫死了。”

猫が亡くなった。お会いした記憶はないから、自分が来る前に猫を受け取ったお客様なのだろう。
猫死了。 我不记得见过他,所以他一定是在他来之前接待猫的顾客。

「妻を亡くしてから、こいつだけが話し相手でした」
“自从我失去妻子以来,这个人就是我唯一和他说话的人。”

おじいさんが抱いていたものを撫でた。よく見るとそれは蓋が閉まった小さな壺だ。黄土色で緑色の釉薬がすこしかかっている。骨壷? にしては少し小さい。
我抚摸着老人手里的东西。 如果你仔细观察,它是一个盖着的小罐子。 它是赭石色的,带有轻微的绿色釉料。 葬礼骨灰盒? 它有点小。

サナは思い出す。わたしも同じだった。学校に馴染めず、おばあさんが働いている間、ゴロとふたりで部屋にいた。わたしたちはいろいろな話をした。マンションの庭に咲くハナミズキを愛で、流れる雲を眺め、わたしが読む歴史の物語をゴロは聞いてくれた。そのゴロは、もういない。
Sana 回忆道。 对我来说也是一样的。 我不适应学校,我和五郎呆在房间里,而我奶奶工作。 我们谈了很多事情。 他喜欢公寓楼花园里盛开的山茱萸,看着流淌的云朵,听我读的历史故事。 那个 goro 已经不复存在了。

「二匹目の猫は渡せないよ」
“我不能给你第二只猫。”

青い家から険しい顔でネリさんが出てきた。
内里从蓝色的房子里走出来,脸色阴沉。

「田坂さんでしたよね。猫をお渡しできるのは一回限り。契約書に書いてあるとおり、それがきまり」
“田坂先生,你只能给一只猫一次。 合同是这么说的。

きまり。誰がなんのためにそんなきまりを作ったのだろう。
规则。 谁制定了这样的规则,为什么?

「ええ、存じています。けれど、猫がいなくなってからというもの、何をしても張り合いがなく、好きだったテレビを観ても全く面白くないのです。おかしいですよね、猫がテレビを観て一緒に笑ってくれたわけでもないのに」
“是的,我知道,但既然猫走了,不管我做什么,都没有竞争,看我以前喜欢的电视一点也不有趣。” 这很有趣,不像我的猫在看电视和我一起笑。

「田坂さんの哀しみはとても重いようですね。気持ちはわかりますが、きまりですから」
“田坂先生的悲痛似乎很沉重,我理解他的感受,但这是陈词滥调。”

重い煉瓦のようなネリさんの言葉が、その場に積み上がり壁となる。
内里的话,就像沉重的砖头,当场堆积起来,变成了一堵墙。

田坂さんが哀しい顔を浮かべる。
田坂先生露出悲伤的表情。

「それは、ちょっと冷たくありませんか」
“是不是有点冷?”

サナはネリさんに言う。いるか岬に来てサナは初めてネリさんに意見した。
Sana 对 Neri 说。 来到海角后,萨娜第一次与内里交谈。

ネリさんがゆっくりと視線をサナに向ける。
内里慢慢地将目光转向萨娜。

「田坂さんがかわいそうですよ。きまりが人の心の上に立つのですか」
“我为你感到难过,田坂先生,你站在人们的心之上吗?”

ゴロを亡くした自分は田坂さんの気持ちがわがことのようにわかる。ネリさんがサナを睨む。
失去了 Goro,我理解 Tasaka 的感受,就好像这是我自己的感受一样。 内里瞪着萨娜。

「きまりは天井だよ。わたしらがやっていいことの枠がなければどうなる?」
“这是一个天花板,如果我们没有一个框架来说明我们可以做什么会发生什么?”

ネリさんが静かに諭す。ネリさんの言っていることは正しい。新たな生命を創造する「ねこつくり」という不思議な力が野放図に使われたら、何が起きるかわからない。それ以上、サナは何も言えなくなった。
内里轻声告诫道。 内里是对的。 我们不知道如果不受控制地使用 “猫制造 ”创造新生命的神秘力量会发生什么。 Sana 不能再说什么了。

「田坂さん、お引き取りください」
“田坂先生,请收回去。”

これ以上会話を続ければお互いが傷つくと判断したのか会話を打ち切り、ネリさんは家の中へ戻っていった。
内里认为继续交谈会伤害到彼此,于是结束了谈话,回到了房子里。

「お役に立てずにごめんなさい」
“很抱歉,我帮不了你。”

サナは頭を下げた。
Sana 低下了头。

「こちらこそ本当にすいません。わかっていたのですよ、猫をいただけるのは一度きりだって。でもね、家にいても辛いので、わずかな望みでもあればと来てしまいました」
“我真的很抱歉,我知道你只能养一只猫一次。 但是,你知道,呆在家里很难,所以我带着一丝希望来到这里。

田坂さんが哀しさの混じった苦笑いを浮かべる。
田坂先生苦笑着,夹杂着悲伤。

「それは骨壷ですか」
“是骨灰盒吗?”

「いえいえ。お骨はお墓にいれました」
“不,我把骨头放在坟墓里。”

田坂さんが壺の蓋を開けて中身を見せてくれた。
Tasaka 先生打开罐子的盖子,给我看里面的东西。

「この壺を預かってもよろしいでしょうか」
“我可以保留这个罐子吗?”

壺の中身を確かめて、サナは言った。
Sana 检查罐子里的东西,说。

大塩平八郎についての本を読みながら、サナは夜を過ごした。こんな夜に大塩平八郎がふさわしいかどうかわからないけど、本棚で目についた本をサナは選んだ。
在阅读一本关于押尾平八郎的书时,Sana 度过了一夜。 我不知道 Heihachiro Oshio 是否适合这样的夜晚,但 Sana 在书架上选择了一本引起她注意的书。

平八郎は大坂の与力で、圧政に耐えかねて幕府に反乱を起こした。事前に裏切り者が出て半日で反乱は鎮圧された。この騒乱で大坂の五分の一が灰燼と化した。それでも大阪の人は平八郎を愛し、歌舞伎の題材にもなっている。家が焼けた人もいたし、余計なことをしたと批判する人もいただろう。それでも他人のために自分が正しいと思う信念に従い行動したから、平八郎は賞賛された。
平八郎凭借大阪的权力,无法忍受压迫,反抗幕府。 提前有叛徒,半天之内就镇压了叛乱。 在这场混乱中,大阪的五分之一化为灰烬。 尽管如此,大阪人还是喜欢平八郎,他是歌舞伎的主角。 有些人的房子被烧毁了,有些人会批评他们做得太多。 尽管如此,由于他按照自己认为对他人正确的方式行事,平八郎受到了表扬。

これから自分が行うことは正しいとサナは信じる。きまりの枠内におさまる行為ではないが、哀しみの枷から田坂さんを解き放ってあげるのは悪いことではない。ネリさんが言うように、ねこつくりの力を誤って使えば危険だけど、正しく制御すれば多くの人を助けることができる。
Sana 相信她所做的是正确的。 这不是一个符合规则框架的行为,但将 Tasaka 先生从悲伤的枷锁中解脱出来并不是一件坏事。 正如 Neri 所说,如果你错误地使用猫建筑的力量可能会很危险,但如果你控制得当,你可以帮助很多人。

一方で正しいと言い切れない自分もいる。これは自分のためでもある。田坂さんの哀しみの陰に隠れて、自分の願望が潜む。サナは胸にぶら下がるロケットをぐっと握りしめる。これは紛れもなく田坂さんのためだ。田坂さんだけのためではないけれど。
另一方面,我有一部分不能说它是对的。 这也是为了我自己好。 隐藏在田坂先生的悲伤背后,他自己的欲望潜伏着。 Sana 紧紧抓住挂在她胸前的吊坠。 不可否认,这对 Tasaka 先生来说是如此。 不过,这不仅仅是为了塔坂先生。

いい頃合いだ。田坂さんの壺を持ち、ヒカルを起こさないように自室をひっそりと出て、猫みたいに音を立てず階段を降りる。一階の広間を横切り、ドアの前に立つ。
这是个好时机。 他拿着田坂先生的罐子,为了不吵醒光,悄悄地离开了自己的房间,然后像猫一样没有发出声音,而是走下楼梯。 穿过一楼的大厅,站在门前。

心臓が鼓動を早める。意を決してサナはドアのノブをゆっくりと回して、工房へ続く廊下に出る。廊下に面するネリさんの部屋は明かりが消えていて、物音もしない。ネリさんは眠っているのだろう。
心跳加快。 Sana 并没有气馁,慢慢地转动门把手,走出通往车间的走廊。 在 Neri 面向走廊的房间里,灯是关着的,没有噪音。 内里一定睡着了。

工房にはだれもいない。虫の音だけが響く。サナは田坂さんの壺を開ける。月明かりで壺の中を照らすと茶色の猫の毛が一房入っている。田坂さんが大切にしていた猫の毛。亡くなられた奥様の哀しみを埋めてくれた猫。
车间里没有人。 只有昆虫的声音回荡着。 Sana 打开了 Tasaka 的罐子。 当月光照亮罐子内部时,有一簇棕色的猫毛。 田坂先生珍惜的猫毛。 一只埋葬了已故妻子悲伤的猫。

ひとつの土鍋を選び、サナは五徳の上に置く。土鍋の蓋を開け、猫の毛を三本入れる。蓋を閉めて、火を点ける。ガスの火が形を変えながら土鍋の底を包む。
选择一个陶罐,Sana 把它放在三脚架上。 打开陶罐的盖子,放入三缕猫毛。 盖上盖子,生火。 燃气火包裹着陶罐的底部,同时改变了它的形状。

ねこつくりは、依頼人の顔と聞き取りした哀しみの形を思い出しながら猫の毛を選び、依頼人の哀しみを癒やす猫を作るのが常だが、今回は違う。以前つくられた一匹の猫の毛を用いて同じ猫をつくろうとしている。わたしは死者を蘇らせようとしている。
Nekotsuri 通常会在记住客户的脸和他听到的悲伤的形状的同时选择猫的毛发,并创造一只可以治愈客户悲伤的猫,但这次不同。 我正在尝试用以前制作的一只猫的毛发来制作同一只猫。 我正在努力使死者复活。

土鍋の縁からちろちろと青い炎が飛び出る。蓋がかたかたと揺れる。土鍋にひびはない。やった、成功だ。
蓝色的火焰从陶罐的边缘闪烁出来。 盖子僵硬地摇晃。 陶罐没有裂缝。 万岁,成功。

サナはほっと息をつく。
Sana 松了一口气。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
“呃,呃,呃”

工房の入り口で、猫がないている。この家に住む三匹の猫だ。
在车间的入口处,没有猫。 这些是住在这所房子里的三只猫。

「すいませんが、静かにしてください。ネリさんが起きてしまいます」
“对不起,但请安静,Neri 会醒来的。”

小声でサナは猫たちにお願いする。
Sana 低声问猫。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
“呃,呃,呃”

それでも猫のなき声は止まず、今まで聞いたことがないぐらい大きな声で三匹の猫は次々となき続ける。まるで、サナの行為を糾弾するみたいに。
即便如此,猫的声音并没有停止,三只猫继续以前所未有的响亮声音一个接一个地消失。 这就像谴责 Sana 的行为。

「本当にお願いします。堪忍してください」
“我真的求求你了,请多多包涵。”

サナは猫に向かって頭を深く下げる。
Sana 向猫深深低头。

その横を誰かが通りすぎる。サナが頭を上げるとネリさんが土鍋に手をかけていた。ネリさんが土鍋を床に叩きつける。土鍋は粉々に割れ、青い炎と共に床に四散する。飛び散る鍋の底に青い球体の炎がふたつ見えた。これは目だ。猫ではない、何者かの目玉だ。
有人从它身边经过。 Sana 抬起头,看到 Neri 把手放在陶罐上。 Neri把陶罐砸在地上。 陶罐碎裂,散落在地板上,发出蓝色的火焰。 我可以看到飞溅的罐子底部有两个蓝色的火焰球。 这就是眼睛。 这不是一只猫,而是某人的眼球。

シュウと音を立てて、炎は消えた。ふたつの目玉も光を失い、月明かりしか照らすものがない世界に戻る。
随着一声嘶嘶声,火焰被扑灭了。 两个眼球也失去了光芒,他们回到了一个只有月光的世界。

「サナ」
“萨娜”

ネリさんが言う。
“内里说。

「はい」
“是的。”

血の気が引いたサナはうなだれて返事する。教えに反して、やってはいけないことをしてしまった。ここから出て行けと言われるだろう。
发脾气的 Sana 点头回答。 与教义相反,我做了一些我不应该做的事情。 他们会让你离开这里。

竈の上に置かれた田坂さんの小壷をネリさんがのぞく。
Neri 偷看了看 Tasaka 先生放在杆子上的小骨灰盒。

「田坂さんの死んだ猫を蘇らせようとしたのかい」
“你有没有试图复活田坂先生的死猫?”

蔑むわけではなく、温かみを感じる声でネリさんがサナに訊ねる。
内里用一种并不轻蔑的温暖声音问萨娜。

サナは肯く。
Sana 肯定地说。

「猫を求めてここに来た若者を覚えているかい?」
“你还记得那个来这里找猫的年轻人吗?”

「はい」
“是的。”

哀しみを抱えていたわけではないのに、きまりを破ってネリさんは猫を作り、若者たちに手渡した。
尽管她并不难过,但她打破了规则,做了一只猫,交给了年轻人。

「あの若者たちは変貌した猫に襲われたはずだ」
“那些年轻人一定是被一只变身的猫袭击了。”

「猫が人を襲う……」
“......猫攻击人”

「命は取られていないと思うがね。哀しみがない者に猫を渡せば悲惨なことになるんだよ。きまりを破れば、私でも制御できないことになる」
“我不认为有人夺走了生命,”他说,“但如果你把一只猫送给一个没有同情心的人,那会很悲惨。 如果我违反了规则,我就无法控制它。

そのことを教えるためにネリさんは若者に猫を渡したのか。
内里把猫送给那个年轻人是为了教他这些吗?

ネリさんが小壷から残りの猫の毛を摘み上げる。
Neri 从骨灰盒中捡起猫的其余毛发。

「どうして田坂さんの猫が亡くなったと思う?」
“你觉得田坂先生的猫为什么死了?”

「どうしてって……、寿命ではなかったのでしょうか」
“哎呀,......不是寿命吗?”

「天寿を全うした生き物を生き返らせるのが正しい行いかね」
“让一个已经完成了天堂生命的生物复活不是对的吗?”

ネリさんが「正しい」という言葉を使った。死者が蘇ればこの世は生き物でうまってしまう。一方で、亡者を悼み、もう一度会いたいと願う気持ちは正しくないのか。サナにはわからない。
内里用了“对”这个词。 如果死者复活,世界将充满活物。 另一方面,哀悼逝者并希望再次见到他们不是对的吗? Sana 不知道。

「田坂さんの猫は寿命で亡くなったわけじゃないからね」
“田坂先生的猫在他有生之年没有死。”

「えっ? 病気や事故ですか?」
是生病还是意外?

「田坂さんの哀しみとぴったり合わなかったからだよ。わたしが未熟だったんだ」
“那是因为我格格不入田坂先生的悲伤,我很不成熟。”

真顔でネリさんが言う。その不思議な言葉の余韻を引き摺りながら、深夜の自室にネリさんは戻っていった。
Neri 板着脸说。 拖着那些神秘话语的余晖,内里在半夜回到了自己的房间。

ネリさんは怒らず、出て行けとも言わなかった。まだ心臓がどきどきしている。
内里没有生气,也没有让她离开。 我的心还在跳动。

自分の部屋に戻り、ふとんに入っても、サナは寝つけなかった。
当她回到自己的房间,钻进被褥时,Sana 无法入睡。

ネリさんの言葉が頭から離れない。
我无法将 Neri 的话从我的脑海中抹去。

『哀しみと合わなかった』
“这与悲伤不符”

今まで自分が接したお客様全員が哀しみを抱えていた。望んでいるのに子供ができない、津波で家族が流される、長年付き合った彼と別れる。
到目前为止,我接触过的所有客户都感到难过。 我想生孩子也生不了,家人被海啸卷走,多年后和男朋友分手。

彼らの哀しみを埋めるために猫が必要だった? 今まで哀しみを癒やすために猫がいると思っていた。猫の温かみが人の心を和ませるからだ。
他们需要一只猫来填补他们的悲伤吗? 直到现在,我还以为猫是用来治愈悲伤的。 这是因为猫咪的温暖抚慰了人的心。

土鍋から生まれた猫たちが人の哀しみを埋めるために生まれているとしたら、あまりに酷く、理不尽な生き方だ。その残酷な行為に自分が加担している。
如果从陶罐里生的猫,生来就是为了埋葬人的悲痛,那太残忍了,太不合理了。 我是这种残忍行为的同谋。

ゴロも同じだったのか。ゴロがいたことでわたしは哀しみから逃れられた。ゴロはわたしの哀しみを埋めてくれたのか、自らのすべてを用いて。人からみれば、ねこつくりは正しい行為だけど、猫からすれば辛いことだ。
Goro 也是这样吗? Goro 的存在将我从悲伤中解救出来。 他是否用他自己的全部填满了我的悲哀? 从一个人的角度来看,养猫是正确的事情,但从猫的角度来看,这是痛苦的。

なにが本当の幸いかわからない。幸いと辛いの違いが一本の線であるように、二つの感情は線一本を隔てて見合っている。サナは混乱した。出口の見えない森の迷路に迷い込んだ気分だ。
我不知道真正的快乐是什么。 正如快乐和痛苦之间的区别是一条线,两种情绪用一条线分开看着对方。 Sana 感到困惑。 我觉得我迷失在森林迷宫中,没有出路。

そもそも出口はないのかもしれない、さまようことが目的なのかもしれないと思いはじめたとき、サナは眠りに落ちた。
当她开始认为一开始可能就没有出路,目的可能是流浪时,萨娜睡着了。

起きた瞬間に自分が寝坊したとサナは悟る。みんなの朝食を作るのはサナの仕事だ。急いで着替える。昨夜の出来事が胸の中で蟠っていたけど、小さい虫のような感情に構っている時間はない。今は自分がやるべきことをしないと。
当她醒来的那一刻,Sana 意识到她睡过头了。 Sana 的工作是为大家做早餐。 快点穿衣服。 昨晚发生的事情在我脑海中嗡嗡作响,但我没有时间去纠结我那小小的虫子般的感受。 现在我必须做我必须做的事情。

慌てて階段を下りようとすると、広間のテーブルにヒカルと向かい合った男の頭頂部が見えた。足音に気づいたのか、少し離れて立つネリさんが階段の中途にいるサナを見上げて、唇に人差し指を立てる。
当他匆忙尝试下楼梯时,他看到一个男人的头顶在大厅的桌子上与光对峙。 站得稍远一点的 Neri 可能注意到了脚步声,抬头看向楼梯半山腰的 Sana,将食指放在嘴唇上。

足音を立てないようにゆっくりと階段を下りる。椅子に座るヒカルはテーブルに両肘をつき、お客様と対面している時と同じ真剣な表情を向けている。サナの存在に気づき、こちらを見上げると、ヒカルの表情が少し和らいだ。
慢慢走下楼梯,以免有脚步声。 光坐在椅子上,手肘靠在桌子上,脸上露出和面对顾客时一样严肃的表情。 注意到 Sana 的存在,他抬头看着她,Hikaru 的表情稍微柔和了下来。

ヒカルの視線の動きを追ってスーツ姿の男が振り向く。細いフレームの眼鏡をかけた細身の男。紺色のスーツがよく似合っている。あまりに似合っているので、いつもこの服を着ているように思える。突飛なデザインでもないのに眼鏡がとても目立ち、他の顔の部位をすぐに忘れてしまいそうな顔立ちだ。男が慌てて椅子を引き立ち上がる。この場の雰囲気に間違いなく似つかわしくない大きな音がガタガタと響く。
随着光目光的移动,一个穿着西装的男人转过身来。 身材苗条,戴着窄框眼镜。 他穿着深蓝色的西装看起来很棒。 它看起来太好了,好像我一直都戴着它。 尽管这不是一个古怪的设计,但眼镜非常显眼,而且是一张似乎很快就忘记了脸其他部分的脸。 男人急忙拉起椅子站起来。 有一阵响亮的嘎嘎声,绝对不像这个地方的气氛。

「はじめまして、佐藤と申します」
“很高兴认识你,我叫佐藤。”

名刺を差し出しそうな雰囲気もあったけど、佐藤さんが腰を曲げお辞儀をしたので、サナも慌てて頭を下げる。
有一种他正要献上名片的气氛,但佐藤先生弯腰鞠躬,萨那赶紧鞠躬。

「この子はサナ。わたしの同僚」
“这是 Sana,我的同事。”

ヒカルが紹介する。佐藤さんが向きを直し、ヒカルの顔を見つめると、ヒカルがすぐに視線を逸らす。
Hikaru 介绍道。 佐藤先生转过身来,盯着光的脸,光很快就把目光移开了。

佐藤さんは何者で、ヒカルのなんなのだろう。
佐藤先生是谁,光是什么?

「よくここがわかったわね」
“你很清楚这一点。”

「一年間探しましたから」
“我已经找了一年了。”

佐藤さんが真剣な表情を崩さないまま話す。
佐藤先生说话时没有失去他严肃的表情。

佐藤さんはヒカルの結婚相手なんだとサナは悟る。「元」なのか「現役」なのかはわからないけど。眼鏡が似合いすぎる佐藤さんとヒカルは不釣り合いなようで、似合っているような気もする。粗雑に見せる表面的なヒカルと佐藤さんは合わないけど、本当のヒカルは弱い部分をもつ人だとサナは思っている。自分にはお姉さんのような態度を見せているけど、ねこつくりと距離を置き、きまりを重んじるヒカルは支えが必要な人だ。佐藤さんの背中で、ふたつのヒカルのイメージが重なる。
Sana 意识到 Sato 是 Hikaru 的结婚对象。 我不知道它是 “former” 还是 “active”。 戴眼镜太好看的佐藤先生和光似乎不成比例,我觉得他们看起来不错。 外表粗鲁的光和佐藤先生相处不来,但萨奈认为真正的光是一个有弱点的人。 她对自己有姐姐般的态度,但与 Nekotsuri 保持距离并重视规则的光是一个需要支持的人。 在佐藤的背上,光的两张照片重叠。

佐藤さんの言葉にヒカルが視線を落とす。
Hikaru 垂头看着佐藤的话。

「やり直しませんか?」
“你想重新开始吗?”

佐藤さんが口を開く。ストレートな物言いが佐藤さんの実直さを表し、最後の疑問符が佐藤さんの自信のなさを表す。
佐藤先生张开了嘴。 直截了当的陈述显示了佐藤先生的诚实,而最后的问号则表明他缺乏自信。

「そんなことが本当にできると思っているの?」
“你真的觉得你能做到吗?”

「どうしてできないと思うのです?」
“你为什么觉得你不能?”

疑問符の応酬。このままでは結論にたどり着く前に床が疑問符で埋まってしまいそうだ。ここは年長者がまとめてくれると期待してネリさんの方を向くと、生暖かい目でふたりのやりとりをニヤニヤと眺めていた。
问号交换。 按照这个速度,在我们得出结论之前,地板上将充满问号。 我转向内里,希望长老能把这一切放在一起,我看到她咧嘴一笑,用温暖的眼神看着两人的交流。

「ちょっと、すいません」
“嘿,对不起。”

サナはネリさんの腕を引っ張り、工房に繋がる廊下へ連れ出す。
Sana 拉着 Neri 的手臂,带她走进通往车间的走廊。

「なんだい、これからいい場面なのに」
“什么,这将是一个好场景。”

テレビドラマを鑑賞していたみたいにネリさんが不満を漏らす。
内里抱怨道,就像她在看电视剧一样。

「ネリさん、ふたりを結びつけてくださいよ」
“内里,请把你们两个带到一起。”

「なんで、わたしが」
“为什么,我?”

「年長者じゃないですか。こういうときは村の長老が手助けするものです」
“不是长辈们吗,村里的长辈在这种时候会帮忙的吗?”

「失礼だね、わたしは長老と呼ばれる年じゃないよ。一度解けた紐は元の形には戻らない」
“对不起,我还没到可以被称为长老的年纪,而且绳子一旦解开,它就不会恢复原状。”

「そんなあ。佐藤さんはヒカルさんがまだ好きだから、こんな辺境の土地まで探しに来たのですよ。愛ですよ」
“嗯,佐藤先生还是喜欢光先生的,所以他来找这么偏远的地方。” 这是爱。

ネリさんについてきた三匹の猫が同意するように軽くなく。
不是轻易的,因为跟着 Neri 的三只猫同意。

「処女が何をわかった風に」
“处女知道什么?”

そう言われるとサナは何も言えなくなる。
当她被告知时,Sana 什么也说不出来。

「なるようにしかならないさ。でも、サナ、わかっているのかい、ふたりの縒りが戻れば前より丈夫になった運命の紐に引っ張られてヒカルはここを出ていく」
“这是必须的,但是萨娜,你知道吗,当你们两个回来时,光会在命运的拉扯下离开这里,这根绳索会比以前更强大。”

結婚したふたりは、まさかここに住まないだろうから、いるか岬でネリさんとふたりで暮らすことになる。ねこつくりの仕事もふたりで行うことになる。誰かに襲われそうになってもヒカルはもう助けてくれない。
结婚的两人永远不会住在这里,所以他们将与 Neri 一起住在伊鲁卡岬。 他们俩也会做做做猫的工作。 即使有人要攻击他,光也不会再帮助他了。

「さて少しは進展があったかね、見せ場は逃さないよ」
“嗯,我们已经取得了一些进展,我们不会错过这场演出。”

ネリさんが広間へそそくさと戻る。
内里偷偷溜回了大厅。

広間へ戻ると、ネリさんがいつもの安楽椅子に座り、魔女みたいに尖った耳だけをふたりの会話に向けていた。
回到大厅,内里坐在她平常的安乐椅上,她的耳朵像女巫一样尖尖的,只转向他们的谈话。

「おかあさんはどうするのよ?」
“妈要做什么?”

「母のことは関係ないです。僕とヒカルさんのことですから」
“我妈妈不重要,我和光同学都重要。”

佐藤さんの言葉から疑問符が取れた。
佐藤先生的话中去掉了一个问号。

「本当にそんなことができるの? わたしはおかあさんが反対したままでは、あなたと結婚できないと思って、あの日逃げ出したのよ。おかあさんはわたしをもっと嫌いになっているはず」
那天我逃跑了,心想如果我妈妈反对,我就不能嫁给你。 我敢肯定她更恨我。

「僕が君と一緒にいたいから、ここに来ている。ヒカルさん、戻りましょう。愛しています」
“我在这里是因为我想和你在一起。 我爱你。

紅潮した顔で佐藤さんが愛を宣言する。
佐藤先生满脸通红,宣布了他的爱。

「おっ、いいねえ」
“哦,那很好。”

安楽椅子からネリさんが合いの手を入れる。
Neri 把手放在安乐椅上。

「高みの見物ですか。見世物じゃないですよ」
“这是一个奇观,这不是一个奇观。”

ヒカルが呆れた顔をする。
光露出一副震惊的表情。

「そりゃそうさ、これはヒカルの人生の晴れ舞台。わたしら部外者は舞台に上がれず、見物するしかない。舞台での振る舞いも次の台詞も、決めるのはあんたさ」
“没错,这是光人生中最美好的部分,我们外人不能上台,我们得看。” 由你决定在舞台上如何表现以及接下来要说什么。

ネリさんの言葉を受けて、ヒカルが無言でうなだれる。
作为对 Neri 的回应,Hikaru 默默地点了点头。

「帰りましょう」
“我们回家吧。”

佐藤さんが声を掛ける。
佐藤先生喊道。

「この一年の間、わたしはわたしなりにここで生活をしてきたの。あなたが突然現れたからといって、すっぱり元に戻れない」
“这一年来,我一直用自己的方式生活在这里,因为你的突然出现,我无法回到原来的样子。”

ヒカルが頭を下げたまま、佐藤さんに言う。ヒカルの声が徐々に弱々しくなり、最後は涙声になる。
光低着头对佐藤先生说。 光的声音渐渐越来越微弱,最后变成了泪流满面的声音。

「よっこらしょ」
“好的。”

わざとネリさんが声を上げて立ち上がる。ネリさんがふたりの座る席へゆっくりと近づく。
内里故意提高嗓门站了起来。 Neri 慢慢地走近他们俩坐的座位。

「ヒカル、自分のことだけを考えな。今までの仕事ぶりには感謝する。だけど、これはあなたの人生だ。喜びも哀しみも自分で抱えていくしかない。ここにとどまるのも出て行くのもあなたの自由だ」
“光,不要只想着自己,谢谢你到目前为止所做的所有工作。 但这就是你的生活。 你别无选择,只能带着自己的喜怒哀乐。 你是留在这里还是离开。

ネリさんが言う。
“内里说。

「そんなこと……」
“就是这样......。”

なんとかそれだけ言葉を絞り出すと、下を向いたままヒカルが黙る。
当他设法挤出那么多字时,光低头闭上了嘴。

「ヒカル、これから仕事が入っているよ」
“光,我有个工作要来了。”

そう言えば今日はお客様に聞き取りする日だった。
说到这里,今天是采访客户的日子。

「今日はわたしひとりで行きますから、ご心配なく!」
“别担心,我今天要自己去!”

力強くサナは宣言する。
Sana 有力地宣布。

「いや、ふたりで行くんだよ。これはふたりの仕事さ」
“不,我们要一起去,这是我们的工作。”

サナの宣言をネリさんがあっさりと折り曲げる。
内里轻易地扭曲了萨娜的声明。

「わかった。仕事に行くから、わたしが戻るまでに帰っておいてよね」
“好,我要去上班了,所以我回来的时候你已经回家了。”

佐藤さんを指差して告げると、階段を駆け足で昇りヒカルは自室に戻る。
他指着佐藤先生告诉他,光冲上楼梯回到了他的房间。

残された佐藤さんが迷惑をかけたことをネリさんとサナに謝る。
他向 Neri 和 Sana 道歉,因为给留下的佐藤先生带来了麻烦。

庭で佐藤さんとネリさんに見送られながら、サナはヒカルと仕事に出かける。
在花园里被佐藤和内里送行时,Sana 与 Hikaru 一起去工作。

今日は運転も面談もすべてサナが行った。お客様は四十代の男性で、子供の頃に亡くなった妹を思い出して哀しいから、猫が欲しいという依頼だった。サナがあれこれ質問している間、ヒカルは一言も発しなかった。
今天,Sana 完成了所有的驾驶和采访。 客户是一位 40 多岁的男性,他要求养猫,因为他想起在他还是个孩子的时候就去世的姐姐而感到难过。 当 Sana 问这个和那个时,Hikaru 一言不发。

ヒカルの声を少し忘れかけた帰り道、車中でヒカルが声を出す。
在回家的路上,当他几乎忘记了光的声音时,光的声音在车里。

「もうできるようになったね」
“你现在可以做到了。”

ハンドルを握りながら、サナはどきりとした。上腕二頭筋に余計な力が入る。
当她紧握方向盘时,Sana 抽搐了起来。 对二头肌施加额外的力。

「滅相もない。まだまだですよ」
“还没结束,还没结束。”

ヒカルは横を向いて流れる景色を眺めている。街路樹が現れてはすぐに背後へ消えていく。
光望向侧面,看着流动的景色。 行道树出现并在它们身后迅速消失。

「あのう、ちょっとよろしいですか。佐藤さんとはどこで知り合われたのですか?」
你在哪里遇见佐藤先生?

「なに、それ。街角インタビュー?」
“那是什么?

横を向いたままヒカルが苦笑する。
光看向一边,苦笑着。

「職場よ、職場。ありきたり。わたしが劇団員で、彼は劇場の管理会社の社員」
“这是一个工作场所,一个工作场所。 我是剧院公司的成员,他是剧院管理公司的员工。

「女優さんだったのですか! 川田芳子さんみたいですね」
你长得像河田佳子。

「誰それ。まともに食べていけるほど売れていなかったから、わたしはバイトばかりしていた。年中バイト時々練習ところによって舞台という暮らしだったけど、それなりに充実していた」
“那是谁,我卖的钱不够,无法过上体面的生活,所以我在做兼职。 我一年四季都有一份兼职工作,有时我会根据我练习的地方在舞台上,但它以自己的方式令人满意。

ヒカルが話を一旦止める。
光停顿了一下。

「本当は嫌いだけど、自分語りしていい?」
“我真的不喜欢它,但我能谈谈我自己吗?”

「どうぞ、どうぞ。なんのお構いもできませんが」
“去吧,去吧,我不在乎。”

嫌いでも自分のことを話さざるを得ないヒカルに向かって、サナは力強く肯く。
对于别无选择只能谈论自己的光,即使她不喜欢这样,Sana 也有力地肯定了这一点。

「耳だけ貸してくれればいいから、目は前を向いてね。今死ぬと、あとがややこしそうだから。ところによって雨ではなく、雲間の日差しみたいなチャンスが来た舞台で、彼と出会った」
“你只需要把你的耳朵借给我,所以要盯着前面,因为如果你现在死了,剩下的就复杂了。” 我在机会来临的舞台上遇到了他,不是在雨中,而是在云层之间的阳光下。

「雷に打たれたみたいに」
“就像被闪电击中一样。”

「そんな激しい人じゃないから。見ての通り穏やかな人だから。春の雨みたい。わたしが傘で、いつも柔らかい雨が傘に当たっている感じ。そういうのわかる?」
“他没有那么暴力,正如你所看到的,他是一个冷静的人。 就像春雨一样。 我是雨伞,就像柔和的雨总是打在雨伞上。 你明白吗?

「わかると思います。雨の日、特に雨音はわたしも嫌いではありません」
“你知道,我不讨厌下雨天,尤其是雨声。”

まだおぼつかない運転に集中しつつ、ヒカルの言葉も逃さないように耳を立てる。外の景色とヒカルの過去が一緒に後方へ流れる。
他一边专心致志地驾驶着,一边听着光的话,以免错过它们。 外面的风景和 Hikaru 的过去一起倒流。

「一年経ったとき彼が結婚しようと言ってくれたけど、わたしは気が進まなかった。言葉や雰囲気からわたしとは異なる空気を吸って彼は育ったのだとわかっていたから。みかんを食べるとき彼は白いところを全部取って、夏みかんみたいに薄皮を剥いて食べるのよ! わたしは半分に割って皮ごと齧るのに」
“一年后,他求我嫁给他,但我很不情愿,因为从他的语言和氛围中我知道,他从小就呼吸着与我不同的空气。 当他吃橘子时,他会把所有白色的部分都拿出来,像夏天的橘子一样剥下来吃掉! 我要把它掰成两半,咬掉皮肤。

佐藤さんの食べ方は一般の人よりたしかに繊細だけど、ヒカルの食べ方も豪快すぎることは突っ込まないでおく。
佐藤的吃法肯定比一般人更细腻,但我不会深入探讨光的吃法太大胆的事实。

「でも彼があんまり言うから、彼の実家へ行った。彼の育ちの良さから、ある程度は覚悟していたけど、わたしの想像以上にこの世界は分断されていた。彼のお母さんはわたしをまともに見ることもなく、毛嫌いした。食わず嫌いという言葉があるけど、見ず嫌いという態度があるのを初めて知ったよ。劇団員というわたしの属性がさらに悪かったらしく、お母さんにとっては劇団員より無職や家事手伝いの方がよっぽどマシだったみたい。ゲームをする時どんな職業を選んでいたのか訊きたかった」
“但他说不行,所以我去了他父母家。 因为他的成长经历,我在某种程度上为此做好了准备,但世界比我想象的要分裂得多。 他妈妈甚至没有好好看我一眼,讨厌我。 有个词叫讨厌吃,但这是我第一次知道,有讨厌看的态度。 看来我作为剧团成员的特质更差,看来我妈妈失业或帮忙做家务比做剧团成员要好得多。 我想问你,当你玩游戏时,你选择了什么样的职业。

「吟遊詩人だったら良かったのですかね」
“我真希望我是个吟游诗人。”

「救われるね、あなたのすっとぼけた意見には。僕と結婚するのだから親は関係ないと彼が断言したので、わたしも同意した。だけどね、あの日、結婚式当日、ドレスを着たわたしに、お母さんが近づいて来て言ったの、『演技がお上手ね』って。そのあとはよく覚えていない。ドレスのまま式場を飛び出し、車でひたすら走った。いるか岬の美しい景色が目に飛び込んできて、車を止めたらネリさんと出会った」
“救命恩人,就你含糊不清的看法而言,”他说,“他向我保证,他的父母跟他无关,因为他要娶我,我同意了。 但那天,在我们婚礼的那天,我妈妈穿着裙子走过来对我说,'你演得不错。 在那之后,我真的记不清了。 我穿着礼服跑出仪式大厅,开着我的车离开了。 海角的美丽景色吸引了我的眼球,当我停下车时,我遇到了 Neri。

ヒカルがため息をつく。
光叹了口气。

ふたつのことに神経を使うのに疲れ、ヒカルにも悪い気がして、サナは道の駅で車を停めた。
厌倦了对两件事的紧张,并为 Hikaru 感到难过,Sana 将车停在了路边车站。

「お茶を買ってきます」
“我要请你喝杯茶。”

「じゃあ、揚げタコも」
“然后是炸章鱼。”

「揚げタコ? 凧揚げではなく」
“炸章鱼?

「行けばわかるよ」
“我们走的时候就知道了。”

いまいちどんな食べ物か想像がつかなかったが、串刺しになったたこ焼きが油にあがっているのを店頭で見つけてサナは合点がいった。
她无法想象那是什么食物,但当她在油中找到串起来的章鱼烧时,她在商店里找到了。

車内で隣同士に座り、ふたりは揚げタコを頬張る。
他们在车里挨着坐着,咀嚼着炸章鱼。

「なかなかの多幸感ですね」
“这真是令人欣快。”

「シャレかよ」
“双关语。”

どこが洒落ているのかわからず、サナは首を傾げる。
不知道时尚在哪里,Sana 歪了歪头。

「間違いない味。わたしの結婚は間違いだらけだったけど」
“毫无疑问,尽管我的婚姻充满了错误。”

「そんなことないですよ。ヒカルさんはまだ結婚していませんから」
“那不是真的,光还没结婚。”

「確かに」
“当然。”

ヒカルが苦笑する。
光苦笑。

「だからやり直すもなにも、今から続きを始められますよ。一度もゲームオーバーになっていないのですから、セーブした場面からやり直せます」
“所以如果你不重新开始,你可以从你离开的地方继续,因为游戏还没有结束一次,所以你可以从你保存的地方重新开始。”

「ありがとう、サナ。なるほどね。話したら少しすっきりした。聞き取りを受けたお客の気持ちがわかるな」
“谢谢你,萨娜。 当我谈论它时,它更清楚一些。 我能理解接受采访的客户的感受。

ヒカルが揚げタコを口にする。サナも揚げタコを食べる。カラッと揚がったたこ焼きは、いつも食べるたこ焼きと外見は違うけど、味は変わらない。油で揚げても、串に刺さっても、たこ焼きはたこ焼きなのだ。
Hikaru 吃一只炸章鱼。 Sana 还吃炸章鱼。 酥脆的油炸章鱼烧看起来与您通常吃的章鱼烧不同,但味道不一样。 无论是在油中煎炸还是粘在烤串上,章鱼烧都是章鱼烧。

翌朝起きると、ヒカルの姿がなかった。部屋は綺麗に片付いていて、それほど多くなかったヒカルの荷物も消えていた。
第二天早上醒来时,光已经不见了。 房间整齐,光的行李不见了。

その日の朝、昔からサナとふたりきりで暮らしていたかのようにネリさんが朝食をとる。いつもと同じオレンジジュースを飲み、バターをいっぱい塗った厚切りの食パンを頬張る。サナもヒカルの話題をあえて出さない。ヒカルがいるか岬を離れ、佐藤さんのところへ行ったのは自明だからだ。
那天早上,内里吃早餐,仿佛她已经和萨娜单独生活了很长时间。 像往常一样喝同样的橙汁,咬一口涂有黄油的厚面包片。 Sana 还敢提起 Hikaru 的话题。 不言而喻,Hikaru 离开了斗篷,去了 Sato-san。

セーブした場面からの再開をヒカルは選択した。だけど、ゲームのプレイヤーであるヒカルは一年前とは違う。一年の間に、いろいろなところで多くの経験と思いをして、元の場所へ戻ったのだ。ロールプレイングゲームの主人公みたいに経験値とレベルが上がり、困難な人生に立ち向かえるぐらいヒカルは強くなったにちがいない。
光选择从他保存的场景继续。 但本场比赛的球员 Hikaru 与一年前的他不同。 在一年的时间里,我在各个地方有很多经历和想法,然后回到了我原来的地方。 就像角色扮演游戏的主角一样,Hikaru 必须已经积累了经验和水平,并变得足够强大,可以面对艰难的生活。

ヒカルはサナに手紙を残していた。出て行く深夜、時間がないのに書きのこしてくれたと思うと、サナは温かい気持ちになれた。のびのびとして大胆だけど、はねや止めなど細部が繊細なヒカルらしい文字で綴られている。
光给萨娜留下了一封信。 一想到它是他在半夜离开时写下的,即使他没有时间,萨那就感到温暖。 它是自发而大胆的,但飞溅和停止等细节以精致的 Hikaru 式字符拼写出来。

『サナへ。今までありがとう。あんたとは趣味も性格も全然重ならなかったけど、妹ができたみたいで楽しかったよ。
“对萨娜。 到目前为止,谢谢你。 我的爱好和性格与你的完全没有重叠,但感觉我有一个姐姐很有趣。

挨拶もせずに出て行くのを許してね。ネリさんとサナとの暮らしより男をとったみたいで、なんだか顔を合わせづらくて。
请允许我离开,不打你好。 就像我带了一个男人和 Neri 和 Sana 住在一起,看到他有点难。

佐藤さんが来たからではなくて潮時かなと最近思っていた。サナが、ねこつくりをするようになって、自分がいるか岬にいる理由がわからなくなっていた。サナは悪くないよ。サナは覚悟を決めて立派な猫をつくれたのに、わたしができなかっただけだから。
最近,我在想,不是因为佐藤先生来了,而是因为现在是潮汐时间。 Sana 已经开始制作猫了,她不知道自己为什么会出现在那里或海角上。 Sana 还不错。 Sana 决心要成为一只伟大的猫,但我就是做不到。

いるか岬での一年間は、とても居心地がよい日々でした。楽だからこそ、自分はどこかへ向かわないといけない時期が近づいていると思い始めていた。内緒にしていたけど、最近は宅建の資格を取るために学校にも通っていたんだ。
在伊鲁卡岬的一年是非常舒适的一天。 因为它很容易,我开始认为我必须去某个地方的时候快到了。 我一直保守着这个秘密,但最近我要去学校考取房地产资格。

出て行くわたしが言うのもなんだけど、サナもそこから出てもいいんだよ。ここの仕事は特別で特殊。ねこつくりはわたしたちにも何かの影響を与えている気がする。
我离开没关系,但 Sana 可以离开那里。 这里的工作很特别。 我觉得制作猫咪对我们有一些影响。

餞別として車はサナにあげます。愛が詰まった車だからありがたく受け取ってくれ。じゃあね、またいつか。ネリさんにもよろしく言っといて。ヒカルより』
作为告别,我会把车送给 Sana。 这是一辆充满爱的汽车,所以请感激地接受它。 我们稍后再见。 向内里说声你好。 来自 Hikaru”

車がないと、ねこつくりの宮の仕事ができないと知っているからヒカルは愛車を置いていったのだ。口には出さないけど、他人のことをいろいろ考えているヒカルさん。わたしを助けてくれたヒカルさん。ヒカルがいなくなったことに、おばあさんが亡くなったときとはまた異なる寂しさをサナは感じた。
光知道没有车,他就无法完成 Neko-Tsukuri Palace 的工作,所以他把车留在了后面。 光没有说出来,但她为其他人考虑了很多。 Hikaru 帮助了我。 Sana 感受到的孤独与她祖母去世时不同。

ヒカルがいるか岬を去り、これからはネリさんとふたりで暮らすことになる。以前のおばあさんとのふたり暮らしと構成は同じだけど、緊張感が全然違う。初めてネリさんとふたりで夕食をとったときにサナはヒカルのありがたみを実感した。ネリさんが怒ることはめったにないが、ネリさんが醸し出す雰囲気にサナは背筋に力を入れざるを得なかった。ご飯を食べても、胃とは別の器官に食べ物が運ばれる気がした。信長の御前で食事をとる家臣団もこんな心境だったのだろうか。
Hikaru 离开了海角,从现在开始将与 Neri 一起生活。 结构与以前和我奶奶的生活相同,但紧张感完全不同。 他们第一次和 Neri 一起吃晚饭时,Sana 意识到 Hikaru 是多么的感激。 Neri 很少生气,但她营造的气氛不禁让她脊背发凉。 即使我吃米饭,我也觉得食物被输送到胃以外的器官。 不知道在信长面前吃饭的封臣们是不是也有这种心态。

ねこつくりの宮の仕事のほとんどをサナは引き受けた。ひとりで運転し、ひとりでお客様の話を聞いた。ねこつくりだけはネリさんが手助けをしてくれたけど、多くの作業はサナが行なった。
Sana 承担了 Neko-Tsukuri Palace 的大部分工作。 我自己开车,自己听客户的故事。 Neri 帮忙制作猫,但 Sana 做了很多工作。

不思議とねこつくりをするときは緊張しない。仕事のときはネリさんと対等に接することができた。時にはサナからネリさんに作業をお願いすることさえできた。
奇怪的是,当我养猫时,我不会感到紧张。 当我工作时,我能够平等地对待 Neri。 有时,Sana 甚至要求 Neri 做这项工作。

つくられた子猫を抱いているとき、三匹の猫はサナの周りを囲み、子猫をお客様に引き渡すと、またネリさんのところへ戻っていった。三匹の猫は二つの恒星間を周回する小惑星群のようだ。
三只猫抱着小猫,围住了萨娜,将小猫交给了顾客,然后回到了内里。 这三只猫就像一群在两颗恒星之间绕行的小行星。

人の哀しみを和らげるために自分たちは猫を作っている。お客様の哀しみを真摯に聞き、彼らの哀しみを思い浮かべながら猫の毛を選び、土鍋の蓋を閉める。お客様の哀しみにあった猫をつくる。
我们养猫是为了减轻人们的悲痛。 真诚地倾听顾客的悲惨,一边想着猫咪的悲哀一边挑选猫的毛发,关上煲仔饭锅的盖子。 我们创造的猫咪与顾客的悲伤相匹配。

うまくいかないことも多い。鍋の中で何が起きているかは蓋を開けてみないとわからない。シュレーディンガーの猫。小さな鍋の中で生と死が交錯し、遺伝子の螺旋階段のように絡み合う。
有很多事情会出错。 在打开盖子之前,您不知道花盆里发生了什么。 薛定谔的猫。 生与死在一个小罐子里交织在一起,就像基因的螺旋楼梯一样交织在一起。

猫と哀しみはぴったりとはまらないといけない。そうしないと田坂さんのように猫が先に亡くなり、哀しみは余計に深まる。仕事を繰り返すうちに誰が教えてくれるわけでもなく、木の芽が伸び大木に成長するように、サナの実感は確信へと変わった。
猫和悲伤必须完美地融合在一起。 否则,猫会像田坂先生一样先死,悲痛会不必要地加深。 当她重复她的工作时,没有人会告诉她,就像一棵树发芽并长成一棵大树一样,Sana 的领悟变成了一种信念。

わからないことはまだたくさんある。それもいつかわかるかもしれないし、一生わからないかもしれない。空から見ているお天道様もこの世の全てを知っているわけではないだろう。たとえばわたしが抱いている密かな企みとか。サナは胸にぶら下がるロケットを握りしめる。
还有很多我们不知道。 我们可能总有一天会知道,也可能永远不会知道。 即使是在天上注视的天主,也未必对这世间的一切了如指掌。 例如,我有一个秘密情节。 Sana 紧紧抓住挂在胸前的小盒坠子。

仕事が入っていない秋の日、夏の間に伸びすぎた芝生をサナは刈り始める。久々に動かす草刈り機はやる気満々のビーバーのように快調に働く。道端から開始し、海沿いまできたとき、崖の下に人影が見えた。松下さんだ。久々に見かけた。こうして釣りをしている光景を見たのが随分昔のことのように思う。ヒカルがいて、ねこつくりも知らなかった頃のことだ。
在一个秋日,当她不工作时,Sana 开始修剪夏天长得太多的草坪。 这台割草机已经很长一段时间以来第一次运行,像一只积极进取的海狸一样平稳工作。 我们从路边出发,当我们来到海边时,我们看到悬崖底部有一个身影。 是松下先生。 我已经很久没有看到它了。 好像很久以前我见过他这样钓鱼。 那是在 Hikaru 在那里的时候,我什至不知道如何制作猫。

草刈り機を止めて、ロープを伝い、サナは崖下に降りる。海水で濡れて滑りやすくなった平らな岩の上を慎重に歩き、松下さんに近づく。
停下割草机,顺着绳子跑,Sana 下降到悬崖底部。 他小心翼翼地走在一块平坦的岩石上,这块岩石因海水湿透而变得湿滑,他走近了松下先生。

「釣れますか?」
“你能抓住吗?”

サナは笑顔で声をかける。
Sana 微笑着喊道。

「釣るために糸を垂らしているわけじゃないと言いたいところだが、あんたが釣れたな」
“我想说,我不是为了抓住它而挂线,但你抓住了它。”

松下さんがニヤリとする。
松下咧嘴一笑。

「お身体は大丈夫なのですか? お加減が悪いとお聞きしていましたが」
“你还好吗?

「お加減ねえ。うちの若い者の釣りを手助けしただけだ」
“不,我只是在帮我们的一个年轻人钓鱼。”

慎吾と自分のことを松下さんは言っているのだとサナにもわかった。
Sana 看得出来,松下说的是 Shingo 和她自己。

「まあ、あいつは獲物を釣り上げるタイミングなんて知らねえから、強引に竿を上げて獲物は糸を切って逃げてしまったようだけどな」
“嗯,他不知道什么时候该抓住猎物,所以他似乎强行举起了鱼竿,剪断了鱼线,逃跑了。”

「わたしが悪いのです」
“这是我的错”

サナは恐縮した。
Sana 道歉。

「面目ない男に憐れみをかけるもんじゃない。女に振られていなくなるなんて、情けない話だ。俺の教育が悪かった。すまなかったな」
“我可不想同情一个没有脸的男人,被一个女人摇晃是一件可怜的事情。” 我的教育很糟糕。 对不起。

沖に浮かぶ縞々の浮きを松下さんが見つめる。波の動きに合わせて浮きは海面を上下するが、海中に沈むことはない。
松下先生盯着漂浮在海上的浮条纹。 浮标随着海浪的运动在海面上起伏,但不会沉入海中。

慎吾のことを謝りたくて、松下さんはいるか岬へ来たのだろうか。松下さんが姿を見せなかったのは慎吾のためだったと今ならわかる。申し訳ないことをしたと思うけど、ではどうしたら申し訳できたのかサナにはわからない。
想给真吾道歉,松下来了海角吗? 我现在知道松下没有出现的原因是因为 Shingo。 我想我做了一件很抱歉的事情,但 Sana 不知道我该如何道歉。

「ヒカルがいなくなったのだろう」
“光一定走了。”

「よくご存知で」
“你更清楚。”

「こんな田舎じゃ、猫が子供を産んでも噂になるってもんだ」
“在这样的农村,就算猫生了孩子,也会是谣言。”

松下さんがケラケラ笑う。サナは目を動かし曖昧な表情をする。自分が作った土鍋で猫がつくられていると聞いたら、松下さんはどう思うのだろう。
松下先生笑了。 Sana 动了动眼睛,给了她一个模糊的表情。 我想知道如果松下先生听说一只猫是用他做的陶罐制成的,他会怎么想。

「あんたは、まだここにいるつもりなのかい?」
“你还打算留在这里吗?”

「他に行く場所もありませんから」
“别无他法。”

「ふうん」
“嗯。”

塩っけが強いごま塩頭を松下さんが摩る。
松下先生揉了揉咸咸的芝麻盐头。

「俺が言うことじゃないが、あんたみたいな若い者があまり長くいるところじゃないな。ネリさんが来る前にも若い娘がいたが、いつのまにかいなくなったしな」
“这不是我能说的,但这不是一个像你这样的年轻人已经存在太久的地方,在 Neri 来之前我有一个年轻的女孩,但她在我意识到之前就走了。”

サナは目を丸くする。秋なのに強い日差しが眩い。
Sana 翻了个白眼。 虽然是秋天,但强烈的阳光却令人眼花缭乱。

「ネリさんの前にも、いるか岬に人が住んでいたのですか?」
“在内里之前,有没有人住在海角上?”

「ああ、ちょうど今のあんたらと一緒だ。ばあさんと若い娘が暮らしていたよ。四年ぐらい前、ふたりはいなくなって、暫くしてネリさんが引っ越してきた」
“啊,就在你身边,住着一个老妇人和一个年轻女孩。 大约四年前,他们走了,过了一段时间,Neri 搬进来了。

昔の記憶を召喚するときの儀式のように松下さんが首を左右に折り骨をポキポキ鳴らす。
仿佛在召唤旧记忆的仪式中,松下先生将脖子左右折叠起来,弹出他的骨头。

「松下さんは先代にも鍋を納品していたのですか」
“松下先生也给他的前任送过花盆吗?”

「先代? ああ、そのばあさんと若い娘のことか。いや、俺が鍋を納めだしたのはネリさんがここに来て、しばらくしてからだ。ネリさんから突然連絡があって、それ以来の付き合いよ」
哦,老太太和她年幼的女儿。 不,直到 Neri 来到这里后一段时间,我才开始把锅放进去。 Neri 突然联系了我,从那时起我们就认识了。

「そのあとヒカルさんが住むようになったのですね。おばあさんと若い娘さんはどこへ雲隠れしたのでしょう? 神隠しにでもあったのでしょうか」
“之后,光来到这里住,老妇人和她年幼的女儿躲在哪里了?” 是千与千寻吗?

ねこつくりの宮では何が起きてもおかしくない。この世の隙間かあの世の狭間に神様がきまぐれで住民を隠しても。
在创猫宫,任何事情都可能发生。 即使上帝一时兴起将居民隐藏在这个世界或另一个世界的缝隙中。

「さあな。引っ越したふたりからネリさんが家を買った噂があったが、本当かどうか知らん。まあ、俺が言いたいのは、世話になったからといって永遠に感じることはねえ、一宿一飯の義理は一泊朝食付きの旅館以上ではねえから」
“拜托,有传言说 Neri 从搬进来的两个人那里买了房子,但我不知道是真是假。 嗯,我想说的是,它不会因为你照顾了它而感觉像是永恒,它只不过是一个旅馆,提供一晚的早餐。

「わたしはすでに百宿百飯の義理をいただいているので宿泊料金は高くつきますが」
“我已经收到了 100 家客栈和 100 顿饭,所以房费会很贵。”

「与えられているだけじゃないだろ、あんたは?」
“不是随便给的,对吧?”

松下さんがサナを見る。ねこつくりについて松下さんは知らないと思うが、ネリさんのために長く働いてきて、なにかを感じ取っているようだ。
松下看着 Sana。 我认为松下对猫制作一无所知,但他为 Neri 工作了很长时间,似乎感觉到了什么。

多くの疑問が漂い、自分の立ち位置が見えない。足元がおぼつかない自分の平衡感覚を確かめるために、眩い光が集まる水平線を見つめようとする。そこには二本の長いスパッドが今でも刺さっている。海面から斜めに伸びる長いスパッドがわたしの平衡感覚をくすぐる。
我有很多问题,我不知道我的立场如何。 为了检查自己脚下不稳的平衡感,他试图凝视着耀眼的光芒聚集的地平线。 两个长长的土豆仍然卡在那里。 从海面斜向延伸的长桩让我的平衡感发痒。

「そのおふたりは、いるかに乗ってどこかへ行ってしまったのですかね」
“你们俩在游乐设施上去了什么地方吗?”

「面白いことを言うねえ。だが、いるか岬にいるかはこねえよ」
“你会说些好笑的话,但我不在乎你是不是在斗篷上。”

「はい?」
“是吗?”

「潮の流れのせいかわからんが、ここいらの海には昔からいるかは寄りつかねえ」
“我不知道是不是因为潮汐,但我不确定它们是否已经在这里的海里呆了很长时间。”

「じゃあ、なんでいるか岬っていうんですか?」
“那么,你怎么称呼斗篷?”

「ここの景色は確かに綺麗だが、まあ、海沿いを走ればどこかに似たような景色がある。必ず立ち止まらなければいけない場所じゃない。だから、いつかくるか、が詰まって、いるか」
“这里的风景当然很美,但如果你沿着海边开车,你会在某个地方看到类似的东西,这不是一个你必须停下来的地方。 所以它总有一天会来,或者它会在那里。

「本当ですか?」
“真的吗?”

「さあな。この歳だと自分の記憶ですらあやふやだ。昔のことなんてみんな曖昧だよ。でもなあ、曖昧でいいんじゃないか。すべてがきっちりしたら疲れちまう」
“拜托,在我这个年纪,连我的记忆都模糊了。 每个人都对过去的日子含糊其辞。 但是,嘿,我认为含糊其辞是可以的。 如果一切都做得好,我会累的。

松下さんが竿を上げると、小魚が針にかかっていた。
当松下先生举起鱼竿时,鱼钩上挂着一条小鱼。

「昔はわからんし、変わらん。大魚を釣った自慢話をされても腹は少しも膨らまねえ。昔の魚拓より今の小魚」
“我不知道以前是怎样的,而且没有改变,即使你吹嘘钓到一条大鱼,你的肚子也不会膨胀一点。 今天的小鱼,而不是过去的鱼 taku。

針を外すと、水が溜まった足元の窪みに小魚を離す。すでに放たれた小魚たちと混じって泳ぎ始めると、どれが今釣った魚なのかすぐにわからなくなった。
当针头被取下时,小鱼被释放到积聚的水脚的凹陷中。 当我开始与已经释放的小鱼一起游泳时,我立即分不清我刚刚钓到的是哪条。

「ありがとうございます」
“谢谢你。”

サナは礼を言う。
Sana 感谢他。

「魚をあげるとは言っていないぞ」
“我没说过我会给你一条鱼。”

「もっと良いものをいただきました」
“我得到了更好的东西。”

サナはニコリと笑う。
Sana 微笑着。

松下さんと話してから、ネリさんと一緒にいても緊張しないようになった。そんなに気負わなくてもいいのだ。
与松下先生交谈后,当我与 Neri 先生在一起时,我开始感到不那么紧张。 你不必那么焦虑。

夕食をとった後、リビングにふたりでいても普段通りふるまえた。安楽椅子に座り、ネリさんが本を読む。ネリさんがそのまま寝てしまう時は、ネリさんの体にサナが毛布を掛ける。ヒカルが寝転がっていたソファに座りサナは歴史書を紐解く。これが自然な時間だと受け入れることができるようになってきた。
晚饭后,我们像往常一样举止,即使我们一个人在客厅里。 内里坐在安乐椅上看书。 当 Neri 就这样睡着时,Sana 给 Neri 的尸体盖了一条毯子。 Sana 坐在 Hikaru 躺着的沙发上,解开了一本历史书。 我已经接受了这是一个自然的时代。

ある日、芝刈りを終えて家に戻ろうとすると、刈りたての芝生の上で三匹の猫がないた。
有一天,我修剪完草坪回家时,发现三只猫不见了,躺在新剪的草坪上。

「どうしたのです?」
“怎么了?”

座り込んでサナが話しかけると、小さく返事した猫たちが振り向き、サナを導くように歩き始める。昔ゴロも同じ仕草をした。ゴロが連れて行く先はキャットフードをしまってあったキッチンだったけど。
当 Sana 坐下来说话时,猫们转过身来开始走路,仿佛在引导 Sana。 五郎过去也做过同样的手势。 Goro 带我去了存放猫粮的厨房。

猫たちは家を周り、家の横にある小さな納屋の前で止まった。三匹の猫はサナを見上げて、一斉になく。ここに入れと言っているようだ。
猫在房子周围转来转去,停在房子旁边的一个小谷仓前。 三只猫抬头看向萨娜,然后一下子消失了。 它似乎在说把它放在这里。

納屋は小さい物置小屋ぐらいの大きさで、納屋の横には暖炉で使う薪と煉瓦が積んである。赤茶色の煉瓦は暖炉と同色なので、この家を建てるときに残った建材なのだろう。以前ちらとのぞいたとき、納屋の内部は荒れ果てていた。片付けたかったが、ヒカルがいる間は差し控えていた。綺麗にしろと猫たちが言っているわけではないだろうが、良い機会だ、掃除してしまおう。
谷仓大约有一个小棚子那么大,谷仓旁边是一堆用于壁炉的木柴和砖块。 红棕色的砖块和壁炉的颜色一样,所以一定是这栋房子建起来时留下来的建筑材料。 我上次看它时,谷仓内部是荒凉的。 他想清理它,但当光在场时,他忍住了。 我不认为猫会告诉你要清理,但现在是个好时机,让我们清理一下吧。

納屋の引き戸を開ける。かすかに差す光とわずかな空気の流れによって埃が舞う。長年の無関心により納屋は混沌を極めていた。何が入っているわからない箱とゴミとしか形容できないものが押し込められている。表面上はプロフェッショナルに家を綺麗にしていたヒカルだが、目に入らない部分にはあまり興味がなかったようだ。
打开牛舍的推拉门。 灰尘被微弱的光线和轻微的气流吹走。 多年的冷漠在谷仓里造成了混乱。 有些盒子我不知道里面装的是什么,有些只能说是垃圾的东西被塞进去。 表面上,光在专业地打扫房子,但他似乎对那些他看不到的部分并不感兴趣。

原因がどうであれ、掃除は結果が求められる作業だ。乱雑に積まれたピザの箱や段ボールをサナは庭へ運び出し、ひとつずつ潰した。段ボールには古新聞や古雑誌やボロ切れ、ねこつくりの神秘さと関係がないものばかりが詰まっていた。
无论是什么原因,清洁都是一项需要结果的任务。 Sana 把那堆乱七八糟的披萨盒和纸板箱搬到花园里,一个一个地砸碎。 纸板箱里装满了旧报纸、旧杂志、破布和与猫制造之谜无关的东西。

ゴミと思われるものを全て出すと、納屋の奥に棚が現れた。棚には段ボールが置かれ、整理整頓しながら納屋を使おうとした初期の頃の決意が見て取れる。棚の中段には興味深いものが並んでいた。たくさんの鍋と調理器具。雪平鍋や羽釜、頑丈そうな鉄鍋、柄がついた囲炉裏鍋、タジン鍋らしき形状の鍋もある。まるで鍋の博覧会みたいだ。
倒掉所有垃圾后,谷仓后面出现了一个架子。 纸板箱放在架子上,显示了在保持谷仓井井有条的同时使用谷仓的早期决心。 书架中间摆满了有趣的东西。 很多罐子和餐具。 还有雪平罐和羽毛罐、坚固的铁罐、带把手的炉膛罐和塔吉锅形状的罐子。 这就像一个罐子博览会。

さらに目を引くのは、その隣に並ぶ焼き物だ。焚き火で使うのに適した底が尖った鍋もある。大昔に甑こしきと呼ばれた形状の調理器具もある。欠けているのもあり、割れた部分を金接ぐした鍋もある。博物館の展示品みたいに、すべての器具が麻縄で棚に固定してある。相当古い時代に使われたものだろう。
更吸引眼球的是旁边的陶器。 还有一些尖底的花盆,适合在篝火上使用。 还有很久以前被称为盆栽锅形状的炊具。 其中一些丢失了,一些平底锅在破裂的部分上嫁接了黄金。 就像博物馆的展品一样,所有的乐器都用麻绳固定在架子上。 它一定在一个非常古老的时代被使用过。

「これは、一体……」
“这是什么......

サナは松下さんの話を思い出す。ネリさんの以前にも、ここに誰かが住んでいた。その誰かもねこつくりを行なっていたとしたら、今のネリさんと同じように調理器具を使っていたに違いない。この鍋たちは歴代のねこつくりをする者が使っていたものなのか。はるか昔からねこつくりは行われていたのかもしれない。
Sana 记得松下的故事。 在 Neri 之前有人住在这里。 如果那个人也一直在制造猫,他会像现在的 Neri 一样使用炊具。 这些花盆是被一代又一代的猫制造商使用的吗? 制作猫可能已经进行了很长时间。

棚から羽釜を持ち出して、家にいるネリさんへ見せに行く。
我从架子上拿出一个羽毛壶,去家里给 Neri 看。

「この羽釜は捨ててもいいですか?」
“我可以扔掉这个羽毛壶吗?”

サナはネリさんに訊ねた。
Sana 问 Neri。

「なんだい? ハガマって」
“什么事,叶釜?”

ネリさんなら、ねこつくりの宮の過去について知っていると思ったのに、サナは拍子抜けした。
我以为内里会知道 Nekotsukuri 宫的过去,但 Sana 惊呆了。

「これですよ。納屋にありました」
“就是这个,就在谷仓里。”

サナは羽釜を掲げてネリさんに見せる。
Sana 举起一个羽毛水壶,向 Neri 展示。

「ああ、羽釜というのかい。横っちょが突き出ていて、場所をとるおかしな鍋だねえ」
“哦,它叫羽毛壶,它是一个有趣的锅,侧面突出,占用了很多空间。”

サナの頭の上に載った羽釜を怪訝な表情でネリさんが見上げる。
内里抬头看着萨娜头上的羽釜,露出怀疑的表情。

「竃に乗せても落ちないように、羽が生えているのですよ。だから羽釜」
“它们有羽毛,所以当你把它们放在炉子上时,它们不会掉下来,所以这就是它们有羽毛的原因。”

サナが子供の頃にはもう使われていなかったが、歴史の本を見て知っていた。ネリさんは羽釜を存じないようだ。
当 Sana 还是个孩子的时候,它就不再使用了,但她从一本历史书上知道它。 Neri 似乎不了解 Hagama。

「ふうん。捨てていいよ」
“嗯,你可以把它扔掉。”

羽釜に全く興味がないようで、ネリさんがぞんざいに言った。
他似乎对叶釜根本不感兴趣,内里简短地说。

ネリさんは羽釜を知らなかった。羽釜を使ったことがないのか。棚の一番右にあったのは雪平鍋だった。先代はねこつくりに雪平鍋を使い、先代がいなくなったあとにネリさんは松下さんの土鍋を使うようになったのか。
内里不认识叶釜。 你用过羽毛水壶吗? 架子的最右边是一个 Yukihira 罐。 上一代用雪平壶做猫,前辈走后,内里开始使用松下家的陶罐。

捨ててもいいと言われたが、サナは元の場所に羽釜を戻しておいた。
她被告知可以把它扔掉,但 Sana 把它放回了原来的位置。

ネリさんとふたりだけの暮らしが続いた。冬を越し、春が過ぎ、サナがいるか岬に来た季節が戻ってきた。季節が変わってもヒカルは戻ってこないし、慎吾の消息はわからない。
内里和他们两个继续独自生活。 冬天过去了,春天过去了,季节又回来了,当萨娜在那里或她来到海角时。 即使季节变化,光也不会回来,信吾的下落不明。

冬でも春でも、ねこつくりの宮への依頼があった。北の村へ行ってお客様の哀しみを聞き、いるか岬に戻ってお客様のために猫をつくる。南の町へ行ってまた別のお客様の話を聞き、お客様の哀しみにあった猫をつくる。猫を抱いて喜ぶお客様を見ると、人の役に立っているのが実感できて嬉しくなる。小石を甕かめに落とすように、サナの中に確かな自信が貯まる。
无论是冬天还是春天,都有对制作猫的宫殿的要求。 去北村听客们的悲痛,然后回到海角为客户做一只猫。 我去了南方的一个小镇,听了另一位客户的故事,创造了一只符合客户悲伤的猫。 当我看到顾客乐于抱着他们的猫时,我很高兴觉得我在帮助人们。 就像把鹅卵石扔进罐子里一样,Sana 身上会建立起一定的信心。

いるか岬にサナが来て一年が過ぎた頃、お客様から電話があった。サナにとって聞き覚えのある声だ。サナにとって初めてのお客様。いるか岬に来たときにヒカルと一緒に伺った若い夫婦からだ。子宝に恵まれず、猫を欲していたふたりの真剣な表情を覚えている。
Sana 来到 Iruka 岬已经一年了,我接到了一个客户的电话。 这是 Sana 熟悉的声音。 这是 Sana 的第一个客户。 这是一对年轻夫妇写的,他们来到伊良香岬时与 Hikaru 一起参观。 我记得两个没有孩子却想要一只猫的人脸上严肃的表情。

すぐに来てほしいと言うので、ネリさんに断って夫婦の元へ車で向かう。要件はなんだろう。猫を手渡したあとお客様に再会するのは初めてだ。何も知らずにお客様のところへ向かったあの日をサナは懐かしく思う。あれから一年余りが経過して、自分はねこつくりの宮に馴染んでいる。ここが自分の場所だと躊躇なく言えるようになった。
他让她马上来,所以她拒绝了 Neri 并开车去找这对夫妇。 有什么要求? 这是我第一次在交出一只猫后再次见到客户。 Sana 怀念那一天,她什么都不知道就去找客户。 从那时起已经过去了一年多一点,我对猫宫已经很熟悉了。 我现在可以毫不犹豫地说,这就是我的地方。

夫婦の住まいはマンションから郊外の一軒家に変わっていた。門があり、ウッドデッキがあり、庭があった。
这对夫妇的住所已经从公寓变成了郊区的房子。 有一扇门、一个木甲板和一个花园。

サナの顔を見て喜ぶというよりほっとした表情を浮かべて、奥さんがサナを迎えてくれた。庭に面したリビングは明るく、以前のマンション住まいとは雰囲気が異なっていた。家具は新しく高級そうだけど、部屋の手入れがどこか行き届いていない印象を受ける。以前のマンションは足跡をつけることすら憚れるほど綺麗過ぎる部屋だったが、この家の空気はどこか緩んでいる。こちらの方がサナは好きだ。
看到萨娜的脸,她的妻子以如释重负的表情而不是喜悦的表情向她打招呼。 面向花园的客厅很明亮,气氛与以前的公寓住宅不同。 家具看起来很新很豪华,但我的印象是房间没有得到很好的维护。 以前的公寓很干净,甚至连脚印都干净得连脚印都不干净,但这个房子的空气有些放松。 我更喜欢 Sana。

「来ていただいてありがとうございます」
“谢谢你的到来。”

旦那さんが挨拶をする。挨拶を返しながら、サナはもう一度部屋を見回して、部屋の雰囲気が変わった正体が何か気づく。
我丈夫向我打招呼。 在回礼时,Sana 再次环顾房间,意识到是什么改变了房间的气氛。

「お子さんがうまれたのですね。おめでとうございます」
“恭喜你的孩子出生。”

カウンターには親子三人の写真が飾ってあり、コルクを敷いた床には木製のおもちゃが転がっている。一年前にはなかったものだ。
柜台上有三位父母和孩子的照片,软木地板上放着木制玩具。 一年前还不存在。

「あ、ありがとうございます」
“哦,谢谢你。”

恥ずかしそうに奥さんが下を向く。以前会ったままの人なら、正面を向いて、はっきり返事したと思う。
妻子尴尬地低头。 如果我以前见过某人,我会直视前方并清楚地回答。

「不思議なものですね。何年も不妊治療をしてできなくて、踏ん切りをつけて猫をいただいたのに、あれからすぐに妊娠がわかりまして」
“这是一件奇怪的事情,因为多年来我无法进行生育治疗,我养了一只猫,但后来我发现我马上就怀孕了。”

旦那さんが説明してくれる。
我丈夫解释道。

「それはよかったですね」
“那很好。”

心からサナはそう思う。
Sana 从心底里这么认为。

「あっちのベビーベッドで寝ています」
“我睡在那边的婴儿床上。”

奥さんが隣の部屋に視線を送る。立ち上がって子供を見に行くべきか悩んだが、今は仕事で来ていたのだとサナは背筋を伸ばす。
他的妻子瞥了一眼隔壁房间。 她想知道她是否应该起床去看孩子们,但她直起身来,因为她是来上班的。

「お電話いただいたのはどういったご用件でしょうか」
“我怎么帮你打电话?”

サナの言葉を聞いて思い出したのか、言い出すきっかけを待っていたのか夫婦が顔を見合わせる。奥さんの表情に動揺が走り、旦那さんが小さく顎を引いて、サナの方を向く。
这对夫妇面面相觑,也许是因为他们记住了萨娜的话,或者是因为他们在等待说出这句话的机会。 妻子的表情激动,丈夫微微向后拉下巴,转向萨娜。

「猫が消えました」
“猫不见了。”

旦那さんが胸の前で掌を組む。その掌の中で猫を消したように。
丈夫将手掌交叉在胸前。 就像在猫的手掌中灭火一样。

「猫が消えた。心当たりはないのですか?」
“猫不见了,你不知道吗?”

旦那さんが肯く。旦那さんの肯きはとても重かった。
我丈夫肯定地说。 我丈夫的肯定很沉重。

「娘のお宮参りを終えて神社から戻ると、どこにもパリーがいないのです。パリーは猫の名前です」
“当我参观完女儿的神社后从神社回来时,我发现帕里无处可寻。

「外に出掛けているとかありますか?」
“你要出去吗?”

「ありえません。パリーは家猫で、動物病院へ行くとき以外、外に出たことは一度もありません。留守中どこかに閉じ込められていたらかわいそうですので、パリーの姿を確かめてから出掛けるようにしていました」
“不可能,帕里是一只家猫,除了去看兽医外,从来没有出过门。 如果他被关在某个地方,而我不在,那就太可惜了,所以我一定要在离开之前检查一下帕里。

旦那さんが確信に満ちた口調で説明する。
丈夫用自信的语气解释道。

「パリーは賢い猫で名前を呼べば必ずでてきてくれます。昨日も出掛ける時には玄関まで見送りに来てくれました。それが最後にパリーを見た姿です」
“帕里是一只聪明的猫,当你叫他的名字时,他总是出来,昨天我出门时,他来前门送我。 那是我最后一次见到帕里。

奥さんが言葉を継ぐ。お互いの認識に相違がないか確かめるようにふたりがもう一度顔を見合わせる。
他的妻子接管了这些词。 他们俩又看了看对方,以确保他们对彼此的看法没有差异。

「家中、探しましたか」
“你找遍了房子吗?”

「ええ、隈なく。タンスの裏まで探しました。窓も開いていませんでしたから、外に出たとは思えません」
“是的,我搜查了衣柜的后面。 窗户没有开,所以我认为他没有出去。

「留守の間に空き巣がドアを開けてパリーが出て行ってしまったとか」
“当我不在的时候,一个窃贼打开了门,帕里走了出来。”

「ありえません。物色された跡は何一つありませんでした。家から猫だけが消えたのです」
“不可能,没有一丝审查的痕迹。 只有那只猫从房子里消失了。

隣の和室から鳴き声がした。パリーかと一瞬思ったが、奥さんがすぐに立ち上がり、人間の子供をあやしながら戻ってきた。
隔壁的日式房间里传来了一声哭泣。 有那么一刻,他以为是帕里,但他的妻子很快就站了起来,又回来了,抚摸着这个人类孩子。

「起こしちゃったね、ごめんね、ごめんね」
“我把你吵醒了,对不起,对不起。”

謝りながら、奥さんが赤子を抱きしめる。生後一ヶ月の人間の赤ちゃんを見るのははじめてだった。思っていたより、ずっと小さく、ずっと赤い。さすが赤ちゃん。
在道歉时,他的妻子拥抱了婴儿。 这是我第一次看到一个月大的人类婴儿。 它比我预期的要小得多,也更红。 正如对婴儿的期望。

旦那さんも立ち上がり、赤ちゃんに顔を寄せる。とても微笑ましい光景だ。欲しかった子供ができて、こうやって元気に成長している。良いこと尽くめだ、猫の消失がなければ。
丈夫也站起来看着婴儿。 这是一个非常微笑的景象。 我有了我想要的孩子,我就这样长大了。 如果不是猫的消失,那将是一件好事。

「契約書に記載があるとおり、何があろうとも再び猫をお渡しすることはできません」
“正如合同中所说,我们在任何情况下都不能再把这只猫给你。”

「はい、理解しています」
“是的,我明白。”

サナは安堵した。
Sana 松了一口气。

「ただ、あまりに不思議だったので、ご連絡してしまいました。こういったことは、他にあるのでしょうか?」
“但太奇怪了,我联系了你,还有类似的事情吗?”

猫が消えたとあえて言わずに「こういったこと」と曖昧にして旦那さんが訊ねた。
我不敢说那只猫已经消失了,老公却含糊地问道:“这种事。

「いいえ、ありません」
“不,我们没有。”

サナは答えた。
Sana 回答道。

安全運転でいるか岬に戻り、車を停める。海と反対側に聳える御山が目に入る。大きくはないが、印象的な形の山だ。神社の御神体でもある。暫く宮司さんに会っていないのに気づく。
安全驾驶或返回海角并停放您的汽车。 你可以看到耸立在大海对面的山。 它并不大,但形状令人印象深刻。 它也是神社的圣体。 我注意到我已经有一段时间没有看到 Miyaji。

ゴゴゴッと重い音が地を這い、サナの足元に届く。雷鳴よりも低音で、風の音にしては不吉すぎる。山鳴りかな。
一声沉重的砰砰声在地面上爬行,传到了萨娜的脚上。 它的低音多于雷声,而且对于风声来说太不祥了。 我认为这是一个山环。

それ以上不気味な音が続かないのをかたしかめて、サナは家に入る。ネリさんはソファに座りジグソーパズルを広げている。まだ枠しかできていないのでなんの絵かわからない。ピースを摘んでどこにはまるのかネリさんが思案している。
看到那诡异的声音没有进一步,Sana 走进了屋子。 Neri 坐在沙发上,展开一个拼图游戏。 我不知道那是什么图片,因为只制作了框架。 Neri 正在考虑在哪里收集和安装它们。

サナは夕食の支度に取り掛かる。ヒカルがいなくなってから、炊事はサナがすべて仕切っている。ふたりだけなので凝った料理を作ることはしないし、おばあさんと暮らしていたときもサナの仕事だったので炊事は苦ではないが、大食らいで脂っこい料理が好きなネリさんに日々の献立は合わせるようにしている。
Sana 准备吃晚饭。 自从 Hikaru 走后,Sana 一直负责所有的烹饪工作。 既然只有我们两个人,我们就不做精致的菜,而且当我们和祖母住在一起时,这是 Sana 的工作,所以做饭不是问题,但我们尽量将每日菜单与 Neri 相匹配,Neri 是一个大食客,喜欢油腻的食物。

パズルを脇に置いて食卓に皿を並べる。さっきよりは完成に近づいたパズルの絵はミロのビーナスのようだ。
把拼图放在一边,把盘子放在桌子上。 谜题的图片更接近完成,看起来像米洛的维纳斯。

「お客は、なんだって?」
“客户是什么?”

できたばかりの麻婆茄子を食べながら、ネリさんが訊ねる。
Neri 一边吃着新鲜制作的麻婆茄子一边问道。

「猫が消えたそうです」
“我听说那只猫不见了。”

事実そのままにサナは答える。
Sana 按原样回答。

「ふうん、そう」
“嗯,是的。”

「お客様に子供が生まれて一ヶ月が経ったときに猫が消えたそうです。猫が消えることがあるのですか?」
“我听说这只猫在客户生完孩子一个月后就消失了。

サナが踏み込むと、ネリさんはサナの顔を見て、茄子を口に放り込む。
当 Sana 走进来时,Neri 看着 Sana 的脸,把茄子扔进了她的嘴里。

「作ったものが消えることはあるだろうよ。こしらえたシュークリームを食べたら跡形もなく消える」
“你做的东西会消失,如果你吃了奶油泡芙,它会消失得无影无踪。”

「お客様が猫を食べたわけではないと思いますが」
“我不认为顾客吃了那只猫。”

「口でむしゃむしゃ噛んで食べなくても、他にも方法はあるよ」
“即使你不咀嚼和用嘴吃东西,还有其他方法可以做到。”

ネリさんが咀嚼した茄子を飲み込む。
Neri 吞下了她咀嚼过的茄子。

「口以外で食べる」
“吃你口外的食物”

「口は食べるだけじゃなく、声を出したり、表情を作ったり、色々できる。他の器官も頑張れば色々できてもおかしくないだろう」
“嘴巴不仅可以吃东西,还可以发声、做面部表情和许多其他器官。

「胃や腸が体から飛び出して直接食べだしたら怪談ですね。田坂さんの亡くなった猫をわたしが蘇らせようとしたとき、哀しみを抱えきれなかったから猫が亡くなったとネリさんは仰いましたよね」
“当胃和肠子从体内弹出并开始直接进食时,这是一个鬼故事,当我试图复活 Tasaka 先生死去的猫时,Neri 说猫死了是因为它无法忍受自己的悲伤。”

土鍋からのぞいた一瞬光った何者かの目をサナは思い出す。
Sana 记得当她从陶罐中探出头来时,某人的眼睛闪闪发光。

「なんでも人に訊けば答えが見つかるなら、楽なもんだよ。首の上に載っけている重い塊がハリボテでなかったら、その中で考えてみたらいい。これは足し算でもあるし、引き算でもある」
“如果你能向人们询问任何事情并找到答案,这很容易,如果你的脖子上没有沉重的肿块,你可以考虑一下。 这既是加法也是减法。

「足し算、引き算」
“加法、减法”

サナは指を折って考えてみる。
Sana 掰开手指思考。

「江戸時代に関孝和せきたかかずという数学者がいました。日本独自の和算を発展させた人です」
“在江户时代,有一位名叫关高和关的数学家,他发展了自己的日本和算术形式。”

「でたね、歴史マニア」
“嘿,历史爱好者。”

「四則演算はもちろん、円周率を十一桁まで計算したといいます。関は机に向かっていただけではなく、他にも多くの功績を残しています。複雑な形をした伽羅きゃらという希少な香木を平等に分けろと依頼を受けた関は木肌に線をさっと引きました。その線のとおりに切ったら、寸分の狂いもなく伽羅を分けられたそうです」
“据说他把圆周率计算到了 11 位,更不用说四次算术运算了,关不仅在他的办公桌前,还取得了许多其他成就。 当 Seki 被要求将形状错巧的稀有香树 Garakyara 平均分配时,他很快在木皮上画了一条线。 如果你按照那条线来切割它,你就能毫无偏差地分割它。

「伽羅ねえ。この話はどこに繋がるんだい」
“嘿,这个故事会引向何方?”

「繋がりません。ただ計算ときいて思い浮かんだのが関孝和でした。和算を用いて今まで繋がらなかったこと、関係ないと考えられたことを関は繋げて解釈し、多くの謎を解きました。猫と哀しみも同じようなものかと思います。どうして猫が哀しみを埋めることができるのかわたしには理解できませんが、どこかで繋がっているのかと。わたしがわからないだけで」
“我无法与之产生共鸣,但当我计算时,我想到的是 Takakazu Seki。 使用和计算,Seki 连接并解释了迄今为止没有联系且被认为无关的事物,并解开了许多谜团。 我认为猫和悲伤是一回事。 我不明白猫怎么能掩盖他们的悲伤,但我想知道它们是否在某个地方有联系。 我就是不知道。

「ずいぶん遠回りしたけど、言いたいことはわかるよ。世の中の総量は常に一定だ。足し算引き算とは、何かを足せば、何かが引かれて、全体の量は変わらない。何かを得るためには何かを失わないといけないのさ。猫も役目を終えれば、いなくなる」
“这是一段漫长的旅程,但你知道我想说什么。 加法和减法的意思是,如果你添加一些东西,就会减去一些东西,并且总量不会改变。 你必须失去一些东西才能获得一些东西。 当猫完成它的角色时,它就会消失。

ネリさんの言葉を聞いて、サナは肯く。子どもが生まれて、哀しみの源がなくなったから、猫は消えたのか。それでも、どうしてそんなことが起こるのか、サナにはまったくわからない。自分の疑問が氷解したからではなく、わからないことがわかったから肯いたのだ。わからないことだらけだけど、わかることがそこまで大事なのかとサナは思う。
听到 Neri 的话,Sana 肯定地说。 孩子出生后,悲伤的源泉消失了,那只猫也消失了吗? 尽管如此,Sana 仍然不知道为什么会这样。 我肯定它不是因为我的疑虑被解冻了,而是因为我知道我不知道。 她有很多不明白的事情,但 Sana 想知道了解它是否那么重要。

そのとき体がびくっとした。すぐに地面が揺れはじめる。まわりの家具がカタカタなり、誰も座っていない安楽椅子が前後に揺れ動く。
那时,我的身体很害怕。 地面立即开始摇晃。 他们周围的家具嘎嘎作响,空的安乐椅来回摇晃。

「地震ですかね?」
“是地震吗?”

ネリさんはサナの問いに答えず、周りを見回す。
内里没有回答萨娜的问题,环顾四周。

地震はすぐに収まった。
地震很快就平息了。

「さっきは山鳴りがしました」
“我刚才听到了山的隆隆声。”

サナの言葉にネリさんが今度は反応する。
内里这次对萨娜的话做出了反应。

「山鳴り。穏やかじゃないね」
“这并不平静。”

ネリさんが天井を見上げて言う。
Neri 抬头看着天花板说。

数日後、青い家の外で車の音がした。誰かがいるか岬に来たのだ。ヒカルが戻って来たのかとサナは勢いよく外に出ると、古い車が一台止まっていた。銀色の流線型の車で、ヒカルが好みそうな車ではない。
几天后,我听到青房子外面传来车声。 有人来到了海角。 Sana 冲到外面,想知道 Hikaru 是否回来了,看到停着一辆旧车。 这是一辆时尚的银色汽车,它不是 Hikaru 似乎喜欢的那种汽车。

車のドアが開いて、人が出て来た。長い木の杖をついた背の高いおばあさんだ。おばあさんが車から降りると、続けて犬が飛び降りてきた。ダックスフントだろうか。おばあさんは細身でこの歳にしては上背があり、どちらかというと背が低く、細長いというよりは丸いと形容したくなるネリさんとは対照的だ(本人には言えないが)。黄色のスカーフに青い色のロングスカート。たまにいるか岬に立ち寄る観光客にしては派手すぎる。
车门打开,一个人走了出来。 那是一位高大的老妇人,手里拄着一根长长的木拐杖。 当老妇人下车时,狗也从车里跳了出来。 是腊肠犬吗? 这位老太太相对于她的年龄来说又苗条又高大,而 Neri 则相当矮小,并且很想用圆而不是细长来形容她(尽管她自己不能说)。 蓝色长裙搭配黄色围巾。 对于偶尔在海角停留的游客来说,它太华丽了。

「あのう、うちに何か御用でしょうか?」
“嗯,我能帮你做点什么吗?”

近づき、サナは訊ねる。おばあさんと共に犬もこちらをにらんだ気がした。
走近了,Sana 问道。 我觉得那条狗和老妇人一起瞪着我。

「ネリはいないのかい?」
“内里不在这里吗?”

上から目線でおばあさんがサナに訊ねる。
老妇人从上面看着她,问萨娜。

「失礼ですが、お名前は?」
“对不起,但你叫什么名字?”

ネリさんに取り次ぐのに名前がわかった方が話は早い。
知道 Neri 的名字会更快。

「わたしだよ。あんた見慣れないね。短髪の女はどうしたのさ?」
“是我,我不知道你是怎么习惯的。 那个短发女人怎么了?

ヒカルのことだ。名前は教えてもらえないようだ。このおばあさんはオレオレ詐欺のベテラン選手だろうか。
这是关于 Hikaru 的。 他们似乎无法告诉我他们的名字。 这位老太太是 ole ole 骗局的老玩家吗?

「わたしはここにいるよ」
“我在这里。”

青い家からネリさんがでてきた。
内里从青房子里出来。

「久しぶりだね。まだ生きていたのか」
“好久不见了,你还活着吗?”

自分で呼んでおいて「生きていたのか」とはなかなかな挨拶だ。
打电话给自己说:“你还活着吗?

「お互い様だろ。何の用だい」
“就像彼此一样,有什么用?”

ネリさんが腕を組んで訊ねる。諸手を挙げて歓迎する相手ではないようだ。
Neri 交叉双臂问道。 这似乎不是张开双臂欢迎的人。

「わざわざ山を越えて来てやったのにご大層だね。その子は新しい子かい。前の子には逃げられたのか」
“你千里迢迢翻山而来,但他是个新来的孩子。 你面前的那个孩子逃脱了吗?

おばあさんが横目でサナを睨む。視線をまともに浴びると溶けてしまいそうな気がしてサナは慌てて目を逸らす。
老妇人斜瞥了萨娜一眼。 Sana 觉得如果她沐浴在她的目光中,她会融化,所以她急忙把目光移开。

「助手も寄りつかず、ずっとひとりでいるあんたに言われたくないよ」
“我不想让你告诉我,我总是一个人。”

ネリさんが一笑する。
Neri 笑着说。

「あのう、紹介していただけないでしょうか。お名前がわからないまま、話を聞くのはちょっと疲れますので」
“嗯,你能介绍一下我吗,因为不知道你的名字就听你说话有点累。”

サナは口を挟む。
Sana 插嘴。

「この子はサナ。うちで働いている。目の前に立っている古びた電柱はタブという」
“这是萨娜,她在我们家工作。 站在我面前的旧电线杆叫 Tab。

腕を組んだままネリさんがサナとタブさんを指差す。
内里双臂交叉,指向萨娜和塔布。

「電柱とは言うねえ、古タイヤみたいな体して」
“我不叫它电线杆,它看起来像个旧轮胎。”

ふたりのおばあさんが冷笑をぶつけあっている。いるか岬にちょっとした冷戦が勃発したようだ。
两位老太太互相冷笑。 似乎在海角上爆发了一场小小的冷战。

「タブさんは昔からのお知り合いなのですか」
“你认识塔布先生很久了吗?”

「知ってはいるが、お知り合いじゃないね。何も合わないふたりさ」
“我知道,但我不了解你,你们两个格格不入的人。”

「こっちの台詞だよ」
“就是这条线。”

本当にお互い様のふたりだ。
他们真的很喜欢彼此。

「あんた、騙されて連れてこられたのかい」
“你是被骗带我来这里的。”

タブさんがサナを再び睨む。ダックスフントも黒くて丸い両目で芝生から見上げる。
塔布先生再次瞪了萨娜一眼。 腊肠犬也会用黑色的圆眼睛从草地上抬头看。

「わたしは自分で選んでいるか岬に来ました」
“我是自己选择来到海角的。”

「仕事もしているのかい」
“你也工作吗?”

「まだ見習いですが。タブさんは何をされているのですか」
“我还是个学徒,但你在做什么,Tab先生?”

「わたしの仕事かい? 犬をつかうことさ」
“这是我的工作,就是利用狗。”

犬をつかう? サナは驚いて、ダックスフントを見下ろす。肯きはしないが、犬が自信に満ちた目をサナに向けている。
使用狗? Sana 惊讶地低头看着腊肠犬。 她没有说出来,但狗用自信的眼神看着萨娜。

タブさんが持っていたハンドバッグから取り出した名刺をサナにくれた。
塔布先生给了萨娜一张他从手提包里拿出来的名片。

「いぬつかいの里。同業者の方ですか」
你是同行业的吗?

「同業者! 面白いこと言うねえ。ネリは愉快な子を見つけたもんだ。どちらかというと競合他社かね」
“嘿,你说了一些有趣的事情。 内里找到了一个有趣的女孩。 它更像是一个竞争对手。

「あんたと競い合ってなんてないさ」
“我不是在和你竞争。”

ネリさんはぷいと横を向く。
内里转向一边。

「あのう、立ち話ではなんですので、タブさん、中へ入られたらいかがですか」
“嗯,既然这不是站着谈话,塔布先生,你为什么不进来呢?”

「安心しな、もうすぐ帰るよ。わたしは猫が嫌いでね。爪で引っ掻かれる」
“别担心,我很快就会回来的,我讨厌猫。 被钉子划伤。

「犬と違って猫は噛まないよ。その獰猛な獣をとっとと連れ帰ってくれないか」
“和狗不一样,猫不会咬人,所以你最后能把那只凶猛的野兽带回家吗?”

タブさんの煽り文句をネリさんが瞬時に返す。貴族の蹴鞠のような優雅なやりとりではなく、テニスのラリーみたいに激しい言葉の応酬。きつい言葉を平気で交わせるのはお互いが信頼しあっているからだと思ったが、ちょっと自信がなくなってきた。
Neri 立即回应了 Tab 先生的煽动性抱怨。 这不是像贵族踢球那样优雅的交流,而是像网球拉力赛那样激烈的言语交流。 我以为我们之所以能毫无问题地交换狠话,是因为我们彼此信任,但我开始失去一点信心。

「念のためお尋ねしますが、おふたりは姉妹さんじゃないですよね」
“可以肯定的是,你们俩不是姐妹,对吧?”

「なにをとち狂ったことを。もしも血が繋がっていたら、全部献血してやるよ。赤の他人に決まっているじゃないのさ。さあ、タブさんはそろそろお帰りだよ」
如果有血缘关系,我会捐献所有的血液。 这不像是一个穿红色衣服的陌生人。 现在,塔布先生,该回家了。

「わざわざ来てやったのに。お肌に悪い潮風が吹くこんな辺境の土地まで、どうしてわたしが来たかわかっているだろ?」
“你知道我是怎么来到这么偏远的土地上,你的皮肤上吹着难闻的海风,不是吗?”

白髪交じりの髪の毛を払い、タブさんが真顔になる。
拂去她的白发,塔布先生变得严肃起来。

「けものしかいない山奥からお越しいただきありがたいねえ。わかっている。御山だろう。最近地震が多いし、山鳴りもする」
“我很感激你来自山的深处,我知道那里只有野兽。 那会是美山。 最近地震很多,隆隆声很多。

ネリさんがタブさんの背後を見上げる。本来あるはずの御山は雲がかかって見えない。御山の麓から頂までくっきり望めたときはほとんどない。
Neri 抬头看向 Tab 后面。 本该在那儿的那座山被云层覆盖,看不见。 从山脚到山顶,您能清楚地看到的情况很少。

「そろそろ近いかもしれないねえ」
“我认为是时候了。”

姿が確かでない御山の方をタブさんが振り向く。
塔布先生转向美山的方向,美山的身影不确定。

「そのときはしくじるんじゃないよ」
“那我不会搞砸的。”

「こちらの台詞だよ」
“就是这条线。”

タブさんが微笑を浮かべると、顔の周りの皺がざわざわと動く。ネリさんが目をそっと閉じて、タブさんの微笑みを受け止める。
塔布先生微笑着,他脸上的皱纹沙沙作响。 内里轻轻地闭上眼睛,捕捉到塔布的笑容。

「新弟子さんも、まあ、がんばりなよ」
“祝新学徒好运。”

タブさんが車に乗り込むと犬もあとからついて、タブさんの膝を跨ぎ助手席に座る。
当 Tab 先生上车时,狗跟着他,跨坐在 Tab 先生的腿上,坐在副驾驶座上。

何かを落としていきそうなボロボロという排気音を立ててタブさんの車が去る。
Tab先生的车离开时发出砰砰的排气声,看起来像是要掉下什么东西。

「家に上がってもらわなくてよかったのでしょうか」
“你庆幸你不必上那所房子吗?”

「いいの、いいの。あいつとは腐れ縁でね。縒りを戻した紐と一緒で、腐った糸は案外切れないものよ」
“没关系,没关系。 这就像一根重新打结的绳子一样,腐烂的线很难折断。

「今度は『いぬつかい』ですか。猫と同じく哀しみを埋めるのですか?」
“这次是不是'犬月',你像猫一样埋葬了你的悲伤?”

「犬はそんなことしやしないよ。犬は追い払うのさ、ワンワン吠えてね」
“狗不会那样做,它们会把它们赶走,对它们吠叫。”

ネリさんは犬が嫌いなようだ。
内里不喜欢狗。

「はあ。御山がどうこうというのは何でしょうか」
“啊,美山怎么了?”

サナの質問に答えず、ああ、お腹がすいたねえ、と昼食を食べたばかりなのに腹をさすりながらネリさんは家に戻って行った。
Neri 没有回答 Sana 的问题,而是走回屋子,尽管她刚刚吃过午饭,她还是揉了揉肚子,说:“哦,我饿了。

サナは背後に聳える御山を見上げる。分厚かった雲が風で流れて、隠れていた御山の山頂が現れた。左右にすらっとしていて、いつ見ても気持ちの良い山容だ。この山がどうなるというのだろう。
Sana 抬头望着她身后高耸的山峰。 厚厚的云层被风吹走,露出了隐藏的美山山顶。 它左右纤细,是一座随时都能看得津津乐道的山。 这座山会发生什么?

突然、頭がぐらっとした。目眩がしたのかと思ったが、自分が揺れたのではなく、大地が揺れた。揺れはすぐに収まったが、家に戻っても、まだどこかが揺れている気がした。
突然间,我的头晕目眩。 我以为我头晕了,但我被震动的不是我,而是地震动了。 震动很快就平息了,但当我回到家时,我仍然感觉到有什么东西在晃动。

いるか岬にタブさんが訪ねて来てから、何度か地震が続いた。仕事へ行くときも、芝生を刈っているときも、今までよりも御山を意識することが増えた。いるか岬に住んでいると正面の海が圧倒的な迫力なので、山は背景に思えてくるけど、景色に表も後ろもない。どちらを向くかその人次第だ。林業で働く人にとっては山が主役だ。
自从 Tab 先生来参观海角以来,已经连续发生了几次地震。 无论我是去工作还是修剪草坪,我都比以往任何时候都更了解美山。 如果你住在海角上,你面前的大海是压倒性的强大,所以山脉似乎在背景中,但风景中没有正面或背面。 由个人决定转向哪条路。 对于在林业工作的人来说,山脉是主要参与者。

「これを届けておくれ」
“送这个。”

小さな行李をネリさんがサナに手渡す。弥次さん喜多さんが東海道中で担いでいた、竹編みの葛籠つづらみたいだ。
内里将一条小线递给萨娜。 它看起来像 Yaji 和 Kita 在东海道上携带的竹编葛篮。

「行き先はやっぱり京ですか?」
“你要去京都吗?”

「何言ってんだい。タブのところだよ」
“你在说什么,就在标签上。”

タブさん。先日、いるか岬に来てくれた長身のおばあさん。ダックスフントを連れていた。犬より猫が好きなサナとしては、ちょっとあまり気が進まないが、ネリさんの頼みなら断れない。
Tab先生。 前几天,一位高大的老太太来到了海角。 我身边有一只腊肠犬。 作为比起狗更喜欢猫的萨娜,她有点舍不得,但她无法拒绝内里的要求。

「タブさんは、どちらにお住まいですか?」
“你住在哪里,塔布先生?”

「御山をぐるっと回って反対側の麓だ。森の中にある」
“它在山的另一边,在树林里。”

「承知しました。ところで、中身はなんですか?」
“当然,对了,里面有什么?”

「開けない方がいいよ」
“最好不要打开它。”

と言うと、ネリさんが、うひひと笑う。開けたら煙が上がっておばあさんになってしまうのだろうか。でも、これは浦島太郎の玉手箱というよりは、舌切り雀の葛籠みたいだ。そうだとしたら、形が小さいから、大判小判ざっくざくのはずだ。ざっくざくは、花咲か爺さんが土から財宝を掘り出したときの音か。「ざっくざく」という擬態語はこの昔話しか使わないように、昔話には専用の擬態語が多い。「どんぶらこどんぶらこ」は大きな桃が川を流れるときにしか使わない。ねこつくりが昔話だったら、どんな擬態語が割り当てられるのだろう。
当我这么说时,Neri 笑了。 我想知道烟雾是否会升起,如果我打开它,我会变成一个老妇人。 但这更像是一个割舌的麻雀葛篮,而不是浦岛太郎的 tamate 盒子。 如果是这样的话,那么因为它的形状很小,所以它应该是大和小的。 是花崎的声音还是老人从土壤中挖出宝藏的声音? 拟态词“zakkuzaku”只在这个古老的故事中使用,并且在古老的故事中有许多专门的拟态词。 “Donburako Donburako”仅在大桃子在河中流动时使用。 如果养猫是一个古老的故事,那会给它分配什么样的模仿词呢?

タブさんの家をサナは車で目指す。海岸沿いの国道を下り、御山の麓をぐるっと回って、海から離れて傾斜がきつい山道へ入る。道は狭く片側は崖だ。対向車が来たらサナの運転技術では崖から落ちるしか術がなさそうだけど、幸いすれ違う車は一台もない。
Sana 开车去了 Tab 先生的家。 沿着海岸沿着国道走,绕过美山脚下,进入远离大海的陡峭山路。 道路狭窄,一侧是悬崖峭壁。 当迎面而来的汽车驶来时,Sana 的驾驶技术似乎别无选择,只能从悬崖上掉下来,但幸运的是没有一辆汽车经过。

森に覆われていて、道標もなく人里などありそうにない。こういう場所に住んでいるのは、仙人か隠居者だろう。でも、タブさんは現役で「いぬつかいの里」を営んでいる。なんだろう「いぬつかい」とは。犬がわんわんと追い払うと、ネリさんは言っていたけど。
它被森林覆盖,没有路标,不可能成为荒芜的区域。 住在这些地方的人必须是隐士或隐士。 然而,Tab 先生仍在经营“Inu Tsukai no Sato”。 什么是“Inu Tsuki”? 内里说那只狗会把她赶走。

ネリさんとタブさんは昔からの知り合いみたいだから、タブさんは「ねこつくり」の秘密についても知っているはずだ。教えてくれるかどうかも不安だし、それ以前に自分がタブさんに質問できるか微妙だ。ネリさんとタブさんは体型が違うけど、雰囲気は似ている。一緒に旅行したら、東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんのような珍道中を繰り広げそうだ。
Neri 和 Tab 似乎认识很久了,所以 Tab 一定知道“养猫”的秘密。 我不确定他会不会告诉我,我也不确定在那之前我是否能问他一个问题。 Neri 和 Tub 的体型不同,但氛围相似。 如果我们一起旅行,我们很可能会遇到像东海道上有栗色头发的 Yaji 和 Kita 这样罕见的道路。

ネリさんとタブさんも結構な性格をしているけど、弥次さん喜多さんにはかなわない。自分が孕ませた女性を弥次さんとくっつけるために、喜多さんは弥次さんの奥さんを追い出した後、ふたりが喧嘩しているうちに産気づいた女性は亡くなってしまった。ふたりはその女性の死体を逆さにして棺桶に突っ込んだので、娘の父親が娘の首がないと怒り出す。むちゃくちゃくだ。
Neri 和 Tabu 也有相当多的个性,但他们不是 Yaji 和 Kita 的对手。 为了将自己怀孕的女人依附在雅吉身上,北把雅吉的妻子赶了出去,在两人打架的时候,生孩子的女人死了。 他们把女人的尸体倒过来,扔进棺材里,女孩的爸爸因为女儿没有头而生气。 一团糟。

でも、自分もふたりのことは言えない。いるか岬に来た本当の目的をまだ諦めていない。それは決して許されない、非常識なことだ。それでも自分は成功する自信を深めている。田坂さんの猫を甦らせるのは失敗したけど、あれからわたしは成長した。ねこつくりの経験を積み、ひとりで仕事をしている。
但我也不能代表他们说话。 我并没有放弃我来开普敦的真正目的。 这绝对是不可原谅的,这太疯狂了。 尽管如此,我还是更有信心我会成功。 我没能让 Tasaka 先生的猫复活,但从那时起我就长大了。 他获得了制作猫的经验,并独自工作。

山道を進むと、狭い平らな土地に建つ一軒の家が見えてきた。初夏なのに落ち葉が積もった庭の先に丸太で組んだ三角屋根の家。初めて訪れたときに、いるか岬の青い家を山小屋みたいと評したが、タブさんの家こそ山小屋そのものだ。
当我沿着山路走时,我看到一座建在狭窄平坦土地上的房子。 尽管是初夏,但这座房子的尽头有一个用原木建造的三角形屋顶,花园里堆满了落叶。 第一次来的时候,我把海角上的蓝色房子描述成山间小屋,但塔布先生的房子本身就是山间小屋。

銀色で流線型がかっこいいタブさんの車の隣に停車して車を降りると、山小屋の大きなドアが開き、タブさんとダックスフントが出てきた。
当我停在 Tab 先生的车旁边时,这辆车是银色的,流线型的,下了车,山间小屋的大门打开了,Tab 先生和他的腊肠犬走了出来。

「タブさん、お久しぶりです」
“塔布先生,好久没见到你了。”

サナは頭を下げる。
Sana 低下头。

「若いあんたにはお久しぶりでも、私にはついこの前のことだよ。自分の感覚だけが正しいと思うなよ」
“我已经很久没有来这里了,但我已经有一段时间没有来这里了,不要仅仅因为你感觉正确就认为你是对的。”

弥次さん喜多さん真っ青の辛口は変わっていない。
Yaji-san Kita-san 深蓝色的干涩嘴巴没有改变。

「ネリさんからのお届け物です」
“这是 Neri 的送货。”

行李をサナはタブさんに両手で渡す。賄賂を受け取った悪徳代官みたいに少し蓋を開けてタブさんが中身を見る。
Sana 用双手将他递给 Tabu。 就像一个收受贿赂的不择手段的副手一样,塔布先生稍微打开盖子,看了看里面的东西。

「中身を知っているのかい?」
“你知道里面有什么吗?”

サナは首を振る。
Sana 摇摇头。

「見てはだめだと言われました」
“我被告知不要看它。”

「ネリらしいね」
“就像 Neri 一样。”

タブさんが蓋をパカッと開けて、こちらに向ける。おばあさんになる白煙がでてきそうでサナはたじろぐが、煙は浮かび上がらず、竹で編んだ底には小さく切った白い紙が敷き詰められていた。半紙だ。漁村の文房具屋さんでサナが買ってきた半紙を切ったものだ。
Tab先生猛地打开盖子,朝我们转过来。 萨娜对祖母冒出的白烟感到犹豫不决,但烟雾并没有升起,竹子编织的底部覆盖着小块白纸。 这是一张纸。 它是从 Sana 在渔村的一家文具店买的一张纸上剪下来的。

ダックスフントも中身を見ようとタブさんの足をよじ登ろうとする。
腊肠犬还试图爬上 Tab 先生的脚,看看里面有什么。

意味深な笑みを浮かべて、タブさんが一切れを指で摘まむ。
Tab 先生脸上露出意味深长的笑容,用手指挑了一块。

「ワンちゃんですか」
“是狗吗?”

半紙は犬の形に切られていた。何かに向かって吠えている犬を横から見た図だ。綺麗に切られている。ネリさんに切り絵の趣味があったとは知らなかった。
纸被剪成狗的形状。 这是一只狗对着某物吠叫的侧视图。 它被整齐地切割。 我不知道 Neri 有剪纸的爱好。

「犬形いぬがただよ」
“犬形犬形。”

「犬形。ワンちゃんのお誕生日会に飾るのですか」
“犬形,你打算为你狗的生日派对装饰它吗?”

サナの言葉を聞いて、タブさんが大笑いする。
听到 Sana 的话,Tab 先生大笑起来。

「本当に面白い子をネリは拾ったね。ちがうよ、これは。でも、使い途はまだ知らない方がいい」
“Neri 捡到了一个非常有趣的女孩。 但最好先不知道怎么用。

何かに使うのか。ひょっとして「いぬつかい」だろうか。
你用它来做什么吗? 会不会是“狗”?

「せっかくだから、家に寄っていきな」
“我要去那所房子。”

タブさんの誘いを断る理由もないので、サナは山小屋へ入る。家の造りは、いるか岬の青い家とよく似ている。吹き抜けの広間に、二階へ通じるまっすぐな階段。ひょっとすると同じ建築家の設計なのかもしれない。
没有理由拒绝 Tab 先生的邀请,所以 Sana 进入了小屋。 房子的构造与海角上的蓝色房子非常相似。 在中庭大厅,一条笔直的楼梯通向二楼。 也许它是由同一位建筑师设计的。

ネリさんの家と大きく違うのは、目の前にいるセントバーナード犬だ。丸まったサナよりも大きな犬は山小屋の風格を高めるのに大きく貢献している。セントバーナード犬は大きな目をじろりとこちらに向ける。なんだこのよそ者は、と言いたげに。ねこつくりの猫は三匹だが、タブさんの犬はダックスフントとセントバーナードの二匹だけだ。
与 Neri 家的最大区别在于她面前的圣伯纳德犬。 一只比蜷缩的 Sana 还大的狗为小屋的庄严做出了巨大贡献。 圣伯纳德犬用大眼睛盯着你。 这个陌生人到底是什么? 他有三只猫,但只有两只狗,一只腊肠犬和一只圣伯纳犬。

「突っ立ってないで、そこにお座りよ。犬だって、お座りするよ。ったく、ネリは躾がなっていないねえ」
“不要站在那里,坐在那里。 内里没有纪律。

勝手に座る方が無作法だと思ったけど、言われたままにサナは丸太で組んだ椅子に座る。
我认为自己坐着很不礼貌,但 Sana 按照她的吩咐做了,在一把圆木制成的椅子上坐了下来。

「すてきなお住まいですね」
“这是一个适合居住的好地方。”

高い天井をサナは見上げる。
Sana 抬头看向高高的天花板。

「わたしの趣味じゃないよ。わたしが建てるならベルサイユ宮殿みたいな家を建てる。この家は先代のものさ」
“这不是我的爱好,如果我要建造它,我会建造一座像凡尔赛宫一样的房子。 这栋房子属于上一代。

「先代?」
“前任?”

サナが聞き返すと、タブさんが一瞬慌てた顔をする。鋭利な言葉を放つタブさんの方がネリさんより正直な感情が顔にでるようだ。
Sana 问道,Tabu 看起来慌乱了一会儿。 言辞犀利的 Tab 先生,脸上似乎比 Neri 先生更诚实的情绪。

「この後、客が来るんだ。あんた、仕事を手伝ってくれるかい。ネリのところで、少しは修行を積んでいるんだろ」
“我有一位客人来了,你能帮我做工作吗? 你在 Neri 训练了一点。

タブさんが思い出したかのように話し出す。タブさんの仕事は「いぬつかい」だ。犬が吠えて追い出すとネリさんが教えてくれた。
塔布先生开始说话,仿佛他想起来了。 Tab先生的工作是成为一名“inui”。 内里告诉我,那只狗会吠叫并把他踢出去。

「ねこつくりはできますが、犬の世話はしたことありません。昔一緒に暮らしていたのも猫でしたし」
“我会做猫,但我从来没有照顾过狗,我以前和它住在一起的是一只猫。”

「ふうん、あんたも、ねこつくりができるのかい」
“嗯,你也能做一只猫吗?”

改めて品定めするようにタブさんがサナをじろじろと見る。ねこつくりは特殊な仕事だ。誰もができる仕事ではない。
塔布先生盯着萨娜,仿佛要再次评判他。 养猫是一项特殊的工作。 这不是每个人都能做的工作。

「タブさんは、いぬつくりができるのですか? これだけ大きいと土鍋ではなく、ドラム缶で煮るとか」
如果它这么大,你可以在桶里煮它,而不是用陶罐煮。

サナの言葉に怒ったのか、巨大セントバーナードが地響きするように吠える。サナはびくっとする。
也许是被萨娜的话激怒了,这只巨大的圣伯纳犬吠叫着,仿佛它在地面上回荡。 Sana 吓坏了。

「ひょうきんだね、あんたは。わたしはそんな不粋なことはしないよ。客が来たら、わたしの横であんたは笑っていればいい。緩衝材になる」
“你知道的,我不会做这种讨厌的事情。 当客人来时,您可以在我旁边微笑。 这将是一个缓冲。

初めての仕事のときにヒカルから似たことを言われたのを思い出す。ねこつくりの仕事には慣れたけど、ここでの自分は初心者だ。
我记得 Hikaru 在我第一份工作时对我说过类似的话。 我已经习惯了做猫制造者的工作,但我在这里是个初学者。

「ねこつくりの宮」のライバル企業みたいな「いぬつかいの里」の仕事に協力するのは、ネリさんへの背信行為になるかもしれないが、ねこつくり以外の仕事も知っておきたい。知識を蓄えれば、ねこつくりの不思議な力の秘密に迫れる。
与“Inutsukai no Sato”的工作合作可能是对 Neri 的背叛行为,它就像“猫制造宫”的竞争对手公司,但我想了解除了猫制造之外的其他工作。 如果你积累了知识,你就能更接近造猫的神秘力量的秘密。

「もしも、客が怒鳴ってつかみかかってきたら、わたしを守ってくれ。ネリと違って、わたしはか弱いからね」
“如果有顾客对我大吼大叫并抓住我,请保护我,因为与 Neri 不同,我很虚弱。”

お客様がつかみかかってくる? お客様のもとへ何度もお伺いしたが、怒られたことなど一度もない。いぬつかいはねこつくりよりも過激のようだ。
客户会抓住你吗? 我拜访过很多次客户,但他们从来没有生气过。 这似乎比制造猫更激进。

一体何が起きるのだろう。あれこれ想像しているうちにタイヤが落ち葉を踏む音が外から聞こえた。
这到底会发生什么? 当我想象这个和那个时,我听到外面传来轮胎踩落叶的声音。

タブさんがドアを開けると、中年の女性が立っていた。ネリさんとタブさんの中間に当たる体型をしていて、ふたりより若く見える。山高帽にチェック柄のネルのシャツ。登山に来たみたいな服装だ。御山を登っている途中で寄ったのかと思ったけど、彼女の服は新品で汚れていない。ここへ来るために買ったに違いない。
当 Tub 先生打开门时,一位中年妇女站在那里。 他的体型介于 Neri 和 Tab 之间,看起来比他们两个都年轻。 圆顶礼帽和格子法兰绒衬衫。 他穿着得体,就像是来爬山的。 我以为她在上山的路上停下来了,但她的衣服是全新的,没有弄脏。 我一定是买来这里的。

「柳橋です」
“是柳桥。”

はっきりした口調で婦人が名乗る。用件を言わず、名前だけ言えば、周りが動いてくれると思っているようだ。彼女は都会で生活をしている気がした。ポリがつくものを信用しないヒカルが嫌うメトロポリタンだ。
这位女士用清晰的语气说出她的名字。 他们似乎认为,如果他们不说他们需要什么,只说他们的名字,他们周围的人就会移动。 她感觉自己就像生活在城市里。 这是 Hikaru 讨厌的 Metropolitan,因为他不相信 Poly 放在上面的任何内容。

タブさんが家の中に招く。横に突っ立っていたサナを婦人が一瞥したので、視線に押さえつけられたみたいにサナは深くお辞儀をする。
塔布先生邀请他进屋。 这位女士瞥了一眼站在她身边的萨娜,萨娜深深地鞠了一躬,仿佛她的目光压住了她。

さっきまでサナが座っていた反対側の椅子に婦人が座る。タブさんとサナが向かいの席に着くと、婦人は早口で話しはじめた。
一个女人坐在 Sana 之前坐过的地方对面的椅子上。 当 Tabu 和 Sana 面对面坐下时,这位女士开始快速说话。

「私は孤独なんです」
“我很孤独。”

露わな感情を容易に吐露する人には見えなかったので、サナには意外な言葉だった。タブさんには笑っていればいいと言われたけど、とても笑っていられる雰囲気ではない。
她看起来不像是一个容易发泄情绪的人,所以这对 Sana 来说是一个令人惊讶的词。 塔布先生让我笑,但我没有心情笑。

「息子が生まれるまでは私も仕事をしていましたし、主人は不動産業を営んでおります。豪邸とは言えませんが、一戸建てもございます。息子には何不自由ない暮らしをさせてきたつもりです。甘やかしたわけでは決してございません。毎日の手伝いもさせていましたし、彼が自分の可能性に気づくように、テニスや乗馬などたくさんの習い事に行かせました・・・・・・」
“我一直工作到我儿子出生,我丈夫经营一家房地产公司。 我认为我已经确保我的儿子过上舒适的生活。 我没有剧透它。 我每天都帮助他,还送他去上很多课,比如网球和骑马,让他看到自己的潜力・・・・・・。

最初の「孤独」という言葉が記憶のドアを開ける鍵だったらしく、婦人の話はとめどもなく溢れた。斜面を滑り落ちる濁流のように話せば話すほど早口になり、息をつくと岩に乗り上げたように言葉が跳ねる。
第一个字“孤独”,似乎是打开记忆之门的钥匙,女人的故事源源不断。 他说话越多,就像一条泥泞的溪流从斜坡上滑下来,他说话的速度就越快,当他喘口气时,他的话语就像在岩石上一样弹跳。

「ふうん、それで。あんた、話が長いから短くしてもらえる?」
“嗯,那么,你能不能把故事缩短一下,因为它太长了?”

タブさんが片膝をついて暇そうな顔をする。サナは唖然とした。「ねこつくりの宮」とはお客様への対応がえらく異なる。お客様は神様とは言わないけど、信長が父親の位牌に焼香を投げつけるようなタブさんの客への振る舞いにサナは驚いた。
塔布先生单膝跪地,看起来很无聊。 Sana 惊呆了。 对顾客的反应与“Cat Maker's Palace”大不相同。 我不会说顾客是神,但 Sana 对信长对待顾客的方式感到惊讶,例如向他父亲的平板电脑泼香。

婦人がむっとした顔をして唾を飲み込むが、タブさんに反抗せずに感情を収めて、息をつく。それはまるで子猫をもらうために、言いたくない自分の過去を仕方なく話すねこつくりのお客様みたいだ。
女士闷闷不乐,吞下了唾液,但她并没有反抗塔布先生,压抑着自己的情绪,屏住了呼吸。 这就像一个养猫的顾客,为了得到一只小猫,他别无选择,只能谈论他不想谈论的过去。

「と、とにかく息子は立派に育ち、総合商社に勤めております」
“总之,我儿子已经长大了,在一家综合贸易公司工作。”

「織田信忠おだのぶたださんみたいな優秀な息子さんですね」
“织田信忠,你是和织田信忠一样的优秀儿子。”

ニコニコしながらサナが言うと、タブさんの冷たい視線が飛んできて、サナは震えて俯く。
Sana 微笑着说,Tab 先生冰冷的目光从她身上飞过,Sana 颤抖着低头看去。

「信忠という人は知りませんが、そうなんです、そうなんです、どこに出しても恥ずかしくない息子でした!」
“我不认识任何叫信忠的人,但没错,没错,他是一个不羞于放在任何地方的儿子!”

婦人の語気がどんどん荒くなる。織田信忠は優秀で信長の後継者になるはずだったが本能寺の変の時に命を落とす。婦人の言い方は過去形だったけど、息子さんが自害して果ててしまったのだろうか。その哀しみを埋めるために、「いぬつかいの里」に来たのか。哀情を抱いているにしては元気そうだけど。
女人的说话越来越粗暴。 织田信忠才华横溢,本应是信长的继任者,但他在本能寺的改造中失去了生命。 那个女人说这句话的方式是过去式,但我想知道她的儿子是不是自杀了,最后是不是这样。 你来到 “狗之村” 是为了埋葬你的悲伤吗? 他似乎对他的怜悯没问题。

「それなのに現れたのですよ、あの女が!」
“可是她还是出现了!”

「あの女?」
“那个女人?”

「嫁よ、嫁」
“儿媳妇,儿媳妇。”

お嫁さん。独身で、男の人とお付き合いしたこともないサナでも、嫁と姑というものが相容れない、信長と一向宗いっこうしゅうみたいな関係だということは知っている。
新娘。 即使是单身且从未与男人约会的 Sana,也知道儿媳和婆婆之间的关系是格格不入的,就像信长和一公宗一样。

目の中に入れても痛くない息子が連れてきた嫁について、婦人が悪口雑言をまき散らす。お嫁さんは働いていて息子と家事を分担していること、息子に朝のゴミ出しをさせていること、週に一回ふたりで外食していること、息子をおいて友人と旅行に行ったこと、自宅に和室がないこと、自分の所へ来るよりも嫁の実家へ行く回数が多いこと、要するにお嫁さんのなす事すべてが気に入らないようだ。
- 一个女人散布儿子带来的儿媳的坏话,即使放在她眼里也不会受伤。 儿媳妇工作,和儿子分担家务,她让儿子早上倒垃圾,每周一起出去吃饭一次,她带着儿子和朋友一起去旅行,她家里没有日式房间,她去儿媳妇父母家的次数比来她家的次数还多,总之,她不喜欢她所做的一切。

「で、あんたはその嫁に何か言ったのかい?」
“你跟儿媳妇说了什么吗?”

古今東西の姑が抱く不満を羅列する婦人の話に、飽きたような声でタブさんが割って入る。
塔布先生用疲惫的声音打断了一个女人的故事,她列出了她婆婆的古老和现代的不满。

「言わないですよ! あの子のために私はじっと我慢しているだけです!」
我只是在为他退缩!

婦人の目に涙がたまる。客観的に見れば、今風のお嫁さんで頼りになりそうだけど、そうは考えられず怒りを蓄えてしまっている。怒りを作る内臓があるなら生まれつき機能不全に陥っていると思えるほど怒りの感情が乏しいサナには婦人の気持ちは理解しづらい。
女人的眼里涌出了泪水。 客观地看,她似乎是个现代新娘,可以依靠,但她却不能这么想,正在积累愤怒。 如果有制造愤怒的内脏,那么愤怒如此可怜以至于似乎从出生起就功能失调的 Sana 很难理解女性的感受。

「泣くのはおよしよ、いい年してみっともない。嫁への怒りを追っ払えばいいんだね?」
“哭也没关系,不是老好人,对儿媳妇的怒气就能卸掉了,不是吗?”

タブさんの言葉に目頭をハンカチで抑えながら、婦人がうんうんと肯く。
这位女士用手帕捂住眼角,听了塔布先生的话,肯定地说是的。

タブさんが横で蹲っているセントバーナードを見下ろし、頭を撫でると、巨大な犬は眠たそうな目を開き、息を吸う。この犬がワンワン吠えて、婦人の怒りを追っ払うのか。
Tabu 低头看着在他身边踢腿的圣伯纳犬,抚摸着他的头,这只巨犬睁开了睡眼惺忪的眼睛,深吸了一口气。 这只狗会向你吠叫以消除女人的愤怒吗?

巨大なこの犬が力いっぱい吠えたら、すごい声量だろう。サナは肩を竦めて、指で耳栓をする。
如果这只大狗用尽全力吠叫,声音会很大。 Sana 耸耸肩,用手指戴上耳塞。

「キャン」
“可以”

セントバーナード犬が口を開くと、予想外に甲高い鳴き声が小さく聞こえた。
当圣伯纳德犬张开嘴时,突然听到了一声小小的尖锐喵喵叫。

サナが見おろすと、セントバーナード犬の背後から小さな犬が飛び出し、キャンキャン吠え出す。チワワだ。セントバーナードと同じ種とは思えないほど小さな体格のチワワが、キャンキャン吠えながら、婦人に迫る。上半身を傾け前足を婦人の膝に乗せる。
当 Sana 低头看时,一只小狗从圣伯纳德犬后面跳出来,开始吠叫。 这是一只吉娃娃。 难以置信的体格娇小的吉娃娃与圣伯纳犬是同一物种,一边吠叫一边接近女人。 倾斜上半身,将前脚放在女士的腿上。

「ヒッ!」
“哇!”

動物に慣れていないのか婦人が声をあげ、怯える。
也许是不习惯动物,这位女士提高了声音,感到害怕。

「心の平安が欲しいんだろ。我慢おし」
“你想要内心的平静,不是吗?”

タブさんが嗜めると、震えながら婦人が両肘を曲げて肩を強ばらせる。
当塔布先生品尝时,这个女人弯下腰,颤抖着,弯曲胳膊肘,僵硬着肩膀。

弟子の仕事を見守るようにセントバーナード犬がチワワを眠たそうな目で見つめる。
一只圣伯纳犬用睡眼惺忪的眼睛看着吉娃娃,仿佛在看着学徒的工作。

暫くすると吠えていたチワワが大人しくなって、セントバーナード犬の方へすたすたと戻っていく。
过了一会儿,吠叫的吉娃娃变得安静下来,回到了圣伯纳德犬身边。

「どうだい?」
“你觉得怎么样?”

勝ち誇ったような表情をタブさんが婦人に向ける。
塔布先生得意洋洋地看了这位女士一眼。

「あのう、なんだか心のザワザワが減ったような……」
“嗯,就像我的心不那么僵硬了.......”

心のうちを確かめるように婦人が自分の胸をさすり、自分に起きたことが信じられないといった顔をする。
女人揉搓着自己的乳房,仿佛要确认自己的心声,看起来好像不敢相信发生在自己身上的事情。

それは、そうだろう。犬に吠えられて、怒りの感情が霧散するなんて。
事情就是这样。 我不敢相信一只狗对我吠叫,我的愤怒情绪就消散了。

「でも、心の底で、まだ何かがもやもやします」
“但在内心深处,仍然有一些模糊的东西。”

心の深奥を探るように婦人が胸を押さえる。
一个女人按着她的胸膛,仿佛在探索她的内心深处。

「それぐらいのがいいのさ。少しの荒い感情は生きる力になる」
“这就是我所需要的,一点点粗暴的情绪给了我活下去的力量。”

婦人がタブさんとサナに何度も礼を言うと、報酬が入っていると思われる封筒を置いて、車に乗り込み、山道を戻っていった。
这位女士一再感谢塔布先生和萨娜,放下似乎装着奖励的信封,上了车,沿着山路往回走。

「一仕事かたづいたね」
“你做了一项工作。”

婦人の車を庭で見送ると、タブさんが両手を払う。
当他在院子里看到那位女士的车时,塔布先生擦开了他的手。

「これが、いぬつかいですか?」
“这是狗吗?”

サナの質問を無視して、タブさんが家の中に戻り、キッチンでホットコーヒーを淹れる。
无视 Sana 的问题,Tab 回到屋子里,在厨房里冲泡了热咖啡。

「ねこつくりとは全然違いますね」
“这和做猫完全不同。”

サナはめげずに声を掛ける。
Sana 毫不犹豫地喊道。

「火を使うなんて野蛮なまねはしないからね」
“我不会用火来假装野蛮。”

タブさんがサイフォンで淹れたコーヒーをカップに注ぐ。鍋でねこをつくるより、吠えた犬をけしかける方が穏やかとは、わたしとは野蛮の基準が異なるようだ。
Tub 先生将用虹吸冲泡的咖啡倒入杯中。 在我看来,激怒一只吠叫的狗比在罐子里养一只猫要温和得多,这与我的野蛮标准不同。

「いつもこういった依頼を受けているのですか」
“你总是收到这样的请求吗?”

「今日のは軽い仕事だよ。この前の客は、娘を自動車事故で亡くした父親で殺したいほど加害者を憎んでいたよ。ここに来なかったら、あの父親は加害者を包丁でぶすっと刺していただろうね」
“今天工作很轻松,以前的客户是一位父亲,他在一场车祸中失去了女儿,他非常讨厌肇事者,以至于他想杀死她。” 如果他没有来这里,他会用菜刀刺伤肇事者。

物騒な話をしながら、タブさんが笑う。娘を亡くしたら哀しみに暮れる父親もいるだろうし、哀しみを埋めるために、ねこつくりの宮へ来てもおかしくない。怒りと哀しみは、方向は異なるが同じような力なのかもしれない。
在谈论一个嘈杂的故事时,Tab 先生笑了起来。 有些父亲失去女儿会很难过,他们会来到 Neko-Tsukuri 宫埋葬他们的悲伤也就不足为奇了。 愤怒和悲伤可能是相似的力量,尽管方向不同。

「怒りの感情がなくなるのはいいですね。穏やかで暮らせそうです」
“能够过上平静的生活真是太好了。”

「なくなりゃしないよ。追い出すだけさ」
“我不会摆脱它,我只是要把它踢出去。”

キッチンで立ったままタブさんがカップを口につける。関孝和の話をしたときに、足しても引いても全体の量は変わらないとネリさんも話していた。
站在厨房里,Tub 先生把杯子放到嘴里。 当我谈到 Takakazu Seki 时,Neri 先生还说,无论增加还是减少,总金额都不会改变。

「では、この辺りを怒りがまだ浮遊しているのです?」
“所以这里还有愤怒?”

サナの質問に答えず、コーヒーを注いだ別のカップをタブさんがサナに差し出す。
没有回答 Sana 的问题,Tab 又给了 Sana 一杯咖啡。

サナは礼を言って、コーヒーを飲む。いるか岬の青い家ではコーヒーを飲まないので、久々の味だ。
Sana 感谢了他,喝了一口咖啡。 我不在开普敦的蓝色房子里喝咖啡,所以我已经很久没有品尝过了。

「怒りは心から突き出たものさ。犬をつかって、それを切り離してやるのさ」
“愤怒是发自内心的东西,你用狗来切断它。”

「いぼみたいなものですかね」
“它就像一个疣,不是吗?”

サナの言葉にタブさんが大笑いをする。
塔布被萨娜的话大笑起来。

「本当に面白い子だねえ、あんたは。そうだとすると、あんたらは猫の膏薬つくって、客の傷跡に塗ってやってんだね」
“你真是个有趣的孩子,不是吗?” 他说,“如果是这样的话,你已经做了猫膏药,贴在顾客的伤疤上。

タブさんがニヤリとする。
塔布先生咧嘴一笑。

「ネリさんは、どうして欠けたピザを頼むのでしょう? わたしたちはねこつくりで哀しみを埋めて、お客様の心を満たしてあげるのが仕事なのに、欠けたものが好むのは合点がいきません」
我们的工作是填补客户的悲伤和心,但喜欢缺失的东西对我们来说没有意义。

ねこつくりは、哀しみという心の穴を埋めてあげる行為。それは素晴らしいことだとサナは信じている。ただ、ネリさんが欠けたピザを好む理由がずっと疑問に思っていた。
养猫是填补悲伤心中空洞的行为。 Sana 认为,这太好了。 然而,我一直想知道为什么 Neri 更喜欢薯片披萨。

「ネリは迷っているのさ」
“内里迷路了。”

「迷っている?」
“你迷路了吗?”

「すべての哀しみを埋めていいのか迷っているのさ。欠けた部分がすこしばかりあった方が生きている実感が湧くものさ。全部を平らにしてしまうのが正しいのか、お客のことを本当に考えるなら、違うんじゃないのかって」
“我不确定我是否能填补所有的悲伤,因为当缺失的部分有一点点时,我感觉还活着。 我不知道把所有事情都摊平是正确的,还是你真的关心你的客户,情况就不同了。

さっき、タブさんはお客様の怒りを少し残したと話していた。それが活力になると。
早些时候,Tab先生说他在客户身上留下了一点愤怒。 说到活力。

タブさんの言うこともわかるし、ネリさんの迷いもわかる気がする。
我明白 Tab 先生在说什么,我想我也理解 Neri 先生的犹豫。

「タブさんはネリさんのことをよくご存知ですよね。昔からの知り合いですか?」
“你很了解内里,不是吗,你认识她很久了吗?”

「ああ、若い頃からのつきあいだよ。大事がなければ、まだ長く続きそうだ」
“是的,我们从小就认识了,如果不是什么大事,它仍然会持续很长时间。”

「大事?」
“重要吗?”

話してはいけないことを口走ってしまったみたいな顔をタブさんがする。
Tab 先生看起来说了什么他不该说的话。

「まあ、いつでもどこでも何が起きるかわからないからね」
“嗯,你永远不知道随时随地会发生什么。”

「いるか岬にいらっしゃった時に何かが起きるとタブさんはおっしゃっていましたよね」
“你说过,当你在那儿的时候,会出事的,Tab先生。”

「ネリは何も話していないのかい? あいつは秘密主義だねえ。これが動き出すかもしれないのさ」
“内里什么都没告诉你吗? 这可能是要走的路。

タブさんが首を曲げる。タブさんの視線の先には御山が聳えているはずだ。
塔布先生弯下了脖子。 Tabu 山应该高耸在他的目光下。

「これ以上知りたければ、神社を訪ねな。あそこの宮司は若いが、道理がわかっている」
“如果你想了解更多,就去神社吧,那边的神父很年轻,但他知道该怎么做。”

「神社というのは、海のそばにある?」
“海边有神社吗?”

タブさんが目を広げて、肯いた。
塔布先生睁大了眼睛,肯定地说。

「サナ、また半紙を買ってきてもらえないか」
“Sana,你能再给我买一张纸吗?”

タブさんの家から帰った翌日にネリさんがサナに買い物を頼んだ。
她从 Tabu 家回来的第二天,Neri 让 Sana 去购物。

タブさんに犬形をあげたので、半紙がなくなったのだろう。タブさんの家から帰っても、何の感想も訊かなかった。興味がないわけではなく、ネリさんが言うように二人は腐っても固い絆で結ばれているに違いない。
我给 Tab 先生画了一个狗的形状,所以我猜那张纸已经不见了。 当我从 Tab 先生家回到家时,我没有问他的想法。 并不是他们不感兴趣,但正如 Neri 所说,即使他们已经腐烂,他们两个也必须有牢固的纽带。

サナは車を運転して、漁村の文房具屋へ向かう。
Sana 开车去了渔村的一家文具店。

半紙を買ったあと、すぐにはいるか岬に戻らず、前回と同様に神社へ向かってサナは散歩する。暫く歩くと短くなってしまった参道と鳥居を持つ神社が見えてきた。気根が垂れるアコウの木も。
买完纸后,萨娜并没有立即返回海岬,而是像上次一样向神社走去。 走了一会儿,我看到了一座通道缩短的神社和鸟居。 还有一棵气生根下垂的 akou 树。

秘密が知りたければ神社を訪ねろとタブさんは言っていた。石の鳥居をくぐり、猫の形をした狛犬(?)を撫でて、お賽銭を投げる。神様へのお願いが思いつかなかったので、ただ目を瞑り、手を合わせる。空白の頭に、もやもやした思いがたくさん浮かぶ。いるか岬に来てから、不可思議な思いが常に頭を巡っている。すべてをわかる必要がないと思いながらも、「いぬつかい」まででてくると、何かしら整理しないと自分は先に進めない気がした。
如果你想知道这个秘密,塔布说去参观神社。 穿过石制鸟居,猫形的 komainu (?) ) 并投出供品。 我想不出向上帝祈求什么,所以我只是闭上眼睛,双手合十。 在我空白的脑海中,许多朦胧的想法浮现在我的脑海中。 自从我来到开普敦以来,一个奇怪的想法就一直在我的脑海中闪过。 我不认为我需要理解所有事情,但当我到了“狗差事”的地步时,我觉得除非我以某种方式解决它,否则我无法前进。

目を開けると、宮司さんがいた。いつのまに。
当我睁开眼睛时,我看到了宫治先生。 在不知不觉中。

「こんにちは。お久しぶりです」
“你好,好久不见。”

驚いたことを悟られないようにサナは笑顔で挨拶をする。
Sana 微笑着向他打招呼,这样她就不会意识到自己很惊讶。

「はい、こんにちは。ご無沙汰しております」
“是的,你好,对不起。”

袴をはいた宮司さんがニコニコしている。ヒカルが去っても、猫が消えても、彼は同じ場所でずっと微笑んでいた気がする。まるで弥勒菩薩みたいだ。
穿着袴(日式裤裙)的僧侣面带微笑。 即使光离开了,即使猫消失了,我也觉得他在同一个地方一直都在微笑。 这就像弥勒菩萨。

「あなたは願い事がないのですね」
“你没有愿望,对吧?”

宮司さんが訊ねる。
宫治问道。

「よくわかりますね。わたし、声に出していましたか。それとも宮司さんは神様と繋がっているのですか」
“你看,我大声说出来了吗? 还是他与上帝有关?

「あいにく神様の電話番号は知りません」
“不幸的是,我不知道上帝的电话号码。”

猫の顔をした狛犬を宮司さんが撫でる。
宫治先生用猫的脸抚摸着 komainu。

「これ猫ですよね」
“这是一只猫,不是吗?”

「そうとも言います」
“这就是我要说的。”

宮司さんがあっさりと認める。もう片方は普通の狛犬。この神社の宮司さんなら、ねこつくりのこと、いぬつかいのことを知っているはずだ。
宫治先生欣然承认。 另一个是普通的 komaninu。 如果你是这个神社的牧师,你应该了解猫的制作和猎狗的知识。

「ねこつくり!」
“养猫!”

驚かすように手を挙げてサナが叫ぶ。
Sana 惊讶地举起手喊道。

「はい」
“是的。”

表情を変えずに返事する宮司さん。
宫治先生回答道,表情没有改变。

「いぬかいつよし!」
“没事的!”

「はい……、いや、ちょっと違うな。いぬつかいと言いたいのですよね」
“是的......不是的,这有点不同。

まったく表情が変わらない。
表达式根本没有改变。

「五・一五事件の朝、医者の診察を受けて『体中調べてどこも異常なしだ。あと百年俺は生きられる』と犬養毅は言ったそうです。でも、その数時間後に犬養首相は暗殺されてしまいます。だれも先のことはわからないですけど、宮司さんはご存知ですよね。ねこつくりも、いぬつかいも」
“5月15日事件发生当天早上,他接受了医生的检查,并说:'我已经检查了我的身体,没有任何问题,我可以再活一百年。' 然而,几个小时后,犬代首相被暗杀。 没有人知道未来会怎样,但 Miyaji 先生知道。 猫制作,狗和狗。

「存じていますよ。ちょっと、こっちに来てくださいね」
“我知道,过来一会儿。”

宮司さんが袴を翻し、神社の隣にある小さな建物に入る。木の表札に「社務所」とある。靴を脱いで、椅子と机しかない狭い事務所に上がる。宮司さんが一枚の地図を机いっぱいに広げる。
僧侣翻转他的袴(日式裤裙),进入神社旁边的一座小建筑。 木制铭牌上写着“公司办公室”。 我脱掉鞋子,走到只有一把椅子和一张桌子的小办公室。 宫治先生把一张地图铺满了桌子。

「この辺りの地図です。ここが今いる神社です」
“这是这个地区的地图,这就是我现在所在的神社。”

マジックで鳥居の記号を囲む。
用魔法包围鸟居符号。

「神社のすぐ後ろまで御山が迫っています。等高線が狭まっているのがわかるでしょう。この神社のご神体は御山ですので、神社を含む山全体が神域といえます。で、ここが頂上」
“这座山就在神社后面若隐若现,你可以看到等高线正在变窄。 既然这座神社的圣体是美山,那么包括神社在内的整座山都可以说是圣地。 这就是顶部。

頂上にバッテン印をつける。
在顶部贴上板条标记。

「サナさんがお住まいのいるか岬は……」
“我......萨娜住的地方。”

「ここです」
“它在这里。”

サナが指差すと、青い家がある場所を丸で囲む。
Sana 指着蓝色房子所在的地方并圈了一圈。

「タブさんがいる『いぬつかいの里』は、山の反対側」
“Tab先生所在的'犬津海村'就在山的另一边。”

同じく印をつける。
也请标记它。

「なにか気づきませんか?」
“你没注意到什么吗?”

「歴史は好きなのですが地理は苦手で。地図を回転しないと自分がどこにいるかもわからず」
“我喜欢历史,但我不擅长地理,除非我旋转地图,否则我不知道自己在哪里。”

「いいですよ、いくら回しても」
“没关系,不管你转动它多少次。”

地図上に四つの印。地図を読めない人サナでも気づいた。
地图上有四个标记。 就连看不懂地图的 Sana 也注意到了。

「御山の頂上を囲むように三角形を描いています」
“我在山顶周围画了一个三角形。”

「正解です。ピンポン」
“你说得对,乒乓。”

宮司さんが人差し指を立てる。
宫治先生举起食指。

「正解よりもピンポンと先に言うべきですよね」
“你应该在正确答案之前说乒乓球。”

「それも正解です」
“这是正确的做法。”

宮司さんが微笑み、神社、いるか岬、いぬつかいの里の三点を線で結ぶ。御山の頂上を囲んで地図上に三角形ができる。
僧侣微笑着,用一条线将神社的三个点、伊鲁卡岬和伊努苏海之里连接起来。 在地图上围绕山顶形成一个三角形。

「わかった! 神社と、ねこつくりの宮、いぬつかいの里で囲んで、御神体である山の力を封じ込めているのですね!」
它被神社、猫神社、犬村所包围,蕴含着作为圣体的山的力量!

拳を上げてサナは力説する。
Sana 举起拳头,强调道。

「半分正解です。山を代々守っているのは、山の力を抑えるのと同時に、山の力を用いるためです。焚き火の炎を絶やさないように、それでいて火事も起こさないように、慎重に。これは、いわば山との取引です」
“你说对了一半,我们之所以世世代代守护这座山,就是为了压制这座山的力量,同时利用这座山的力量。” 小心不要让篝火的火焰燃烧,但也不要生火。 这是一种与山的交易。

「取引。朱印船貿易みたいな」
“这是一笔交易,就像 Red Seal Ship Trade 一样。”

「お金のように見えるものを交換しませんが、我々は御山と、いや御山を司るものと取引をしているのです」
“我们不交易看起来像钱的东西,但我们是在与这座山做交易,或者更确切地说,与控制这座山的人做交易。”

「御山を司るもの……。その司さんのおかげで、わたしたちは猫をつくれるのですか?」
“......那个控制山的人,多亏了他,我们能造出猫吗?”

「司さんとは面白いですね。なるほど、そうなると宮司はミヤツカサになりますね」
“和司同学在一起很有趣,我明白了,那么宫治就是宫司。”

サナの質問に宮司さんは答えず、社務所を出て境内に戻る。サナもあとを追う。宮司さんが大樹に触れる。
宫治没有回答萨娜的问题,离开了神社办公室,回到了寺庙内。 Sana 紧随其后。 宫治先生触摸了这棵树。

「このアコウの木が締め殺しの木と呼ばれることはお話しましたよね。でもアコウとアコウが締めつける木は持ちつ持たれつです」
“我告诉过你,这棵 Akou 树叫碎树,但 Akou 和 Akou 夹树还在坚持。”

「絞め殺されるのにですか?」
“你会被勒死吗?”

「アコウの気根を見てください。絞め殺されている木の芽が張り付いていますよね。垂れ下がる気根は湿気があり、木の種が付着するのに適した場所です。アコウのおかげで、また次の木が育つのです。御山も同じです。我々は御山、そう司さんと取引をしていくことで、お互いが生きていられるのです」
“看看 Akou 的气生根,被勒死的树芽。 下垂的气生根很潮湿,是树种子附着的好地方。 多亏了 Akou,下一棵树将再次生长。 美山也是如此。 通过与 Miyama 和 Sotsukasa 做生意,我们可以彼此共存。

宮司さんが微笑みを続ける。
宫治继续微笑。

「ただ、それは危険な取引でもあります。決まりがあるようでない」
“但这也是一个有风险的交易,而且似乎没有规则。”

「つまり、司さんがなにをするかは誰にもわからない。宮司さんにも、ネリさんにも」
“我的意思是,没有人知道司要做什么,即使是宫治先生或内里先生。”

宮司さんが肯く。また山鳴りが聞こえた気がした。
Miyaji 先生肯定地说。 我以为我又听到了山峰的隆隆声。

サナは白い建物の前に立っていた。建物は広大な敷地の中にぽつんとある。ここはいるか岬ではない。海も山も見えず、四方の地平線まで芝生が続く。奇妙なことに長方形の建物には窓がひとつもない。曇りガラスの自動ドアだけが建物の壁に貼りついている。
Sana 站在一栋白色建筑前。 这些建筑物位于广阔的区域内。 这不是斗篷。 看不到大海或山脉,草地向四面八方延伸到地平线。 奇怪的是,这座矩形建筑没有一扇窗户。 只有磨砂玻璃自动门粘在建筑物的墙壁上。

サナは音もなく開く自動ドアを通過する。誰に何を言われたわけでも、何をするのかもわかっていないが、この建物に入らなければいけないことをサナは知っている。
Sana 穿过一扇自动门,门无声无息地打开。 她不知道别人告诉了她什么,也不知道她要做什么,但她知道她必须进入这栋楼。

建物の内部も真っ白でピカピカの通路が奥へと伸びている。金髪の男女がサナを迎えてくれて、サナとは異なる言語で話しかけてくる。何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、笑顔で手を広げる仕草から想像するに自分は歓迎されているようだ。
建筑内部也是纯白色的,一条闪亮的通道一直延伸到后面。 一对金发男女向 Sana 打招呼,并用不同的语言与她交谈。 我听不懂他在说什么,但从他微笑和张开双手的方式来看,他似乎受到了欢迎。

通路を歩き、何重もの自動ドアを通り抜けると、壁一面がガラスの部屋に着いた。ガラスの先には大きな空間があるようだ。
沿着过道走过几扇自动门,我来到一个有玻璃墙的房间。 玻璃之外似乎有一个很大的空间。

ダンスに誘うように金髪の男性がサナに手を伸ばし、ガラスの壁に近づくよう促す。サナはもったいつけるようにゆっくりと近寄る。
仿佛在邀请她跳舞,一个金发男子向 Sana 伸出手,催促她靠近玻璃墙。 Sana 慢慢靠近,仿佛停滞不前。

ガラスの先をサナはのぞく。階段を上った記憶はないのに自分は高い場所にいるようで、視界の底に広がる巨大な空間をサナは見下ろす。水面に立ち海底をのぞくように。
Sana 透过玻璃偷看。 尽管她不记得爬楼梯了,但她似乎身处高处,Sana 低头看着在她视野底部展开的巨大空间。 站在水面上,看着海床。

サッカーグラウンドが何面も取れるほどの広さに、ベルトコンベアが大蛇のようにのたくる。
它足够大,可以容纳几个足球场,传送带像蛇一样跳动。

長いベルトコンベアの上には茶筒のような円柱形をしたものが連なり流れている。サナは目を凝らす。円いものは蓋のない白く艶々とした容器だ。空の器が機械の下を通過すると、銀色のチューブが伸びて、容器に何かを注入している。機械からでてきた白い器の中をのぞくと、針のような細いものが入っている。
在一条长长的传送带上,一系列圆柱形物体(如茶叶罐)流动。 Sana 眯起眼睛。 圆形的是一个没有盖子的白色、有光泽的容器。 当空容器通过机器下方时,一根银色管子伸出,将一些东西注入容器中。 如果你观察从机器里出来的白色碗,你会发现像针一样薄的东西。

猫の毛だ。ここはねこつくりの工場なんだ。初めて知ったはずなのに、意に反してサナは満足そうに肯く。意識はあるのに自分の体を制御できない。誰か他人が描いたとおりに動く自分の肉体。サナの表情を見て隣にいる男女が安心した笑顔を浮かべた。
这是猫毛。 这是一家猫制造工厂。 尽管这应该是她第一次知道这件事,但 Sana 满意地肯定了它,这与她的意愿相反。 我是有意识的,但我无法控制自己的身体。 你的身体会随着别人的画而动。 看到萨娜的表情,旁边的一男一女露出了欣慰的笑容。

猫の毛が入った容器が工場の奥深くへ運ばれる。その先で別の方角から伸びて来たコンベアと合流する。別の白く薄いものがコンベアに載って迫ってくる。容器の蓋だ。ねこつくりの宮で用いる土鍋ではなく、ツルツルした陶器に見える。強化セラミック製だと知らないはずの知識が頭に浮かぶ。
一个装有猫毛的容器被运送到工厂深处。 除此之外,它与从另一个方向延伸的输送机汇合。 另一个薄的白色物体接近传送带。 它是容器的盖子。 它看起来像一个滑溜溜的陶器,而不是 Nekotsuri Palace 中使用的陶罐。 您想到了您不应该知道它是由增强陶瓷制成的知识。

銀色のマジックハンドが蓋を掴み、猫の毛が入った容器の上にかぶせる。
一只银色的魔法手抓住盖子并将其放在一个装有猫毛的容器上。

蓋を閉じた容器がまた別の機械へ流れていく。その機械はこの工場の中でもとりわけ大きく、四角い形状で黒い煙突が突き出ている。煙突からは白い水蒸気が噴き上がる。
盖上盖子的容器流向另一台机器。 这台机器是工厂里最大的机器之一,呈方形,有一个突出的黑色烟囱。 白色的水蒸气从烟囱中喷出。

さっきからサナが視線で追いかけていた容器が機械に入る。本来はサナのいる角度からは機械の内部が見えないはずなのに、サナには見える。機械内部の壁が発熱して四方から容器を加熱する。高熱を浴びた白い容器がオレンジに色を変え、機械の中を進む。機械内部の中間地点まで到達すると、容器と蓋の隙間から青白い光が漏れて、横のセンサーが緑色に点灯する。
Sana 之前一直用她的目光追逐的容器进入了机器。 本来,你应该无法从 Sana 所在的角度看到机器内部,但 Sana 可以看到。 机器内部的壁会产生热量并从各个方向加热容器。 暴露在高温下的白色容器会变成橙色并在机器中移动。 当它到达机器内部的中间点时,蓝白色的光从容器和盖子之间的缝隙中泄漏,旁边的传感器亮起绿色。

機械から出てくると容器は急速に温度を下げ、元の白色に戻る。
当容器从机器中出来时,容器会迅速降低温度并恢复到原来的白色。

蓋を閉じたのと同じ形状のマジックハンドが容器の蓋を取る。
与关闭盖子的魔术手形状相同的魔术手取下容器的盖子。

サナが予期したように容器の中には子猫がいる。小さい容器の縁に短い手をかけて子猫が顔を出す。流れてくる容器の蓋をマジックハンドが次々と取り除く。中には色とりどりの猫。客の要望に基づいてカスタマイズした猫がここでつくられていることをサナは知っている。白い容器に入った子猫たちがベルトコンベアを整然と流れる。
正如 Sana 所料,容器里有一只小猫。 一只小猫用一只短手将头伸到一个小容器的边缘。 神奇的手一个接一个地取动容器的盖子。 里面是一只五颜六色的猫。 Sana 知道这些猫是在这里制造的,是根据客户的要求定制的。 装在白色容器中的小猫有条不紊地在传送带上流动。

ねこつくりの工場。ねこつくりの宮と異なり、高度に工業化されたこの工場では顧客の要望どおりの猫を大量生産しているのだ。
一家猫制造工厂。 与 Cat Palace 不同,这家高度工业化的工厂批量生产满足客户需求的猫。

「素晴らしいですね」
“那太好了。”

本当はちっとも素晴らしいと思っていないのに、サナは従業員へ笑顔を向ける。
尽管她真的不觉得这很好,但 Sana 还是对她的员工微笑。

自分の仕事が認められて、男性が誇らしげに肯く。これくらいの成果は当然だというように女性が口の端を軽くあげる。
一个男人自豪地肯定他的工作得到了认可。 女人轻轻上扬嘴角,仿佛这成就是自然而然的。

こんなのは間違っている。サナは思う。だけど止められない。
这是错误的。 Sana 想。 但我无法阻止它。

「完成」した猫を入れた容器のひとつがセンサーの横を通過すると赤ランプが点灯した。赤ランプが点灯した猫の耳は欠けていて、顔も少し歪んでいるようだ。マジックハンドがその容器を倒し、入っていた猫がステンレス製の斜面を為す術もなく滑り落ちる。斜面の先には加熱した炉が待つ。黄褐色に輝き、どんなものでも溶かしてしまいそうな熱を放っている。耳の欠けた猫がその炉の中に否応無しに吸い込まれる。
当其中一个装有“完成”猫的容器经过传感器时,红灯亮起。 开着红灯的猫咪的耳朵不见了,脸似乎略微扭曲。 神奇的手敲翻了容器,里面的猫毫无办法地滑下了不锈钢斜坡。 在斜坡的尽头,一个加热的炉子等待着您。 它发出黄褐色的光,散发出可以融化任何东西的热量。 一只缺了耳朵的猫不可避免地会被吸进炉子里。

自分の悲鳴でサナは目を覚ました。夢の中でサナは、ねこつくりの工場にいた。ねこつくりは人を救済する。産業化して、猫を大量生産できれば、多くの人を救える。だけど、それが正しいことなのか。夢とはいえ、そんなことを自分が行うなんて。
她自己的尖叫声把萨娜惊醒了。 在梦中,Sana 在一家养猫工厂。 养猫可以救人。 如果我们能把猫咪产业化并批量生产,就能救人很多。 但这是正确的做法吗? 尽管这是一个梦想,但我不敢相信我会做到。

工場では、失敗してできた猫は溶かされていた。なんて酷いことを。でも、自分たちも、ねこつくりが失敗したら鍋を割り、中にいる生と死が混じり合うものを殺している。わたしたちの行為と夢でわたしが行なっていたことは本当に違うのだろうか。夢のわたしを糾弾する資格がわたしにあるのか。
在工厂里,那只从失败中诞生的猫被融化了。 多么可怕的事情。 但是,当养猫失败时,我们也会打破罐子,杀死里面生与死交织的东西。 我们所做的和我在梦中所做的真的有区别吗? 我有资格谴责这个梦想的我吗?

窓の外はまだ夜が続いている。鋭く細い月だけがサナを見ている。いや、他の何かも暗闇の中でわたしをじつと見つめている。
窗外,夜幕仍在继续。 只有那颗尖锐、薄薄的月亮在看着萨娜。 不,有别的东西在黑暗中盯着我。

黒い雲が太陽を覆い隠すようにサナの心は哀しみに包まれた。体内の空気が薄くなり、代わりに不定形で不安定な油のような液体が体に注入され、わたしの心を押し潰そうとする。こんなことはいるか岬に来る前も来た後も一度もなかった。おばあさんとゴロが亡くなったときも、ヒカルがいなくなったときも寂しくはあったけど、これほどまでの哀しみに追いやられることはなかった。わたしは自分の哀しみを飼いならせると思っていた。
萨娜的心里充满了悲伤,仿佛乌云遮住了太阳。 我体内的空气变得更稀薄,取而代之的是无定形且不稳定的油状液体被注入我的身体,试图压碎我的心脏。 在我来到海角之前或之后,我从未遇到过这样的事情。 当我的祖母和五郎去世时,当光去世时,我很孤独,但我从来没有被驱使到如此悲伤的地步。 我以为我在驯服我的悲伤。

だけど、今は違う。工場の夢を見てから、わたしより哀しみの方が優勢だ。様々な種類の哀しみが自分に襲いかかり、小さな哀しみが細胞の隙間から侵入してくる。内通者が火を放った城内のようにわたしの心は落城寸前だ。
但现在不同了。 自从我梦想着工厂以来,悲伤就一直笼罩着我。 各种悲伤攻击你,小小的悲伤从你细胞的缝隙中侵入。 我的心正处于坠落的边缘,就像那座被内部人士放火烧毁的城堡。

いるか岬に打ち寄せる波のように、哀しみの攻撃が収まることはなかった。哀しみと重なる波の音を聞いているのが苦しくなり、サナは夜中の暗い階段を下りる。会談の中途から古くなって凹んだソファをサナは眺める。そこは以前ヒカルが寝ころんでいた場所だ。あの頃の時間をサナはとても懐かしく思う。常に肌身離さず胸に掛けているロケットをサナは握りしめる。
就像海浪拍打着海角一样,悲伤的攻击从未平息。 听着海浪的声音与悲伤交织在一起,Sana 痛苦不堪,在半夜走下黑暗的楼梯。 在会议进行到一半时,Sana 看着那张又旧又凹陷的沙发。 那是 Hikaru 以前睡觉的地方。 Sana 非常怀念那些日子。 Sana 紧紧抓住她一直戴在胸前的小盒坠子。

哀しみに突かれ手負いの羊のような体を引きずり、サナはネリさんの部屋の横を通り、工房へ入る。三匹の猫が背後から近寄る。田坂さんの猫を復活させようとしたあの夜のように。
Sana 悲痛地双手拖着绵羊般的身体,经过 Neri 的房间,进入了工作室。 三只猫从后面接近。 就像那个晚上我试图复活 Tasaka 先生的猫一样。

「平気よ」
“没关系。”

今宵の猫たちは騒がない。まるでこれから何が起きるのか、何が起きないのか知っているかのように。鎖にぶら下がる銀色のロケットを指で摘まむ。月光を受けてロケットが鈍く光る。田坂さんの猫を甦らせようとしたのは田坂さんの哀しみを埋めるためであるのと同時に、自分のためでもあった。いるか岬にきた本当の目的を達成するために。
今晚的猫咪们不会大惊小怪。 就好像你知道会发生什么和不会发生什么。 手指拨开挂在链子上的银色小盒坠子。 火箭在月光下发出沉闷的光芒。 他之所以试图让田坂先生的猫复活,就是为了填补田坂先生的伤心,同时,也是为了他自己。 你来到海角是为了实现你的真正目的。

サナはロケットを見つめると、否応もなく過去の自分に引きずり戻される。ねこつくりを知る前の自分。おばあさんとゴロと過ごした日々。両親を亡くし、ひとりぼっちになった自分を引き取ってくれたおばあさん。
Sana 盯着火箭,不可避免地被拖回了过去的自己。 在我知道如何制作猫之前。 我和祖母和 Goro 一起度过的日子。 一个失去父母的老妇人,在她独自一人时收留了她。

おばあさんは、ねこつくりの宮からゴロをもらってきてくれた。ゴロはずっと一緒にいてくれた。いるか岬に来て、猫が哀しみを埋めてくれることを知って、ゴロがわたしを哀しみから救ってくれていたと思っていた。
老妇人从养猫宫得到了一个五郎。 Goro 一直陪着我。 当我来到海角时,我知道那只猫会埋葬我的悲伤,我以为五郎正在将我从悲伤中拯救出来。

だけどそれは間違っていた。ねこつくりについて知った今ならわかる。ゴロはわたしではなく、実の子どもを喪った哀しみからおばあさんを救っていたのだ。わたしの母である、娘を亡くした哀しみに耐えきれなくなり、わたしのためではなく、自分のために、おばあさんはネリさんからゴロを引き取ったのだ。だから、おばあさんが亡くなり、おばあさんの哀しみが消えると、使命を全うしたゴロも死んだのだ。
但我错了。 现在我知道了猫的制作,我明白了。 五郎不是在救我,而是把老妇人从失去自己孩子的悲痛中救出来。 她无法承受失去母亲和女儿的悲痛,她从 Neri 那里带走了 Goro,不是为了我,而是为了她自己。 所以,当老妇人去世,老妇人的悲痛消失时,完成使命的五郎也去世了。

わたしの哀しみ。わたしを哀しみから救ってくれたのはおばあさんだった。おばあさんはわたしに歴史の本を与えてくれた。過去の世界を時にはさまよい、時には冒険し、わたしは救われた。本に耽るわたしをおばあさんは温かい眼差しで見守ってくれた。
我的悲哀。 是我的祖母把我从悲伤中拯救出来。 她给了我一本历史书。 有时徘徊,有时在过去世界冒险,我得救了。 当我沉迷于书籍时,我的祖母用温暖的眼睛看着我。

わたしが学校に馴染めなかったときも、無理やり学校へ行けとは言わず、ずっと家にいてもいいと言ってくれたおばあさん。
即使我不适应学校,她也没有强迫我去上学,而是让我一直呆在家里。

おばあさんはもうひとつの物語をわたしにくれた。いるか岬には魔女がいる。海のそばに住むその魔女はとてもいい人で、魔法を使って困っている人を助けてくれると、寝る前におばあさんは話してくれた。おばあさんは、ねこつくりの秘密を知っていたわけではなかったけど、ネリさんが人助けをしていることは知っていた。その事実を大きく広げて、わたしに見せてくれた。幼かったわたしはその物語がとても魅力的に思い、自分の中で長く温めてきた。おばあさんが話してくれた物語がわたしには魔法だった。
她给我讲了另一个故事。 斗篷上有个女巫。 住在海边的女巫是个非常好的人,她用魔法帮助有需要的人,老妇人在睡前告诉我。 老太太不知道造猫的秘诀,但她知道 Neri 是在帮助人。 他传播了事实并给我看。 小时候,我觉得这个故事非常有趣,我把它温暖了很长一段时间。 她给我讲的故事对我来说很神奇。

おばあさんの遺言に従い、いるか岬に来たとき、おばあさんが話してくれた魔女がネリさんだとすぐにわかった。魔女であるネリさんは魔法を用いて、猫をつくる。現実離れなことだと思いながら、ねこつくりを信じられたのは、おばあさんが話してくれた物語があったからだ。
当我按照祖母的遗嘱来到伊鲁卡岬时,我立即认出了老妇人告诉我的那个魔女是内里。 女巫 Neri 使用魔法创造猫。 我觉得这很超现实,但我之所以能够相信做猫是因为我奶奶告诉我的故事。

会いたい。もう一度おばあさんに会いたい。もう一度会っておばあさんに伝えたい。生きている間に伝えられなかったこと。御山の力を使って、おばあさんを蘇らせる。いるか岬にきた本当の目的を今わたしは果たす。
我想见你。 我想再见到我的祖母。 我想再见到她,然后告诉我的祖母。 活着的时候不能传达的东西。 利用美山的力量复活老妇人。 我现在已经实现了我来到开普敦的真正目的。

サナは目を閉じる。遠くから波音が届く、過去の思いと同じように。サナは目を開き、土鍋を五徳に乗せ、火を点ける。
Sana 闭上了眼睛。 海浪的声音从远处传来,就像过去的思绪一样。 Sana 睁开眼睛,将陶罐放在三脚架上,然后点燃。

土鍋が青い炎に包まれる。
陶罐被蓝色的火焰吞没。

わたしの哀しみと向き合うために、わたしは甦りを行う。一年前は田坂さんの猫を蘇らせようとして、失敗した。だけど、今のわたしは、あのときのわたしではない。わたしは強くなった。
为了面对我的痛苦,我要复活自己。 一年前,他试图让 Tasaka 先生的猫复活,但失败了。 但我不是当时的我。 我变得更强大了。

青い炎に熱せられた鍋の底が赤く色を変える。一年間のねこつくりの経験が鍋の中の準備が整ったと教えてくれる。ものを入れて蓋を閉じれば、鍋の中に誰も見えない闇が生まれる。熱で溶けて生と死が混じり合う特別な空間。蓋を開けてみなければ何が起きたか誰にもわからない。
由蓝色火焰加热的锅底颜色变为红色。 一年的猫制造经验告诉我,花盆已经准备好了。 如果你把东西放进去并盖上盖子,锅里会有一片黑暗,没有人能看到它。 一个生与死在炎热中交织的特殊空间。 在你打开盖子之前,没有人知道发生了什么。

工房と廊下の境では三匹の猫が並んで黙ってこちらをうかがっている。
在车间和走廊的边界处,三只猫并排站着,默默地看着我们。

サナはロケットを再び握る。ロケットの上部に指を掛ける。おばあさんに会いたい。会って伝えたい。蓋を外そうとするが指に力が入らない。開けようとする自分の意思と裏腹に自分の異なる部分が抗う。指の筋肉が思うように動かない。
Sana 再次抓住火箭。 将手指挂在火箭的顶部。 我想见我的祖母。 我想见你并告诉你。 我试着取下盖子,但我的手指无法做到。 与我打开它的意愿相反,我的另一个部分在抗拒。 我的手指肌肉没有像我应该的那样移动。

間違っている。わたしのやろうとしていることは間違っている。亡くなった者を甦らせてはいけないのだ。死はすべてに優先し不可逆でなければならない。たとえその死がどんなに辛く哀しいことだとしても、一度落とされた死が消え、生が戻るようであれば、この世の秩序は乱れ、区切りがなくなる。わたしたちが定めた枠を超えてしまう。枠の外には何が潜んでいるか誰にもわからない。
错。 我试图做的是错误的。 我们不能让死人复活。 死亡必须优先于其他一切,并且是不可逆转的。 无论死亡多么痛苦和悲痛,如果曾经被丢弃的死亡消失,生命回归,这个世界的秩序就会被打乱,就不会有界限。 它超越了我们为自己设定的界限。 没有人知道盒子外面潜伏着什么。

サナは火を消し、裏口から外にでる。無数の星が天頂で瞬く。サナは崖に向かい夜の芝生を裸足で歩む。海が迫る崖の先で立ち止まる。波の音が激しさを増し、自分への攻撃も増す。哀しみの誘惑がわたしを誤った方向へ進めようとする。
Sana 扑灭了火,从后门走了出去。 无数星星在天顶闪烁。 Sana 前往悬崖,晚上赤脚走在草坪上。 停在悬崖的尽头,大海若隐若现。 海浪的声音越来越强烈,对自己的攻击也越来越多。 悲伤的诱惑试图将我引向错误的方向。

揺れる気持ちを必死で抑えて、サナはロケットの蓋を外す。
Sana 拼命压抑着她颤抖的情绪,取下了火箭的盖子。

「待ちなよ」
“别等。”

風音に乗って微かな声が届く。振り向くと寝間着姿のネリさんが立っていた。
一个微弱的声音从风声中传来。 当我转身时,我看到 Neri 穿着睡衣站在那里。

「ネリさん。大丈夫です。甦りは行いませんから」
“内里,没事的。 我们不会复活。

弱い笑顔をサナは浮かべる。
Sana 虚弱地笑了笑。

「捨てる気かい。中身は町田さんの遺灰だろう?」
“你要扔掉吗,里面的东西是町田先生的骨灰?”

サナは肯く。ロケットの筒の底で、月光に照らされた灰が新しい星の種子みたいに輝いている。
Sana 肯定地说。 在火箭管的底部,被月光照亮的灰烬像新星的种子一样闪闪发光。

「人の哀しみを見過ぎたんだね。冷たい風が自分だけに吹きつけている気がするんだろう。わたしにも経験がある。こっちへ来な」
“你见过太多人们的悲伤,你觉得你是唯一一个寒风吹拂的人。 我去过那里。 过来。

ネリさんが振り向き、工房へ入る。ロケットの蓋を閉めて、サナもついていく。
内里转身走进了车间。 我合上火箭的盖子,Sana 跟在后面。

「ここで待ちな」
“在这里等着。”

ネリさんは自分の部屋へ行き、戻ってくると手には竹細工の籠と手紙があった。
内里回到了她的房间,当她回来时,她发现手里拿着一个竹篮和一封信。

「その手紙は……」
“这封信.......”

ネリさんが手紙をサナに渡す。いるか岬に来たときにサナがネリさんに渡したおばあさんの封書だ。サナが便箋を慎重に開ける。久しぶりに見るおばあさんの綺麗な字。
内里把信递给萨娜。 这是一封老妇人的密封信,是萨娜来到海角时送给内里的。 Sana 小心翼翼地打开文具。 很久以来第一次看到老妇人美丽的笔迹。

『ネリ様へ
“亲爱的 Neri,

長い間、手紙でやりとりさせていただいておりますが、どうやらお会いできないままになりそうです。
我们长期以来一直通过信件进行沟通,但似乎无法见面。

人生の終わりが近づいている感覚が日々濃くなってゆきます。私の体の中で病が力を蓄える一方で、私は力を失いつつあり、死に向かって精神も共に落ちていっている心境です。人の死に、心の死と体の死があり、双方の死が不可分であることをこの歳で知りました。何事も経験しないとわからないものですね。
生命即将结束的感觉每天都在强烈。 当疾病在我体内积聚力量时,我正在失去力量,我的精神也随着我一起走向死亡。 在这个年龄,我学到了心灵的死亡和身体的死亡,两者的死亡是不可分割的。 除非你体验了一切,否则你不会知道。

十六年前にゴロをいただいたことは今でも感謝しています。私は娘を亡くし、生きる気力を失っていました。引き取った孫のサナとの日々は楽しいものでした。サナが成長していく姿は老いてゆく私を勇気づけてくれました。サナは亡くなった娘にそっくりです。親子なのですから当然なのですが、サナの仕草や話し方は否が応でも私に死んだ娘を思い出させます。
我仍然很感激我在 16 年前收到了 goro。 我失去了我的女儿,也失去了活下去的意志。 我和我养的孙子 Sana 在一起的日子很愉快。 看着 Sana 长大,随着年龄的增长,我受到了鼓励。 Sana 长得和她已故的女儿一模一样。 这是很自然的,因为他们是父母和孩子,但 Sana 的手势和说话方式让我想起了我死去的女儿。

私は孫のサナを愛しく思っています。かけがえのない存在です。ただ、その愛しさとは別に一方の私が亡くなった娘を強く希求しています。サナが成長し娘に似てくれば似てくるほど娘への愛慕の情が高まり、娘を亡くした穴が広がっていきました。
我爱我的孙子 Sana。 他们是不可替代的。 然而,除了那份爱之外,我对我已故的女儿还有强烈的渴望。 Sana 越是长大,越像她的女儿,她就越渴望她,她失去的漏洞也越来越大。

哀しみに疲れ果てた私は藁にもすがる気持ちで、人伝えに聞いた、ねこつくりの宮からゴロをいただきました。ゴロは私にとって奇跡で、まるで魔法のようにゴロは私を救ってくれました。ゴロは私の心を温めてくれました。あなたは魔女のようだと私はサナには話しています、ご存じでしたか? こんなふうに人の心を温めてくれる人が魔女ではなくてなんでしょうか。
我悲痛欲绝,想紧紧抓住稻草,从猫的庙里得到了一个咕噜咕噜,这是我从人们那里听到的。 Goro 对我来说是一个奇迹,就像变魔术一样,Goro 拯救了我。 Goro 温暖了我的心。 我告诉萨娜,你就像个女巫,你知道吗? 像这样温暖人心的人,不就是女巫吗?

長くなってしまいましたね。年寄りの繰り言だと思って、ご寛容いただければ幸いです。
已经很久了。 我觉得这是老人的重复,希望你能原谅我。

私は長くありません。心残りはサナとゴロです。
我不长了。 唯一的遗憾是 Sana 和 Goro。

ネリさんのところにサナとゴロをお任せできないでしょうか。こんなことをお願いできる立場でないのは重々承知ですが、旧交に甘えさせていただければと身勝手にも考えています。
你不能把 Sana 和 Goro 留给 Neri 吗? 我很清楚我没有资格要求这个,但我自私地认为我可能会被我的旧关系宠坏。

サナは、とても優しい心を有しています。祖母のしつけの常として甘く育ててしまったかもしれませんが、私はサナの心を生かす方を選びました。
Sana 有一颗非常善良的心。 我可能像我的祖母一样甜蜜地抚养她长大,但我选择让 Sana 的心活着。

手紙でやりとりしているだけの人に、このようなことをお願いするのは狂気の沙汰かもしれませんが、教育者の端くれの勘と申しましょうか、ネリさんのもとならサナの心がまっすぐに育つと確信します。サナをネリさんのもとで働かせていただけないでしょうか。きっとネリさんのお役に立つことでしょう。
让一个只传递信件的人做这样的事情可能很疯狂,但我相信 Sana 的心会在 Neri 的指导下直接成长。 你能请让 Sana 为 Neri 工作吗? 我相信这对 Neri 会很有用。

不躾なお願いで大変恐縮ですが、何卒よろしくお願いいたします。ご自愛ください』
对于给您带来的不便,我们深表歉意,但感谢您的理解。 请照顾好自己。

手紙を読み終えたサナは泣いていた。おばあさんはわたしのことを思ってくれた。深く、とても深く。
Sana 读完这封信时哭了。 她想起了我。 很深,非常很深。

「火をつけな」
“不要生火。”

ネリさんが言う。
“内里说。

涙を指で拭い、言われたように土鍋をのせた五徳にサナは火をつける。鍋には何も入っていない。
Sana 用手指擦去眼泪,按照她的指示,用陶罐在 Gotoku 上点燃了一堆火。 罐子里什么都没有。

「蓋をあけて、町田さんの遺灰をいれな」
“打开盖子,把町田先生的骨灰放进去。”

「えっ」
“什么?”

「今しかないよ」
“要么现在,要么永远。”

サナはロケットを開けて灰を摘まむ。きらきらした灰をひとつまみ鍋に入れる。熱せられた鍋の底で灰の粒が踊る。
Sana 打开小盒坠子,捡起灰烬。 在平底锅中放入一小撮闪粉灰烬。 灰烬颗粒在加热的锅底跳舞。

ネリさんが目を瞑り、両手を鍋に向ける。ネリさんの額から汗が流れる。息が荒くなる。いつものねこつくりとは違う。
Neri 闭上眼睛,用手指着罐子。 汗水从内里的额头流下。 呼吸变得费力。 这与通常的猫制作不同。

「だ、大丈夫ですか?」
“嘿,你还好吗?”

「私のことはいいから。長い時間は無理だから鍋に集中しとくれ」
“别担心我,我长时间都做不了,所以专心在锅上。”

ネリさんの伸びた手が震える。
内里伸出的手颤抖着。

「ネ、ネリさん?」
“哎呀,内里先生?”

サナはネリさんの肩に触れようとする。
Sana 试图触摸 Neri 的肩膀。

「今だよ。サナ、籠の中身を炎にくべて」
“现在,萨娜,把篮子里的东西放进火里。”

「は、はい!」
“哈,是的!”

竹籠の蓋を開けると、中には切れぎれの半紙がたくさん入っている。半紙は人の形に切り取られている。歴史の本で見たことがある。これは形代かたしろだ。
当你打开竹篮的盖子时,你会发现里面有很多碎纸。 纸张被剪成人的形状。 我在历史书上见过。 这只是走过场。

「早く!」
“快点!”

形代をできるだけ多く掴み、竈の炎に向かって投げる。形代はひらひらと宙を舞い、鍋に近づくと、炎にふれていないのに青く燃え上がった。
尽可能多地抓住 katashiro 并将它们扔进锅的火焰中。 片代在空中飘动,当他靠近罐子时,即使它没有碰到火焰,它也燃烧着蓝色。

鍋の周りに青い炎が浮かび、灰を入れた鍋の中央から煙が立つ。
蓝色的火焰漂浮在锅周围,烟雾从锅的中心升起,灰烬。

炎と煙が舞う中、人の上半身らしき影が現れる。
在火焰和烟雾中,出现了一个似乎是人上半身的影子。

「おばあさん!」
“祖母!”

思わずサナは声を上げる。
Sana 不由自主地提高了声音。

白い煙の中に青い光で仄かに浮かび上がる像は、サナと暮らしていたおばあさんだった。
在白烟中隐约出现蓝光的雕像,是一位与萨娜同住的老妇人。

おばあさんは微笑み、サナを見ている。
老妇人微笑着看着萨娜。

「おばあさん……」
“.......奶奶”

もう一度サナは呼ぶ。言葉は発しないが、おばあさんが言いたいことがサナにはわかった。気がつくとサナは再び涙を流していた。触れることも声を聞くこともできないけど、眼の前には確かにおばあさんがいる。
Sana 再次打来电话。 她一言不发,但萨娜明白了老妇人想说什么。 不知不觉中,Sana 又流下了眼泪。 我摸不着她,也听不到她的声音,但肯定有一位老妇人在我面前。

「ごめんなさい……、ごめんなさい……。わたし、自分のことばかりでおばあさんの気持ちを考えられなかった……」
“对不起,对不起,......对不起......我太专注于自己了,以至于我无法考虑我奶奶......感受。”

自分はおばあさんに助けてもらった。おばあさんの物語や本がわたしを救ってくれた。だけど、娘を亡くしたおばあさんの哀しみにわたしは触れてあげられなかった。
我得到了祖母的帮助。 我祖母的故事和书籍拯救了我。 但我无法触及失去女儿的祖母的悲痛。

「ごめんなさい……、おばあさん……」
“对不起,......祖母......”

おばあさんが優しく微笑む。
祖母温柔地笑着。

青白く透けたおばあさんがサナの額に手を伸ばす。
一个苍白透明的老妇人伸手摸了摸萨娜的额头。

おばあさんの指が触れると、サナの体に浸潤していた哀しみの水が引けていく。今まで自分を振り回していた波の声が消える。
当老妇人的手指触碰到时,渗入萨娜身体的悲伤之水消退了。 直到现在一直在我周围荡漾的海浪的声音消失了。

「おばあさん……、ありがとう……」
“谢谢你,......奶奶......”

鍋の周りを舞う形代の紙がすべて燃え散り、恒星のような青い炎が消えてゆく。煙を幕にして映し出されていたおばあさんの姿が徐々に薄まる。おばあさんが一度ネリさんを向いて会釈したように見えた。再びサナの顔を見つめ、おばあさんが柔らかい笑顔を浮かべる。泣きながらサナは消えゆくおばあさんの姿を見つめる。全ての青い炎が消え、工房に暗闇が戻った時、ねこつくりの真の意味をサナは理解した。
漂浮在锅周围的所有纸张都燃烧起来,星星般的蓝色火焰消失了。 烟幕投射的老妇人的身影逐渐消失。 老妇人似乎曾经转向 Neri 说过再见。 再看向萨娜的脸,老妇人温柔地笑了笑。 Sana 哭泣着盯着消失的祖母。 当所有的蓝色火焰都熄灭,黑暗回到工作室时,Sana 明白了养猫的真正含义。

「ネリさん、わたし、わたし……」
“内里,我,我.......”

ネリさんを向くと、ネリさんは膝に手をついて、息も絶え絶えだった。
当我转向 Neri 时,她跪在地上,喘不过气来。

「ネリさん! ネリさん!」
“内里先生!

サナの顔を見上げた瞬間、わずかな笑顔と共にネリさんの体が崩れる。サナは何とかネリさんの体を支える。ネリさんの背後で耳を立てた三匹の猫が哀しい声を上げる。
当她抬头看向萨娜的脸的那一刻,内里的身体微微一笑。 Sana 设法支撑着 Neri 的身体。 在内里身后,三只长着耳朵的猫咪用悲伤的声音提高了声音。

ネリさんを肩に背負い、部屋のベッドまで運んで寝かせる。三匹の猫が心配そうにネリさんを囲む。ネリさんは全身に汗をかいている。お医者さんだ、救急車を呼ばないと。
把 Neri 扛在肩上,把她抱到房间的床上睡觉。 三只猫焦急地围着 Neri。 内里浑身出汗。 医生,我需要叫救护车。

「医者を呼ぶんじゃないよ……」
“我不会打电话给医生......

電話口へ向かおうとするサナの背中へネリさんが弱い言葉を投げる。
当 Sana 试图去接电话时,Neri 向她的背后抛出了一个虚弱的词。

「意識がある! よかった、よかったです。でも、お医者様を呼ばないと」
“我有意识! 但我得打电话给医生。

「い、医者はだめ……」
“不,我不......医生。”

ネリさんの息は途切れがちでひどく苦しそうだ。
内里的呼吸很粗促,她似乎非常痛苦。

「じゃあ、どうしたら……」
“那......我该怎么办?”

「お、おやま、御山の社やしろに……」
“哦,小山,我......去美山神社。”

ネリさんが声を絞り出す。
Neri 挤出了她的声音。

電話機の傍にあった電話帳で調べて、サナは神社の宮司さんに連絡した。ネリさんの様態を話すと、すぐに行く、と宮司さんが言ってくれた。
通过电话查看了电话簿后,Sana 联系了神社的牧师。 当我告诉他 Neri 的病情时,他说他会立即走。

ネリさんが全身から汗を流し、苦悶の表情を浮かべている。高熱で声もろくに出せず、熱い息だけを吐き続けている。臨終間際の平清盛を想起して、サナはぞっとする。
内里浑身汗流浃背,脸上露出痛苦的表情。 他发高烧,不能说话,继续呼出的只有热气。 想起濒临死亡的平清盛,Sana 不寒而栗。

ネリさんの額の汗をタオルで拭く。気がついたら飲んでもらうためにコップに水を汲み、ベッドサイドのテーブルに置く。テーブルにはふたつの写真立てがあった。ひとつはネリさんとヒカル、サナの写真。サナがいるか岬に来た夜にヒカルが撮影したものだ。写真を撮るのを嫌がっていたのに飾ってくれていたんだ。もうひとつは、いるか岬の海を背景に撮られた写真だ。ネリさんではないおばあさんと、ヒカルでもサナでもない若い女性が写っている。このふたりは誰だろう? ネリさんが住む前、この家には違うおばあさんと若い女性が住んでいたと松下さんが教えてくれた。このふたりがそうなのだろうか。
用毛巾擦去 Neri 额头上的汗水。 在不知不觉中,您可以装满一杯水作为饮料,然后将其放在床头柜上。 桌子上有两个相框。 一张是 Neri、Hikaru 和 Sana 的照片。 它是 Hikaru 在来到海角的那天晚上拍的,看看 Sana 是否在那里。 尽管我不想拍照,但他还是把它展示了出来。 另一张是在伊鲁卡岬的大海背景下拍摄的照片。 有一个不是 Neri 的老妇人,还有一个不是 Hikaru 或 Sana 的年轻妇人。 这两个人是谁? 松下先生告诉我,在内里搬进来之前,这所房子里住着一个不同的老妇人和一位年轻妇人。 我想知道这两者是不是一样的。

宮司さんが到着した。袴姿ではなく、チノパンに半袖のシャツを着ている。普段着の宮司さんを見るのは初めてだ。
宫治先生来了。 他没有穿袴,而是穿斜纹棉布裤和短袖衬衫。 这是我第一次看到牧师穿着日常服装。

「よく連絡してくれましたね」
“你和我保持了很多联系。”

宮司さんがサナに声をかける。
宫治对萨娜喊道。

「ネリさんが、ネリさんが……。お願いです。ネリさんを助けてください」
“内里先生,内里先生,......。 请帮助 Neri。

宮司さんが静かに肯き、腰を曲げてネリさんの表情をのぞく。
宫治静静地肯定道,弯下腰看着内里的表情。

「なるほど、形代を使ったのですね」
“我明白了,你用了片代。”

宮司さんが自分の顎に手を当てる。
宫治把手放在下巴上。

「形代は残っていませんか?」
“还有片代吗?”

サナはすぐに工房へ戻り、竹籠の中を確認する。竹に挟まった形代が二枚残っていた。
Sana 立即回到车间,检查了竹篮的内部。 还剩下两块夹在竹子之间的片代。

「一枚で十分です」
“一块就够了。”

宮司さんが形代を摘み、ベッドサイドにあるテーブルに形代を寝かせる。
宫治先生拿起片代,放在床头柜上。

持参した鞄から硯と筆を取り出す。
从你带来的袋子里拿出砚台和毛笔。

「時間がありません。横着します」
“我没时间了,我要躺下。”

宮司さんが硯に墨汁を垂らす。
宫治先生将墨汁滴在砚台上。

「丁寧にやってくれよ」
“礼貌地做。”

久々にネリさんが言葉を発した。ネリさんの声を聞いて、サナは涙を流す。
过了很久,内里开口了。 听到 Neri 的声音,Sana 流下了眼泪。

「任せてください」
“交给我吧。”

宮司さんがネリさんの肩に触れる。
宫治碰了碰 Neri 的肩膀。

「ネリさん、じっとしていてください。心配ないですから。老いては子に従うものです」
“内里,请别动,别担心。 你老了就听从儿女。

「わたしはまだ老いていないよ」
“我还没老。”

宮司さんが肩をすぼめる。筆に墨をつけて、半紙の形代の胸に三本の線を放射線状に引く。
宫治耸了耸肩。 将墨水涂在画笔上,并在半纸片代的胸部呈放射状画出三条线。

三本線。きっと御山の司さんから伝わる呪詛にちがいない。もしくは陰陽道に通じる紋章かなにか。
三行。 这一定是美山司先生传下来的诅咒。 或者一个通向阴阳道的纹章。

サナの思案をおいて、宮司さんが硯で筆先を整え、線対称に同じ形の三本の線を足す。
在萨娜的思考下,宫治用砚台准备了毛笔的笔尖,并对称地添加了三条相同形状的线条。

これはまさか、とサナが思うと同時に宮司さんが筆で六本の線を結ぶ円を描き、円の上部に三角形を二つ足す。
在萨奈认为这是出乎意料的同时,宫治用画笔画了一个连接六条线的圆圈,并在圆圈的顶部添加了两个三角形。

「あっ」
“啊

思わず声が漏れる。
声音不由自主地漏了出来。

気にせず、宮司さんが円の中に三つの点を打つ。
宫治没有气馁,他在一个圆圈中打了三个点。

「まさか猫ですか」
“是猫吗?”

「まさかの猫です」
“这是一只猫。”

とてつもなく下手な猫の顔が形代の胸に現れた。どこをどう得心したのかサナにはわからないが、満足そうな顔を宮司さんが浮かべる。
一张可怜得可笑的猫脸出现在片四郎的胸前。 Sana 不知道她从哪里得到它,也是怎么得到的,但 Miyaji 脸上露出满意的表情。

「サナさん、水をもう一杯持ってきてください」
“Sana,请再给我拿一杯水来。”

「水ではなくオレンジジュースにしとくれ」
“给我橙汁,而不是水。”

目が開かないぐらい辛いのにネリさんが注文をつける。
太痛了,我睁不开眼睛,但 Neri 下了订单。

「困ったお人だ」
“他是个麻烦缠身的人。”

苦笑いした宮司さんがオレンジジュースを了承する合図をサナに向ける。
宫治苦笑着示意萨娜接下橙汁。

いつもネリさんが飲んでいるオレンジジュースをコップに入れて持ってくると、宮司さんが形代を小さく丸めていた。指に力を込めて、最後は手のひらで握り、もとの紙の大きさからすると考えられないぐらい形代は小さくなった。
当我把 Neri 经常喝的橙汁放在杯子里时,宫治把它卷成一小卷。 我用手指挤压它,最后把它握在手心里,形状变得如此之小,以原始纸张的大小来说是难以想象的。

「ネリさんの頭をあげてください」
“抬起 Neri 的头。”

宮司さんが真剣な表情でサナに頼む。
宫治一脸严肃地问萨娜。

「は、はい。し、失礼させていただきます」
“是的,是的,对不起。”

サナはネリさんの頭を持ち上げようとする。ネリさんの体はとても熱くて重たい。それでも片手を腰に回し、ネリさんの頭を上げる。
Sana 试图抬起 Neri 的头。 Neri 的身体又热又重。 尽管如此,他还是用一只手搂住他的腰,抬起了 Neri 的头。

「そのままにしてください」
“保持原样。”

宮司さんがネリさんの首を素早く支え、丸めた形代をネリさんの口に押し込む。目をつむったままのネリさんが驚いたように顎を震わせる。続けて淀みない動きで宮司さんがオレンジジュースをネリさんの口に流し込む。
宫治迅速扶住 Neri 的脖子,将卷起的片代塞进 Neri 的嘴里。 仍然闭着眼睛的 Neri 惊讶地摇晃着下巴。 然后,宫治先生以稳定的动作将橙汁倒入 Neri 的嘴里。

「飲んでください」
“喝。”

顎を閉じて、ネリさんが腫れている喉を動かし、形代とオレンジジュースを飲みこむ。
内里闭上下巴,动了动她肿胀的喉咙,吞下了片代和橙汁。

「よし」
“好的。”

喉が動いたのを確かめて、宮司さんがネリさんの頭を再び枕に乗せる。
见他的喉咙动了起来,宫治又把内里的头靠在枕头上。

ネリさんの体が痙攣を始める。
内里的身体开始抽搐。

「ネリさん!」
“内里先生!”

サナは声を上げネリさんの体に縋る。
Sana 提高了声音,与 Neri 的身体相连。

ネリさんの目が見開く。口も開き、大きな穴が現れた。穴の奥が輝き、青い光と赤い煙が口からあがった。
内里睁大了眼睛。 他的嘴也张开了,露出了一个大洞。 洞深处发光,蓝光和红烟从口中升起。

「わっ、ネリさん」
“哇,内里同学。”

「体の中にある澱が蒸発したのです」
“体内的酒糟已经蒸发了。”

宮司さんが額の汗を拭う。
宫治擦了擦额头上的汗水。

すぐに赤い煙は宙に消え、ガスの栓を閉めたように青い光が口の奥へと消える。
随即,红烟消失在空气中,蓝光消失在口腔后部,仿佛气阀被关闭了一样。

「ネリさん! 大丈夫ですか!」
你还好吗?

「心配ないよ」
“别担心。”

普段に近いネリさんの声。
Neri 的声音接近正常。

「良い練習ができただろ」
“你有个好习惯。”

宮司さんに向かってネリさんが言う。
Neri 对 Miyaji 先生说。

「むちゃしすぎですよ」
“这太过分了。”

宮司さんが呆れた声を上げる。
宫治震惊地提高了声音。

「わたしがいけないのです。さびしくなって、哀しくなって、亡くなったおばあさんに会いたくなってしまって。ごめんなさい、ネリさん」
“我不想孤独、悲伤,想见我已故的祖母。 对不起,内里。

「いいんだよ。わたしが勝手にしたことさ」
“没关系,这就是我所做的。”

ベッドに横になったままネリさんがサナの頭を撫でる。
躺在床上时,Neri 抚摸着 Sana 的头。

「もう大丈夫なんですか?」
“你现在还好吗?”

「大丈夫、大丈夫って言うもんじゃないよ。大丈夫と答える人間は相手を気遣っているだけで、本当は大丈夫じゃないもんさ」
“这并不是说没事,不会好,只是说自己没事的人在乎对方,他们不会真的没事。”

「駄目なんですか?」
“为什么不呢?”

「平気だよ、わたしは。サナ、オレンジジュースをもう少しくれないか」
Sana,你能给我点橙汁吗?

「は、はい」
“是的。”

コップにオレンジジュースを足して、ネリさんに渡す。ネリさんは両手でコップを持ってオレンジジュースを飲む。まだ辛そうだけど、さっきよりは元気そうだ。
将橙汁加入玻璃杯中,然后给 Neri 吃。 内里双手拿着杯子,喝着橙汁。 他看起来仍然很痛苦,但他似乎比以前更有活力。

「ネリさんが形代を使うとはね」
“我不认为 Neri 会使用 katashiro。”

「形代は秘伝の技なのですか?」
“片代是秘术吗?”

宮司さんにサナは訊ねる。
Sana 问 Miyaji。

「秘伝も秘伝。力を受ければ、このようにしっぺ返しもある。こんな時期に行うなんて」
“秘密就是秘密,如果你获得权力,你可以像这样回报它。 我不敢相信我会在这种时候这样做。

「こんな時期だからだよ」
“这是因为现在是这样的时刻。”

ネリさんが宮司さんを睨む。
内里瞪着宫治。

「こないだタブさんも仰っていましたけど、こんな時期って、一体何が起きるのですか?」
“就像你说的,在这种时候会发生什么?”

「何かが起きるのさ」
“会出事的。”

相変わらずネリさんが直言せず、質問を煙にまこうとする。
像往常一样,Neri 没有直接说出来,并试图将问题抛入烟中。

「そうか、サナさんの願いを叶えるだけではなく、形代を使って、御山の力を試したのですね? 三辺の守護者として」
“嗯,你不仅实现了萨那的愿望,还利用片代来试探美山作为三方守护者的力量。”

宮司さんがサナを向いた後、前のめりの姿勢でネリさんに訊ねる。
宫治转向萨娜后,他向前询问 Neri。

三辺の守護者? 守護者という言葉を日常生活で聞く機会があるとは。守護大名なら何人か知っているけど。
三方守护者? 我不知道我会有机会在日常生活中听到守护者这个词。 我认识一些守护大名。

「サナの力も必要だからね」
“我们需要 Sana 的帮助。”

わたしの力? わたしにどんな力があるというのだろう。
我的力量? 我有什么能力?

「なるほど、御山に溜まった力を計ると共に、サナさんの力を解放したのか。怖い人だ」
“我明白了,你测量了山中积累的力量,释放了萨娜的力量,你真是个可怕的人。”

「自分のためじゃないよ」
“这不适合我。”

ネリさんが上半身を立てて残りのジュースを飲み干す。
Neri 站起来,喝掉了剩下的果汁。

「すいません、すいません、あのう、わたし、断片的にしかわかっていないのですが。シュレーディンガーの猫で、ねこつくりは何とか理解できましたが、三辺の守護者とか、わたしの力を解放とか、情報量が多すぎて処理しきれないのですが」
“对不起,对不起,嗯,我只知道零碎的,我是薛定谔的猫,我设法理解了那只猫,但是有太多的信息需要处理,比如三方的守护者,我的力量的释放等等。”

「習うより慣れろ、学ぶより感じろ」
“习惯它而不是学习它,感受它而不是学习它。”

ネリさんがこともなげに言う。
Neri 漫不经心地说。

「また、そんなことを。サナさんは大事な人ですから」
“再说一次,Sana-san 是一个重要的人。”

大事な人。それは誰にとって? ネリさんにとって、御山にとって、それとも宮司さんにとって?
重要的其他人。 为了谁? 为了 Neri,为了 Miyama,还是为了 Miyaji?

「神社でお伝えしたように、ネリさんとタブさんとわたしで御山を守り、御山から力をいただいています。共棲しているわけです。ねこつくりも、いぬつかいも、御山があってこそできる技です。もちろん、形代も」
“正如我在神社里告诉你的那样,内里先生、塔布先生和我保护美山并从美山那里获得力量。 制作猫和使用狗都是只有美山才能完成的技能。 当然,还有片代。

「宮司さんは何をもらっているのですか?」
“你得到了什么?”

「わたしはさっきみたいにネリさんとタブさんを補佐する役割です。おふたりはときに暴走しますからね」
“我会像以前一样协助 Neri 和 Tabu,因为有时你们两个会失控。”

「ふん」
“嗯。”

ネリさんがベッドで横を向く。
内里转向床的一侧。

「最近、地震が多いですよね」
“最近地震很多。”

ネリさんの態度に慣れているのか、特に気にせず宮司さんが言葉を続ける。
宫治并不特别在乎他是否习惯了 Neri 的态度,并继续说话。

「はい」
“是的。”

「地震は御山の力が溜まっている証拠です。もっともらしく話していますが、わたしも前任者より引き継いだだけで、実際にどうなるかすべてをわかっているわけではないですが」
“地震证明了美山的力量在积累,我说得有道理,但我也只是从我的前任那里继承了它,所以我不知道实际会发生什么。”

「引き継ぎって、バイトのシフトみたい。一子相伝ではないのですか。ネリさんも別の人から、ねこつくりの宮を引き継いだのですよね? 松下さんが仰っていました」
“这就像一个兼职班次。 Neri 也从另一个人那里继承了 Neko-Tsukuri 宫,对吧? 松下先生说。

「おしゃべりなじいさんだね」
“你是个健谈的老头。”

ネリさんが宮司さんに目配せをする。理由はわからないけど、まだ何か隠していることがあるのだろうか。
内里一直盯着宫治。 我不知道为什么,但我想知道是否还有什么要隐藏的。

「わたしは何ができるのですか?」
“我能做什么?”

「あなたはあなたができることができます。できないことはできません。でも、あなたにしかできないことがあります。ねこつくりは誰もができることではありません」
“你能做的事,你不能做你不能做的事。 但有些事情只有你自己才能做。 养猫不是每个人都能做到的。

サナはヒカルを思い浮かべる。ねこつくりができずに、ヒカルはいるか岬を去った。
Sana 想起了 Hikaru。 由于无法制造猫,Hikaru 离开了斗篷。

「もう夜中だ。寝ようじゃないか。サナ、ヒカルの部屋にふとんを敷いてあげて」
“已经是午夜了,我们上床睡觉吧。 Sana,在 Hikaru 的房间里放个被褥。

「大丈夫です、わたしは帰りますよ」
“没关系,我会回来的。”

宮司さんが丁重に断る。
神父礼貌地拒绝了。

「大丈夫は大丈夫じゃないよ。本当に大丈夫な人間は大丈夫とは言わないものだよ」
“没事是不好的,真的没事的人不会说没事。”

再びネリさんが宮司さんを睨む。ネリさんにはかなわないと諦めたのか、肩をすくめて宮司さんが了承する。
内里再次瞪了宫治一眼。 也许他已经放弃了 Neri,但他耸了耸肩,宫治同意了。

二階に上がり、サナはヒカルが寝ていたベッドに寝具を用意する。荷物を片付けて出ていったので、ヒカルの部屋はベッドと机しかない。
在楼上,Sana 为 Hikaru 睡的床准备被褥。 自从她收拾好行李离开后,Hikaru 的房间里只有一张床和一张书桌。

「ありがとうございます」
“谢谢你。”

宮司さんが礼を言う。
Miyaji 先生谢谢。

「こちらこそネリさんを救ってくれてありがとうございます。でも、宮司さん、三辺の守護者なのに猫の絵は下手でしたね」
“谢谢你救了内里小姐,但是宫治小姐,虽然你是三方的守护者,但你并不擅长画猫。”

「ひどいものでした。まあ、猫ではなくてもいいのですけどね」
“太可怕了,嗯,它不一定是一只猫。”

「えっ、そうなんですか? ワニでもカバでも」
“哦,真的吗,鳄鱼还是河马?”

「ハシビロコウでも、ダイオウグソクムシでも」
“无论是鞋嘴鸟还是巨型甲虫。”

「猫より敷居がたかそうですが」
“这似乎比猫更难。”

「何を書くかより、何を込めて書くかが大事です」
“重要的不是你写了什么,而是你投入了什么。”

宮司さんが言う。
Miyaji 说。

「わからないことだらけで、おかしくなりそうです。三辺の守護者とか」
“有很多我不明白的地方,而且会很疯狂,就像三面守护者一样。”

サナはベッドのシーツを宙に広げる。
Sana 将床上的床单摊开在空中。

「円卓の騎士みたいですよね」
“这就像圆桌骑士,不是吗?”

壁によりかかって宮司さんが笑顔を浮かべる。半袖シャツ姿は袴姿のときと違って威厳はないけど、近寄りがたい雰囲気もない。
靠在墙上,宫治微笑着。 穿短袖衬衫不如穿袴(日式裤裙)端庄,但也有一种难以接近的气氛。

「円卓の騎士? 北面の武士なら存じていますが」
“圆桌骑士?

「アーサー王はご存じない?」
“你不认识亚瑟王吗?”

「浅野幸長なら存じていますが。五奉行の一人です。日本史と東洋史は好きなのですが、学校へろくに行っていないので西洋史は全くわかりません」
“据我所知,浅野雪永是五名裁判官之一。 我喜欢日本历史和东方历史,但我对西方历史一无所知,因为我没有上过学。

サナは宮司さんと目が合う。宮司さんの視線は穏やかだ。自分が用意したベッドの上にサナは座る。
Sana 与 Miyaji 进行眼神交流。 宫治的目光平静。 Sana 坐在她为她准备的床上。

「サナさんは日本史に詳しいのですね」
“Sana-san 对日本的历史非常了解。”

「両親が亡くなって、おばあさんに引き取られましたが、小学校には馴染めませんでした。おばあさんの家にあった歴史の本に熱中し、学校でもずっと読んでいました。わたしは源範頼が好きで、源平時代の本をたくさん読みました」
“我的父母去世了,我被祖母收养,但我在小学时并不适合。 我喜欢源纪赖,读了很多源平时代的书。

「のりより」
“来自紫菜”

「はい。義経と同じく頼朝の弟で平家討伐に参加しました。実直でまじめな方です。授業で範頼の話が聞けるのを楽しみにしていたのですが、名前すら取り上げられず、先生が触れたのは頼朝と義経だけでした。がっかりしました」
“是的,和义经一样,他是赖朝的弟弟,参与了平家的失败。” 他诚实而认真。 我很期待在课堂上听到纪赖的故事,但连他们的名字都没有被提及,老师提到的只有赖朝和义经。 我很失望。

自分の子供時代についてサナは初めて人に話している。学校を辞めた理由を訊かれても曖昧に答えていたのに、自ら話している自分が不思議だった。
Sana 第一次与人们谈论她的童年。 当被问到他为什么退学时,他含糊地回答,但奇怪的是,他自己却在谈论这件事。

「それで学校が嫌になった?」
“那让你讨厌学校吗?”

「嫌ではなかったのですが、学校に自分の居場所がない気がしました」
“我并不讨厌它,但我觉得我不属于学校。”

「好きになったのは義経ではないのですね」
“所以不是义经爱上了你。”

「範頼は義経と同じぐらい実績を残したのに、判官贔屓の義経をあげるために範頼の評価は下げられています。義経は兄に殺された不幸な英雄といわれますが、義経を殺したのは奥州藤原氏です。実際に兄の頼朝に殺されたのは範頼なんですよ!」
据说义经是一位不幸的英雄,被他的兄弟杀死,但杀死义经的是奥州藤原。 居然是纪赖被他的哥哥赖朝杀害的!

拳を握りサナは力説する。
Sana 握紧拳头,坚持道。

「範頼が本当に好きなのですね。義経ではなく範頼への判官贔屓」
“你真的很喜欢纪世,你不是喜欢义经吗,而是法官对纪世的宠爱?”

宮司さんが笑う。
宫治笑了起来。

「そうかもしれません」
“也许吧。”

サナは真顔だ。
Sana 板着脸。

「サナさんと話していると楽しいですね」
“和 Sana 聊天很有趣。”

「すいません、おかしなことを口走ってしまい。わたし、歴史のことになると止まらなくなってしまって……」
“对不起,我说了一些有趣的话,说到历史,我停不下来......”

我に返り、サナは慌てて謝る。また夢中にしゃべってしまった。いけないと思っているのに自分が変えられない。
回过神来,Sana 急忙道歉。 我又疯狂地说话了。 我认为我不应该这样做,但我无法改变它。

「いいんじゃないですか」
“不是很好吗?”

サナの混乱を受け止める表情を宮司さんが浮かべる。
宫治的表情接受了萨娜的困惑。

「三辺の守護者とか形代とか、わたしはよくわかっていないのですけど、哀しんでいる人のためになる猫をつくるのはとても好きです。でも、わたしは何もできていないのです。大きな流れの中で、自分だけぽつんと立っているような気がして……」
“我对三面守护者或片代了解不多,但我真的很喜欢为悲伤的人制作猫,但我一直无能为力。 我觉得我是唯一一个站在大溪中间......人。

「サナさん」
“萨娜桑。”

寄りかかった壁を離れ、宮司さんがサナの隣に座る。体温が二度上がる。
离开他靠着的墙,宫治在萨娜旁边坐下。 体温升高 2 度。

「サナさんはきちんとできていますよ。自分ができないと思えることはできないし、やるべきではない。自分の枠が狭いうちに大きなことをしても、はみ出るだけです。自分の枠が広がるのを待ちましょう。今のあなたがやれることをやってください」
“Sana 做得很好,她不能也不应该做她认为自己做不到的事情。 如果你在框架很窄的时候做一些大事,它只会突出。 等待您的边界扩大。 做你现在能做的事。

間近で見ると破壊力がありすぎる笑顔を宮司さんが向ける。彼の体温が薄い空気を透して体と心に伝わる。
当你近距离看它时,宫治会给你一个太具有破坏性的微笑。 他的体温通过稀薄的空气传递到他的身心。

「あ、あの、わたし、わたし、まだおぼこなんです」
“哦,好吧,我,我,我还是发呆。”

宮司さんが目を丸くする。
宫治翻了个白眼。

「神に仕えるわたしにも穏やかではいられない話ですね。寝具で女性の横に座るとは無礼でした、失礼しました」
“对我来说,温柔地侍奉上帝太过分了,对不起,坐在一个穿着床上用品的女人旁边是不尊重的。”

宮司さんが頭を下げて、腰を上げて距離をおく。
牧师低下头,抬起臀部以保持距离。

「こちらこそ何のおもてなしもできずに恐縮です。わたし、本当に普通じゃないですよね」
“很抱歉,我不能给你任何款待,我真的不正常。”

「それもサナさんです。サナさんはサナさんです」
“那是Sana-san,Sana-san就是Sana-san。”

「なんだかありがとうございます」
“非常感谢。”

サナは俯く。接近していた時よりも体温が上昇した気がして、それ以上話せなくなってしまった。
Sana 低头看。 我感觉自己的体温比靠近他的时候还高,我再也说不出话来了。

「工房を見せてもらって良いですか? 実は見たことがないのですよ」
“我可以带你去看看车间吗?

場を繋ぐ絶妙なタイミングで宮司さんが立ち上がる。
在连接这些地方的最佳时机,宫治先生站了起来。

サナは肯き、一階に案内する。
Sana 肯定地带她上了一楼。

「ネリさんを起こしたくないので、外から入りましょう」
“我不想吵醒 Neri-san,所以我们从外面进去吧。”

ふたりは一度青い家を出る。海の風が火照ったサナの頬を冷やす。わたしは何を言ってしまったのだろう。宮司さんはきっとおかしな子だと思ったにちがいない。でも、口に出した言葉は返ってこない。
他们俩离开了青瓦台一次。 海风吹拂着Sana灼热的脸颊。 我说了什么? 宫治一定认为他是一个奇怪的孩子。 但我说的话并没有回过头来。

「気持ちの良い夜ですね」
“这是一个愉快的夜晚。”

「こちらから工房に入れます」
“我从这里进入车间。”

彼の言葉をおいてサナは工房のドアを開けて電気をつける。彼の言動に下手に反応すると心が開きすぎて、体が崩れてしまいそうだ。棚に積んだ土鍋と竃の五徳が姿をあらわす。
“说完,Sana 打开了车间的门,打开了灯。 如果你对他的言行反应不佳,你的心就会过度开放,你的身体就会崩溃。 堆在架子上的陶罐和炉子的三人组显露出来。

「きれいに使っていますね」
“你用得真漂亮。”

宮司さんが工房を見回す。ひとつの土鍋を手に取る。
宫治先生环顾车间。 拿起一个陶罐。

「立派な仕事だ。これは松下さんが焼いたものですか?」
这是松下先生烤的吗?

サナは首を振る。
Sana 摇摇头。

「松下さんのお弟子さんです」
“我是松下先生的弟子。”

慎吾を思い出し、サナは気まずくなった。宮司さんに慎吾のことを話すのは違う気がするし、慎吾にとっても失礼な気がした。
想起 Shingo,Sana 感到很尴尬。 我觉得告诉宫治关于Shingo的事情是错误的,我觉得这也是对Shingo的不尊重。

「なるほど」
“我明白了。”

山鳴りがした。今までよりも大きく重く聞こえた。
山峦隆隆作响。 它听起来比以往任何时候都更响亮、更沉重。

「気をつけてください、サナさん」
“小心点,萨娜。”

宮司さんが振り返りサナを向く。
宫治转身转向萨娜。

「えっ?」
“什么?”

サナの疑問符をすぐに打ち消すように土鍋が一斉にカタカタ鳴り出した。大きな揺れがサナをすぐに襲った。サナだけではない、土鍋、工房、家、大地が揺れている。
仿佛是为了立即抵消萨娜的问号,陶罐开始齐声嘎嘎作响。 一声巨大的震动立即击中了萨娜。 不仅仅是 Sana,陶罐、作坊、房子和大地都在摇晃。

積んであった土鍋が棚から落ち、竈や床に当たって割れる。揺れは激しさを増し、次々と土鍋が床に落下する。立っていられなくなり、その場にサナはしゃがみ込む。サナの背中に宮司さんが覆いかぶさる。周りで鍋が割れる音が響く。
堆积的陶罐从架子上掉下来,撞到杆子和地板时开裂。 震动加剧,一个接一个的陶罐掉在地上。 Sana 无法站立,当场蹲下。 宫治盖住了萨娜的背。 罐子噼啪作响的声音在你周围回荡。

「もう少しで収まりますから」
“快到了。”

宮司の言葉通り、まもなくして揺れは収まった。
正如牧师所说的那样,震动很快就平息了。

家の中に通じるドアからネリさんが現れる。
内里从通往房子的门中出现。

「けがはしていないかい?」
“你受伤了吗?”

「ネリさんこそ、立ち上がって平気なのですか」
“内里先生,你站起来还好吗?”

「わたしは平気だよ。派手に割れたね」
“我没事,这是一个很大的裂缝。”

棚に重ねていた全ての鍋が割れてしまった。散乱した土鍋の破片で床が埋まり、歩くとじゃりじゃり音がする。
架子上的所有罐子都坏了。 地板上堆满了散落的陶罐碎片,走路时还发出吱吱声。

一瞬窓の外が光り、遅れて遠くから轟音が響く。
片刻,窗外亮了一道光,然后远处回荡着一声怒吼。

「御山だ」
“是美山。”

三人は工房の外へ出る。暗くて見えないが、御山があると思われる方角から大きな岩が転がるような音が轟く。
他们三个走出了车间。 天太黑了,看不见,但有一块大石头从山应该在的方向滚来的声音。

「光った!」
“它亮了!”

白い光が頂上付近で輝き、赤い溶岩が噴き上がり、闇に落ちる。再び轟音。肌に衝撃が伝わる。黒い噴煙が天空まで立ち昇り、夜に混じる。
顶部附近有白光,红色熔岩喷发并陷入黑暗。 再次吼叫。 影响会传递到皮肤。 黑色的羽毛直冲云霄,融入黑夜。

「はじまったね」
“开始了。”

ネリさんが呟く。
内里喃喃自语。

赤い溶岩が頂上で噴き上がるのが見える。
你可以看到红色的熔岩在顶部喷涌而出。

「痛っ」
“哎哟。”

目の中に何かが入った。
有什么东西进了我的眼睛。

「火山灰です。いるか岬までは距離がありますから、噴石までは届かないでしょう。神社が心配なので、ネリさん、わたしは一度戻ります」
“这是火山灰,离开普敦很远,所以它不会到达煤渣。 我很担心神社,所以我要回去了,内里先生。

宮司さんがネリさんに告げる。
宫治告诉 Neri。

「そうしてくれ」
“就这样吧。”

ネリさんが双眼鏡を取り出し、御山を観察する。
内里拿出她的双筒望远镜,观察美山。

溶岩に照らされた噴煙が夜空に浮かび上がり、その中を無数に切り裂かれた雷が走る。
熔岩点燃的羽流升入夜空,闪电穿过它们。

「サナさん、なにかあったら連絡ください。すぐに駆けつけますから」
“Sana,如果有什么事情,请与我联系,我马上就到。”

「三辺の守護仲間としてですか?」
“作为三方的守护伙伴?”

「そうですね」
“没错。”

余裕のある笑いを宮司さんが浮かべる。事態が深刻ではないと示したいのかもしれないけど、サナには全く逆の気持ちが伝わった。
宫治先生露出了慷慨的笑容。 也许她想表明事情并不严重,但 Sana 的感觉恰恰相反。

宮司さんを見送ってすぐに家の中で電話がなった。慌てて家に戻り、受話器を取ると懐かしい声が聞こえてきた。
我刚送宫治先生下车,家里就接到了一个电话。 我急忙回到家,拿起电话,听到一个熟悉的声音。

「わたし、ヒカル。大丈夫だった? 山が噴火して大きな地震があったってニュースでやっていたからさ」
“我是光,你还好吗? 我当时在新闻上看到一座山喷发了,发生了一场大地震。

ほぼ一年ぶりなのにヒカルの話し方は、まだ同じ家に住んでいるみたいだ。
已经快一年了,但 Hikaru 说话的方式,就像他们仍然住在同一个房子里一样。

「ネリさんもわたしも無事です。ただ土鍋が全部割れてしまいました」
“我和 Neri 都安全了,但所有的陶罐都坏了。”

「五体満足ならよかったよ。土鍋はまた焼いてもらえばいいじゃん、金吾だっけ? あなたの彼氏」
“我很高兴你满意了,”他说,“你可以把陶罐再烤一次,金戈? 你的男朋友”

「金吾ではなく慎吾さんですし、慎吾さんはわたしの彼氏ではないです」
“是 Shingo,不是 Kingo,而且 Shingo-san 不是我的男朋友。”

懐かしいヒカルとの会話。だけど、以前とはどこか違う。どこがどう違うのか具体的には説明できないけど、離れた時間の分だけ、お互いが変わり、お互いの間にあったものも変わってしまった気がする。
与怀旧的 Hikaru 的对话。 但现在已经不是以前的样子了。 我无法确切地解释有什么区别,但我觉得分开的时间已经改变了彼此,我们之间的事情也发生了变化。

「ニュースによると火山活動は暫く続くそうだから、注意してね」
“根据消息,火山活动将持续一段时间,所以要小心。”

心配してくれてありがたいけど、以前のヒカルなら「注意してね」とは言わないと思う。
我很感激你的关心,但我不认为光会告诉你要小心。

「佐藤さんはお元気ですか」
“你好吗,佐藤先生?”

遠回しに元婚約者と縒りを戻せたのかサナは訊ねる。
Sana 问她是否能够以迂回的方式与她的前未婚夫复合。

「ああ、まあね、元気だよ」
“哦,好吧,我没事。”

一拍あいてからヒカルが答える。
一会儿后,Hikaru 回答道。

「実は結婚したんだ」
“其实,我结婚了。”

とても恥ずかしそうにヒカルが言う。
光说,非常尴尬。

「おめでとうございます!」
“恭喜!”

「式は挙げずに籍だけ入れて一緒に住んでいる」
“我没有仪式,我只是注册并住在一起。”

「それはそれは。言ってくだされば祝儀をもって馳せ参じたのに」
“就是这样,”他说,“如果你告诉我,我会带着祝福来到这里。

「相変わらずおかしな喋りだねえ。懐かしいよ。言いづらいじゃん、そういうの。大変なときに申し訳なかったけど、こういう時じゃないと電話しづらくてさ」
“这仍然是一个有趣的故事,我很怀念它。 很难说,就是这样。 我很抱歉度过了艰难的时期,但除非是这样的时刻,否则很难打电话。

「そんな遠慮なさらず、ヒカルさんが住んでいた家なんですから」
“别这么犹豫,这是光住的房子。”

そう言いながら、ヒカルが住んでいたのがとても昔に思える。
“他说这句话时,光似乎很久以前就住在那里了。

「佐藤さんのおかあさんとはいかがですか」
“你对佐藤先生的妈妈感觉如何?”

「会ったよ。その前にあの人がきちんと話してくれていて、出会ってハグする関係ではないけど、普通に会話する程度はね」
“我见过他,他在此之前也和我谈过,我们不是要见面和拥抱,但我们会进行正常的对话。”

「何よりです」
“最重要的是。”

「ネリさんは元気?」
“你好吗,内里?”

「お元気ですよ」
“你好吗?”

形代で力を使い果たし倒れたことは言わなかった。ねこつくりや形代とは遠い場所に今のヒカルはいるのだから。
他没有说他在片代中耗尽了力气,已经摔倒了。 毕竟,Hikaru 现在在一个远离 Nekotsuri 和 Katashiro 的地方。

「電話を替わりましょうか」
“我换电话好吗?”

「いいよ。何を話したらいいかわからない。挨拶もしないでそこを出たし。わたしはそこを出て良かったと思っているけどね。あなたもね、自分が違うと思ったらそこを出ていいんだよ。自分の選択が大事」
“没关系,我不知道该说什么。 我什至没有说你好就走了。 不过,我很高兴我离开了那里。 如果你觉得自己与众不同,你可以离开。 这一切都取决于你的选择。

「心に留めておきます」
“我会记住这一点。”

サナは電話を切って、再び外に出る。噴火の音は止んでいたが、山鳴りが時折響き、背後から届く海鳴りと重なる。天高く昇る噴煙が月に被さる。
Sana 挂断了电话,再次出门。 喷发的声音已经停止,但山峦的声音不时回荡,与背后传来的大海声重叠在一起。 一缕缕烟雾在天空中升起,覆盖了月亮。

いつのまにか三匹の猫が足元に寄っていた。ネリさんは眠ったのだろうか。ここからは自分の時間だというように猫たちは御山を向いてないた。
不知不觉中,三只猫就在我脚边。 内里睡着了吗? 从这里开始,猫们转向美山,仿佛这是他们的时代。

サナは一睡もできなかった。小さな地震が絶えず起き、山鳴りが響くたびに、大噴火が起きて岩がここまで飛んでくる光景を想像して、いつまでも眠りにつけないうちに、夜が明けた。
Sana 根本无法入睡。 我无法永远睡着,想象着每次不断的小地震时,都会发生一次巨大的喷发和岩石飞到这里,每次山峰隆隆作响,黑夜就会破晓。

水平線から朝日が昇り、再び明かりを取り戻した世界に向けてサナは窓を開ける。
太阳从地平线升起,Sana 打开了通往光明恢复光明的世界的窗户。

朝の澄んだ空気を透して頂上まで御山がすっきり見えたが、変容した山の姿にサナは息を呑む。頂上付近の木は茶色く焦げ、噴石が落ちたからか、森のところどころに黒い穴があく。姿形をもっとも大きく変えたのが山頂だ。御山は頂上まで木が生い茂り、山全体が巨大な森みたいだったのに、頂上付近の木は一夜にして消滅し、代わりに固まった溶岩が黒く丸い塊を形成し、塊の割れ目から幾筋もの白い噴煙が空へ昇る。
清晨清澈的空气清楚地将山带到山顶,但萨娜对这座山改变的样子感到惊叹。 靠近顶部的树木被烧焦了,森林里到处都是黑洞,可能是煤渣岩掉下来了。 外观上最显着的变化是在山顶。 山上树木丛生,一直到山顶,整座山看起来就像一片巨大的森林,但靠近山顶的树木一夜之间消失了,取而代之的是凝固的熔岩形成了一个黑色的圆形物质,一连串的白色羽毛从团体的裂缝中升上天空。

この先どうなるのか。火山活動についての知識をサナは持ち合わせていない。自分の知識の大部分を占める日本史を参照して出てくるのは、江戸時代の宝永大噴火と浅間山の噴火だ。どちらも当時の人々に大きな被害をもたらした。浅間山の噴火ではいくつかの村が灰に埋まった。
未来会发生什么? Sana 对火山活动一无所知。 提到占据我大部分知识的日本历史,它来自江户时代的宝永火山喷发和浅间山的喷发。 两者都对当时的人们造成了巨大的伤害。 浅间山的喷发将几个村庄埋在了灰烬中。

御山の火山活動もこれから激しくなり、このいるか岬も周辺の町も宮司さんがいる神社も埋まってしまうのか。
美山的火山活动在未来会加剧,这个海岬、周围的城镇和牧师所在的神社会被埋葬吗?

今の活発な活動が通常の状態なのかもしれない。今まで何百年か何千年か人間にとっては悠久に感じる時が、山にしてみたら少しだけ休んでいただけなのかもしれない。
可能是目前的剧烈活动是正常状态。 数百年或数千年对人类来说可能感觉像是永恒,但对于山脉来说,这可能只是片刻的休息。

サナはネリさんの様態を案じ部屋へ行くと、ラジオの音が聞こえてきた。この家にテレビはないし、ラジオを使うのもサナが来て初めてのことだ。
Sana 担心 Neri 的状况,听到收音机的声音就回到了她的房间。 这房子里没有电视,这是 Sana 第一次使用收音机。

「おはようございます」
“早上好。”

ネリさんはベッドに伏せていた。
内里脸朝下躺在床上。

『繰り返します、昨夜未明にはじまった噴火活動は現在小康状態を保っています。頂上付近にできた溶岩ドームの膨張も止まったように見えます。地元の人間が御山と呼ぶこの山は大規模な噴火活動を起こした記録が近年にはなく、小さな山体ですので大規模な噴火に移行する可能性は低いと火山学者はみています。けが人の報告は今のところありません』
“昨晚凌晨开始的喷发活动现在又平静了下来,山顶附近熔岩穹丘的扩张似乎已经停止。 火山学家认为,这座当地人称之为美山的山近年来没有大规模喷发活动的记录,而且由于它是一座小山,不太可能过渡到大规模喷发。 到目前为止,还没有受伤的报告。

昨日から何度も同じ原稿を読んでいるのかアナウンサーの喋りは手馴れていて、緊迫感は薄い。
播音员的讲话很熟悉,仿佛从昨天开始就把同一个剧本读了很多遍,几乎没有什么紧迫感。

「ふん、見える部分が小さくたって、中身が小さいとは限らないよ。いつだって新しいことは前例がなく、想定外さ」
“嗯,仅仅因为你看到了一些小东西并不意味着它很小,它总是新的和出乎意料的。”

ネリさんが愚痴る。
内里抱怨道。

『火山活動については不透明な部分も多く、油断せずに今後の動向に注視してほしいと専門家は……』
“火山活动存在很多不确定性,专家......,我们不应该放松警惕,密切关注未来的趋势。”

「どっちつかずに言っておけば、どっちに転んでもこっちに問題が来ないってか。頼りになるのは自分たちだけだ」
“如果你不知道自己会往哪个方向跌倒,你就不会有任何问题,而且你是唯一可以依靠的人。”

ネリさんがベッドサイドのラジオを止める。ラジオの横には、ネリさんの前にこの家に住んでいたおばあさんと若い女性の写真と、サナとヒカルとネリさんの写真が並ぶ。
内里关掉了她床边的收音机。 收音机旁边是 Neri 之前住在这所房子里的老妇人和年轻女子的照片,以及 Sana、Hikaru 和 Neri 的照片。

山から地を伝わる轟音が響く。サナは外に出る。山頂から灰色の噴煙が昇り、天空に広がっていく。窓から見たよりも御山が巨大な生き物に映る。山のあちらこちらから白煙が昇り、黒い溶岩ドームは蒸気が靄のように周りを囲み、熱を抱いた内部の塊はいまだに力を蓄えているのが、遠くにいてもサナは感じることができた。
咆哮声从群山回荡在大地上。 Sana 走出去。 一股灰色的羽流从山顶升起,蔓延到天空中。 美山看起来比从窗户看更像一个巨大的生物。 白烟从山上四处升起,黑色的熔岩穹顶像蒸汽雾一样被包围,萨娜能感觉到里面的大量热量仍在储存能量,即使从远处也是如此。

「三辺の守護者」
《三方守护者》

御山は、ねこつくりと、いぬつかいの力の源泉。力を受け取り、力を守護するのがわたしたちの役割。ネリさんが形代を使って、わたしのためにおばあさんを召喚したあとに噴火が起きた。御山が噴火したのはわたしたちに原因があるのか。いや、その前から山鳴りや地震が起きていた。ネリさんは形代を使って御山の力を計ったと宮司さんが言っていた。
美山是猫和狗的力量源泉。 接收和保护权力是我们的角色。 喷发发生在 Neri 使用 katashiro 为我召唤一位老妇人之后。 是因为我们才让这座山喷发吗? 不,甚至在那之前,就已经有隆隆声和地震了。 宫治先生说,Neri 使用 katashiro 来衡量 Miyama 的力量。

家の中で電話が鳴った。
房子里的电话响了。

受話器を取ると、タブさんだった。
当我接起电话时,是 Tab 先生。

「新入りか。ネリはいるかい?」
“你是新来的吗,你有 Neri 吗?”

「はい」
“是的。”

黒電話をネリさんの部屋まで引っ張ったが、ネリさんは寝息を立てている。
我把黑色的手机拖到 Neri 的房间,但 Neri 正在睡觉。

「ネリさんは眠られています。ネリさんの具合が悪いのです。一度様子を見に、こちらへ来ていただけないでしょうか」
“内里睡着了,她生病了。 你能过来看看情况如何吗?

サナはタブさんにお願いする。まだ完全に回復していないネリさんをサナは心配している。
Sana 问 Tab 先生。 Sana 很担心 Neri,她还没有完全康复。

「それはできない相談だね」
“这是不可能进行的咨询。”

「タブさんはネリさんのご同輩ですよね」
“塔布先生和内里先生一样,不是吗?”

「同じ穴の狢ってことかい? 誰が狸で誰が狐かね。そっちへ行けない理由は、わたしが穴に篭もって動けないからさ。三辺の守護者。それぐらいは宮司から習っただろうに」
谁是浣熊,谁是狐狸? 我不能去那里的原因是因为我被困在一个洞里,我不能动。 三方守护者。 那一定是我从神父那里学到的。

耳を揺らすほどの大きなため息を受話器が吹く。
听筒发出一声响亮的叹息,震耳欲聋。

この間の夜、隣に座った宮司さんをサナは思い出し、あの時の熱を頬に感じる。
有一天晚上,Sana 想起了坐在她旁边的牧师,她感到那段时间的热度在她的脸颊上。

ネリさんはいるか岬を、タブさんは御山の向こうを、宮司さんは社を守護する。三点を繋いでできた三角で御山を囲む。御山が活発化している今、三辺が崩れれば何が起きるかわからない。
内里守卫着海岬,塔布守卫着山,宫治守卫着神社。 由三个点连接而成的三角形环绕着这座山。 现在美山变得更加活跃,我们不知道如果三方崩溃会发生什么。

「この先のことをネリは何も教えていないのかい」
“内里不是跟你说过什么未来吗?”

「はあ」
“嗯。”

小声でサナが答える。
Sana 低声回答。

「ネリは唯我独尊だからな」
“内里很有自尊。”

ネリさんが起きていたら、千手観音が投げ石礫いしつぶてみたいにたくさんの反論が飛んできそうだ。
如果 Neri 醒着,就会有很多反对意见,就像千手观音扔的石头砸碎一样。

「誰だい?」
“那是谁?”

ネリさんが起きてきた。
内里站起来。

電話を替わると、丁々発止やりあったあとにふたりは深刻そうな話を始めた。サナにはわからない言葉をネリさんが口にする。ネリさんの部屋を離れ、サナは広間に移動する。
在快速的通话和短暂的停顿之后,两人开始谈论一些严肃的事情。 Neri 说的话让 Sana 听不懂。 离开 Neri 的房间,Sana 走向大厅。

家の床が揺れた。広間にある食器棚の中の食器が一斉に音を立てる。誰も座っていない安楽椅子がひとりでに揺れる。それほど大きな地震ではない。何度か体感するうちに最初の揺れでどの程度の大きさかわかってしまう、わかりたくなくても慣れてしまう。慣れたくないのに。
房子的地板在摇晃。 大厅橱柜里的盘子一下子发出了声音。 一把没有人坐的安乐椅会自己摇晃。 这不是一场大地震。 经历几次后,第一次震动就会知道它有多大,即使你不想知道,你也会习惯它。 我不想习惯它。

揺れはすぐに収まった。サナは工房へ向かう。床には鍋の破片が散乱し、足を踏み入れるとガリガリと音がする。廃墟を探索しているみたいだ。無事な鍋がないか確かめたが、すべての鍋が割れてしまっていた。鍋がなければ猫はつくれない。松下さんにお願いするしかないが、御山が活動しているのに窯出しができるのだろうか。
震动很快就平息了。 Sana 前往车间。 地板上散落着花盆的碎片,当你踩上它时,它会发出嘎吱嘎吱的声音。 这就像探索废墟。 我检查了一下是否有花盆安全,但所有的花盆都坏了。 没有花盆,猫就无法制作。 我别无选择,只能问松下先生,但我想知道他是否可以趁美山活跃的时候做个窑。

どうしたらいいんだろう。火山活動が収束するまで、わたしは待つしかないのだろうか。あるいは大噴火が起きるまで。瓦礫の上でサナは途方に暮れた。
我不知道该怎么办。 我必须等到火山活动消退吗? 或者直到发生大喷发。 在废墟上,Sana 不知所措。

最初の噴火から二週間が経った。御山の火山活動は収まっていない。溶岩ドームは膨張を続け、火山性微動、火山性地震(ラジオを聴いているうちに火山関連の用語を覚えた)も頻発している。じりじりとした時間が続く。
距离第一次喷发已经过去了两周。 美山的火山活动尚未消退。 熔岩穹丘继续扩大,火山震动和火山地震(我在听收音机时了解到的)很频繁。 时间源源不断。

ネリさんは昼間もベッドに伏せがちだ。いつもはピザやステーキ、脂っぽい料理が好きなネリさんだが、さすがに柔らかいものを求めるようになった。形代とともに吐き出されたネリさんの力は回復せず、ネリさんの中のバランスは崩れたままだ。
Neri 白天倾向于躺在床上。 Neri 通常喜欢披萨、牛排和油腻的菜肴,但正如预期的那样,她已经开始想要软食。 与 Katashiro 一起呼出的 Neri 的力量尚未恢复,Neri 内部的平衡仍然不平衡。

ラジオでは実況中継が増えた。山頂を望む場所からの緊迫した生中継が入る。いるか岬の前の国道で、報道や警察の車両をよく見かけるようになった。
在电台上,直播的数量增加了。 俯瞰山顶的地方有紧张的现场直播。 在岬前的国道上,我经常看到新闻报道和警车。

わたしは何もしなくてもよいのだろうか。ネリさんの容態は心配だが、初期報道のとおり御山の火山活動がこのまま収束するかわからない。自分はここにじっとしているべきなのか。タブさんが「三辺の守護者」は動けないと言っていた。でも、わたしは正式な守護者ではない。なんの資格を取得したら正式になれるかわからないけど。
我什么都不需要做吗? 我们担心 Neri 的状况,但我们不知道美山的火山活动是否会像最初报道的那样继续下去。 我应该留在这里吗? 塔布先生说,“三面守护者”不能动弹。 但我不是正式的监护人。 我不知道我需要什么资格才能成为正式会员。

ラジオが避難勧告地域を伝える。その中には宮司さんがいる神社の地域も含まれている。
无线电广播了疏散咨询区域。 这包括牧师所在的神社区域。

サナは宮司さんを思い出す。あの夜の温かみとともに。宮司さんは無事に避難しただろうか。
Sana 想起了 Miyaji。 带着那个夜晚的温暖。 宫治先生安全撤离了吗?

ネリさんは眠っている。寝息は穏やかだ。暫くなら家を空けても大丈夫そうにみえる。
内里睡着了。 他的呼吸很平静。 看来出门一会儿是可以的。

サナは家を出て、車に乗り込む。国道を進み、神社へ向かう。いつもは海岸線の波が目に入るが、今日は御山を意識してしまう。運転していても背後に不穏なものが聳えている気がする。心が常にざわざわしている。おばあさんが病気になり、命が尽きようとしている時の感覚と似ている。サナは首を振る。
Sana 离开家,上了车。 沿着国道继续前往神社。 通常,我可以看到海岸线上的海浪,但今天我注意到了山脉。 即使我开车时,我也觉得身后有什么东西令人不安。 头脑一直在嗡嗡作响。 这类似于你的祖母生病并即将去世时的感受。 Sana 摇摇头。

自衛隊の車両とすれ違う。どこかの駐屯地から救援に来たのだろうか。
我经过了一辆自卫队的车辆。 我想知道他们是不是从什么驻军那里来救援的。

どんな時でもゆっくり走るサナの車をねずみ色のタクシーが反対車線にはみ出て追い抜く。
随时,一辆灰色的出租车在对面车道上超过了 Sana 缓慢行驶的汽车。

「あのタクシーは」
“那辆出租车。”

いるか岬にサナを送ってくれた運転手の車だ。後部座席から身を乗り出した若い客が運転手のおじさんを急かしているようだった。ねずみ色のタクシーは猛スピードで海岸線を走り、すぐに見えなくなった。
这是将 Sana 送到海角的司机的车。 一名从后座探出身子的年轻乘客似乎正在冲向司机的叔叔。 灰色的出租车以极快的速度沿着海岸线行驶,很快就从视线中消失了。

神社に到着する。鳥居も狛犬狛猫こまねこも無事だ。神社から御山を見上げると距離が近いぶんだけ異様に映る。黒い溶岩ドームはさらに膨らみ、今にも頂上から転げ落ちてきそうだ。山頂から噴煙が上がり、山の中腹まで灰を被り、森は一度死んだように静かだ。飛来する火山灰が目に痛く、硫黄の臭いも強い。
到达神社。 Torii、Komainu Komaneko 是安全的。 当你从神社仰望这座山时,由于距离遥远,它看起来很奇怪。 黑色的熔岩穹顶更加膨胀,看起来就像要从上面滚落一样。 浓烟从山顶升起,灰烬覆盖了山腰,森林就像曾经死去一样寂静。 飞扬的火山灰让人眼睛痛,硫磺的气味很浓。

宮司さんはどこにいるのだろう。避難してくれればいいけど、宮司さんの居場所を確かめる術がない。勢いに任せて来たが、自分の考えのなさにサナは消沈する。
宫治先生在哪里? 我希望他们能撤离,但无法确认宫治的下落。 她让这种势头占据了上风,但 Sana 因缺乏思考而感到沮丧。

「おやおや、サナさん、どうしましたか?」
“哦,天哪,Sana,怎么了?”

社務所から宮司さんが出てきた。この人はわたしが願うといつも現れる。
宫治先生从公司办公室出来。 每当我要求他时,这个人就会出现。

「どうしたではなく、早く避難しましょう。この地区には避難勧告が発令されていますよ」
“这与发生了什么无关,让我们尽快撤离,已经针对该地区发布了疏散建议。”

「確かにこの地域は大昔の噴火でも大きな被害が出ましたから。だから鎮守のためにこの神社ができたわけです」
“确实,这个地区很久以前就被火山喷发严重破坏了,所以建造了这座神社来保护它。”

他人事のように宮司さんが解説を始める。
宫治先生开始解释,好像这是别人的问题一样。

「講釈を垂れている場合ではないですよ。いるか岬に逃げましょう」
“现在不是讲课的时候,我们跑到海角去吧。”

「それはできません。三辺の守護者として、この場を守る義務があります」
“我不能那样做,作为三方的守护者,我有义务保护这个地方。”

「そんな……、命のほうが大事ですよ。籠城を決め込んだ城主は大抵殺されます」
「在这样的......下,生命更重要,决定守住城堡的城堡主人通常会被杀掉。

サナは宮司さんに懇願する。ネリさんも倒れ、もしも宮司さんにまでなにかあったら。
Sana 恳求 Miyaji-san。 内里也跌倒了,如果宫治先生出了什么事。

「やるべきこともあります。多くの住民はすでに避難を終えていますが、何名かが山の中腹に残っています」
“还有工作要做,许多居民已经被疏散,但有些人仍然留在山腰上。”

「その方々はどうして避難されないのですか? 危険ですよ!」
“他们为什么不撤离呢?

噴煙を上げる御山をサナは指差す。
Sana 指着喷发的山。

「記者やカメラマンなど取材の方が押し寄せて、タクシーを貸し切り、村人にお金を払い道案内をさせています。この先の集落に中継基地を設置したそうです。迫力ある映像をカメラに収めるためにね」
“记者、摄影师和其他记者涌向村里,租了出租车,付钱给村民指路,并在前面的村子里设立了一个中继站。 为了在相机上捕捉到强大的图像。

宮司さんの視線の先にある森の木々の隙間から数軒の家の屋根とねずみ色のタクシーが見えた。
透过宫治先生视线前方森林中树木的缝隙,他可以看到几栋房子的屋顶和一辆灰色的出租车。

タクシー? あのおじさんも山にいるの?
出租车? 那个叔叔也在山里吗?

「さっき避難してきた人からその話を聞いたので、山を降りるよう説得に行こうとしていたところです」
“我从刚刚撤离的人那里听说了这件事,所以我试图说服他们下山。”

宮司さんは長袖長ズボンの山登りの格好をしている。
Miyaji 穿着长袖和长裤,打扮成登山者。

「その間に溶岩が迫ってきますよ!」
“熔岩正在中间!”

「ここまで溶岩はきません。この辺りの地層は溶岩石ではないですから。それよりも怖いのは……」
“我们这里没有熔岩,因为这里的地层不是熔岩。 比这更可怕的是.......”

轟音と地鳴りが響いた。今まででもっとも激しい揺れにサナは立っていられず、その場に蹲る。
一声咆哮和大地隆隆作响。 Sana 无法承受她所经历过的最剧烈的摇晃,她当场踢了一脚。

「頭を隠して!」
“把你的头藏起来!”

宮司さんが叫ぶ。
宫治喊道。

鳥居と狛犬、狛猫が激しく揺れる。狛犬と狛猫の像が地面に落ちて頭がぱっくり割れる。石の鳥居も倒れ、アコウの木にぶつかり崩壊する。
鸟居、komainu 和 koman-neko 剧烈摇晃。 komainu 和 komanko 的雕像倒在地上,头裂开了。 石鸟居门也坍塌,撞上了 Akou 树并坍塌。

さらなる爆発音が轟く。山頂の方角だ。しゃがんだ姿勢のままサナは首を向けると溶岩ドームが吹き飛ぶのが見えた。内部にしかけられていた爆弾が破裂したように黒い塊が飛び散り、オレンジ色の溶岩と噴煙と噴石が空に広がる。
更多的爆炸声咆哮着。 它朝着山顶的方向。 Sana 仍然蹲着,转过头来,看到熔岩穹顶被吹走了。 黑色的斑点像炸弹爆炸一样四散开来,橙色的熔岩、羽流和煤渣岩石蔓延到天空中。

「早く、車に!」
“快点,上车!”

宮司さんがサナの手を取り、車に乗り込む。遠くから銃撃されたみたいに、無数の噴石が車の屋根に当たる軽い音が車内に落ちてくる。
宫治牵着萨娜的手上了车。 仿佛从远处传来了枪声,无数煤渣石打在车顶上的轻快声音落入了车内。

「火砕流が来ます!」
“火山碎屑流即将到来!”

「火砕流?」
“火山碎屑流?”

サナからキーを受け取ると、宮司さんは素早くエンジンを回し、境内から車を出す。
从萨娜那里接到钥匙后,宫治迅速发动引擎,将车开出了辖区。

サナは御山を向く。巨大な砂埃みたいなものが川の流れのように山頂からこちらに向かっている。貪欲な汚れた大蛇が恐ろしい速さで森を走る。山の中腹の小さな平地に差し掛かると火砕流は一度速度を緩めたが、集落を呑み込むと再び勢いを増し斜面を滑り落ちる。森の合間からのぞいていた家の屋根とタクシーが姿を消した。
Sana 转向 Miyama。 一团巨大的尘埃像河流一样从山顶向我们移动。 一条贪婪的肮脏的蛇以可怕的速度穿过森林。 在山腰的半山腰上,火山碎屑流减慢了,但当它吞没村庄时,它再次获得动力并滑下斜坡。 房屋的屋顶和一直在森林中窥视的出租车都消失了。

「あれが火砕流? テレビの人や運転手さんたちは……」
“那是火山碎屑流吗?”电视上的人和司机.......”

サナの質問に宮司さんは答えず、ハンドルを回し、海岸沿いを全速力で駆ける。
宫治没有回答萨娜的问题,转动方向盘,沿着海岸全速行驶。

曲がりきれるぎりぎりの速度で車がカーブを越えてから振り向くと、火砕流が今通ってきた海岸線の道を越えて、海に落ちる瞬間をサナは目撃する。神社の先にある崖から大量の土砂と灰が海に雪崩れこむ。漁師の家やサナが半紙を買った文房具屋があった地域も跡形もない。
Sana 目睹了汽车以它可以转弯的速度穿过弯道的那一刻,然后转身看到火山碎屑流穿过它刚刚经过的海岸线路径,落入大海。 大量的沉积物和灰烬从神社外的悬崖上雪崩入海中。 渔夫家和萨娜买报纸的文具店都没有留下任何痕迹。

「ああ……。なんにも……、なんにもない……」
“哦......没什么,没什么......什么都没有......

サナは嘆きの声を漏らす。
Sana 发出一声哀嚎。

「色々なものが流れて消えたかもしれません。だけど、残るもの、残せるものもあります」
“很多东西可能已经流动和消失了,但有些东西仍然存在,有些东西可以保留下来。”

宮司さんはアクセルを踏み、いるか岬に向かう。
宫治踩下油门,朝着伊鲁卡岬而去。

いるか岬に戻ると、ネリさんが杖をつきながら、出迎えてくれた。
当我回到海角时,内里用拐杖迎接我。

「汚れた酷い顔だね。でも、無事で良かった」
“那张脸又脏又可怕,但我很高兴你平安无事。”

ネリさんの顔を見たら、サナは堪えきれず泣き出し、ネリさんに抱きつく。
当她看到 Neri 的脸时,Sana 受不了了,开始哭泣并拥抱了 Neri。

「そんな顔で泣かれたら、こっちまで灰まみれだ」
“如果你那样哭泣,你会被灰烬覆盖。”

そう言いながらネリさんがサナの頭を撫でる。
说这句话时,Neri 抚摸着 Sana 的头。

「こちらは無事でなによりです」
“我很高兴你平安。”

運転席から降りた宮司さんが言う。
“从驾驶座上下来的宫治先生说。

「そうでもないよ」
“不是。”

ネリさんが御山を杖で指す。サナも涙を拭き、同じ方角を見上げる。オレンジ色の溶岩が山肌を裂きながら、こちらに伸びている。火砕流より速度が遅いが、溶岩は確実に進んでいる。
Neri 用她的拐杖指着 Miyama。 Sana 擦干眼泪,抬头看向同一个方向。 橙色的熔岩在这里延伸,撕裂着山坡。 虽然它比火山碎屑流慢,但熔岩正在稳步移动。

「溶岩流だ」
“这是熔岩流。”

地獄にふさわしい溶岩の川の周りでは山火事が起きている。溶岩に触れた木は燃え上がり、死の墓標と化す。サナにはとても現実の光景に見えない。だけど、これは間違いなく自分の目の前で起きている現実だ。
野火在一条堪比地狱的熔岩河周围肆虐。 当一棵树接触到熔岩时,它会燃烧并成为死亡的坟墓标志。 对 Sana 来说,这看起来不是很真实。 但这绝对是摆在我面前的现实。

「逃げましょう。まだ時間がある。社を失い、三辺の守りが途切れています。この先何が起こるか予測できません」
“我们逃跑吧,还有时间。 我们失去了公司,三方的防线也被打破了。 你无法预测会发生什么。

宮司さんがネリさんに言う。
宫治对 Neri 说。

「ここを捨てていくわけにはいかない。あんたらだけ逃げな」
“我不能离开这个地方,你只能逃跑。”

「ネリさん、一緒に逃げましょうよ」
“内里,我们一起逃跑吧。”

サナはネリさんに縋りつく。
Sana 紧紧抓住 Neri。

「猫がいる」
“有一只猫。”

弱々しい声でネリが言う。
内里用微弱的声音说。

「連れて行きましょう」
“我们带他去吧。”

「猫は家につく。猫たちを失うことが、どういうことかわかるだろう、サナ」
“猫儿们都回家了,你知道失去它们是什么感觉吗,Sana。”

三匹の猫がネリさんに並んで座っている。彼らはいるか岬から決して出ない。自分の家から離れただけで死んでしまうのか。でも、この場所、ねこつくりの宮では、それは自然の摂理のように思える。
三只猫与 Neri 并排坐着。 他们正在或永远不会走出海角。 我离开家会死吗? 但在这个地方,在猫的宫殿里,似乎是天意。

「ネリさんの命には変えられませんよ」
“我无法改变 Neri 的生活。”

宮司さんが諭す。
宫治先生告诫道。

「本当にそう思うのかい?」
“你真的这么认为吗?”

杖で体を支えるネリさんが宮司さんを睨む。
用拐杖支撑身体的 Neri 瞪着宫治。

「ネリさんがいるならわたしも残ります」
“如果 Neri 在,我就留下来。”

「あんたはまだ若い」
“你还年轻。”

「ネリさんだって、いつも若いと言っているでしょう」
“Neri 总是说你年轻。”

「ふん」
“嗯。”

ネリさんがそっぽを向く。
内里转过身去。

「やれやれ、僕も付き合いますよ。三辺の守護仲間として」
“好吧,我会和你在一起,作为三方的守护者。”

宮司さんが肩をすくめる。
宫治耸耸肩。

溶岩流火龍かりゅうのように斜面を這う。龍の背中から逆立つ鱗のように白煙が上る。山火事の範囲も広がっている。溶岩を舐めた熱い風が頬に当たる。硫黄の臭気も強まる。火山性地震で体が揺れる。
熔岩流 像火龙一样从山坡上爬下来。 白烟从龙背上升起,宛如倒置的鳞片。 野火的范围也在扩大。 热风舔舐着熔岩,打在我的脸颊上。 硫磺的气味也越来越浓。 身体因火山地震而颤抖。

これはいつまで続くのだろう。非日常が長く続けば、非日常が日常になってしまい、以前の日常が非日常に移る。地震の揺れに慣れてしまったように、こんな状態にも慣れてしまうのか。慣れた先に何があるのだろう。
这种情况会持续多久? 如果不平凡持续了很长时间,不平凡就会变成平凡,以前的日常生活就会转移到不平凡。 正如我们已经习惯了地震的震动一样,我们会习惯这样的情况吗? 我想知道当我习惯了它时,我面前会发生什么。

サナには答えが見つからない。わかるのは、あと一時間もしたら、溶岩がここまで到達することだ。ゆっくりと確実に進む溶岩流。まるで生きているみたいだ。
Sana 找不到答案。 我们所知道的是,再过一个小时,熔岩就会到达这一点。 熔岩流缓慢而坚定地移动。 这就像活着一样。

三辺の一角が破られて、御山を統括するツカサさんが次はここを狙っているのだろうか。取引相手であるわれわれを攻撃して何の利益があるのだろう。こうやって擬人化して考えることも危険だとサナは思う。
三面的一个角落已经被攻破,我想知道负责美山的司是不是接下来的目标是这个地方。 攻击我们这些贸易伙伴有什么好处? Sana 认为像这样拟人化地思考是危险的。

高熱の風が皮膚を炙る。山火事から火片が混じった黒い煤が舞う。山の中腹に放置された車が溶岩に呑まれて炎上する。唇が乾き、喉がひりひりと痛い。サナは死を感じる。火砕流に巻き込まれそうになったときも死ぬかと思ったが、こういう緩慢な死の方がよほど恐怖を感じる。
热风灼伤皮肤。 黑色的烟灰与森林大火的火焰混合着飘扬。 一辆被遗弃在山腰上的汽车被熔岩吞噬并起火。 我的嘴唇干燥,喉咙刺痛。 Sana 感觉到死亡。 当我快要被卷入火山碎屑流时,我以为我会死,但我更害怕这种缓慢的死亡。

サナは宮司さんを見る。宮司さんは溶岩流を見つめている。彼にもどうすることもできないのだろうか。
Sana 看着 Miyaji。 宫治盯着熔岩流。 他对此无能为力吗?

「あんたたち、気が済んだろう。今ならまだ間に合う。道路が塞がれたら一巻の終わりだよ」
“你们已经受够了,现在还不算太晚。 如果道路被堵住了,那就是这本书的结局。

「一巻が終わっても、第二巻がありますよ」
“即使第一卷结束了,也会有第二卷。”

宮司さんが力ない笑顔を浮かべる。
宫治无奈地笑了笑。

「あんたまで、タブみたいな口を利いて」
“像标签一样对你说话。”

溶岩流が中腹の小高い部分を越えて、速度を速める。風向きに関わらず、高熱を全身に感じる。眩しくてもう溶岩を直視できない。
熔岩流穿过山中央的一座小山丘,提高了它的速度。 无论风向如何,您都会感到全身发高烧。 我眼花缭乱,再也无法直视熔岩了。

睨まれて竦んだ蛙をとらえた蛇のように溶岩流がスピードを上げて山筋を這い、こちらに向かってくる。残された時間は少ない。いやもうないのかもしれない。
就像一条被瞪着的青蛙缠住的蛇一样,熔岩流加速爬上山,向我们爬来。 所剩时间不多了。 也许现在不会了。

眩しくて目を細めたサナの視界の隅に緑の光が走る。溶岩流とは別の方角だ。
Sana 的视野角落里闪过一道绿光,她眯着眼睛看着她耀眼的样子。 它与熔岩流的方向不同。

「なんですか? あれは」
“那是什么?”

「タブさんだ」
“是Tabu-san。”

宮司さんが言う。
Miyaji 说。

「えっ?」
“什么?”

複数の緑の光が筋を引きながら山の反対から溶岩流の先に向かって麓を周り、森を走る。溶岩ではないし、火災した森の延焼でもない。緑の光は森の中を走り抜けているように見える。
当它们从山的另一侧向熔岩流的尽头穿过森林时,它们绕着山脚跑,划过多道绿光。 这不是熔岩,也不是着火的森林蔓延。 绿灯似乎穿过森林。

「犬、ですか?」
“是狗吗?”

森からのぞく緑光は犬の形をして、群れだって溶岩流に向かう。尖った耳が木々の間を過ぎる。
从森林中探出头来的绿光变成了狗的形状,羊群朝着熔岩流走去。 尖尖的耳朵穿过树林。

光の犬たちは森を駆けて、溶岩流の先端に体当たりする。犬たちは左右に繋がり、緑色に輝く壁に変わる。オレンジ色の溶岩流が壁に直撃する。溶岩の波は壁に遮られ、その先へは進めなくなる。
光之犬穿过森林,撞击熔岩流的尖端。 狗狗们向左和向右连接,变成了一堵发光的绿色墙。 橙色的熔岩流撞上了墙壁。 熔岩波被一堵墙挡住了,你不能再往前走了。

火口から湧出した溶岩が壁の内側に溜まり、最初に到達した溶岩が冷え始め黒く変色を始める。あとから流れて来た溶岩も次第に色を変える。
从火山口喷涌而出的熔岩堆积在岩壁内,第一个到达的熔岩开始冷却并变成黑色。 后来流出的熔岩也逐渐变色。

「溶岩の流れが減ってきた!」
“熔岩的流量正在减少!”

宮司さんが言う。中腹付近の溶岩の流れがさきほどよりも弱くなったようにみえる。周りの山火事も収まってきた。
Miyaji 说。 斜坡中间附近的熔岩流似乎比以前更弱。 我们周围的野火也已经平息。

やがて溶岩の流れが完全に止まり、緑色に輝く壁も消失した。空気に触れて冷えた溶岩が黒く固まり壁となる。いるか岬は助かったんだ。
最终,熔岩的流动完全停止了,发光的绿色墙壁消失了。 当熔岩与空气接触时,它会冷却并凝固成黑色,形成一堵墙。 海角得救了。

家の中で電話が鳴る。サナは駆け足で家へ戻り、受話器を取るとタブさんだった。
房子里的电话响了。 Sana 冲回屋子,拿起电话,是 Tab 先生。

「あんたかい。やっぱりまだそこにいたんだ。ネリに縛られて逃げられなかったんだろう?」
“毕竟,你还在那儿。 你逃不掉,因为你被 Neri 绑住了,对吧?

「自分の判断です。助けていただいてありがとうございます」
“这是我的决定,谢谢你的帮助。”

「こっちは被害がなにもなくて暇でね。火砕流は速すぎて間に合わなかったが、そっちは何とかなったわ。ばあさんが溶岩に焼かれたら、焼き場へ行く手間は省けるが、その家はもったいないからねえ。ネリに代わってもらえるかい?」
火山碎屑流太快了,无法及时到达,但我们设法到达了那里。 如果你的祖母被熔岩烧伤,你不必去火葬场,但这是浪费时间。 你能代替 Neri 的位置吗?

家を出て大声でネリさんを呼ぶ。
我走出房子,大声打电话给 Neri。

「あのお節介め。わたしに恩を売ったつもりでいるんだろう。押し売りの恩は買ったことにならないよ」
“你以为你帮了我一个忙。 我不买这个推倒重来的青睐。

サナに支えられながら、広間の安楽椅子に座り、ネリさんが電話に出る。いつものように、売り言葉に買い言葉で会話が進む。
在 Sana 的搀扶下,她坐在大厅的安乐椅上,Neri 接电话。 像往常一样,对话以买卖的词语进行。

サナは宮司さんの元へ戻る。宮司さんは御山を見つめている。
Sana 回到 Miyaji。 宫治盯着美山。

「危なかったですね」
“这很危险。”

宮司さんが安堵の表情を浮かべる。
宫治先生看起来松了一口气。

「神社がなくなってしまいました」
“神社没了。”

「神社はまた同じ土地に再建できます。ここの猫たちとは違います。サナさん、あれが見えますか?」
“神社可以在同一片土地上重建,这与这里的猫不同。 Sana,你能看到吗?

神社があった地区の方角を宮司さんが指差す。
牧师指着神社所在区域的方向。

夕方の空にたくさんの青い光が山の中腹から昇っている。
傍晚的天空中,许多蓝光从山腰升起。

「あれもタブさん?」
“那也是Tab先生吗?”

「やはりサナさんにも見えるのですね。さきほど亡くなった人の魂です」
“你也可以在萨娜身上看到它,那个早先去世的人的灵魂。”

「魂」
“灵魂”

青き蛍のような光の玉が次々と昇天していく。
蓝色萤火虫般的光球一个接一个地升起。

「普通に亡くなった人の魂は我々にも見ることはできませんが、御山で失われた魂はあのように見えるのです」
“我们看不到已经死去的普通人的灵魂,但在美山丢失的灵魂就是这样。”

あの光のひとつはタクシーのおじさんの魂だろう。救ってあげたかった。救ってあげる機会はあった。道で追い抜かれたときに車をぶつけてでも止めるべきだった。
其中一盏灯将是出租车司机的灵魂。 我想拯救他们。 我有机会拯救他们。 即使我在路上被超车时撞到了我的车,我也应该停下来。

サナは目を瞑り、青い光に向かって手を合わせる。宮司さんの手がサナの肩に触れる。
Sana 闭上眼睛,双手合十,朝向蓝光。 宫治的手碰到了萨娜的肩膀。

「祈っていても穏やかな暮らしは取り戻せませんよ」
“就算你祈祷,也无法恢复平静的生活。”

宮司さんにしては珍しく強い言葉が聞こえた。サナが目を開けると、いつもと変わらない柔らかい宮司さんの笑顔があった。
我听到了对宫治先生来说不寻常的强烈话语。 当 Sana 睁开眼睛时,她看到 Miyaji 的笑容一如既往地温柔。

「まずは情報を集めて現状を把握しましょう」
“首先,让我们收集信息并了解现状。”

宮司さんが家に戻る。ラジオは御山での被害状況をずっと報道している。亡くなった方々は新聞記者、番組制作会社のスタッフ、協力していた地元の人、そしてタクシーの運転手。火山活動の取材中に記者らは被害に遭ったとラジオは報じた。被害者の行動の詳細には触れない、取材を止めて避難していれば地元の人が被害に遭わずにすんだことも。
宫治先生回到家。 电台长期以来一直在报道美山的损失。 死者是报纸记者、节目制作公司的工作人员、与他们合作的当地人和出租车司机。 据该电台报道,记者在报道火山活动时成为受害者。 我不会详细介绍受害者的行为,但我也说过,如果他们停止采访并疏散,当地人就不会受到伤害。

避難所からの中継が入る。体育館で話すレポーターの声の後ろで多くの人の声が反響する。膨らんだ音がサナを囲み、自分もその場にいる気がしてくる。
将输入来自避难所的中继。 许多人的声音在体育馆里记者的声音后面回荡。 肿胀的声音围绕着 Sana,她觉得自己就在那里。

山村から避難した人は溶岩流が接近してきたので、着の身着のまま逃げ出してきたそうだ。他にも多くの人が溶岩流に自宅を焼かれ、火砕流で家財を流された。火山活動が収まるまでの間、家の状態を確かめることもできない。何年先まで戻れないのか、火山活動がこのまま数百年単位で続けば、一生自宅に戻れない。人の一生はたかだか百年だから、これぐらいにしておこうかと山は慮ってはくれない。御山からしたら、昔から噴火する可能性があるのに、それでも勝手に近所に住んでいる我々が悪いと思っているのかもしれない。古代より何度か噴火しているわけだから、自分が馴染みのある歴史の人物らも噴火の様子を見ているかもしれない。「噴火するとは知らなかった」ではすまされない。自分も知っていたはずだ、三辺の守護仲間として。
从山村撤离的人说,随着熔岩流的逼近,他们只带了身上的衣服逃跑。 许多其他人的房屋被熔岩流烧毁,他们的财物被火山碎屑流冲走。 在火山活动消退之前,也无法检查房屋的状况。 不知道未来多少年我回不去,如果火山活动持续数百年,我将永远无法返回我的家。 一个人的寿命只有 100 年,所以山里不会想着保持这样。 从这座山的角度来看,它有可能喷发很长时间,但可能仍然是我们这些住在附近的人的错。 它自古以来就喷发过几次,所以你熟悉的历史人物可能见过这次喷发。 “我不知道它会喷发”是不够的。 他也应该知道,作为三方的伴侣守护者。

「宮司さん」
“宫治先生”

「なんでしょう」
“什么事?”

ラジオに耳を傾けていた宮司さんがこちらを向く。
正在听收音机的宫治先生转向我。

「宮司さんとネリさんは三辺の守護者ですよね」
“宫治先生和内里先生是三方的守护者,不是吗?”

「いかにも」
“不可能。”

「御山から力をもらい、人の哀しみを埋めるのが、わたしたちの使命ですよね。だったら御山の力を使って住民のみなさんを救うのも、わたしたちの仕事ですよね」
“我们的使命是从美山那里获得力量并埋葬人们的悲伤,因此利用美山的力量拯救居民也是我们的工作。”

サナは力説する。
Sana 坚持道。

「半分合っていて、半分違っていますね」
“一半对,一半不同。”

「どういうことですか?」
“你什么意思?”

「わたしたちは御山から力を得ていますが、一番に救うのは住民ではなく、ここにいる猫です」
“我们从山上获得力量,但我们首先拯救的不是居民,而是这里的猫。”

宮司さんのそばで眠る三匹の猫を宮司さんが見下ろす。
宫治先生低头看着睡在他身边的三只猫。

「そんな……。宮司さんは山に入って報道の人たちを止めようとしていたじゃないですか」
“那是......,宫治先生是想通过进入山区来阻止记者,不是吗?”

「人として当然の行為です。それと三辺の守護者としての使命は別です。人の運命に本来とは異なる力で深入りしてはいけません。死んだ猫を復活させてはならないように」
“作为一个人,这是一件很自然的事情,但这和你作为三方守护者的使命不同。” 我们绝不能用不同于它应该有的力量来深入探讨一个人的命运。 不要让死猫复活。

サナが復活を試みようとして失敗したおじいさんの猫。割れた鍋からのぞいて消えたふたつの眼光。
Sana 尝试过但未能复活的老人的猫。 两只眼睛从破裂的罐子里探出头来,消失了。

「でも、何かしないと。何かしたいです。何かしないとおかしくなってしまいそう。そうだ、わたし、猫をつくります。猫をつくって避難所の人に届けます。家族を亡くなった哀しみ、家を失った辛さを猫が和らげてくれるはずです!」
“但我必须做点什么。 如果我不做某事,我会发疯的。 没错,我要做一只猫。 我们将制作一只猫并将其交付给收容所的人们。 一只猫应该缓解失去家人的悲伤和失去家的痛苦!

「何言っているんだい」
“你在说什么?”

振り向くと、柱に寄りかかったネリさんが立っていた。
当我转过身来时,我看到 Neri 靠在一根柱子上站着。

「ネリさん!」
“内里先生!”

「避難所に猫がたくさんいたら騒がしくて仕方がないよ」
“如果收容所里有很多猫,它就不能不吵闹。”

「でも、猫がいたら……、猫がいたら……」
“但是,如果有猫,......如果有猫,......如果有猫。”

サナは涙声になる。泣くのは違うとわかっていても、哀しみとは違う悔しさに近いところから溢れる感情が涙腺を刺激する。
Sana 流泪了。 即使你知道哭泣是不同的,从接近沮丧的地方溢出的情绪,也就是与悲伤不同,也会刺激泪腺。

「猫を届けないとは言っていないよ」
“我不是说我们不会送猫。”

ネリさんが言う。
“内里说。

「えっ?」
“什么?”

「松下さんに連絡を。地震で土鍋は全部割れてしまったが、松下さんのところなら新しい土鍋があるかもしれない」
“联系松下先生,所有的陶罐都在地震中打碎了,但松下先生可能有一个新的。”

「はい!」
“是的!”

ネリさんの意図はわからないが、ネリさんの顔に光明が見えた気がして、サナは大きな声で返事した。
不知道内里的意图是什么,但感觉自己在内里的脸上看到了光芒,萨娜大声回答。

松下さんの家に電話したが誰も出ない。まさか松下さんも火山の被害に遭ったのか。背筋が冷たくなる。
我打电话给松下先生的家,但没有人接听。 松下先生也受到火山的影响吗? 它会让你的脊背发凉。

「避難しているかもしれません。ちょっといいですか」
“你可能正在撤离,能等一下吗?”

近くにいた宮司さんに受話器を渡すと、宮司さんが役場に連絡して、松下さんが住んでいる地区の避難所を訊きだす。避難所に掛け直して呼び出すと、暫くして松下さんが電話に出た。
当他将接收器交给附近的宫地先生时,他联系了市政厅,要求在松下先生居住的地区设立疏散中心。 我再次打电话给避难所,过了一会儿,松下先生接了电话。

「大変なときにすいません。平気ですか?」
“很抱歉这么难了,你还好吗?”

心配そうな声で宮司さんが訊ねる。宮司さんは松下さんと顔見知りのようだ。
宫治用担心的声音问道。 宫治先生似乎认识松下先生。

「うちは火砕流の直撃を受けちゃいないが噴石が多くて危険だから一家で避難してきた。そっちはどうだい?」
“我们没有被火山碎屑流击中,但那里有很多煤渣岩,很危险,所以我们全家都撤离了。

「神社はだめでしたが、いるか岬は無事です。ネリさんもサナさんも。こんな時に申し訳ないですが、鍋はどこかにありますか?」
“神社被毁了,但 Irika 岬很安全,Neri 和 Sana。 我很抱歉这次,但有没有某个地方有锅?

「こんな時に鍋か、まあこんな時だから必要なんだろうな」
“我想在这种时候,嗯,在这样的时候,我需要一个罐子。”

傍で耳をそばだてているサナにも松下さんの声が聞こえている。
仔细听着的萨娜,也能听到松下的声音。

「完成品はないが、窯出しの日が近づいていたから、窯にはいくつかある。窯の火も落としてある。ただこの地震で割れてしまったかもしれない」
“我们没有成品,但我们有一些在窑里,因为窑的日子快到了。 然而,它可能已经被这次地震打破了。

「今から窯元にお邪魔しても良いですか?」
“我现在可以参观窑了吗?”

「別に構わないが、あの辺りは危険だぞ」
“我不介意,但那边很危险。”

「危険でも逃げるわけにいきません」
“你不能逃避危险。”

宮司さんが強い口調で話す。
宫治先生用强硬的语气说话。

電話を切ると、宮司さんがサナに言う。
挂断电话后,宫治对萨娜说。

「車を借りますよ」
“我来借一辆车。”

「わたしも行きます」
“我也要去。”

「松下さんの話を聞いていましたよね」
“你在听松下先生的话,不是吗?”

「わたしも行きます」
“我也要去。”

それ以上の言葉を宮司さんは口に出さず、ふたりは車に乗り込む。
宫治没有再说什么,两人上了车。

松下さんの工房までの道はいたるところに噴石が転がっていた。車の速度を落として、宮司さんが大きな石を慎重に避ける。
通往松下先生工作室的路上到处都是煤渣石。 放慢车速,宫治小心翼翼地避开大石头。

山道に入ると、道が隆起している箇所もあり、車が左右に揺れ、サナは必死で車にしがみつく。他に通行する車もなく、人影もない。火山灰が積もった路傍の木々も死んでしまったように見える。火山が噴火するまでは、みんな普通の暮らしをしていたのに、ある時の一線を越えて、「幸い」が「辛い」に変わってしまった。歴史の中で何度も起きたことだけど、自分がそこに身を置くと見えるのは残酷な光景でしかない。
进入山路时,有路面抬高的地方,车子左右摇晃,萨娜拼命紧紧抓住车子。 没有其他汽车经过,也没有人。 路边被火山灰覆盖的树木似乎也已经死亡。 在火山爆发之前,每个人都过着正常的生活,但在某个时候,界限被越过了,“幸运”变成了“痛苦”。 这在历史上发生过很多次,但当你置身其中时,你看到的只是残酷的一幕。

なんとか松下さんの窯元についた。車を停める。
我设法到达了松下先生的窑。 停好你的车。

車を降りると、灰色の世界が広がっていた。すべての建物と植物に火山灰が積もり、地上で動いているものは何もない。まだ空から火山灰が降り続いている。まるで深海に降り注ぐプランクトンの死骸のように。口を開けると体に悪そうなものが口の中でざらざらする。近づいた山頂から溶岩を湧出する音がぼこぼこ聞こえる。鼻で呼吸できないぐらいに硫黄の臭いが激しい。ここはわたしたちが住んでいた世界とは別の世界になってしまった。
当我下车时,我看到了一个灰色的世界。 火山灰堆积在所有建筑物和植物上,地面上没有任何移动。 火山灰仍在从天而降。 就像浮游生物的尸体如雨点般落在深海上。 当你张开嘴时,看起来对你的身体有害的东西在你的嘴里变得粗糙。 可以听到熔岩从接近的山顶喷涌而出的声音。 硫磺的气味非常强烈,以至于您无法用鼻子呼吸。 这是一个与我们生活的世界不同的世界。

サナは辺りを見回す。あちこちに噴石が落ちている。松下さんの自宅の瓦屋根にも無数の噴石が転がる。大きな被害はなさそうだけど、松下さんらがここへ戻って暮らせるようになるまでどれだけかかるのだろう。
Sana 环顾四周。 煤渣岩石到处掉落。 无数的煤渣石也落在松下先生家的瓦片屋顶上。 似乎没有什么重大的损坏,但我想知道松下和他的朋友们需要多长时间才能回来住在这里。

「急ぎましょう。ここは火山ガスの濃度が強い。こっちが窯です」
“我们快点,这里的火山气体浓度很高。 这是窑。

顔を手で覆いながら、宮司さんがサナを呼ぶ。山の斜面に土を固めた丸い窯がいくつか並んでいる。窯は傾斜していて、奥の方が高く、手前が低い。
宫治用手捂住脸,呼唤萨娜。 山坡上有几座圆窑。 窑是倾斜的,后面较高,前面较低。

「登窯といいます。有効的に炎を活用するためにこのような形状をしているのです。炎は下から上に上がっていきますから。よかった、窯は損傷していないようです」
“它被称为爬窑,它的形状是这样的,以便有效地利用火焰。 火焰自下而上。 很好,窑好像没有损坏。

宮司さんが一番低い場所にある窯に入り、用意しておいた懐中電灯で中を照らす。サナも後から入り、窯の中で鍋を探す窯床かまどこに割れた鍋が散乱している。地震で落ちて割れてしまったのだ。
宫治先生从最低点进入窑炉,用他准备好的手电筒照亮里面。 Sana 后来也进来了,在窑里找了一个罐子。 破碎的罐子散落在窑地板或炉子上。 它在地震中倒塌并破裂。

サナは肩を落とす。
Sana 耸耸肩。

「あった。ありました!」
“有,有!”

宮司さんが光を当てた場所に無傷な鍋がいくつかあった。
在宫治先生照灯的地方,有好几个罐子完好无损。

「よかった」
“这很好。”

サナと宮司さんは窯から土鍋を運び出し、車に載せる。鍋を納入する時に使う縄と新聞紙を納屋から持ち出して丁寧に包む。
Sana 和 Miyaji 将陶罐从窑中搬出来,装上车。 用于运送花盆的绳子和报纸从谷仓中取出并小心地包裹起来。

出発する時、サナは近くに見える御山を望む。御山は何も語らず、噴煙を上げ、溶岩を噴いている。
离开时,Sana 看着附近的美山。 美山什么也没说,只是升起一缕烟雾,喷出熔岩。

いるか岬に戻ると、庭に持ちだした安楽椅子にネリさんが座っている。寝ていた方が良いと諭してもネリさんは聞かず、外にいると言う。日は沈み、御山から離れた海の空には星が巡る。
当我回到海角时,我发现 Neri 坐在我带到花园里的一张安乐椅上。 即使你告诉她最好睡觉,内里也不听,说她在外面。 太阳落山,星星在远离群山的海空中盘旋。

芝生の上に置かれたラジオが被災状況を伝える。避難した住民の数が刻々と増えている。
草坪上的收音机报告了损坏情况。 流离失所的居民人数每时每刻都在增加。

「大災厄だ」
“这是一场灾难。”

ラジオの報道を聞いて宮司さんが呟く。
宫治听到无线电报告时喃喃自语。

「だからって、何もしなければ何も変わらないよ」
“但如果你什么都不做,什么都不会改变。”

ネリさんが言う。
“内里说。

「そうですね。ネリさんは強いです」
“是的,内里很强。”

「気はわたしのが強いが、腕力はあんたのがあるだろう。ここに竃を作ってくれ」
“我的头脑很强大,但你的力量是你的,让我在这里成为一根手杖。”

「竃ですか。なるほど」
“我明白了。”

ネリさんの言葉を聞いて宮司さんは肯き、家の脇に長年積んであった煉瓦を庭に運び始める。
听到 Neri 的话,牧师同意了,并开始将堆积在房子侧面多年的砖块搬进花园。

「わたしは何をすれば?」
“我该怎么办?”

サナが訊ねる。
Sana 问道。

「半紙を用意しておいてくれ」
“准备一张纸。”

ネリさんの部屋にまだ半紙が残っていた。港近くの文房具店で自分が買ったものだ。あの店も火砕流に呑まれてしまった。いくら自然の力だといっても、理不尽すぎる。
内里的房间里还有一张纸。 我自己在港口附近的一家文具店买的。 该储存点也被火山碎屑流吞噬。 无论我们怎么说它是自然的力量,都太不合理了。

サナは半紙を掴み、庭に戻る。宮司さんが煉瓦を積み上げ竃を作っていた。
Sana 拿起报纸,回到花园里。 神父正在堆砖头和做炉子。

「竈ができてもガスが止まっていますよ」
“即使炉子建好了,燃气也会停止。”

「こういうときのために薪を用意してあるから、工房の脇から持ってきな」
“我有这种场合的柴火,所以从车间的一侧拿来。”

抱えてきた薪をサナは竈の横に置く。
Sana 将她一直携带的柴火放在炉子旁边。

「太い薪だけでは火がつきません。細木が必要ですよね。森で拾って来ます」
“你不能只用厚木柴生火,你需要薄木头。 我会在树林里捡起来。

サナは自らに言う。
Sana 对自己说。

「気をつけるんだよ。まだ何も収まっていない」
“小心,什么都还没到。”

ネリさんの言葉にサナは肯く。
Sana 同意 Neri 的话。

懐中電灯を照らしながら、サナは庭を出て国道を渡る。サナは山を見上げる。山頂では溶岩がまだ溢れていて、溶岩の明かりが白煙を照らす。
萨娜用手电筒照着她,离开了花园,穿过了国道。 Sana 抬头望着山。 山顶上,熔岩还在泛滥,熔岩的光芒照亮了白烟。

サナは山に入る。光を当てると山の木々が闇に浮かび上がる。溶岩はここまで届かなかったが、灰が木の葉にたっぷりと被さっている。
Sana 进入山区。 当光线照射在山上时,山上的树木在黑暗中显得格外突出。 熔岩没有达到这么远,但灰烬覆盖了树叶。

持参した籠にサナは乾いた枝を放り込むが、辺りに落ちている枝では少なすぎる。
Sana 将一根干树枝扔进她带来的篮子里,但掉落的树枝太少了。

サナは山の奥へ踏み入る。枯れ葉を踏む音が大袈裟に聞こえる。
Sana 冒险进入群山深处。 踩在枯叶上的声音很夸张。

大きな地鳴りが響く。同時に地面も揺れ、サナは近くの幹にしがみつく。枝葉がカサカサと警告をならし、まだ残っていた動物たちが森から逃げ去る音がする。
大地隆隆作响。 与此同时,地面在摇晃,Sana 紧紧抓住附近的树干。 树枝和树叶发出警报的沙沙声,剩下的动物逃离了森林。

揺れが収まると、暗い森で落ち葉の上にサナは座り込んだ。
当震动平息后,萨娜在黑暗的森林中坐在落叶上。

「もうやめてください、御山の司さん」
“请不要再这样做了,美山司。”

サナは山の頂上に向かって語りかける。葉の陰から赤い頂が見える。
Sana 对着山顶说。 从树叶的阴影可以看到红色的山峰。

「何名もの人が命を失いました。亡くなった人の魂が天に昇るのをわたしは見ました。それ以上に多くの動物たちも死んだと思います。生き残った人も住む家を失いました。もう充分です。みんな、あなたの力を知りました。これ以上はやめてください」
“许多人失去了生命,我看到死者的灵魂升入天堂。 我认为很多动物的死亡时间不止于此。 那些幸存下来的人也失去了他们的家园。 受够了。 伙计们,我知道你们的力量。 请不要再这样做了。

サナは頭を項垂れた。だけど、もちろん、御山の司は何も語らない。一層の静寂をサナに返す。
Sana 低下了头。 但是,当然,Tsukasa Miyama 什么也没说。 Sana恢复了更多的沉默。

サナは今までの自分を振り返る。両親を失い、おばあさんに引き取られた。学校に馴染めず、自宅で歴史の世界に没頭した。おばあさんとゴロが亡くなり、おばあさんの遺言に従っているか岬に来た。どれも自分で選んだわけじゃない。誰かに言われたまま自分は動いてきた。
Sana 回顾过去的自己。 她失去了父母,被祖母收养。 由于无法适应学校,他只好在家里沉浸在历史的世界中。 老妇人和五郎死了,他们来到海角,遵循老妇人的遗嘱。 他们中的任何一个都没有我自己选择。 我一直在做别人让我做的事情。

黙っていても穏やかにはなれない。
沉默不会让你平静。

何もしなければ、何もはじまらない。
如果你什么都不做,什么都不会发生。

森でサナは立ち上がる。月明かりとも噴火の照り返しともつかない薄い光が葉を透いて森の中に落ちる。サナは目を瞑り、その光を暫くじっと浴びる。
在森林里,Sana 站了起来。 一缕既不是月光也不是喷发反射的细弱光芒,穿过树叶落入森林。 Sana 闭上眼睛,在阳光下晒了一会儿。

長い間、三辺の守護者は御山の強大な力を守り維持してきた。ねこつくりとして、いぬつかいとして、御山の力を利用してきたが、力の均衡が崩れて大噴火が起き、大きな被害が出てしまった。でも、御山の力はなんら変わっていない。破壊にも救いにもなる力。その力を上手に活用できるかどうかは、我々次第だ。
长期以来,三方的守护者守护着,维护着这座山的强大力量。 他们一直在利用美山作为猫制造者和狗的力量,但力量平衡被打破,发生了大规模喷发,造成了巨大的破坏。 然而,美山的力量并没有发生任何变化。 一种既具有破坏性又具有再破坏性的力量。 我们有责任好好利用这种力量。

再び目を開けると、籠を背負い、サナは森を出る。
当她再次睁开眼睛时,她背着篮子离开了森林。

いるか岬に戻ると、芝生の上に竃が完成していた。竃は細長く、火焚くべる穴が続いている。一度に六つの鍋を温めることができる。芝生に胡座をかいて宮司さんが鋏で半紙から形代を切り抜いていた。
当我回到海角时,我看到草坪上的杆子已经完成了。 炉子又长又窄,有一个火洞。 一次可以加热六个锅。 坐在草坪上,神父正在用剪刀从纸上剪下片白。

「山はどうでしたか」
“那座山怎么样?”

宮司さんが見上げてサナに訊ねる。
宫治抬起头问萨娜。

「なにか少しわかった気がします」
“我觉得我已经弄清楚了一点。”

「それは何よりです」
“这是最重要的事情。”

宮司さんが微笑む。
宫治笑了。

「猫の絵は描かないのですか?」
“你不画猫的画吗?”

「今回は必要ありません」
“我们这次不需要它。”

宮司さんがきっぱりと言う。
宫治先生坚定地说。

切り抜いた形代を竹籠に詰めると、宮司さんが竃の微調整を始める。積んだ煉瓦が水平かどうか木の板を用いて測る。
在竹篮里装满了镂空的片代后,宫治先生开始微调花盆。 木板用于测量堆叠的砖块是否水平。

安楽椅子に座るネリさんをサナは見遣る。御山を背にして、ネリさんが背中を丸めて宮司さんの作業を見つめる。御山の頂は神々が焚き火をしているように赤く輝く。
Sana 看着坐在安乐椅上的 Neri。 在美山身后,内里弯下腰看着宫治的工作。 山顶闪耀着红色的光芒,就像众神生篝火一样。

「形代で猫の毛を丸めな」
“不要把猫的毛卷在片代里。”

ネリさんがサナに指示する。
内里指示萨娜。

割れた鍋の破片で埋まる工房へ入り、戸棚を探る。猫の毛が入った壺は棚の上で倒れていたが、幸い割れてなかった。サナは掴んだ壺を片手に芝生へ戻り、宮司さんから切り抜いた形代の束を受け取る。
他进入一个装满破罐碎片的工作室,寻找橱柜。 装猫毛的罐子掉在架子上,幸运的是它没有坏。 Sana 手里拿着罐子回到草坪,从 Miyaji 那里收到了一捆剪纸片白。

サナは芝生に座り、猫の毛を一掴みして形代で丸める。昔おばあさんのためにオブラートで粉薬を丸めたのを思い出す。風で飛ばないように丸めた形代を壺に貯める。
Sana 坐在草坪上,抓起一把猫毛,卷成片式。 我记得我以前是怎么用 oblates 为我的祖母卷粉末的。 将卷起的 katashiro 存放在罐子中,以免被风吹走。

遠くから山鳴りが聞こえる。まだ御山は収まっていない。ラジオは避難所の過酷な様子を伝え、避難してきた人にインタビューをしている。先が見えないことを不安げに話す人、中には火砕流で家族を亡くした人もいる。この丸めた形代で何ができるのだろう。彼らのために何ができるのだろう。
你可以听到远处群山的隆隆声。 山还没有消退。 电台报道疏散所的恶劣条件,并采访被疏散的人。 有些人焦虑地谈论着不确定性,有些人在火山碎屑流中失去了家人。 你可以用这个圆形做什么? 我们能为他们做些什么?

「サナ」
“萨娜”

ネリさんが呼ぶ。
内里打来电话。

サナは安楽椅子に凭れて座るネリさんに近づく。
Sana 走近坐在安乐椅上的 Neri。

「話しておきたいことがある」
“我有事要谈。”

「はい」
“是的。”

ネリさんの声は弱々しいのに無理やり言葉を強くしているようで切ない。
内里的声音很微弱,但令人遗憾的是,她似乎在强迫自己的话语变得有力。

「あんたは、これからも、ねこつくりを行なっていきたいのか?」
“你想继续做猫吗?”

「はい。なにもできなかった自分が困っている人様のお役に立てるなんて、こんなに嬉しいことはありません」
“是的,当我什么都做不了时,能够帮助有需要的人,我从未像现在这样高兴过。”

「そうか」
“我明白了。”

ネリさんが目を瞑る。
内里闭上了眼睛。

また地鳴りがした。
大地又响了一阵隆隆声。

「あんたの今の決心はわかった。猫は欠けた人の心を埋めてくれる。人に寄り添い哀しみを和らげる。誰もができることではないが、あんたは猫をつくる技を得た。もうわたしが教えられることはない。ただ、まだ伝えていないことがある」
“我知道你做了什么决定,猫填满了张开的心。 依偎在人们身边,缓解他们的悲伤。 不是每个人都能做到,但你已经学会了如何制作猫。 我将不再被教导。 但有些事情我还没告诉你。

「なんでしょう」
“什么事?”

「最後の選択さ。時期が来たら、ねこつくりを続けるかどうか、もう一度自分で決めないといけない。だからわたしからは話せない。そこで辞めると決めれば、すべては無に帰る。サナはいるか岬から出ていけばいい。ただ続けると決めたのなら、ずっとここにいることになる」
“这是最后的选择,当时机成熟时,我必须再次决定是否要继续制造猫。 这就是为什么我不能谈论它。 如果你决定放弃那里,一切都会一无所有。 Sana 应该在那里,或者离开海角。 如果你决定继续前进,你将永远在这里。

「心得ておきます」
“我会意识到这一点。”

サナの返事に満足したのか、微笑むネリさんがサナの頬に触れる。ネリさんの掌は昔どこかで触れた温かみと同じだった。この感触は……。
也许是对 Sana 的回答感到满意,微笑的 Neri 抚摸了 Sana 的脸颊。 内里的手掌是她过去在某个地方触碰过的温暖。 这种感觉.......

「はじめるよ」
“我要开始了。”

ネリさんがよろよろと立ち上がる。
内里踉踉跄跄地站了起来。

「ネリさん?」
“内里先生?”

サナが心配する。
Sana 很担心。

「年寄り扱いするんじゃないよ、と言いたいところだが、こんなザマじゃあ仕方がないね。それでも辞めるわけにはいかないよ。宮司さん、火を焚べてくれ」
“我想说的是,我不想把你当老头子,但我忍不住,但我不能放弃。” 宫治先生,点火吧。

宮司さんが竃に薪を組み、サナは森で拾ってきた枝を立てる。新聞紙に火をつけると、炎が上がった。丸めた新聞紙で宮司さんが竃に息を吹き込む。並ぶ竃すべてに同じように火をつける。山頂の火をもらい分けたように薪が燃え上がる。
宫治在炉子上收集柴火,萨娜竖起她在森林里捡来的树枝。 当报纸被点燃时,火焰升起。 宫治先生拿着卷起的报纸,向炉子里吹气。 以相同的方式点燃所有炉子。 木头像山顶上的火一样燃烧。

「サナ、鍋を竃に置きな」
“萨娜,把锅放在炉子上。”

松下さんの窯から運んできた土鍋を竃にひとつずつ置く。
从松下先生的窑里带来的陶罐一个接一个地放在炉子上。

ネリさんが蓋の閉まった鍋にゆっくりと近づく。サナから壺を受け取り、鍋の様子を窺う。底から熱せられた鍋は赤褐色に色を変える。
Neri 关上盖子慢慢靠近罐子。 他从萨娜手中接过罐子,看着罐子。 从底部加热的平底锅颜色变为红棕色。

「火力が足りないよ」
“我们没有足够的火力。”

ネリさんが宮司さんに言う。
Neri 对 Miyaji 说。

宮司さんが肺を空にして息を吹き込む。
宫治先生掏空肺部并吸气。

「サナ、蓋をあけな」
“Sana,打开盖子。”

ネリさんの声でサナは鍋の蓋をあける。赤くなった鍋の底をたしかめて、目を瞑り何かを念じるようにネリさんが壺から丸めた形代を鍋に入れる。避難所にいる人々の哀しみと不安にネリさんが思いを寄せたのがサナにはわかる。サナは再び蓋を閉じる。
听到 Neri 的声音,Sana 打开了锅盖。 检查了发红的罐子的底部,内里闭上眼睛,把从罐子里卷出来的片代放进罐子里,好像在思考什么。 Sana 明白 Neri 感受到了避难所里人们的悲伤和焦虑。 Sana 再次合上盖子。

それを鍋の数だけふたりは繰り返す。
他们俩重复这个过程的次数与有底池的次数一样多。

形代をいれた最後の鍋の蓋をサナは閉じる。鍋の中は生と死が交差する場。開けてみないとどうなっているかわからないが、シュレーディンガーの猫はこの中にいる。サナにはわかる。今のサナにはわかる。鍋の底で青白い目がふたつ光っている。最初は小さな点だった目玉が大きくなり、やがて朧げな発光体が生まれる。その証拠に鍋の横にある穴から青白い光が漏れている。普段と異なり複数同時に熱せられている鍋の穴から伸びる幾筋の光が徐々に力を強め、中の猫(猫になりかけの何か)が動くと光の角度が変わり、芝生や崖や青い家の壁など、いるか岬のあちこちに青白い光線が射す。鍋がカタカタ動き、鍋と蓋の間から青い目が覗く。
Sana 用 katashiro 关上最后一个罐子的盖子。 锅内是生与死交汇的地方。 在你打开它之前,你不知道发生了什么,但薛定谔的猫就在里面。 Sana 明白。 Sana 现在明白了。 两只苍白的眼睛在罐子底部发光。 眼球最初是一个小点,随着大小的增加,最终形成一个朦胧的发光体。 从花盆旁边的孔中漏出的苍白光线就是证明。 从罐子上的孔中伸出的光条纹,同时被加热,功率逐渐增加,当里面的猫(即将变成猫的东西)移动时,光线的角度发生变化,蓝白色的光线照耀着草坪、悬崖、青屋的墙壁等披风。 罐子嘎嘎作响,蓝色的眼睛从罐子和盖子之间探出头来。

「今です!」
“就是现在!”

サナは叫ぶ。
Sana 惊呼道。

「サナ、やるかい?」
“Sana,你想做吗?”

ネリさんがサナに向かって微笑む。
内里对萨娜微笑。

サナは深く肯く。両手で次々と鍋の蓋を開ける。鍋から青白い光が飛び出し、天に昇る。
Sana 深深地肯定道。 用双手一个接一个地打开花盆的盖子。 一道苍白的光芒从锅中迸发出来,直冲云霄。

「にゃあ」
“呃”

光の塊は猫の形をして、ほうき星のように体が伸び、夜空に放物線を描く。光の耳を立てた猫たちが天を目指す。
光团呈猫的形状,像扫帚星一样伸展身体,在夜空中画出一条抛物线。 长着光明之耳的猫咪瞄准天空。

「す、すごい」
“哇,太神奇了。”

宮司さんが驚嘆の声をあげる。
宫治先生惊叹道。

夜空に伸びた長い猫たちが月を通過し、御山に掛かり、頂の火炎と重なると、猫たちは方向を変えて、山の反対側へ向かって飛ぶ。
当夜空中的长猫穿过月亮,悬在山上,与山顶上的火焰重叠时,猫咪们改变方向,飞向山的另一边。

猫たちは避難所がおかれた地域へ次々と落ちてゆく。一瞬地上で強い光を放ったのち、青い光は消えた。
猫一个接一个地掉进了收容所所在的区域。 在地面上发出一道强光片刻后,蓝光消失了。

光が消えると何事もなかったように静まりかえる。
当灯熄灭时,它变得安静,仿佛什么都没发生过。

一部始終を共に目撃していた宮司さんが駆け足で家へ戻る。
一起目睹了整个故事的宫治先生赶回了房子。

「サナさん、来てください」
“Sana,请过来。”

慌てて家に入ると、宮司さんが受話器を構えていた。
当我匆匆忙忙地进屋时,我看到宫治先生拿着听筒。

「松下さんと話しています。代わってください」
“我正在和松下先生说话,请代替他。”

サナは宮司さんから受話器を受け取り、耳に当てる。
Sana 从 Miyaji 手中接过听筒,放在耳边。

「おお、サナちゃんか。今、まだ避難所にいる。さっきな、体育館が突然青白い光に包まれた。不思議なことに俺以外には誰も光が見えなかったようだがな。もっと不思議なことは、今まで泣いていた子供が泣き止み、嘆いてばかりだった輩がいきなり穏やかに眠りだした。俺もさっきまで胸がざわざわしていたのになんだか落ち着いた気がする。なんだったんだ、あの光は。ネリさんとサナちゃんがやったのか?」
“哦,Sana-chan,她现在还在避难所里。 突然,体育馆笼罩在苍白的光芒中。 奇怪的是,似乎没有其他人看到光明。 更奇怪的是,原本一直在哭泣的孩子停止了哭泣,一直哭泣的孩子突然开始安详地睡着了。 我也觉得我的胸口直到前段时间还在沙沙作响,但我已经冷静下来了。 那道光是什么? 是 Neri 和 Sana 做的吗?

よかった、猫たちが届いたんだ。猫たちが避難所の人たちの不安と哀しみを埋めた。形代を用いて心に直接届けることができた。
太好了,猫咪们来了。 猫咪们埋葬了收容所里人们的焦虑和悲伤。 我能够使用 katashiro 将其直接输送到心脏。

「ありがとうございます。松下さんの鍋のおかげです」
“谢谢你,多亏了松下先生的锅。”

受話器を持ったままサナがお辞儀をする。
Sana 握着接收器鞠躬。

「なんだか、よくわからんが、こちらこそありがとな」
“我不知道那是什么,但我对此很感激。”

松下さんが電話を切ると、サナは宮司さんに声を掛ける。
松下挂断电话后,Sana 打电话给 Miyaji。

「宮司さん、もっと猫を作りましょう。火を焚いてください」
“宫治先生,我们多造几只猫吧,请生火吧。”

サナは笑顔だ。
Sana 在微笑。

「承知つかまつりました」
“我知道。”

宮司さんも笑う。
宫治也笑了。

サナたちが竃に戻ると、ネリさんが安楽椅子に凭れて目を瞑っている。
当 Sana 和其他人回到炉子旁时,Neri 正闭着眼睛坐在安乐椅上。

「ネリさん!」
“内里先生!”

サナは思わず叫ぶ。
Sana 不由自主地惊呼道。

「サナ、ねこつくりを続けなさい。まだ多くの人が猫を望んでいる。わたしは大丈夫だから」
“Sana,继续做猫,很多人还是想要猫。 我会没事的。

ネリさんがサナの手に自分の掌を弱々しく被せる。
内里虚弱地将手掌放在萨娜的手上。

サナは肯く。肯いたまま頭が上げられなくなる。自分で大丈夫と言う人は大丈夫じゃない。ネリさんの言葉。今のネリさんは全然大丈夫じゃない。でもねこつくりを続けないと。猫を必要としている人がいる。待っている人がいる。ラジオから流れる避難所にいる人の想いをサナは想像する。サナは溢れる涙を振り切り、丸めた形代を鍋に放る。
Sana 肯定地说。 你将无法抬起头来表示肯定。 说自己没事的人其实还不错。 内里的话。 Neri 现在一点也不好。 但我必须继续制造猫。 有些人需要猫。 有人在等着。 Sana 想象着收音机里播放的避难所里人们的想法。 Sana 甩掉眼泪,将卷起的片代扔进锅里。

ネリさんについていた三匹の猫がサナを囲む。
跟着 Neri 的三只猫围绕着 Sana。

疲れ切った細い目でネリさんが猫たちを見ると、安心したような顔をして静かに目を閉じる。
当 Neri 用疲惫的眯眼看着猫时,她看起来松了一口气,静静地闭上了眼睛。

サナは全ての鍋の蓋を閉じる。宮司さんが竃へ息を懸命に吹き込む。
Sana 关上了所有花盆的盖子。 宫治先生对着炉子狠狠地吹了一口气。

青い光が鍋から溢れたとき、サナは一斉に蓋を取る。鍋から飛び出した青白い光の猫たちが夜の空に弧を作る。まるで青い虹のようだ。猫たちは地上のあちこちに落ちる、哀しみを抱えた人たちの心へ。
当蓝光淹没锅时,Sana 齐声揭开了盖子。 从花盆中跳出来的淡淡的猫在夜空中划出一道弧线。 它就像一道蓝色的彩虹。 猫掉遍大地,落入那些悲伤的人的心中。

三度目のねこつくりを行ったとき、鍋にひびが走る。青い光が割れ目から漏れ出る。サナは鍋を地面に叩きつける。芝生に落ちた青い光は炎上することなく、すぐに消える。
当我第三次制作这只猫时,罐子裂开了。 蓝光从裂缝中漏出。 Sana 将罐子砸在地上。 落在草坪上的蓝光并没有迸发出火焰,而是很快就消失了。

「松下さんのところから持って来た鍋はもうありません。これ以上は無理です」
“我没有松下先生的花盆了,我不能再拿了。”

宮司さんが肩を落とす。
宫治耸耸肩。

「まだ、あります」
“还有更多。”

サナは宮司さんを納屋へ連れて行く。
Sana 带 Miyaji 去了谷仓。

懐中電灯を向けると、雪平鍋や鉄鍋が浮かび上がる。
当你对准手电筒时,一个雪花罐或一个铁罐就会出现。

「これは昔の人が使っていたものなのですか」
“这是人们过去使用的东西吗?”

いつもと逆に宮司さんがサナに質問する。
与往常相反,宫治问了萨娜一个问题。

「運びましょう」
“我们带着它。”

宮司さんとサナは鍋を納屋から運び出し、竃に並べる。
宫治和萨娜把花盆从谷仓里搬出来,放在炉子上。

形の異なる鍋を熱して形代を封じる。カタカタと音がしてから蓋をあけると、歴代のねこつくりの人が使った鍋から光の猫が飛び出し、人々の救済に向かう。
加热不同形状的锅以密封形状。 当嘎嘎作响的声音打开盖子时,一只光猫从历代养猫者使用的罐子里跳出来,去救人。

サナは何度も何度も同じ作業を繰り返した。宮司さんが額から汗を流しながら火を保ち、サナはまだ見ぬ多くの人の哀しみを想い、心と頭が潰れるほどの重みを感じつつ、猫をつくる。多くの猫が空を飛び、哀しみの人々のもとへ向かった。
Sana 一遍又一遍地重复着同样的任务。 宫治额头上流出汗水,让火保持生机勃勃,萨娜想起了许多她尚未见过的人的悲伤,并感受到了她变成猫时心头的重量。 许多猫咪在空中飞翔,向悲惨的人们飞去。

「全部の避難所の人に届きましたね」
“它到达了疏散中心的所有人。”

宮司さんが額の汗を拭う。
宫治擦了擦额头上的汗水。

「まだです」
“还没有。”

サナは答える。御山の中腹で亡くなったタクシーの運転手のおじさん、マスコミの人々の無念と家族の哀しみをサナは想像し、再び猫を空に放つ。地平線の先にいる遺族に向かって猫は夜空を飛ぶ。
Sana 回答。 Sana 想象着死在山坡上的出租车司机的叔叔,媒体上人们的遗憾,以及家人的悲痛,再次将猫放飞到天空中。 猫在夜空中飞向地平线尽头的丧亲家庭。

すべての形代がなくなったときに夜が明けた。ラジオは被災者の状況を伝えていたが、サナは別に届く電波で避難した人たち、取り残された人の心が少し和らいだのを知っている。
黎明降临,所有的片代都走了。 收音机里报道着遇难者的情况,但萨娜知道,被电波吹伤了,疏散人员和留下来的人的心已经软化了一点。

「やりましたね」
“你做到了。”

宮司さんがサナに微笑む。
宫治对萨娜微笑。

サナはこくんと肯き、振り向き、ネリさんに近寄る。
Sana 点头表示肯定,转身走近 Neri。

「できることをやりました」
“我做了我能做的。”

サナはネリさんに声を掛ける。
Sana 呼唤 Neri。

「ネリさん……」
“内里先生......”

ネリさんは安楽椅子に凭れて動かない、無表情にかぎりなく近い微笑みを浮かべて。ネリさんの背中に朝陽が射す。
内里瘫坐在一张安乐椅上,一动不动,笑容尽可能地接近面无表情。 清晨的阳光照耀着 Neri 的背。

「ネリさん!」
“内里先生!”

サナは動かないネリさんにいつまでもいつまでもしがみつく。
Sana 紧紧抓住 Neri,她永远不动。

ネリさんの体に残る温かみを求めて、サナはネリさんを抱きしめる。
为了寻找 Neri 体内残留的温暖,Sana 拥抱了 Neri。

わたしとおばあさんにゴロを贈ってくれたネリさん、突然現れたわたしを家に置いてくれたネリさん、ねこつくりの仕事を教えてくれたネリさん、おばあさんに再び会わせてくれたネリさん。
给我和我奶奶一个五郎的 Neri-san,我突然出现时把我留在家里的 Neri-san,教我如何制作猫的 Neri-san,以及让我再次见到祖母的 Neri-san。

ネリさん、ネリさん、ネリさん。
内里桑,内里桑,内里桑。

ネリさんに多くのものをもらったのに、わたしは何も返せていない。
Neri 给了我很多,但我没能回报任何东西。

それなのに・・・・・・、それなのに・・・・・・。
然而,・・・・・・,但・・・・・・。

サナは大声で泣いた。
Sana 大声喊道。

宮司さんが傍で沈痛な顔を向けている。
宫治先生在他身边,脸上露出严肃的表情。

サナを囲んだ三匹の猫が哀しいなき声をあげる。
围绕着 Sana 的三只猫发出悲伤的声音。

晴天の下でサナは久々に芝刈りを始める。火山灰を被った草刈り機は動かないと思ったが、少し咳き込んでからエンジンがかかった。不揃いに伸びた芝生を丁寧に刈りはじめる。帽子を被っていても強い日差しがサナの頬に汗を流す。暑い日だ。自分がはじめているか岬へ来た日をサナは思い出す。
在阳光明媚的天空下,Sana 很长一段时间以来第一次开始修剪草坪。 我以为这台被火山灰覆盖的割草机不会工作,但我咳嗽了一下,然后启动了发动机。 小心修剪不平整的草坪。 即使戴着帽子,强烈的阳光也让 Sana 的脸颊出汗。 天气炎热。 Sana 记得她第一次来到海角的那一天。

暑さにめげず、サナは草刈り機を動かす。ブルドッグやビーバーと呼ばれた以前の活躍を思い出したのか草刈り機が力を取り戻し、刈り取った芝を宙に放り投げながら立派に役目を果たす。
Sana 没有被高温吓倒,移动了割草机。 也许是想起了他以前作为斗牛犬和海狸的活动,割草机恢复了力量,令人钦佩地发挥了它的作用,将割下的草抛向空中。

いるか岬の突端までたどり着き、サナは草刈り機を止める。眼下には岩場が広がり、沖には座礁した浚渫船の二本のスパッドが伸び、その先には水平線。一年前、この海にサナはネリさんの遺灰をまいた。
到达海角的尖端,Sana 停下了割草机。 岩石露头在下面延伸,搁浅的挖泥船的两个桩向近海伸展,再往前是地平线。 一年前,Sana 将 Neri 的骨灰撒在了这片海中。

ネリさんの遺体は宮司さんの知り合いの火葬場で焚いてもらった。火葬場の人は何も言わずにネリさんを荼毘に付してくれた。遺灰を壺に集めて、宮司さんとふたりでいるか岬から海散灰さんかいした。ネリさんの灰は潮風に乗って世界のあちこちへ散り、すぐに見えなくなった。少し残したネリさんの遺灰はおばあさんの遺灰と混ぜてロケットに入れた。ネリさんの近くにいられるなら、おばあさんも本望だろう。ふたりともサナの胸にいる。
内里的尸体在宫治先生的熟人的火葬场被焚烧。 火葬场什么也没说,把 Neri 放在地上。 灰烬被收集在一个骨灰盒中,与牧师一起撒落,或者从海角撒到海。 内里的骨灰被海风吹散在世界各地,很快就从人们的视野中消失了。 内里留下的骨灰与她祖母的骨灰混合,放入火箭中。 如果你能靠近 Neri,你的祖母也会想要它。 他们俩都在 Sana 的胸前。

火山活動が収まってから、タブさんも来てくれた。
火山活动平息后,塔布先生也来了。

「順番だからしかたないが、残念だったわね」
“只是因为轮到我了,但很不幸。”

タブさんが沈痛な顔をして、海へ向かい手を合わせた。
塔布先生看起来阴沉的,双手合十,转向大海。

「こちらに引っ越してくるのですか?」
“你要搬到这里来吗?”

サナは訊ねた。
萨娜问道。

「なんでわたしが。わたしは猫アレルギーなのよ」
我对猫过敏。

タブさんも付き従ってきたダックスフントも怪訝な表情をした。
塔布先生跟着的那只腊肠犬也露出了怀疑的表情。

「ここは、あんたの家よ。三辺の守護者としてがんばってちょうだい」
“这是你的家,作为三方的守护者,你可以尽力而为。”

「わたしを認めてくれるのですか!」
“你赞成我吗?”

「あんたがそこそこできると宮司から聞いているわ。なにか困ったことがあったら、きいてちょうだい。生前ネリにも頼まれたしね」
“我从牧师那里听说你可以做得还不错,如果你有任何问题,就问我。 Neri 还让我在世时这样做。

ネリさんがわたしのことをタブさんにお願いしていたなんて。サナは涙を流しそうになった。
我不敢相信 Neri 要我对她做些什么。 Sana 几乎要流泪了。

「あんたはもう選んだのかい?」
“你选好了吗?”

タブさんが真顔でサナに訊ねる。
塔布先生板着脸问萨娜。

「ねこつくりの宮で働くことは決めましたけど」
“不过,我已经决定在 Cat Maker's Palace 工作了。”

「ふうん。まだか。わたしからあんたに言えることはなにもないが、どちらを選んでも連絡ちょうだい」
“嗯,还没有。 我没有什么要对你说的,但无论你选择哪一个,都让我知道。

それだけ言うと、タブさんは「いぬつかいの里」にダックスフントと共に帰って行った。
说完,塔布先生带着腊肠犬回到了“Inut Errand”。

まだ何かを選ばないといけないらしい。たしかネリさんもそんなことを言っていた。ここで生きていくことを、わたしはすでに決めたのに。
看来他还需要做出一些选择。 “这是 Neri 说的。 我已经决定住在这里。

サナは振り向き御山を見上げる。一年前の大噴火のあと火山活動は沈静化しているが、山頂の火口からは引き続き白い噴煙が昇る。火砕流と溶岩流の爪痕はまだ痛々しく、焼けた森の箇所が黒い地肌を晒している。周辺一帯に積もった火山灰は風雨でほとんど流れたが、風向きによってはざらざらした空気を感じる時もある。
Sana 转过身来,抬头看向 Miyama。 一年前的一次大喷发后,火山活动已经消退,但白色羽流继续从山顶火山口升起。 火山碎屑和熔岩流留下的伤痕仍然令人痛苦,被烧毁的森林露出黑色的皮肤。 周围地区堆积的大部分火山灰被风雨冲走,但根据风向的不同,有时可以感受到粗犷的空气。

でも燃え落ちた木から若葉が芽生えているはずだ。
但是,被烧毁的树木应该会发芽。

宮司さんは火砕流で破壊された神社の再建に奔走している。寄付金集めのために国内だけではなく、海外でも神楽を披露している。時折サナに連絡をくれるが、あれからほとんど会っていない。
宫治正忙于重建一座被火山碎屑流摧毁的神社。 为了筹集捐款,他不仅在日本,而且在海外都表演神乐。 他偶尔会联系 Sana,但从那以后我们就再也没有见过面。

岩場へ降りられた場所は草で覆われてしまい、ロープも切れてしまった。ここでよく釣りをしていた松下さんは避難所で肺炎に罹り、自宅に戻れないまま亡くなった。松下さんの心に猫が住み着いていたことを願う。避難所から仮設住宅へ移動した人々は寄り添い、力を合わせて復興に努力しているとラジオのニュースは語っていた。
我下到岩石区的地方长满了草,绳子也断了。 经常在这里钓鱼的松下先生在疏散中心感染了肺炎,没能回家就去世了。 我希望那只猫住在松下的心里。 电台新闻称,从疏散中心转移到临时住房的人们正在共同努力重建家园。

慎吾は都会で所帯を持ったと人づてに聞いた。猫が子供を産んでも噂になると松下さんが言っていたとおりだ。あのときは突然迫られて驚いたけど、今ならもう少し余裕をもって対応できると思う。
我听说 Shingo 在这座城市有一席之地。 正如松下先生所说,即使猫生了孩子,也会是谣言。 当时,我对突如其来的压力感到惊讶,但现在我觉得我可以多一点回旋余地来处理它。

散灰の後、サナはねこつくりを再開した。連絡があったお客様に会って丁寧に話を聞いた。運転も上達したし、初対面のお客様との会話にも慣れた。いるか岬の家に戻り、お客様の哀しみを思い浮かべながら鍋に猫の毛を入れて蓋を閉める。生と死が交差するシュレーディンガーの猫が鍋の底でうまれる。青白い目からの光をたしかめると、サナはすばやく蓋を取る。生の賽の目が出たのなら、お客様の哀しみを埋める猫が鍋の底で小さく蹲っている。
撒完灰烬后,Sana 继续她的猫制作。 我遇到了联系我的客户,并礼貌地倾听。 我的驾驶技能越来越好,我已经习惯了与以前从未见过的客户交谈。 回到 Irika Misaki 的家,我一边想着顾客的悲伤,一边把猫毛放进锅里,关上盖子。 薛定谔的猫,生与死交汇的地方,诞生在锅底。 捕捉到她苍白的眼睛里的光芒,Sana 迅速掀开了盖子。 如果你有一双生硬的眼睛,那只填补你悲伤的猫就是在锅底踢球。

猫を手渡すとお客様は涙を流して喜ぶ。お客様の哀しみとぴったり合った猫ができたときは嬉しい。患者にあった義手ができたとき装具士は同じ喜びを感じるのだろうか。
当我把猫交出来时,客户流下了喜悦的泪水。 当我有一只完全符合客户悲伤的猫时,我很高兴。 当为患者制作假肢时,矫形师是否也感受到了同样的喜悦?

火山が噴火しなくても、世界は残酷なニュースで満ち溢れている。哀しむ人に猫を届けることで世界の再建に自分は少しだけ貢献しているのだと思う。哀しみに暮れる心は傾いた建物と同様に支えが必要だ。それが猫だ。わたしがつくる猫だ。
即使火山没有喷发,世界也充满了残酷的消息。 我认为,通过将猫送到悲伤的人身边,我正在为世界的重建做出一点贡献。 一颗悲伤的心需要支持,就像一座倾斜的建筑一样。 那就是猫。 这是我做的一只猫。

この仕事はわたしの天職だと思う。哀しみを埋める仕事にサナは誇りを抱いていた。
我认为这是我的使命。 Sana 为她为填补悲伤所做的工作感到自豪。

ネリさんの時代よりも、ねこつくりの成功率は上がっていたが、やはり時折鍋が割れる。新しい鍋を発注したくても松下さんはいない。
养猫的成功率比 Neri 的时代要高,但锅还是时不时地开裂。 即使你想订购新锅,松下先生也不在那里。

仕方がないので、街で買った琺瑯鍋で代用してみたら、希望通りの猫ができた。土鍋と違って琺瑯の鍋は今のところ破損していない。代が替わればやり方も変わる。松下さんの土鍋をひとつ補修して、納屋に並ぶ歴代の鍋の横に飾った。
我忍不住了,所以我用我在城里买的搪瓷罐代替,得到了我想要的猫。 与陶罐不同,搪瓷罐到目前为止还没有损坏。 随着世代的变化,它的完成方式也会发生变化。 我修理了松下先生的一个陶罐,并将其展示在谷仓两旁的陶罐旁边。

ヒカルが去り、ネリさんが亡くなって、サナはまた一人暮らしをすることになった。おばあさんが亡くなった時以来だ。
光离开了,内里死了,萨娜又被留下独自生活了。 自从我祖母去世后。

「何だか疲れたね」
“我有点累了。”

サナは独り言を吐く。久々に草刈り機を操ったからか腰が痛い。最近、疲れやすくなった気がする。
Sana 喃喃自语。 我的背很痛,可能是因为我很长一段时间以来第一次操作割草机。 最近,我觉得我更容易感到疲倦。

「歳かしら」
“我想知道你多大了。”

二十三歳になったばかりのサナは独り言を呟く。
刚满 23 岁的 Sana 喃喃自语。

『まだわたしは若いよ』
“我还年轻。”

どう見てもおばあさんのネリさんの口癖をサナは思い出し、ひとり苦笑する。
不管怎么看,Sana 都记得她祖母和 Neri 说话的习惯,她自嘲地笑了。

芝刈りを終わらせて、サナはポストをのぞく。ヒカルから写真付きの葉書が届いていた。写真は生まれたばかりのヒカルの息子だ。無事出産を終えたと書いてあり、テレビは火山活動が沈静化したと言っているけど本当に大丈夫なのかとヒカルは心配してくれている。
修剪完草坪后,Sana 偷看了一眼柱子。 Hikaru 给他寄了一张带有照片的明信片。 照片是 Hikaru 刚出生的儿子。 它说她已经安全分娩,电视说火山活动已经平息,但光担心她真的没事。

「ヒカルさんに似て凛々しいですね」
“你长得像光先生,很有尊严。”

ヒカルが無事に出産したことにサナは安堵した。ヒカルにはネリさんが亡くなったことを伝えていない。ヒカルは、ねこつくりとは違う道を歩んでいる人だ。ここで起きたことを背負うべきではない。
Sana 对 Hikaru 安全分娩感到欣慰。 光没有告诉她 Neri 已经死了。 Hikaru 是一个走上与 Nekotsuki 不同的道路的人。 我们不应该把这里发生的事情扛在肩上。

一年間ひとりで住んでいる青い家へ戻る。三匹の猫が衛星のようにサナを周る。
我回到了我独自生活了一年的青房子。 三只猫像卫星一样围绕 Sana 运行。

毎日の日課である部屋の掃除をはじめる。
开始打扫你的房间,这是你的日常生活。

ネリさんの部屋。あの日のまま。ベッドも家具もベッドサイドにある写真立ても。
内里的房间。 就像那一天一样。 床、家具和床头的相框。

サナは写真を手に取る。写真立ての一枚は三人で写した写真だ。ここに来た初めての夜に撮影した。ヒカルの葉書が届いたので、久々に近くで見たくなった。ヒカルは笑いながらVサインをつくり、写真は嫌いだよ、と言いながらネリさんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。まだ緊張していたわたしはぎこちない笑顔を浮かべている。懐かしい。
Sana 拿起照片。 其中一张照片是他们三人拍摄的照片。 我在这里的第一个晚上拍了这张照片。 光的明信片到了,我很久以来第一次想近距离看它。 光笑着做了一个 V 手势,说他讨厌照片,因为 Neri 看起来像是被一条苦虫咬了一口。 我仍然很紧张,但我脸上露出了尴尬的笑容。 怀乡。

もうひとつの写真立てを手に取る。おばあさんと若い女性が海を背に立つ。ふたりはネリさんが来る前に住んでいた人たちで、おそらくねこつくりをしていた。納屋に残されていた雪平鍋を用いていたのだろうか。彼女たちからネリさんは、ねこつくりの技を教わったに違いない。カメラの前で突然笑うのが苦手と言わんばかりに若い女性は硬い表情をしている。この若い女性がゴロを届けてくれたのだろうか。ゴロを受け取ったときに触れた手の温もりを頼りに記憶を辿ると、たしかに似ている気もする。
拿起另一个相框。 一位老妇人和一位年轻女子站在海面上。 他们是在 Neri 来之前住在那里的人,他们可能正在制造猫。 我想知道他们是否在用留在谷仓里的 Yukihira 花瓶。 他们一定教会了 Neri 制作猫的艺术。 年轻女子表情僵硬,仿佛不擅长在镜头前突然笑容。 我想知道这位年轻女子是否送了接地器。 如果你靠着接到接地时那只触碰你的手的温暖,你会发现它确实很相似。

でも。おばあさんは手紙でネリさんからゴロをもらったと言っていた。この女性がゴロを届けてくれたとしたら、このおばあさんがゴロをつくったのか。でも、このおばあさんはネリさんではない。別人だ。
但。 这位老妇人在一封信中说,她收到了 Neri 的 goro。 如果这个女人送了 goro,那么这个老太太是不是做了 goro? 但这位老太太不是 Neri。 他是一个不同的人。

サナはなおも若い女性を見つめる。この女性はネリさんによく似ている。表情も顔の作りも。ネリさんの若い頃に見える。どうして今まで気がつかなかったのだろう。わたしが知っているネリさんと年齢が離れていたからだ。ネリさんは自分の若い頃と最近の写真を並べて置いていたのだ。
Sana 仍然盯着这位年轻女子。 这个女人看起来很像 Neri。 面部表情和面部结构。 看起来像 Neri 的青年时代。 为什么我以前没有注意到它? 这是因为她与我认识的 Neri 年龄相差甚远。 Neri 将她的青年时代和最近的照片并置在一起。

五歳のわたしに子猫だったゴロを手渡してくれたのは若き日のネリさんだったのか。サナは改めてネリさんに感謝する。
是年轻的 Neri 把我交给了我 Goro,她在我 5 岁时还是一只小猫吗? Sana 再次感谢 Neri。

だが、新たな疑問にサナは行き着く。この写真はカラーでとても鮮明だ。隣にあるわたしたち三人の写真と比べても遜色ない。ネリさんの若い時代にカラー写真があったのか。昔住んでいたおばあさんと若い女性は突然引っ越していなくなったと松下さんが言っていた。その後に新しい住民としてネリさんが引っ越してきた。それはいつのことだったのだろうか。心臓がどきりとする。
然而,Sana 提出了一个新问题。 这张照片的色彩非常清晰。 它与旁边的我们三个人的照片进行了对比。 内里年轻时有彩色照片吗? 松下说,那位老太太和以前住在那里的年轻女子突然搬走了。 之后,Neri 作为新居民搬进来。 这是什么时候发生的? 我的心怦怦直跳。

サナは写真を細かく見つめ直す。そして、ふたりの女性の背後に奇妙なものを見つける。いるか岬の沖に突き出る二本のスパッド。座礁した外国船籍のものだ。岬から岩場に降りたとき松下さんが教えてくれた。十年前、浅瀬に座礁した浚渫船。所有会社が倒産して引き揚げられることなく、船体は台風で沈没してスパッドだけが海面に残った。
Sana 详细地看着照片。 然后他发现这两个女人背后有什么奇怪的东西。 两个土豆从海角的海岸伸出。 它属于一艘搁浅的悬挂外国国旗的船只。 当我从海角下降到岩石区时,松下先生告诉我。 十年前,一艘挖泥船在浅水中搁浅。 公司破产了,再也没有打捞上来,船体在台风中沉没,只留下土桩在海面上。

十年前? この写真はそれ以降に撮影されたもの? もしもこの若い女性がネリさんなら計算が合わない。亡くなる十年前のネリさんの姿にはとても見えない。若い、若すぎる。
十年前? 这张照片是在那之后拍的吗? 如果这位年轻女子是 Neri,那么计算结果就不合时宜了。 他看起来不像 Neri,他看起来就像他死前十年的样子。 年轻,太年轻了。

『わたしはそんなに歳じゃないよ』
“我没那么老。”

ネリさんの言葉が頭に谺する。
内里的话浮现在脑海中。

サナは慌ててネリさんの部屋を出て、洗面所へ向かう。洗面所の三面鏡で自分の顔を見つめる。思えば、ひとりになってから自分の顔をまともに見ていなかった。
Sana 匆忙离开 Neri 的房间,前往浴室。 我在浴室的三面镜里看着自己的脸。 回想起来,自从我一个人以来,我就没有好好地看待自己。

自分の顔を見つめてサナは驚愕した。鏡に映る顔はたしかに自分の顔だけど、顔のいたるところで皺が伸びている。溶岩が流れて山肌が削られたように顔に谷の線が入っている。
看着她的脸,萨娜惊呆了。 我在镜子里看到的脸肯定是我的脸,但我脸上到处都是皱纹。 他的脸上有一排山谷,仿佛熔岩流淌,刻印了山腰。

サナは自分の顔を指でなぞる。少し前と明らかに違う。張りがないし、何かわからない、命に繋がるなにかが抜けてしまっている。
Sana 用手指描摹着她的脸。 这绝对与前段时间不同。 没有紧张感,我不知道那是什么,缺少了与生活相连的东西。

最近、ひどく疲れやすい。
最近,我很容易感到非常疲倦。

『何かを得るためには何かを失わないといけないのさ』
“你必须失去一些东西才能获得一些东西。”

再びネリさんの言葉。
“Neri又说了一遍。

哀しみを埋めるためとはいえ、生と死を人がつくり出すねこつくりは本来この世にあってはならない技。何かの犠牲がないと得られるものではない。犠牲とはわたしたちの命。ねこつくりとは、御山の力を用いて自分の命を猫に吹き込む行為だったのか。
虽然是为了埋葬悲伤,但制作一只由人类创造生死的猫,却是这个世界上不应该存在的技能。 它不是不做某种牺牲就能得到的。 牺牲就是我们的生命。 是利用美山的力量将自己的生命注入猫的行为吗?

おばあさんとわたしにゴロを届けてくれたのは、まだ若かったネリさんだった。松下さんが言っていた、以前この家に住んでいたというのは、若かったネリさんと別のおばあさん。写真に写っているふたりだ。そのおばあさんは先代のねこつくりの人で、ゴロをつくってくれた。
是 Neri 还年轻,她把 goro 送到了我和我的祖母那里。 松下先生说,他以前和一位年轻的 Neri 和另一位祖母住在这所房子里。 这是照片中的两个人。 老太太是上一代的猫制造者,她做了一个 goro。

ふたりは引っ越していったのではなく、ねこつくりをしているおばあさんがこの家で亡くなり、まだ若い姿をしたネリさんが後を継いだ。ねこつくりを行っているうちに、ネリさんはおばあさんの姿に変わった。最初は先代の鍋を使っていたが、全て割れてしまうと、松下さんに土鍋をお願いするようになった。そのときにはネリさんはすでにおばあさんの姿をしていたから、松下さんはおばあさんのネリさんが引っ越してきたと勘違いしたのだ。
两人没有搬出去,但制造猫的老太太死在了这所房子里,看起来还很年轻的 Neri 接手了。 在制作猫的过程中,Neri 变成了一个老妇人。 起初,他用的是以前的锅,但当它们都坏了时,他开始向松下先生要一个陶罐。 那时,内里已经是一个老妇人的形象,所以松下误以为她的祖母内里已经搬进来了。

サナはその場にへたり込む。写真のネリさんが急速におばあさんになったように、ねこつくりを続ければわたしも命を削り、その先にはネリさんのように……。御山が噴火した翌朝、日の出を背中に浴びて安楽椅子に凭れたネリさんをサナは思い出し、悲鳴をあげそうになるが口に手を当てて耐えた。
Sana 瘫倒在原地。 就像照片中的 Neri 迅速变成了老妇人一样,如果我继续做猫,我也会失去我的生命,除此之外,我会......像 Neri 一样。 美山火山喷发后的早晨,Sana 记得 Neri 坐在安乐椅上,背上背着日出,她几乎要尖叫,但她把手放在嘴上忍了下来。

そんな……、わたしはまだ二十三歳なのに……。
...... 我只有 23 岁,但我已经 .......

『最後のひとつは自分で選ばないといけない』
“你得选最后一个。”

ネリさんが言っていたのはこのことだったのだ。ねこつくりは誰に強制されるものでもない。自分の命と引き換えに他人の哀しみを埋める技なのだから、自分で選ばないといけない。だからネリさんは伝えることができなかったのだ。そして、ネリさんも自分で選択したのだ、写真のおばあさんが亡くなったあとに。
这就是 Neri 所说的。 养猫不是任何人都被迫做的事情。 这是一种埋葬他人悲哀,以换取自己生命的技巧,所以你得自己选择。 这就是为什么 Neri 不能告诉她。 而 Neri 在照片中的老太太去世后做出了自己的选择。

今ねこつくりを辞めれば、自分はこの年齢を保てるのだろうか。ネリさんは無に帰すと言っていた。今なら戻れる。
如果我现在不做猫了,我还能维持这个年龄吗? 内里说她不会一事无成。 现在我可以回去了。

そのとき、電話が鳴る。
就在这时,电话响了。

きっと、新しいお客様だ。
我确定您是新客户。

電話に出たら、また、ねこつくりを行わないといけない、自分の命を削って。
当我接电话时,我不得不以自己的生命为代价再次制造一只猫。

サナは電話機の前に立つ。電話は鳴り響く。世界のどこかから誰かがわたしに救いを求めている。
Sana 站在电话前。 电话响了。 有人从世界某个地方向我寻求救赎。

ここでわたしが、ねこつくりを辞めてしまえば、ねこつくりの技は途絶えてしまう。多くの人がねこつくりの宮の猫を必要としているのに。火山が爆発しなくても、この世は哀しみに満ちている。人は道具や知恵を獲得すると同時に哀しみを生み出してしまった。人は不完全なまま進化したのだ。
如果我不再做猫,做猫的艺术就会丢失。 很多人在制作猫的宫殿里需要一只猫。 即使火山没有爆炸,世界也充满了悲哀。 人类获得了工具和智慧,但同时也制造了悲哀。 人类的进化并不完美。

サナは長く紡がれた歴史を紐解く。様々な歴史の場面が流れる。騙されて都で処刑されたアテルイ、若くして壇ノ浦に入水した安徳天皇、兄に殺された実直な源範頼、自分が仕えた王に毒を盛られた山田長政、味方に裏切られた大塩平八郎、戦争や災害がつくる数えきれない悲劇。多くの無念と、その周りに生じる幾多の哀しみ。歴史の中で多くの哀しみが生まれ、消えていった。歴史の背後にいつの世にも、ねこつくりがあった。
Sana 揭开了一段漫长的历史。 播放各种历史场景。 阿特瑞在首都被欺骗并被处决,安德天皇年纪轻轻就进入丹之浦,诚实的源纪赖被他的兄弟杀死,山田长政被他所服务的国王毒死,押雄平八郎被盟友背叛,以及战争和灾难造成的无数悲剧。 围绕它出现了很多遗憾和悲伤。 许多悲哀在历史上诞生又消失。 历史的背后,一直有一场造猫。

サナは納屋に並ぶ歴代の鍋を思い出す。
Sana 记得谷仓里排列的锅碗瓢盆。

アコウの気根から芽吹く新しい生命を思い出す。
它让我想起了从 Akou 的气生根发芽的新生命。

哀しみを埋める力を失わせるわけにはいかない。
我们不能失去埋葬悲伤的力量。

サナは受話器をつかむ。
Sana 抓住接收器。

「はい、こちらは、ねこつくりの宮です」
“是的,这里是造猫人的宫殿。”

聞き取りをする日取りを決めて、電話を切ると、サナは外へ出る。海を背に御山を見上げる。御山は何も語らず、白い噴煙をあげている。
在确定了采访日期并挂断了电话后,Sana 走了出去。 仰望以大海为背景的美山山。 美山什么也没说,但发出了一股白色的羽流。

三匹の猫がサナに並ぶ。この猫たちは歳をとらずに、ずっとここにいる。
三只猫在 Sana 排队。 这些猫不会变老,它们会永远在这里。

山の頂をサナは見つめて、大きく息を吸う。
Sana 凝视着山顶,深吸了一口气。

「これからもよろしくお願い致します!」
“感谢您一直以来的支持!”

御山に向かってサナは深く頭を下げる。
Sana 向 Miyama 深深鞠躬。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに。
花的颜色不是看得见的,而是看向世界的。

決して美人ではないけれど、この命が果てるまで、わたしはこれからも人の哀しみを埋めるために猫をつくる。それがわたしの選んだ道なのだから。
她无论如何都不漂亮,但直到她生命的尽头,我都会继续做猫来填补人们的悲痛。 这就是我选择的道路。